8月23日(月) 魔法のオリーブ 「アテネのへそ」とも呼ばれるシンタグマ広場から北に1・5キロほど歩くと、ちょっと庶民的な空気を漂わせたオモニア広場があります。広場のほど近いところにあるのが国立考古学博物館。ギリシア全土の遺跡から発掘された出土品を展示する見ごたえたっぷりの巨大な博物館ですが、この博物館の地下にカフェが併設されています。地階は開放的な吹き抜けとなっていて、回廊にかこまれた中庭には大きなオリーブの木が植えられています。樹齢は確実に100年は超えているのではないかというその木にはまだ青い実がなっていました。
オモニア広場から国立考古学博物館をはさんで向かい側にあるのが中央市場です。活気あふれる食肉市場や鮮魚市場をひやかしつつ道路を横切ると、比較的静かな青果市場があります。まずまっさきに日本人の目にとまるのはオリーブ屋さんでしょう。黒や紫、モスグリーン、大粒から小粒まで、じつに多くの種類のオリーブを目にすることができます。ギリシアには100種類以上ものオリーブがあるそうです。
アテネの街を歩いているといたるところでオリーブにぶつかります。ギリシア人にとってオリーブはなくてはならないものだということがよくわかります。
ギリシアの国土の大半は石灰質の岩盤からなっているそうです。しかも極端に降雨量が少ない。おそらく多くの農作物には厳しい生育環境だと思うのですが、オリーブにはこの環境が適しているそうです。
ギリシア人にオリーブオイルのことを聞いてみてください。彼らは一様にギリシアのオリーブオイルは世界一だと胸を張るはずです。オリーブオイルといえばイタリア料理というイメージを持っていましたが、ギリシアのオリーブオイル、なかでも絞りたてのヴァージンオリーブオイルは、イタリアに高級品として輸出されているそうです。
だから日常生活でもオリーブオイルは大活躍。いま思いつくだけでも、石鹸はオリーブオイル石鹸だし、飲みかけのワインの酸化防止のために瓶の口からちょっと垂らしてフタがわりにするのもオリーブオイル、ギリシア人が食するフェタ・チーズ(山羊のチーズ。ぱさぱさしています)もオリーブオイルでしっとりさせると美味しくなります。こんなに多様な使われ方をしている植物は世界中でもオリーブだけなのではないでしょうか。
今回のアテネ・オリンピックの表彰式で選手の頭上を飾っているオリーブの冠。あの冠に使われているオリーブは、アテネのオリンピック公園から切り出されたものです(なぜかマラソンだけはクレタ島のオリーブが使われているらしいのですが)。
ギリシア人の日常生活において万能の役割をはたすオリーブは、平和の象徴でもあります。
きょうも何人もの選手の頭上に、平和の象徴が飾られます。
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8月22日(日) 名人に会う! その瞬間、野口みずきは高々とシューズをかかげ、そっとキスをしました。世界各国のプレス・カメラマンたちのフラッシュがたかれる中、フィールドをはさんでちょうど反対側のスタンドから、その様子を目を細めながら見つめる男性がいました。
三村仁司さん(55歳)は、神戸市に本拠をおくスポーツ用品メーカー「アシックス」のフットウェア事業部に勤務。名刺にはグランドマイスターという肩書きが印刷されています。彼こそが数々のメダリストのシューズを手がけてきた「シューズづくりの名人」なのです。
ある日、タクシーをつかまえるのに悪戦苦闘していたときのこと(アテネのタクシーは体を張って停めないとダメなのです)。その日はなぜか乗車拒否されまくりで、ため息をついて空を見上げると、小さなビルの最上階の窓にアシックスの文字が見えました。翌朝訪ねてみると、そこは選手を道具面からサポートするための前線基地となっていました。
「いや〜食べ物があわんのであきませんわ〜」。穏やかな笑顔で現れた三村さんは、ちょっと谷啓に似た風貌をしています。彼が世界的に有名なシューズ職人だということは、少なくともその風貌からは窺い知ることはできません。しかし、シューズについて話を始めると、徐々に彼の言葉は熱を帯びていきました。
今回の女子マラソンに出場した日本人3選手すべてが三村さんのつくったシューズをはいていました。コンピュータで正確な足型がとれるようになったいまでも、三村さんは自分の感覚と選手の言葉を手がかりにシューズをつくっています。
6月から7月にかけて、野口みずき、坂本直子両選手がアテネで試走。それに同行した三村さんは、勝つための改良ポイントを次のように分析しました。
ひとつは暑さ対策。レース中のシューズの中は40℃近い熱をおびることから、これをいかに発散させるか。そしてもうひとつは路面対策です。大理石の混じる路面は予想以上に硬く、足への負担をいかに和らげるかという工夫が必要。またコースにシャワーで水が撒かれ滑りやすくなることから、靴底のグリップ力も高めなければなりません。
以上のような課題をもとに三村さんが完成させたシューズは、表面に新開発のメッシュ素材を使い、シドニーオリンピックの高橋尚子のシューズより通気性を30%高めました。また、硬さの違うスポンジを何層も組み合わせ、アップダウンの激しいコースで選手の足にかかる負担を軽減させました。そして、路面へのグリップ力を高めるために考案したのは、靴底に米の外皮である「もみ殻」を混ぜ込むことでした。三村さん自ら「最高の出来」と認めるシューズは、こうして完成したのです。
「選手の感覚的な言葉をつかまえてシューズづくりに生かすためには、自分も感性を磨いておく必要がある。そのためには、普段からおおいに遊んでいないと駄目。」
四六時中シューズのことを考えているのかという質問を、三村さんは笑って否定しました。
レースから一夜明けて、勝利のヒロインがこっそりアシックスの前線基地を訪れたそうです。
「いっしょに最後まで走ってくれてありがとう。そう思った瞬間に、あんなふうにシューズにキスしていました」
誇り高きシューズ職人にとって、きっと何物にも代えがたい言葉だったに違いありません。
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8月21日(土) ミコノス島潜入記 「あなたたちはクレイジーよ!!」
「ミコノス島に日帰りで行きたい」という申し出に、トラベル・エージェンシーの金髪女性(美人)が声をあげました。ミコノス島は“エーゲ海に浮かぶ白い宝石”と称される世界有数のリゾート地。多くの芸術家や詩人に愛されたその島には、白い壁に青い窓の家々が迷路のように建ち並び、港ではかわいいペリカンがお出迎えしてくれるとか。
アテネからも多くの人々が長期バカンスに訪れるミコノス島に、にこにこと怪しい笑顔を浮かべた東洋人が日帰りで行きたいと申し出たのですから、係りのお姉さんが驚いたのも無理はありません。しかし!われわれには万難を排してでもミコノス島を訪れなければいけない理由があったのです!!
証言その1:「ミコノス島ってさ、過激な島らしいよ。ビーチがあって、初心者向けから上級者向けまで過激度によってわかれているんだって。」(某テレビ局外信部記者)
証言その2:「ミコノス島?あそこは“イージーな島”だね。なにがイージーかって?そんなこと聞くのは野暮ってもんだぜ」(ギリシア人タクシー運転手)
証言その3:「・・・・・・・・・・・・・」(ミコノス島のことを聞いたら下を向いて恥ずかしそうに首を振ったカフェのギリシア人ウエイトレス)
これは行かねばなるまい!!ミコノス島についてさらに情報収集をすすめると、次のようなこと
がわかりました。ミコノス島にはいくつかのビーチがあり、どれもヌーディスト・ビーチである。その中でも『スーパー・パラダイス・ビーチ』と呼ばれるビーチがもっとも過激である!!
船が紺碧の海に白く航跡を描いています。天気はもちろん晴れ。朝日を浴びたエーゲ海はきらきらと輝いています。これがバカンスならば、デッキチェアに寝そべりながらのんびりビールでも飲んでいるところなんでしょうが、われわれは朝5時起き。これから3時間をかけてミコノスに向かい、戻りは日付が替わるころという弾丸ツアーです。
ところで、エーゲ海は西洋文明の故郷だそうです。紀元前3000年ごろにエーゲ海で文明が開化し、各地でポリス(都市国家)が生まれました。そのなかからイオニア人のアテネやドリス人のスパルタなどが台頭し、ギリシアは黄金時代を迎えます。ギリシアで生み出された学問や芸術は、後のヨーロッパ文明の源流となります。そして、はるか昔にエーゲ海で生まれた文明は、その後すっかり堕落して(?)、21世紀の現代に「スーパー・パラダイス・ビーチ」を生み出すに至ったのです!文明って素晴らしい!
朝5時起きのかいあって、午前中にはミコノス島に着いたわれわれ一行は、ボートで隣のディロス島に渡り、そこで古代文明の廃墟を取材する余裕をみせ、満を持してミコノス島に戻りました。
いざ出陣!タクシーがゴツゴツとした岩がむき出しになった道を抜け、視界が開けたそこはもう、‘天国’のうえに‘超’がつく「スーパーパラダイスビーチ」です!!
「あの・・・運転手さん?場所、間違えてません?」
しかしたしかにそこには「スーパーパラダイスビーチ」という看板が出ています。なんど目をこすって確認しても、たしかにここは「スーパーパラダイスビーチ」なのです。
じゃあ、われわれの目の前で楽しそうに砂遊びをしているこの子どもはなんだ!?そこの青年!白い歯をみせながら爽やかに健全な笑顔を見せるんじゃない!そこの若いお嬢さん!水着の上から恥ずかしそうにバスタオルを巻くなーーーーーーーーっ!!!
エーゲ海に沈む夕日を眺めながら、われわれは放心状態で浜辺に座っていました。トラベル・エージェントのお姉さんにクレイジーだと言われようが、ほとんど寝てなかろうが、夢を追い求める力によってわれわれは突き動かされていたのです。しかしその夢もついえてしまった・・・。なんと「スーパーパラダイスビーチ」はただの健全なビーチでした。ただの品行方正なビーチだったのです。
「首藤くん、泳ごうか・・・」「泳ぎましょう、せっかくエーゲ海に来たんですから・・・」
水着を持参していないため、下着のパンツ一丁になったわれわれは、エーゲ海に飛び込みました。そして男ふたり、空しく戯れあったのです・・・。
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8月20日(金) ○○を探せ!! 不思議なことがひとつ。アテネに来てから鼻が利かなくなったのです。○○の場所がわからない!!日本にいる時は、どんな初めての土地でもそれを探り当てて楽しい夜を過ごしていたのですが、アテネにはそんな○○がありません。そう!△△や××、ついでに☆☆もできちゃったりなんかするところがアテネにはないのです。どうして鼻が利かなくなっちゃたんだろう?・・・ホコリっぽいからかな・・・悲しい。
なんのことを言っているかといいますと「歓楽街」なのです。わたくしは危険な歓楽街が大好きであります。行ってなにをするというわけでもないのですが(いやホントに)、そんなアブナイ雰囲気の街で飲んでいるのが好きなのです。しかしアテネに来て12日目。いくら鼻をひくひくさせても、どこからもそんな危険な香りが漂ってこないではありませんか!?
それもそのはず。調べてみると、アテネ警察は、オリンピックを前に歓楽街の大掃除に乗り出していました。歓楽街での仕事に従事していた女性たちは、アテネの街はずれの某所に集められ、細々と商売をしております。オリンピックを機に当局がスラムや歓楽街などを一掃するというのは、どの開催国でも同じのようですね。
「あぁ〜なんだかとっても安全な街だけど、少しはヤバイ空気も吸いたいよう・・・」
そんなけしからんことを考えながら街を歩いていると、男が声をかけてきました。
「旦那、日本人かい?」
男は背の低いギリシア人で、年齢は50代後半くらい。スキンヘッドで歯がまばらに生えています。声をかけられたのはアテネの中心シンタグマ広場近く。表通りから一本路地を入ったところです。 「日本人だ」と答えると彼はこんなことを言いました。
「いえね、俺の甥っ子が日本にいるんでさ。コンピューターの仕事をやってるんですがね。チバ・シティってところにいるんですが、旦那、日本に帰ったらひとつ甥っ子の面倒をみてやってもらえねぇですかね?」
おおよそそのようなことを男は言い、甥の住所を教えるから俺の店に来てくれというのです。
時刻は夕方の5時ぐらいだったでしょうか。まだ開店前らしき暗い階段を男について下りていきました。
いや〜ビンゴですね!「来たーーーっ」て感じでした。見通しの悪い暗い店内に緑やピンクの照明!典型的な「キャッチバー」のつくりです!!
「そうか!これがいま日本人観光客が被害にあっているという、あの!噂のキャッチバーか!」
男は人相の悪い店員にビールを出してこさせ、乾杯しようとします(おいおい、甥っ子の住所はどうしたの?)。乾杯だけして飲まずにいると(飲んではいけません)椅子に座らせようとします(座ってはいけません)。ともかくあれやこれやと理由をつけ、男は引きとめようとします。気がつくと暗い店の奥から女も出てくるではありませんか。
なんという古典的手口!すべてがシナリオ通りにすすみます。いまどきこんな素朴なキャッチバーがあるのかと思いました。日本の歓楽街のキャッチバーのほうがはるかに手口が巧妙で悪質です。
これまで数多くの控えめで素朴なギリシア人を見てきましたけど、なんというか、キャッチバーでさえも同じように控えめで素朴なノリなんです。でもだからといって不当に高い料金を請求されるいわれはありませんから、毅然とした態度で店を出ました。男は「旦那、待ってくだせぇよ、つれないこと言わないで」みたいな感じでしたが。
いまアテネの繁華街はとっても安全です。オリンピック開催中はおそらく世界でもっとも安全な街でしょう。でも、いくら当局が取り締まっても、こんなふうに合法と違法すれすれの商売はしぶとく残っているようです。観光でこれからアテネにいらっしゃる方はじゅうぶんご注意ください。
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8月19日(木) スラプスティックな毎日 「はいリラックスして・・・そうそう力を抜いて・・・わがまま言っちゃだめだよ・・・」
「蟹瀬さ〜ん、気持ち悪いからその言いかたやめてくださいよ〜」
「だめだめ、こうやって指技で気持ちよくさせないと言うこと聞かないんだから。は〜いいい子だったらおじさんの言うことを聞きなさい・・・」
われわれが何をやっているかというとですね、ここ数日、オンエア本番前になるとパソコンのプリンターの調子が悪くなるわけですよ。蟹瀬さんはですね、電源スイッチを微妙なソフトタッチで操作して(手つきがいやらしい)、なんとかプリンターを気持ちよくさせて本番までもたせようとしているわけです。
「でもさぁ、おかしいよ、優秀な日本製品がこんなに調子悪くなっちゃうなんてさぁ。首藤くん、これ持ってくるときに落としたりしてないよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「なんで黙るんだよそこで!あ!さては落としたな?壊しちゃったな!?」
「蟹瀬さん!!プリンターが---------っ!!」
見ると電源ONを示す緑色のランプが弱々しく点滅し、消えました・・・。
「いや〜蟹瀬さん、よかったですね、国際放送センターでプリンターが一台余ってて♪」
「大丈夫か?俺が持とうか?」
「今度は大丈夫ですっ!転んでもプリンターは後ろにパスしますから。蟹瀬さん受け取ってください!顔くらい擦りむいてもボールはつなぎますよ!」
「いいねーラグビーの精神だね。よし!まかせろ。最後のゴールは俺が決めちゃうよ!」
われわれは照りつく太陽の下をですね、滝のように流れる汗もいとわず、慎重に慎重にプリンターをホテルまで抱えてきたわけです。
「(拍手しながら)素晴らしい!無事ホテルまで到着です!よく頑張ったね首藤くん!」
「(照れながら)いや〜最後はもう、腕がプルプル震えてましたから!」
「(毅然として)君はゆっくり休んでいなさい!最後のゴールは俺が決める!つないだボールは無駄にはしないよ!では、いきます!!」
「あ・・・・蟹瀬さん!!変圧器・・・」
「え・・・・・??」
コンセントにダイレクトに差し込まれたプリンターから一瞬、白い煙があがりました。
固まった僕らの前で、緑色のランプがまた・・・・消えました・・・・。
こちらアテネでは、まるでスラプスティック・コメディ(ドタバタ劇)のような毎日が続いております。
でも僕たちは・・・なんとか生きています。
注)海外で電気製品を使用する際は、電圧が違うため変圧器を必要とします。
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