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<title>嫁に隠れて本を買う！</title>
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<modified>2010-03-07T16:18:18Z</modified>
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<copyright>Copyright (c) 2010, 首藤</copyright>
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<title>『天地明察』が時代小説の新しい扉を開く！</title>
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<modified>2010-03-07T16:18:18Z</modified>
<issued>2010-03-07T15:44:03Z</issued>
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<summary type="text/plain"> 長年愛用していたパソコンがぶっ壊れてしまい、しばらく不自由な生活が続いていて、...</summary>
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<name>首藤</name>


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<![CDATA[<p><br />
長年愛用していたパソコンがぶっ壊れてしまい、しばらく不自由な生活が続いていて、<br />
先日ようやく秋葉原に出かけることができたのですが、その際、奇妙な光景を目にしました。</p>

<p>まるで「今日はとことん食うぞ！」と気合を入れて焼き肉屋に向かう客のように、<br />
ただならぬ迫力を表情にみなぎらせた人々が、ずらりと並んだ何台もの観光バスから<br />
続々と降りてきては、我先にと電気店に突入していくではありませんか。<br />
「なにか特別な催し物でもあるんだろうか？」<br />
店員さんに聞いてみると、この日は春節のお休みで、中国人観光客がわんさと押し掛けてきて<br />
いるのだと教えてくれました。</p>

<p>春節は日本でいう旧正月、旧暦の正月のこと。<br />
中華文化圏では爆竹を鳴らしまくって派手に新年を祝うとは聞いていましたが、<br />
買い物でもこんなふうに大盤振る舞いをするなんて知りませんでした。<br />
ともあれ、電気街を買い占めようかというほどの旺盛な購買力にしばし圧倒されてしまいました。</p>

<p><br />
旧暦は、現在世界で広く用いられているグレゴリオ暦以前に使われていた暦です。<br />
ご存知のとおり暦には古くからいろいろなものがあり、その歴史はそのまま人類が<br />
天のことわりを解き明かそうと努力してきた歴史と重なります。</p>

<p>わが国における暦の歴史は古く、古代までさかのぼるといわれています。<br />
当時は最先端の技術や思想はすべて大陸から入ってきました。<br />
暦も例外ではなく、正確な時期までは不明ですが、６世紀頃にはすでに百済から輸入されていたようです。</p>

<p>わが国独自の暦が初めて歴史に登場するのは江戸時代のこと。<br />
貞享元年（１６８４年）まで待たねばなりませんでした。<br />
大陸より最初に暦が輸入された（と思われる）頃から、実に千年以上がたっています。</p>

<p>この偉業を成し遂げた者の名は、渋川春海（しぶかわ・はるみ）。<br />
誰あろう今回ご紹介する傑作小説<a href="http://www.bk1.jp/product/03186992/?partnerid=02joqr_next">『天地明察』</a>の主人公です。</p>

<p><br />
ところで話は変わりますが、文芸誌といえばマイナーなものと相場は決まっています。<br />
そこには一部の好事家にだけ好まれるような小説や評論が十年一日のごとく並び、<br />
市場で多くの読者の目に触れることを意識した作品や、小説の新しい可能性を切り開こうとするような<br />
作品にお目にかかる機会はほとんどありません。<br />
そんな中、唯一の例外といっていい文芸誌が、『野生時代』です。</p>

<p>池上永一さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03029954/?partnerid=02joqr_next">『テンペスト』</a>や道尾秀介さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03178212/?partnerid=02joqr_next">『球体の蛇』</a>といった、<br />
従来の小説にはない新しい切り口と、誰が読んでも面白いストーリーを兼ね備えた作品が、<br />
いま『野生時代』を舞台に次々と生まれています。</p>

<p>冲方丁（うぶかた・とう）さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03186992/?partnerid=02joqr_next">『天地明察』（角川書店）</a>はその最新の<br />
成果であると同時に、近年の時代小説ブームが生み出した新しい傾向の<br />
作品群の中でも、最大の収穫といっていい傑作です。</p>

<p><br />
時は寛文元年（１６６１年）。<br />
江戸開府より将軍家は四代を数え、時代は安定期に入っていました。<br />
戦国の世ははるか遠くへ去り、人々は天下泰平を謳歌している。<br />
この小説の主人公、渋川春海が生きているのはそんな時代です。</p>

<p>春海は碁打ち衆の家に生まれました。<br />
普段は大名などのお相手を務め、時には将軍様の前で腕前を披露する。<br />
いわば碁をもって徳川家に仕えるのが碁打ち衆なのですが、春海自身は<br />
ただ登城して碁を打つだけの仕事にすっかり退屈していました。</p>

<p>気持がなぐさめられるのは大好きな「算術」に没頭しているときだけ。<br />
この時代、算術はそろばんとともに全国に普及し、老若男女、身分の別を問わず、<br />
人々のあいだで広く親しまれていました。</p>

<p>碁打ち衆としての日々に倦み、算術の勉強に没頭する春海に、ある日、<br />
老中酒井忠清より下命がありました。全国へ赴き、天の動きを測れというのです。</p>

<p>日本人の手で初めて暦を編纂するという、天を相手にした春海の一世一代の<br />
勝負がここから始まるのでした――。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03186992/?partnerid=02joqr_next">『天地明察』</a>で驚かされるのは、戦国武将や忍者や合戦シーンや剣の達人といった<br />
時代小説の定番がいっさい出てこないにもかかわらず、無茶苦茶面白いこと。<br />
まずそこが従来の時代小説にはない新しさを感じさせるところです。</p>

<p>ではこの<a href="http://www.bk1.jp/product/03186992/?partnerid=02joqr_next">『天地明察』</a>ならではの「新しさ」を支えている要素はなんでしょうか。</p>

<p>ひとつは「算術」という比較的手あかのついていない目新しいアイテムを<br />
小説の題材として引っ張ってきたことでしょう。<br />
江戸は人口からいっても文化的な水準からいっても当時の世界の最先端をいく<br />
都市でしたが、江戸庶民のあいだに広く普及し、<a href="http://http://www.bk1.jp/product/03186992/?partnerid=02joqr_next"> 『天地明察』</a>の登場人物でもある<br />
関孝和という天才によって「和算」という日本独自の数学へと進化を遂げたほどに、<br />
算術は江戸時代の重要な文化遺産であるにもかかわらず、これまで真正面から<br />
算術を扱った小説は<a href="http://www.bk1.jp/product/02697461/?partnerid=02joqr_next">（『算法少女』</a>などの例外を除いて）ほとんどありませんでした。<br />
作者はまるでスポ根ものドラマのように、主人公・春海が情熱的に算術に打ち込む<br />
姿を描きます。このあたりの筆の運びはなかなか巧みで、読者は読み進むうちに<br />
いつの間にかすっかり春海に共感し、胸を熱くしながら物語にのめり込んでいる<br />
自分に気づかされるのです。</p>

<p>登場人物がすこぶる魅力的なのも特筆すべき点です。<br />
読者は血の通わない登場人物に共感することはありません。<br />
小説を書くうえでもっとも大切なのは、キャラクターにいかに命を吹き込むかですが、<br />
作者の冲方丁さんはライトノベルやSFのジャンルで実績のある書き手だけあって<br />
（<a href="http://www.bk1.jp/product/02348419/?partnerid=02joqr_next"> 『マルドゥック・スクランブル』</a>は名作！）うまく誇張をまじえながら登場人物を<br />
「キャラ立ち」させていく手並みは見事です。<br />
特に主人公・春海の造形が素晴らしい。<br />
真理の探究者に特有のピュアな魂の持主であることが見事に描かれていて、<br />
読む者に清々しい読後感を与えてくれます。<br />
（このあたり、小川洋子さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/02604252/?partnerid=02joqr_next">『博士の愛した数式』</a>を連想させます）</p>

<p><br />
日本人でこれまでただのひとりもなしえたことのない、暦の編纂という<br />
難事業に挑む青年の情熱を描いた<a href="http://www.bk1.jp/product/03186992/?partnerid=02joqr_next">『天地明察』</a>は、テーマの選択といい<br />
キャラクターの描き方といい、先人たちによって突き詰められた感のあった<br />
時代小説のジャンルに、まだまだ未開拓の鉱脈があることを教えてくれました。</p>

<p>その意味でもこの<a href="http://www.bk1.jp/product/03186992/?partnerid=02joqr_next">『天地明察』</a>は、ひとつの優れた作品ということにとどまらず、<br />
時代小説のジャンルの新しい扉を開く画期的作品といえるのです。</p>

<p><br />
さて、最後に関連書籍の読書案内を。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03186992/?partnerid=02joqr_next">『天地明察』</a>で算術の魅力のとりこになった人は、ジュニア向け歴史小説の名作、<br />
遠藤寛子さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/02697461/?partnerid=02joqr_next">『算法少女』（ちくま学芸文庫）</a>をぜひ。<br />
『天地』にも出てくる「算額奉納」が物語の発端です。こちらの物語の主人公は、<br />
算数好きの町娘あき。</p>

<p>数学者ってどんな人なんだろうと興味を持った人には、日本を代表する大数学者、<br />
岡潔さんのエッセイ<a href="http://www.bk1.jp/product/02719934/?partnerid=02joqr_next">『春宵十話』（光文社文庫）</a>はいかがでしょう。<br />
数学は論理的な学問であると思われているけれど、実は大切なのは情緒であると<br />
岡先生はおっしゃいます。</p>

<p>子どもの頃に胸ときめかせながら夜空を見上げたことを、あらためて思い出した人も<br />
いるかもしれません。<br />
そんな人にぜひ読んでいただきたいのが野尻抱影の星座エッセイ。<br />
おススメは『星空のロマンス』（ちくま文庫）です。こちらは古本で探してみてください。<br />
</p>]]>

</content>
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<title>直木賞予想大外し</title>
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<modified>2010-01-17T16:35:52Z</modified>
<issued>2010-01-17T16:26:34Z</issued>
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<created>2010-01-17T16:26:34Z</created>
<summary type="text/plain"> それにしても豪快に外してしまったなぁ。 いや直木賞予想のことなんですけど。 惨...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
それにしても豪快に外してしまったなぁ。<br />
いや直木賞予想のことなんですけど。<br />
惨憺たる結果に終わってしまいました。<br />
当欄で直前予想をするようになって今回で１０回目なんですが、<br />
ダブル受賞を予想しておきながらふたりとも外したのは<br />
たぶん初めてなんじゃないでしょうか。あー恥ずかしい。</p>

<p>いまさらながら第１４２回直木賞を受賞作は、<br />
佐々木譲さんの『<a href="http://www.bk1.jp/product/03135876/?partnerid=02joqr_next">廃墟に乞う』</a>と白石一文さん<a href="http://www.bk1.jp/product/03167677/?partnerid=02joqr_next">『ほかならぬ人へ』</a>に決まりました。</p>

<p><br />
白石一文さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03167677/?partnerid=02joqr_next">『ほかならぬ人へ』</a>は恋愛小説です。</p>

<p>ひとことでいえば「ほんとうの愛って何？」というお話。<br />
けれども、ヨメと血で血を洗う家庭内抗争を日夜繰り広げている身からしますと、<br />
「ほんとうの愛？そんなもんあるかい！」と思ってしまうわけです。<br />
ですからこの小説は、「真実の愛」とか「運命の相手」とか<br />
あなたがもしそんな言葉を素直に信じられる人であればグッとくるはず。</p>

<p>白石さんは史上初の親子受賞が話題になっていますが、<br />
個人的にはむしろこれを機にお父様・白石一郎さんの<br />
直木賞受賞作<a href="http://www.bk1.jp/product/00672930/?partnerid=02joqr_next">『海狼伝』</a>が広く読まれることを切に希望します。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/00672930/?partnerid=02joqr_next">『海狼伝』</a>は戦国時代末期を舞台に海賊として成長していく少年の姿を描いた<br />
海洋冒険小説の大傑作。そもそもこれだけ海に囲まれていながら、この国には<br />
きちんと海を描いた小説というのが少ないのです。そういう意味でもこの<a href="http://www.bk1.jp/product/00672930/?partnerid=02joqr_next">『海狼伝』</a>は<br />
もっともっと人々に読まれるべき小説です。</p>

<p><br />
佐々木譲さんの受賞は、佐々木さんご自身がとっくに受賞していて<br />
おかしくないくらいの大御所ですから不思議でもなんでもありませんが、<br />
この<a href="http://www.bk1.jp/product/03135876/?partnerid=02joqr_next">『廃墟に乞う』</a>での受賞というのは意外でした。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03135876/?partnerid=02joqr_next">『廃墟に乞う』</a>はある事件をきっかけに心を病んで休職中の刑事仙道が<br />
いろいろな事件に巻き込まれる様を描いた連作短編集です。</p>

<p>依頼が持ち込まれて主人公が事件を調べるハメになって・・・・・・というところは、<br />
「探偵小説」の定型を踏襲していますが、 <a href="http://www.bk1.jp/product/03135876/?partnerid=02joqr_next">『廃墟に乞う』</a>のユニークな点は、<br />
主人公を「休職中の刑事」とした点です。<br />
休職中なので正式な捜査はできない。<br />
この制約があるためにおのずから主人公の動きは制限されます。<br />
つまり手帳をちらつかせたりせず愚直に関係先へ聞き込みを行うしかないわけです。<br />
主人公にこのようなシバリを課したことで結果的に物語に落ち着いた味わいがもたらされました。</p>

<p>それからもうひとつ、舞台が北海道であることも佐々木作品ならでは。<br />
外国人観光客がわんさと押し寄せて大盛況のリゾートも（「オージー好みの村」）、<br />
いまはすっかり寂れてしまった炭坑の町も（「廃墟に乞う」）、それぞれが固有の物語を<br />
持った土地としてしっかりと描き分けられている。このあたりは北海道で生まれ育った<br />
著者の独壇場でしょう。</p>

<p>重厚な読み口の長編作品に定評のある著者だけに<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03135876/?partnerid=02joqr_next">『廃墟に乞う』</a>のようなさらりと読める連作短編集での受賞は意外でしたが、<br />
まだ佐々木譲さんの小説を読んだことがない方なんかには<br />
入り口としてすごくオススメできる作品です。ぜひこの機会にいかがでしょうか。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>　第１４２回直木賞　直前予想！</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2010/01/post_132.html" />
<modified>2010-01-13T17:08:51Z</modified>
<issued>2010-01-13T16:38:58Z</issued>
<id>tag:www.joqr.co.jp,2010:/blog/book//84.39610</id>
<created>2010-01-13T16:38:58Z</created>
<summary type="text/plain"> 半年にいちどやってくる直木賞予想。 ではありますが、今回はちょっと焦りました。...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
半年にいちどやってくる直木賞予想。<br />
ではありますが、今回はちょっと焦りました。<br />
毎回候補作が発表されるたびに<br />
半分くらいはすでに読んでいたりするのですが、<br />
今回はなんたることか一冊も読んでいませんでした。</p>

<p>ということは、候補作が発表されてから選考会までのおよそ１０日間で、<br />
６つの候補作をすべて読破しなければならないことになります。</p>

<p>そのため、通勤電車の中は言うに及ばず、トイレ、風呂、食事の席、布団の中など、<br />
ちょっとしたすき間の時間もすべて読書に費やし、ようやく読み終えることができました。<br />
ふう～。</p>

<p><br />
さて、では候補作をみていきましょう。<br />
今回、候補になったのは以下の作品です。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03169222/?partnerid=02joqr_next">池井戸潤　『鉄の骨』 （講談社）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03135876/?partnerid=02joqr_next">佐々木譲　『廃墟に乞う』 （文藝春秋）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03167677/?partnerid=02joqr_next">白石一文　『ほかならぬ人へ』 （祥伝社）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03156360/?partnerid=02joqr_next">辻村深月　『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ』 （講談社）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03156913/?partnerid=02joqr_next">葉室麟 　 『花や散るらん』 （文藝春秋）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03178212/?partnerid=02joqr_next">道尾秀介　『球体の蛇』 （角川書店）</a></p>

<p><br />
キャリアも作風もバラバラ、<br />
今回はいつにも増して予想が難しいラインナップです。</p>

<p>でも大丈夫。<br />
全作を読み終えた瞬間、ぼくの脳裡には、<br />
突如として天啓のように受賞作がひらめいたのでした。</p>

<p>ズバリ！今回の受賞作は――といきたいところですが、<br />
結論はもったいぶって後で述べるとして、まずは簡単に候補作をご紹介しましょう。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03169222/?partnerid=02joqr_next">池井戸潤　『鉄の骨』</a>ひとことで言えば、通称「談合課」と呼ばれる部署へ異動となった<br />
若きゼネコンマンの奮闘を描いた青春小説。疑問を抱きながらも、大規模な公共事業の<br />
入札にまつわる談合調整に巻き込まれる主人公の成長が読みどころ。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03135876/?partnerid=02joqr_next">佐々木譲　『廃墟に乞う』</a><br />
思わず、えっ！まだ直木賞受賞していませんでしたっけ？と思ってしまったくらい<br />
これまで数々の素晴らしい作品を世に問うてきたベテランです。<br />
近年では傑作<a href="http://www.bk1.jp/product/03182397/?partnerid=02joqr_next">『警官の血』</a>が評判となりました。<br />
候補作は、ある事件がきっかけで心を病み、休職中の北海道警の刑事のもとに<br />
持ち込まれるさまざまな事件を描いた連作短編集。<br />
屈託を抱えた主人公の魅力もさることながら、北海道在住の著者ならではの風土描写も魅力的。<br />
ただし、それぞれの物語の決着のつけかたはわりとあっさりしており、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03182397/?partnerid=02joqr_next">『警官の血』</a>のような重厚な作風を想像している向きは肩すかしを食うかも。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03167677/?partnerid=02joqr_next">白石一文　『ほかならぬ人へ』</a><br />
表題作と『かけがえのない人へ』と題した２編からなります。<br />
エリート一家に生まれたことに疎外感をおぼえる男がキャバクラ嬢と結婚して<br />
その後いろいろあったり、東大出の同僚との結婚が決まっているにもかかわらず<br />
上司との不倫を続ける女性の身にその後いろいろあったり・・・・・・というお話。<br />
いつも思うのですが、この著者はとても人間関係にナイーブな方ですね。<br />
この世には「真実の愛」と「偽りの愛」があるなんて考えている人はハマると思います。<br />
ぼくはどちらかといえば著者のお父上でいらっしゃる故・白石一郎氏の直木賞受賞作<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/00672930/?partnerid=02joqr_next">『海狼伝』</a>のような豪快な物語のほうが肌にあっておりまして・・・・・・スミマセン。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03156360/?partnerid=02joqr_next">辻村深月　『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ』</a><br />
都会でフリーライターとして活躍するみずほと、地元企業に勤めるチエミ。<br />
ふたりの幼馴染みの人生が、ある殺人事件をきっかけに交錯するというお話。<br />
母と娘の関係とか、女同士の愛と憎しみとか、とにかく女のありとあらゆる顔が<br />
描かれた小説です。女子による女子のための小説ですね。<br />
辻村さんはもしかしたら受賞するのでは？とも思わないでもないのですが、<br />
直木賞初エントリーということもあり、今回は顔見世にとどまるような気がします。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03156913/?partnerid=02joqr_next">葉室麟　『花や散るらん』</a><br />
佐々木譲さんの『廃墟に乞う』もそうですが、直木賞の興行元の文藝春秋出版という<br />
こともあって、ひときわ念入りに読み始めたものの・・・・・・これって第１４０回の候補作<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03032712/?partnerid=02joqr_next">『いのちなりけり』</a>の続編ですね。うーむ。続編がまた候補ですか・・・・・・。<br />
あのー葉室麟さんはすごく好きな作家です。清冽な作風というか、涼やかな風が<br />
からだを通り抜けていったような読後感はちょっと他では味わえません。<br />
それにこの<a href="http://www.bk1.jp/product/03156913/?partnerid=02joqr_next">『花や散るらん』</a>では、これまでさんざん描かれてきた「忠臣蔵」の物語を<br />
新しい切り口で作品化することにも成功しています。新しい切り口というのは、<br />
これまたあらゆる人の手垢がついてる「大奥」の物語とミックスさせるという手法。<br />
面白くてしかも爽やかな作品に仕上がっております。<br />
ですが、やはりこれは前作<a href="http://www.bk1.jp/product/03032712/?partnerid=02joqr_next">『いのちなりけり』</a>とセットで考えるべきしょう。<br />
よって本作が単独で受賞するのはちょっと変じゃないでしょうか。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03178212/?partnerid=02joqr_next">道尾秀介　『球体の蛇』</a><br />
若くして他人には明かせない秘密を抱えてしまった青年が主人公。<br />
彼はある人を死なせてしまったという罪の意識に苛まれながら生きています。<br />
「原罪」とでも言うのでしょうか、人間が生きながらに犯してしまう罪がテーマの<br />
非常に読み応えのある小説です。作中に漲る不穏な空気に、桜庭一樹さんの<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/02934054/?partnerid=02joqr_next">『私の男』</a>なんかと相通ずるものを感じてしまうのはぼくだけでしょうか。</p>

<p><br />
さて、以上を踏まえまして、当コラムの予想を申し上げます。<br />
第１４２回直木賞受賞作は――</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03169222/?partnerid=02joqr_next">池井戸潤さん『鉄の骨』　</a><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03178212/?partnerid=02joqr_next">道尾秀介さん『球体の蛇』</a>のダブル受賞と予想いたします！！</p>

<p><br />
池井戸潤さんは、山本周五郎賞の候補にもなるなどこのところ上り調子。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03169222/?partnerid=02joqr_next">『鉄の骨』</a>はエンタメ小説の王道を行く作品です。<br />
正義感にあふれる主人公、個性的な談合課の面々、謎のフィクサー、<br />
銀行員の恋人などのキャラクター造型がちょっとベタだったりもするのですが、<br />
建設業界を舞台にここまで読ませる物語を作り上げた手腕はお見事。<br />
誰もが楽しめるエンターテイメントで直木賞にも相応しい作品です。<br />
というかたまにはこういう直球ど真ん中な作品もいいのではないでしょうか、選考委員のみなさん。</p>

<p>このところ毎回候補にあがっていた道尾秀介さん。<br />
すぐれたテクニックを駆使して、巧妙なトリックやどんでん返しを描くことの多かった<br />
道尾さんですが、 <a href="http://www.bk1.jp/product/03178212/?partnerid=02joqr_next">『球体の蛇』</a>では抑制の利いた筆致で人間の心理をじっくり描いて<br />
新境地を切り開きました。さすがに今回は直木賞をあげるタイミングだと思います。</p>

<p><br />
というわけで２作受賞を予想いたしましたがどうなりますでしょうか。<br />
選考会は１４日（木）の１７時から開かれます。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>これぞ現代エンタテイメント小説の最高水準！ 東野圭吾 『新参者』</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2010/01/post_131.html" />
<modified>2010-01-04T15:57:54Z</modified>
<issued>2010-01-04T15:36:38Z</issued>
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<summary type="text/plain"> あけましておめでとうございます。 あっという間にお正月休みも終わってしまいまし...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

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<![CDATA[<p><br />
あけましておめでとうございます。<br />
あっという間にお正月休みも終わってしまいましたね。<br />
なんだか年々この「あっという間」感が強まっているような気がします。</p>

<p>昔はお正月休みといえば、時間もたっぷりあってかなりの数の本が読めたものですが、<br />
いまやさあ読むぞと取りかかっても、気がつけばコタツでうとうとしているような有様で、<br />
ちょっと分厚い小説を一冊読み終えられるかどうかというところ。<br />
年をとるにつれてどんどん読める本の数が少なくなってきているのが悲しいです。</p>

<p><br />
そんなわけで、新年の「読み初め本」には<br />
山田風太郎の<a href="http://www.bk1.jp/product/01995007/?partnerid=02joqr_next">『人間臨終図巻』（徳間文庫）</a>を選び、<br />
なんとなく老いとか晩年みたいなことに思いを馳せてしまいました。<br />
この本は、古今東西の著名人の死に方を、享年（死んだ時の年齢）ごとに<br />
十代から百代までずらりと並べてみせたもので、<br />
時折思いついたように手にとってはページをめくるのですが、<br />
今年の自分の年齢にちなんで特に「四十歳で死んだ人々」の項を熟読してしまいました。<br />
（ちなみに四十歳で死んだ人は、石田三成、エドガー・アラン・ポー、<br />
国定忠治、幸徳秋水、高橋和巳、ジョン・レノンらです）</p>

<p><br />
厳しい風が吹いているのは出版界も同様ですけれど、<br />
今年もヨメの目を盗んでガンガン本を大量購入し、<br />
みなさんに少しでも面白い本をご紹介できればと思います。<br />
本年もよろしくお願いいたします。</p>

<p><br />
さて、新年最初にご紹介する一冊は、昨年話題になったにもかかわらず<br />
ご紹介できずにいた東野圭吾さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03156359/?partnerid=02joqr_next">『新参者』（講談社）</a>です。</p>

<p>東野圭吾さんといえば当代随一の流行作家ですが、<br />
流行作家に必要な能力とは何でしょうか。</p>

<p>まず真っ先に挙げなくてはならないのは「量産がきく」ということです。<br />
読者のもとへ次から次に新作を届けることのできる筆力は、流行作家に不可欠です。</p>

<p>でもこれだけではまだ十分とはいえません。<br />
もうひとつ流行作家には必要なものがあります。<br />
それは、「引き出しの多さ」です。</p>

<p>読者というものは、贔屓の作家の新作を手に取るたびに、期待と同時に<br />
その期待がいい意味で裏切られることも心のどこかで望んでいるものです。<br />
新作ごとにスタイルや作風をガラリと変える。あるいは新しいアイデアを打ち出す。<br />
こうして読者の期待を心地よく裏切り飽きさせない能力が流行作家には必須です。</p>

<p>ただしそのためには物語の「引き出し」を数多く持っていなければなりません。<br />
第一線で活躍する流行作家はみな例外なくいくつもの引き出しを持っています。<br />
ハードボイルドから歴史大河ロマンまで手掛ける北方謙三さんしかり、<br />
ミステリー、時代物、ファンタジーとジャンルを横断して活躍する宮部みゆきさんしかり。</p>

<p><br />
近年、ミステリーのジャンルで驚異的な引き出しの多さを<br />
ぼくらにみせてくれているのが東野圭吾さんです。<br />
（たとえばドラマや映画でお馴染みとなった<a href="http://www.bk1.jp/product/03053388/?partnerid=02joqr_next">探偵ガリレオシリーズ</a>は、<br />
トリックを科学的に解明する天才物理学者という新しい探偵像を生み出しました）</p>

<p><br />
そしてこの<a href="http://www.bk1.jp/product/03156359/?partnerid=02joqr_next">『新参者』</a>でも東野さんは新たな引き出しを開けてみせてくれました。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03156359/?partnerid=02joqr_next">『新参者』</a>はこれまでになかったまったく新しいタイプのミステリー小説なのです。</p>

<p><br />
江戸情緒がいまも色濃く残る人形町。<br />
物語は人形町の甘酒横町にある煎餅屋から始まります。</p>

<p>店を訪れた保険の外交員のアリバイを確認するために刑事たちがやってきます。<br />
小伝馬町で一人暮らしの女性が殺される事件があったためです。<br />
刑事の中には日本橋署に着任したばかりの加賀恭一郎がいました。</p>

<p>加賀は下町の人々の生活にまつわる小さな謎を解明しながら、<br />
やがて殺人事件の謎にも迫っていくのでした・・・・・・。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03156359/?partnerid=02joqr_next">『新参者』</a>のどこが新しいのか。<br />
それは捕物帳の世界を現代に甦らせたところにあります。</p>

<p>捕物帳は、大正６年（１９１７年）に発表された岡本綺堂の<a href="http://www.bk1.jp/product/02092474/?partnerid=02joqr_next">『半七捕物帳』</a>を<br />
鼻祖とする江戸時代を舞台にした探偵物語で、時代小説と推理小説を<br />
融合させたところにその新しさがありました。<br />
謎解きの面白さと江戸庶民のいきいきとした生活の描写を両立させ、<br />
後輩作家たちに多大な影響を与えた傑作です。<br />
（捕物帳について詳しく知りたい方は、縄田一男さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/02463300/?partnerid=02joqr_next">『捕物帳の系譜』</a>をどうぞ）</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03156359/?partnerid=02joqr_next">『新参者』</a>はこの<a href="http://www.bk1.jp/product/02092474/?partnerid=02joqr_next">『半七捕物帳』</a>を嚆矢とする捕物帳のテイストを<br />
現代の人形町を舞台に描こうとした試みだと思うのです。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03156359/?partnerid=02joqr_next">『新参者』</a>では殺人事件という大きな謎が核になってはいますが、<br />
物語は独立した短編としても読める九つの章によって構成されています。<br />
いずれも下町の人々の日常生活の中のささやかな謎を扱った内容となっており、<br />
これがどれも下町の人情をベースにした非常にいい話なんです。<br />
（「洋菓子屋の店員」と題した第五章なんて思わずホロリときてしまう）<br />
これらの人情話のテイストは紛れもなく捕物帳を彷彿とさせるものです。<br />
江戸情緒を今に伝える人形町を舞台に選んだのも素晴らしく効いている。</p>

<p><br />
さらに。<br />
半七にしろ、銭形平次にしろ、むっつり右門にしろ、<br />
捕物帳にはまた魅力的な主人公も不可欠ですが、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03156359/?partnerid=02joqr_next">『新参者』</a>はこの点でもお見事。<br />
たとえば作中に出てくるこんなセリフを見ただけで、<br />
主人公・加賀恭一郎がどんな人物かがおわかりいただけるかと思います。</p>

<p><br />
「加賀さん、事件の捜査をしていたんじゃなかったんですか」<br />
「捜査もしていますよ、もちろん。でも、刑事の仕事はそれだけじゃない。<br />
事件によって心が傷つけられた人がいるのなら、その人だって被害者だ。<br />
そういう被害者を救う手だてを探しだすのも、刑事の役目です」</p>

<p><br />
下町の人情話とミステリーの見事な融合。<br />
日常のささやかな謎の絵解きが、やがて殺人事件の解明へとつながる巧緻なプロット。<br />
連作短編集としても、ひとつの長編としても、一冊で二度楽しめるお得感。</p>

<p>なにからなにまで至れり尽くせりの<a href="http://www.bk1.jp/product/03156359/?partnerid=02joqr_next">『新参者』</a>は、<br />
まさに現代エンタテイメント小説の最高水準といっていい作品です。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>キャッチャーという人生</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2009/12/post_130.html" />
<modified>2009-12-27T16:22:54Z</modified>
<issued>2009-12-27T15:56:18Z</issued>
<id>tag:www.joqr.co.jp,2009:/blog/book//84.39107</id>
<created>2009-12-27T15:56:18Z</created>
<summary type="text/plain"> 最近、同僚との酒の席で、ふとしたはずみから昔は野球少年で、 しかもポジションは...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
最近、同僚との酒の席で、ふとしたはずみから昔は野球少年で、<br />
しかもポジションはピッチャーだったと白状していまい、笑われてしまいました。<br />
まぁこの太鼓腹で野球少年だったなんて言っても、冗談としか思われないでしょうね。<br />
でもピッチャーといえば聞こえはいいですが、実際のところは「行き先はボールに聞いてくれ」<br />
という典型的なノーコンで、四球を連発しては自滅するというパターンを性懲りもなく繰り返す<br />
どうしようもない選手でした。</p>

<p>あれは夏休みの練習試合だったか、あまりにストライクが入らないことにキレた監督に<br />
「ずっと投げてろ馬鹿野郎！」と怒られ、マウンド上でさらし者にされたことがあります。<br />
しまいには延々と続く四球と押し出しに嫌気がさした野手からも「いい加減にしろよ！」と<br />
責められる始末。相手チームからは笑い物にされるは、どこにも逃げ場はないはで、<br />
焦れば焦るほど、萎縮すればするほどコントロールが定まらない悪循環にハマってしまいました。</p>

<p>ところがそんな四面楚歌の中で、ただひとり、励まし続けてくれた人間がいました。<br />
キャッチャーです。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03150516/?partnerid=02joqr_next">『キャッチャーという人生』赤坂英一（講談社）</a>を読みながら、ぼくは炎天下のグラウンドに<br />
キャッチャーのかけ声だけが響いていたこの時の光景を思い出していました。</p>

<p>すでに試合はピッチャーのひとり相撲でぶち壊しになっているにもかかわらず、<br />
チームの中でただひとり、キャッチャーだけが最後まで辛抱強く声を出し続けている。</p>

<p>こう書くと、いかにもキャッチャーをやっていた男が<br />
チームメート思いの優等生みたいですが、それは違います。<br />
この時のキャッチャーの行動というのは、個人の性格や人間性というよりも、<br />
なにかキャッチャーというポジションが持つ性質に由来しているように思えるのです。</p>

<p><br />
名捕手・野村克也氏は、<a href="http://www.bk1.jp/product/00366423/?partnerid=02joqr_next"> 『野球は頭でするもんだ！』（朝日文庫）</a>という本の中で<br />
こんな面白いことを書いています。</p>

<p>キャンプ中に宿舎の大広間でミーティングを行う際に、<br />
選手のスリッパの脱ぎ方を観察していた野村さんは、<br />
ポジションごとに傾向があることに気がつきます。</p>

<p>内野手はスリッパが散らかっているのに文句をいいながら片付けようとはしない。<br />
外野手は黙ってスリッパを脱いでいく。<br />
ピッチャーはみんなのスリッパの上に平気で脱ぎ捨てていく。<br />
（それも脱いだスリッパが右と左、歩幅のまま残っている）</p>

<p>ではキャッチャーはといえば、<br />
これが「散らかったスリッパをそろえ、わずかな空き地に脱いでいく」というんですね。</p>

<p>キャッチャーというポジションはよく「女房役」にたとえられますが、<br />
なるほどいかにもしっかりものの女房な感じがするエピソードではあります。</p>

<p>ただし野球で言う「女房役」というのは、きわめて特殊な役回りです。<br />
なにしろこの女房、一試合のうちに何人もの旦那の相手役を務めなければなりません。<br />
旦那にもいろいろいます。プライドの高いベテランから、ノミの心臓のルーキーまで、<br />
あらゆるピッチャーを勝利という目標に向けてリードしていくという役割を負っています。</p>

<p>こんな特殊なポジションを務めているのは、いったいいかなる人間なのでしょうか。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03150516/?partnerid=02joqr_next">『キャッチャーという人生』</a>では、さまざまな捕手の人間像が描かれます。<br />
より正確にいえば、そこで光を当てられているのは、野村克也と古田敦也という<br />
ふたりの天才の陰に隠れて、これまであまり語られることのなかったキャッチャーたち<br />
なのですが、彼らの人間像というのがとにかくむちゃくちゃ面白い。<br />
この本は今年のスポーツノンフィクションの中でもいちばんの掘り出し物といえるでしょう。</p>

<p>著者の赤坂英一さんは、日刊ゲンダイのプロ野球記者として<br />
長く現場を取材してこられた方ですが（現在は独立）、まずなによりも<br />
選手を身近に取材している者ならではのディテールへの目配りが素晴らしい。</p>

<p>その細やかな観察眼は冒頭からいきなり発揮されます。<br />
（以下、選手のみなさんの敬称は略させていただきます）</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03150516/?partnerid=02joqr_next">本書</a>は著者が村田真一（巨人打撃コーチ）に取材を依頼するところから始まります。<br />
その書き出しはこうです。</p>

<p><br />
「村田真一の顔は、唇の左端が右端よりも下に垂れ下がっている。<br />
彼は、自分の意思でその左端を動かすことができない。現役時代、<br />
顔面の左側に受けたデッドボールによって、鼻と口の周辺の神経が<br />
断裂してしまったからだ。<br />
『それ以来、写真は嫌いやねん。よく見て。こうして笑うたら、はっきり分かるでしょ』<br />
そう言って、村田は笑みをつくった。唇の間から白い歯がのぞき、唇の右端があがる。<br />
しかし、左端は下がったままだ。右端が上がったぶん、余計に口全体の形が歪にみえる」</p>

<p><br />
読む者にまるでその場に同席しているようかのように情景を思い浮かべさせ、<br />
ストーリーの中へとぐいと引きずり込んでしまう見事な書き出しです。<br />
しかもこの後遺症のエピソードは、意味もなく冒頭に置かれているわけではありません。<br />
（このことについてはまた後で触れます）</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03150516/?partnerid=02joqr_next">本書</a>には、達川光男、山中潔、大久保博元、谷繁元信、里崎智也といった捕手が<br />
登場しますが、あえて主人公をあげるなら、村田真一ということになるでしょう。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03150516/?partnerid=02joqr_next">本書</a>でたびたび言及される村田のエピソードは、村田個人の人物像のみならず、<br />
「キャッチャーとはいかなる人種か」ということもぼくらに教えてくれます。</p>

<p>村田真一はついぞ名捕手と謳われることのなかった選手でした。<br />
巨人軍の歴史の中では、森祇晶の１８３３、山倉和博の１２５３に続く歴代３位の<br />
１０８７試合に出場し、９０年代を通して正捕手の座を守り続けたにもかかわらず、です。</p>

<p>ご存知の方も多いかと思いますが、その理由のひとつに村田の「肩」があげられます。<br />
現役の頃、盗塁阻止率の低かった村田には「肩が弱い」という定評がありました。<br />
入団５年目に手術をした村田の右肩は、当時抜群の盗塁阻止率を誇った古田や<br />
リーグ随一と言われた中日・中村武志の強肩と比べると、どうしても見劣りがすると<br />
言われていたのです。</p>

<p>ところが<a href="http://www.bk1.jp/product/03150516/?partnerid=02joqr_next">本書</a>ではその評価が事実に反することが明らかにされます。<br />
当時の巨人のピッチャーはクイックモーションが不得手で、<br />
監督だった藤田元司も「チュウ（村田の愛称）、おまえが悪いんじゃないから」と慰め、<br />
ピッチャー連中も「チュウ、悪いな、ごめんな」と村田に頭を下げていたそうです。</p>

<p>でもだからといって村田は、自分のせいではないとメディアに吹聴したりはしません。<br />
世間に何を言われようと監督やチームメートがわかってさえいればそれで十分、<br />
そんな自分のことよりもピッチャーにしっかり仕事をしてもらうことのほうが大事だ、<br />
と自らは口をつぐんでいました。</p>

<p><br />
自分を犠牲にしてまでもピッチャーのことを考える。<br />
そういう村田の姿勢は、広島カープの黄金期を支えた<br />
名捕手・達川光男にも共通するものがあります。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03150516/?partnerid=02joqr_next">本書</a>には達川のこんな言葉が紹介されています。</p>

<p><br />
「ピッチャーにいい球を投げてもらうには、こっちが受けさせていただくという気持ちが<br />
大事じゃ。そりゃあ揉めたり、ぶつかったりすることはあるけどよ、結局はピッチャーに<br />
投げてもらわんことには始まらんのやから、野球はね」</p>

<p><br />
達川は、１９９２年１０月４日、広島市民球場での巨人戦を最後に引退します。<br />
現役最後の打席に入ったときマスクを被っていたのは村田でした。<br />
その最後の打席で村田は達川に声をかけます。<br />
「達川さん、お疲れ様でした。全部真っ直ぐです。心置きなく振ってください」<br />
それを聞いた達川は、<br />
「村田、見えん。ボールが見えん」<br />
と涙で頬を濡らしながらつぶやくように答えたといいます。</p>

<p>おそらく同じキャッチャーだからこそわかりあえるものがあるのでしょう。<br />
バッターボックスでのキャッチャー同士の会話といえば、こんな場面もありました。<br />
ただしこちらは生命を危険にさらすような壮絶な場面ですが・・・・・・。</p>

<p>１９９９年４月９日横浜スタジアム。<br />
齋藤隆の投げたストレートがバッターボックスの村田真一の顔面を直撃。<br />
ボールは顔の左側に当たって跳ね、村田はそのまま仰向けに倒れ込みました。</p>

<p>この時のキャッチャーは谷繁元信でした。<br />
谷繁によれば、倒れ込んだ村田は「シゲ、信じてるからな」と言ったそうです。<br />
もちろんわざとではありません。<br />
谷繁はいまでも、本当に狙ったのかボールが抜けたのか、<br />
キャッチャーである村田ならわかってくれていると思っているそうです。</p>

<p><br />
村田真一は２００１年に引退します。<br />
この年、ドラフト１位で中央大学から入団したルーキー阿部慎之助が１２７試合に出場。<br />
新旧交代とばかりに村田の出場は５４試合にとどまりました。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03150516/?partnerid=02joqr_next">本書</a>で描かれる村田真一のキャッチャー人生は、まさに「傷だらけ」です。<br />
デッドボールで死線をさ迷ったのもそうですが、１９９７年には４歳の可愛いお嬢さんを<br />
交通事故で亡くすという不幸にも遭われています。<br />
（このくだりは涙なしには読めません。ちなみに告別式で最後に献花し、<br />
嗚咽する村田を抱き留めたのは同じキャッチャーの大久保博元だったそうです）</p>

<p>村田真一の傷だらけのキャッチャー人生からみえてくるものはなんでしょうか。<br />
それは、どんなに辛いことがあっても、弱音ひとつ吐かず黙々と自分の仕事をこなす<br />
大人の男の姿です。それもとびきりの「いい男」の。</p>

<p>なるほどキャッチャーというのは、ピッチャーという主役を引き立てるための脇役かもしれません。<br />
しかしプロの脇役に徹したこの男たちの人生は、なんと陰影に富み深みがあることか。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03150516/?partnerid=02joqr_next">本書</a>のエピローグで、著者はそれぞれのキャッチャーに<br />
「もし生まれ変わったら、もういちどキャッチャーをやりたいか」<br />
という質問を投げかけています。<br />
いちばん最後に村田の答えが紹介されているのですが、ここで著者はふたたび<br />
デッドボールの後遺症が残る村田の顔に触れつつ、稿を閉じています。</p>

<p>この本を最後まで読んだ人は、ここに至って初めて自分自身の変化に気がつくはずです。<br />
最初は痛々しく思えた村田の顔面の傷跡が、いつのまにか誇らしく感じられることに。</p>

<p>プロ野球ファンのみならず、胸の奥が熱くなるような男たちのドラマを求めている方にも<br />
ぜひオススメしたい一冊です。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>年にいちどのお楽しみ♪リンカーン・ライム・シリーズの最新作が届いた！</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2009/12/post_129.html" />
<modified>2009-12-06T14:37:24Z</modified>
<issued>2009-12-06T14:28:59Z</issued>
<id>tag:www.joqr.co.jp,2009:/blog/book//84.38416</id>
<created>2009-12-06T14:28:59Z</created>
<summary type="text/plain"> こんな場面をちょっと想像してみてください。 あなたはふとしたきっかけで知り合っ...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
こんな場面をちょっと想像してみてください。</p>

<p>あなたはふとしたきっかけで知り合った異性とカフェでお茶をすることになりました。</p>

<p>カフェに入り、簡単な自己紹介を済ませ、<br />
まずはここ数日で急に冷え込んだ天気のことや<br />
クリスマスの予定といったあたりさわりのない会話をしているうちに、<br />
なんとふたりの間には共通の趣味があることがわかりました。<br />
思いもよらない偶然に会話は盛り上がります。</p>

<p>話を続けるうちにさらに共通点が見つかります。<br />
その人は、あなたが最近ハマっているミュージシャンに同じようにハマっていて、<br />
あなたも行く予定のライブのチケットを購入したばかりだというではありませんか！<br />
偶然の一致が重なり、ふたりのテンションはますます上がります。</p>

<p>けれども驚きはそれだけにとどまりませんでした。<br />
その人は、あろうことかあなたと行きつけの飲食店、好きな洋服のブランド、<br />
贔屓にしているホテル、夏休みの海外旅行先、支持政党にいたるまで<br />
ことごとくが被っていることがわかったのです。</p>

<p>目の前に座るその人は、ライフスタイルはもちろん価値観までも共有できる相手でした。</p>

<p>「これって運命の出会いかも・・・・・・」。</p>

<p>あなたがそう思ったとしても無理はありません。</p>

<p><br />
ところが、一見すると運命の赤い糸で結ばれているようにみえるこの出会いも、<br />
ある前提条件を変えるだけで、まったく違った見え方となります。</p>

<p>たとえば、これが偶然の出会いではなかったとしたら？</p>

<p>つまり、「出会いは偶然ではなく仕組まれたもの」で、<br />
「あなたに関する情報はすべて事前に知られていた」としたら？</p>

<p>ドラマティックに思えた出会いは<br />
たちまちグロテスクな悪夢へと一変します。</p>

<p><br />
ジェフリー・ディーヴァーのリンカーン・ライム・シリーズ最新作<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03168107/?partnerid=02joqr_next">『ソウル・コレクター』池田真紀子・訳（文藝春秋）</a>に登場するのは、<br />
そのような恐ろしい殺人鬼です。</p>

<p>新作が出るたびに当欄でご紹介するリンカーン・ライム・シリーズ。<br />
天才科学捜査官として将来を嘱望されながら、鑑識作業中の事故で<br />
首の骨を折り、四肢麻痺となったものの、その持ち前の知識と深い洞察力で<br />
ベッドに横たわったまま次々と難事件を解決していくリンカーン・ライムは、<br />
ミステリー小説史上もっともユニークな主人公といえるでしょう。</p>

<p>今回の物語は、ライムのいとこアーサーが殺人の罪で逮捕されるところから始まります。<br />
証拠は完璧に揃っており、誰もがアーサーの有罪を確信していました。<br />
けれども、ただひとりライムだけがいとこの殺人に疑いの目を向けます。<br />
なぜか――。あまりにも完璧に証拠が揃いすぎているからです。</p>

<p>アーサーは罠にかけられたのではないか。<br />
いつものように相棒かつ恋人のアメリア・サックス刑事と捜査をはじめたライムは、<br />
アーサーのケースと同様の殺人事件が複数起きていることを突き止めます。<br />
そして捜査チームはやがて、ある大手データ会社の存在を知ります・・・・・・。</p>

<p><br />
リンカーン・ライム・シリーズには毎回個性的かつ残虐な犯罪者が登場しますが、<br />
今回の犯人をひとことで形容するならば、「シリーズ史上もっとも卑劣な犯人」<br />
ということになるでしょうか。<br />
なにしろ電子技術を駆使した「のぞき」によって集めた情報をもとに犯行に及んだ上、<br />
犠牲者の個人情報を改竄し、証拠を捏造して他人に罪をなすりつけてしまうのですから。<br />
その手口は卑劣としかいいようがありません。</p>

<p>けれども卑劣漢であると同時に、<br />
こいつはシリーズ史上もっとも手強い敵でもあります。<br />
なぜなら犯人は他人の個人情報を自在に操ることができるからです。</p>

<p>あらゆる人間の個人情報を手中におさめ、これを操り、書き換え、奪う。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03168107/?partnerid=02joqr_next">本作</a>でライムが戦う相手は、情報社会における「神」のごとき人物なのです。</p>

<p>息もつかせぬストーリ運び、巧緻なプロットなどは相変わらずですが、<br />
この「個人情報のセキュリティー」というきわめて今日的なテーマを持ってくるあたりが、<br />
さすがミステリー小説界の最前線を走るディーヴァーならではという感じがします。</p>

<p>ディーヴァーの代名詞ともいえる「どんでん返し」は<a href="http://www.bk1.jp/product/03168107/?partnerid=02joqr_next">本作</a>ではやや控えめなものの、<br />
そのかわりリンカーン・ライムの少年時代がたっぷりと描かれており読み応え十分です。</p>

<p><br />
さて、ディーヴァーが勤勉なおかげで、ぼくらは年にほぼいちどのペースで<br />
新作を手にできるという恩恵にあずかっていますが、訳者の池田真紀子さんによれば、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/02619457/?partnerid=02joqr_next">短編集『クリスマス・プレゼント』</a>に続く短編集第二弾や、ライム・シリーズからのスピンオフ、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03051900/?partnerid=02joqr_next">キャサリン・ダンス・シリーズ</a>の第二弾の邦訳刊行も予定されているとか。いまから楽しみでなりません。</p>

<p>ディーヴァーの小説はどれを読んでもまったくハズレなし！<br />
未読の方はぜひこの機会に手に取ってみることをオススメします。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>小太郎の左腕</title>
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<modified>2009-11-22T18:30:33Z</modified>
<issued>2009-11-22T18:10:52Z</issued>
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<created>2009-11-22T18:10:52Z</created>
<summary type="text/plain"> 玄関の新聞受けがゴトリと音をたてたのに驚いて顔をあげると、 いつの間にか窓の外...</summary>
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<name>首藤</name>


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<![CDATA[<p><br />
玄関の新聞受けがゴトリと音をたてたのに驚いて顔をあげると、<br />
いつの間にか窓の外が白み始めていました。</p>

<p>傍らには、読み終えたばかりの本。<br />
手に取ったのがつい今しがたのように思えるのに、<br />
物語の世界に没入していうるうちにいつの間にか夜が明けていました。</p>

<p>年に何回か、こんなふうに朝を迎えてしまうことがあります。<br />
寝食を忘れて本を読み続けたあげく、気がつけば貴重な休日が<br />
まるまる潰れていたりする。もちろんそんな事態に陥るのは、<br />
極めつけに面白い本と出会った時に限られるわけですが。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03183558/?partnerid=02joqr_next">『小太郎の左腕』（小学館）</a>は文句なしの完全徹夜本です。</p>

<p>作者があの<a href="http://www.bk1.jp/product/02945914/?partnerid=02joqr_next">『のぼうの城』</a>の和田竜さんだと聞けば、<br />
きっと多くの人が「完徹もやむなし」と納得してくれることでしょう。</p>

<p>武力を振るうわけでもなく、智力を働かすわけでもなく、ただボーッとして人々に<br />
愛される人柄だけが取り柄という男が、部下や領民の心をひとつにまとめあげ、<br />
秀吉の軍勢を退ける様を魅力的に描いた<a href="http://www.bk1.jp/product/02945914/?partnerid=02joqr_next">『のぼうの城』</a>は、これまでの時代小説には<br />
なかった新しいヒーロー像を生み出した作品としてベストセラーとなりました。</p>

<p>あの<a href="http://www.bk1.jp/product/02945914/?partnerid=02joqr_next">『のぼうの城』</a>の作者の新作となればいやがおうにも期待は高まります。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/02945914/?partnerid=02joqr_next">『のぼうの城』</a>と同様、 <a href="http://www.bk1.jp/product/03183558/?partnerid=02joqr_next">『小太郎の左腕』</a>の装丁にもオノ・ナツメさんの画が<br />
印象的に使われていますが、アートな雰囲気を醸し出していた<a href="http://www.bk1.jp/product/02945914/?partnerid=02joqr_next">『のぼう』</a>に比べると、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03183558/?partnerid=02joqr_next">『小太郎』</a>は切り絵を思わせるようなどこか懐かしいテイストの表紙となっています。<br />
（ぼくは子どもの頃読んだ<a href="http://www.bk1.jp/product/02153804/?partnerid=02joqr_next">『モチモチの木』</a>という絵本を思い出しました）</p>

<p><br />
さて、ではこの<a href="http://www.bk1.jp/product/03183558/?partnerid=02joqr_next">『小太郎の左腕』</a> のストーリーをみていきましょう。<br />
時は戦国時代初期。いまだ世は定まらず、腕に覚えのある戦上手たちが<br />
あちこちで衝突し合っているようなそんな時代に、あるところで戸沢家と児玉家という<br />
豪族が争っていました。<br />
まだ戦国大名などは歴史の上に現れておらず、力のある領主が近隣の領主を<br />
屈服させることで、徐々に勢力を広げていっているような時代です。<br />
戸沢、児玉両家ももはや衝突は避けられず雌雄を決すべき時を迎えていました。</p>

<p>戸沢家には猛将として近隣に勇名を馳せる林半右衛門という武者がいます。<br />
ある日、児玉家との戦に敗れて山中を敗走していた半右衛門は、<br />
謎めいた地鉄砲（猟師）の老人に伴われた小太郎という少年と出会います。<br />
部下が携えていた左構え（左利き用）の種子島（鉄砲）に興味を示す小太郎に対して、<br />
半右衛門は領主が主催する鉄砲試合に参加するよう声を掛けます。</p>

<p>そして一月後に開催された鉄砲試合で、半右衛門をはじめとする人々は、<br />
小太郎の信じがたい才能を目撃することになります。眼前で奇跡が起こったことに<br />
人々は沸き立ちました。<br />
けれどもそれは、小太郎と半右衛門の運命を狂わす出来事でもあったのです――。</p>

<p><br />
この<a href="http://www.bk1.jp/product/03183558/?partnerid=02joqr_next">『小太郎の左腕』</a> 、まず主人公が「１１歳のスナイパー」という設定が見事です。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/02945914/?partnerid=02joqr_next">『のぼうの城』</a>もそうでしたが、このような主人公もいまだかつて存在しなかった。<br />
どうやら作者の和田竜さんはキャラクター設定の名手のようです。<br />
しかもこの幼いスナイパーは胸の裡に孤独を抱えている。このディテールもいい。</p>

<p>（スナイパー小説の傑作にスティーヴン・ハンターの<a href="http://www.bk1.jp/product/01659986/?partnerid=02joqr_next">『極大射程』</a>がありますが、<br />
あの小説の主人公、天才スナイパーのボブ・リー・スワガーも、山奥で隠遁生活を送って<br />
いました。孤独や寂しさを抱えているというのはスナイパーの条件かもしれません）</p>

<p>ともに暮らす老人以外に身寄りもなく、人目を避けるように暮らしていた少年が、<br />
大人たちの思惑に巻き込まれ、戦場で引き金を引くうちに、自分の力で生きていくことを<br />
学ぶ。物語全体を通した主人公の成長は、この小説の読みどころのひとつです。</p>

<p><br />
それからもうひとつ、この小説で作者が力を入れて描いているのは、<br />
戦国の世の男たち独特の価値観です。</p>

<p>先日、松岡正剛さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03172834/?partnerid=02joqr_next">『日本流』（ちくま学芸文庫）</a>という本を読んでいたら<br />
こんな面白い話がありました。<br />
平安時代には貴族のあいだで「あはれ」という感覚が尊ばれたけれども、<br />
時代が下って新たな階層として武家が台頭してくると、<br />
貴族たちの「あはれ」に対して新しく「あっぱれ」が登場してきたというのです。</p>

<p>戦国の世ではまさにこの「あっぱれ」という感覚が尊ばれました。<br />
豪快さや度胸、ぎりぎりのところで命のやりとりをしていても<br />
どれだけ涼しい顔をしていられるかというような見栄や矜持。</p>

<p>「男」という字よりも、「漢」と書いて「おとこ」と読ませたくなるような<br />
そんな好漢ぶりが戦国の世においてはもっともカッコいい男性像だったのです。</p>

<p>（ちなみにそんな戦国のダンディズムを見事に描いた小説に、<br />
前田慶次郎を主人公にした隆慶一郎の<a href="http://www.bk1.jp/product/02959125/?partnerid=02joqr_next">『一夢庵風流記』</a>があります。<br />
興味のある方はぜひ読んでみてください）</p>

<p>物語の中で作者がもっとも愛情をもってその好漢ぶりを描いているのは<br />
林半右衛門です。半右衛門はまさに戦国ダンディそのものといっていい男でした。<br />
合戦の場では死ぬことを恐れずに誰よりもはやく先陣を切り、<br />
ひとたび敵将と相まみえるや、高らかに名乗りをあげて一騎打ちをする。<br />
卑怯な真似はしない。好敵手と槍を交えた結果、死んでしまうのならそれでいい。<br />
でもどうせ死ぬなら美しく派手に散りたい――というような。</p>

<p>単純といえば単純、けれども戦国時代のように極端に死が身近にあった時代には、<br />
このようなシンプルな思考様式が受けたのでしょうね。<br />
ちなみにこの戦国のダンディズム、後の世には「武士道」として結実します。<br />
武士道は天下太平の世のもとタテマエ化していき、やがて衰退していくことは<br />
ご存知のとおりですが、半右衛門の時代にはまだ生身の男どうしが器のデカさを<br />
競いあうような、素朴でわかりやすい実力主義が幅をきかせていたのです。</p>

<p>このようないまの時代には存在し得ない男性像を描くこと。<br />
これがこの作者のもうひとつの狙いのような気がします。</p>

<p><br />
さて、物語のラストにおいて、林半右衛門と小太郎の人生が<br />
これ以上ないというくらいドラマチックに交錯します。<br />
この部分はぜひお読みいただきたいのですが、<br />
非常に映像的で余韻の残るラストシーンとなっています。</p>

<p>ラストまで物語は最後まで間然とする所がありません。<br />
この小説を読んで損をしたという人はおそらくいないでしょう。<br />
娯楽小説の王道を行く作品。強くオススメします！</p>]]>

</content>
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<title>新作『グラーグ５７』登場！傑作の続編の出来ぐあいやいかに？</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2009/10/post_127.html" />
<modified>2009-10-09T17:09:45Z</modified>
<issued>2009-10-09T16:55:17Z</issued>
<id>tag:www.joqr.co.jp,2009:/blog/book//84.36599</id>
<created>2009-10-09T16:55:17Z</created>
<summary type="text/plain"> 昨年のミステリー界最大の事件をあげるとすれば、 間違いなく「新人作家トム・ロブ...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

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<![CDATA[<p><br />
昨年のミステリー界最大の事件をあげるとすれば、<br />
間違いなく「新人作家トム・ロブ・スミスの登場」ということになるでしょう。<br />
デビュー作<a href="http://www.bk1.jp/product/03022181/?partnerid=02joqr_next">『チャイルド４４』</a>は掛け値なしの傑作で、<br />
『このミステリーがすごい！２００９年版』でも海外部門ベスト１に選ばれました。</p>

<p>スターリン圧政下の旧ソ連を舞台に、国家保安省の捜査官レオを主人公にした<br />
この物語のいったいどこが凄かったかといえば、まず主人公への負荷のかけ方が<br />
尋常ではなかったことがあげられます。</p>

<p>ミステリー小説の主人公というのは<br />
ただでさえ窮地に追い込まれるものですが、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03022181/?partnerid=02joqr_next">『チャイルド４４』</a>のレオはその中でも群を抜いていました。<br />
彼ほど悲惨な目にあわされた主人公はちょっと他に思いつきません。</p>

<p>物語の中でレオは連続殺人犯を追います。<br />
捜査官が犯人を追うのは至極当然なので、これだけなら話はいたってシンプル。<br />
けれどもここに当時のソ連の特殊な社会背景がからんできた途端、<br />
主人公はとてつもない困難に襲われることになるのです。</p>

<p><br />
特殊な社会状況とはなにか。<br />
まず確認しておかなければならないのは、<br />
当時のソ連では殺人事件は存在しないことになっていたということです。</p>

<p>素晴らしいイデオロギーに基づいて理想国家を建設しているというのが<br />
当局のタテマエですから、貧困や犯罪といったネガティブな要素は、<br />
資本主義によって腐敗した西側諸国にこそあっても、<br />
偉大なるソビエト連邦には「あってはならない」ことになるわけです。</p>

<p>ですから、国家が「うちらのような理想国家に凶悪犯罪などあるわけがない」と<br />
言っているところに、当の国家に忠誠を誓わなければならない官僚が、<br />
「いや、現実に凶悪犯罪は起きているんですよ」と声をあげるというのは、<br />
国家に対する反逆行為になります。</p>

<p>ということはすなわち、レオは連続殺人犯を追えば追うほど、<br />
おのれの身を危うくするということになるのです。</p>

<p><br />
もうひとつ、このようなタテマエ社会で横行するものがあります。<br />
「密告」です。</p>

<p>たとえばちょっとでも気に食わないヤツがいれば、<br />
「あいつは陰で国家指導部の悪口を言っています」と告げ口するだけでいい。<br />
その人は当局に連行され、拷問を伴う厳しい取り調べを受けます。<br />
やがて人々は、次に売られるのは自分かもしれないと疑心暗鬼に陥り、<br />
隣人や同僚、時には親兄弟すらも先手を打って告発するようになります。</p>

<p>まったくもって息苦しく陰惨な社会ですが、<br />
レオも彼を恨んでいる同僚によって告発され、<br />
妻ライーサとともに危険にさらされます。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03022181/?partnerid=02joqr_next">『チャイルド４４』</a>は、このような陰々滅々とした社会状況のもとで<br />
正義を貫こうとする主人公の活躍に加え、家族とはなにかということもしっかり描いて、<br />
ミステリー小説の昨年の収穫として真っ先に名前をあげてもおかしくない傑作となりました。</p>

<p><br />
さて、そんな傑作の刊行から１年後、思いも寄らないことに続編が出ました！<br />
前作の興奮も醒めやらないところに届けられたのは、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03140964/?partnerid=02joqr_next">『グラーグ５７』上巻</a> <a href="http://www.bk1.jp/product/03140965/?partnerid=02joqr_next">下巻 田口俊樹訳（新潮文庫）</a>です。</p>

<p><br />
前作から３年後。<br />
レオは念願の殺人課を創設することができたものの、<br />
養女ゾーヤとの関係に頭を悩ませていました。</p>

<p>レオ夫婦はゾーヤとエレナというふたりの女の子を養女にしています。<br />
ふたりの両親は、前作でレオの部下によって射殺されていて、<br />
レオは罪の意識と、もしかしたら本当の家族になれるかもしれないという淡い期待も<br />
あってふたりをひきとりますが、年頃の長女ゾーヤとの関係はぎくしゃくしています。</p>

<p>そんな折、モスクワで連続殺人事件が起きます。</p>

<p>被害者の共通項を探るうちに、ラーザリという男が浮かび上がってきました。<br />
レオは国家保安省時代に多くの一般市民を逮捕していましたが、<br />
ラーザリも「上司から渡された名前をタイプで羅列したにすぎない一枚の紙切れだけで、<br />
逮捕を繰り返していた」その頃に逮捕した男で、強制収容所送りになっていました。</p>

<p>連続殺人は収容所にいるはずのラーザリの復讐劇なのか？</p>

<p>レオはやがてヴォリと呼ばれる強制収容所あがりの犯罪集団のひとつが<br />
ラーザリと関わりを持っていることを突き止めます。<br />
しかし養女ゾーヤは彼らに誘拐され人質にとられます。</p>

<p>レオはゾーヤを救うために極寒の地を目指します。<br />
そこにはラーザリのいる強制収容所「グラーグ５７」がありました――。</p>

<p><br />
プロットは二転三転し、前作と同様、一度読み始めると止まりません。<br />
けれどもこの<a href="http://www.bk1.jp/product/03140964/?partnerid=02joqr_next">『グラーグ５７』</a>の美点は、そういうストーリーの面白さとは<br />
別のところにあるように思えます。</p>

<p><br />
物語の中盤で、レオは犯罪者集団ヴォリの女性リーダー、フラエラと対峙します。</p>

<p>レオに組織の目的を問われたフラエラはこう答えます。</p>

<p>「警察が犯罪者集団になったら、犯罪者が警察にならなければならない。<br />
悪党どもが豪華なアパートでぬくぬくと暮らしているときには、<br />
罪のない者が地下で暮らさなければならない。市の掃きだめで暮らさなければならない。<br />
この世は逆転してしまっている。わたしはそれをあるべき姿に戻そうとしているだけだ」</p>

<p>警察は誰かの密告にもとづいて罪のない者を逮捕し、拷問し、<br />
強制収容所で死ぬまで働かせる。これが犯罪者集団でなくなんであろう。<br />
フラエラはそう言っているのです。</p>

<p>事実、レオはそのことに罪の意識を持っていて、新しく創設した殺人課では、<br />
「政治的に真実とされたものではなく、証拠に基づいた真実だけを」追うような<br />
捜査をし、いつの日か「罪を犯した者を逮捕した数が罪のない者を逮捕した数を<br />
上回る」ことがせめてもの罪滅ぼしになると考えています。</p>

<p>ここにだけ目を向けると、単に善と悪が逆転した世界を<br />
描いているだけのように思えますがそうではありません。</p>

<p>時代背景としてここに有名な「フルシチョフのスターリン批判」が加わることで、<br />
物語は一挙に深さと奥行きを増すのです。</p>

<p><br />
「フルシチョフのスターリン批判」とはなにか。<br />
スターリンの死後、フルシチョフが共産党の党大会で初めて<br />
スターリンの独裁政治や粛正の事実を公表しました。<br />
それまでの国家指導者の行状を部下が批判したのです。</p>

<p>そうするとどうなるかといえば、<br />
それまで国家権力の威光を笠に弱者を弾圧していた者が、<br />
逆に復讐に燃える人々から狙われる立場になるのです。</p>

<p>一夜にして価値観の逆転が起き、昨日追われていた者が今日は追う者になる。<br />
ここまでくると、もはや何が正しくて何が悪いのかもわからなくなります。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03140964/?partnerid=02joqr_next">『グラーグ５７』</a>では、このような「あらゆる基準が崩壊した社会」の姿が描かれます。<br />
そして物語を読み進むうちに次第にわかってくるのは、<br />
「あらゆる基準が崩壊した社会」というのはどうやら<br />
ぼくたちが生きているこの時代そのものでもあるらしい、ということです。</p>

<p>レオの物語がぼくたちの物語につながっていること。<br />
この小説のいちばんの美点はそういうところにあるのではないかと思うのです。</p>

<p><br />
北上次郎さんの解説によれば、<br />
レオを主人公とするシリーズは、<br />
このあと第３部が書かれて完結するようです。</p>

<p>時代のうねりに翻弄される人間の小ささと、<br />
運命に抗う人間の強さを同時に描いてみせる<br />
トム・ロブ・スミス（なんとまだ３０歳です）が、<br />
果たしてどんな結末をみせてくれるのか。</p>

<p>次の１年後を楽しみに待ちたいと思います。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>　神様のカルテ</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2009/09/post_126.html" />
<modified>2009-09-22T13:04:55Z</modified>
<issued>2009-09-22T12:38:04Z</issued>
<id>tag:www.joqr.co.jp,2009:/blog/book//84.36060</id>
<created>2009-09-22T12:38:04Z</created>
<summary type="text/plain"> 身内の者が入院したために、このところ週末の病院通いが恒例となっています。 病院...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
身内の者が入院したために、このところ週末の病院通いが恒例となっています。<br />
病院へは地下鉄の駅を降りて住宅街のけやき並木の坂を５分も上れば着くのですが、<br />
最初のころは玄関口に辿り着いただけで汗びっしょりになっていたのに、<br />
いつの間にか肌にあたる朝夕の空気が冷たく感じられるようになってきました。</p>

<p>入院も長引けば病院関係者の顔も名前もおぼえます。<br />
最近、見舞いのたびに話題にのぼるのは「ポマード先生」のこと。<br />
ポマード先生は主治医で、年齢はおそらく５０代なかばくらい。<br />
光沢のある銀髪を後ろになでつけた風貌からこう呼ばれています。</p>

<p>で、この先生がなぜ話題になるかといえば、とにかくいつも病院にいるのです。<br />
身内いわく、病室には日曜祭日問わず、朝晩関係なく、しょっちゅう顔を出すそうですし、<br />
看護師さんに訊いても「たしかに四六時中います」とのこと。<br />
いったいいつ家に帰っているのだろうと、病室内はこの話題で持ちきりなのでした。</p>

<p>医師の数が足りないために勤務スケジュールが<br />
過酷にならざるをえないという事情もあるのかもしれません。<br />
でもそれにしても、病室を訪れるポマード先生の柔和な笑顔からは<br />
「仕方なく休日も働いている」というような雰囲気はみじんも感じられず、<br />
むしろその笑顔は崇高な使命感のようなものに支えられているように見えるのでした。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03145952/?partnerid=02joqr_next">『神様のカルテ』夏川草介（小学館）</a>は、地方都市の救急病院を舞台に、<br />
ひとりの青年医師の心の成長を温かい視点で描いた小説です。<br />
著者の夏川さんは現役の医師で、本作で第十回小学館文庫小説賞を受賞しました。<br />
いまジワジワと全国の書店員さんのあいだで支持を広げている注目の作品です。</p>

<p><br />
信州・松本にある本庄病院は、「２４時間、３６５日対応」を標榜する基幹病院。<br />
主人公の栗原一止（いちと）は、地元の大学を出て本庄病院に勤務して５年目の<br />
内科医です。</p>

<p>地方病院の現状は悲惨なもので、夜間救急外来の当直医ともなれば、<br />
けが人や病人が門前に市をなすがごとく並び、たとえ内科医だろうが<br />
外傷を負った急患の手当もしなければなりません。<br />
一止も徹夜が続き、結婚記念日すら忘れてしまうほど仕事に忙殺される毎日を<br />
送っています。</p>

<p>そんな折、彼は「安曇さん」という患者を担当することになります。<br />
丁寧な物腰とやさしい性格で看護師からも愛されているこのおばあちゃんは、<br />
実は胆のう癌で、余命幾ばくもありません。</p>

<p>安曇さんのために医師としてなにが出来るのか――。<br />
この安曇さんと主人公との向き合いが、物語を貫く太い柱となっています。</p>

<p><br />
とはいえ、物語はシリアス路線一辺倒というわけではありません。<br />
ここが大事なところなのですが、この小説の個性を支えているのは「ユーモア」です。</p>

<p>ユーモアの効果は、登場人物の巧みな描き方から生まれています。</p>

<p>まず主人公の一止は、夏目漱石を敬愛する者として描かれる。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/02598233/?partnerid=02joqr_next">『草枕』</a>を全文暗誦するほどのめり込んでいるために、しゃべり口調もすっかり<br />
古風になってしまっていて、これが物語になんともいえない脱力感を与えています。<br />
最愛の妻ハルとの会話にしてもそう。<br />
ふたりの会話は、まるで大正時代の文士とその妻みたいな感じで、<br />
絶妙にレトロな雰囲気を醸し出している。</p>

<p>一止とハルが暮らすおんぼろアパート「御嶽荘」の住人である絵描きの「男爵」や<br />
大学院生の「学士殿」。あるいは病院の同僚である巨漢の「次郎」や「大狸先生」、<br />
「古狐先生」などもしかり。どの登場人物も見事にキャラが立っています。</p>

<p><br />
この巧みなキャラクター造型と、作者の夏目漱石へのこだわりから推察するに、<br />
おそらく作者は<a href="http://www.bk1.jp/product/02319632/?partnerid=02joqr_next">『坊っちゃん』</a>をイメージしてこの小説を書いたのではないでしょうか。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/02319632/?partnerid=02joqr_next">『坊っちゃん』</a>はひとくちで言えば、「敗北」を描いた小説です。<br />
それは都会の人間が田舎の人間に敗北する話でもあるし、<br />
青臭い正義感が「世間」に敗北する話でもあります。</p>

<p>では翻って、<a href="http://www.bk1.jp/product/03145952/?partnerid=02joqr_next"> 『神様のカルテ』</a>の主人公、栗原一止は何に敗れたのでしょうか。</p>

<p>それは「死」ではないかと思います。<br />
「死」はかならずその人のもとを訪れる。<br />
どんなに「死」に抗っても人間はやがて敗れ去る運命にあります。</p>

<p>でも、だからといって医師の仕事が徒労に過ぎないかといえばそうではありません。</p>

<p>物語の終盤、安曇さんは亡くなります。<br />
その後、一止に宛てて安曇さんが遺したメッセージが見つかります。<br />
その中に、こんな言葉が出てきます。</p>

<p><br />
「病むということは、とても孤独なことです」</p>

<p><br />
安曇さんは、一止が最期まで自分と一緒にいてくれたことで<br />
孤独にならずにすんだと感謝の思いを伝えながら、<br />
孤独でさえなければ、たとえ病気が治らなくても、<br />
生きていることが楽しいと思える瞬間はたくさんあるのだ、と言います。</p>

<p>医師の仕事は決して無駄ではない。<br />
死に瀕した患者を前にしても出来ることがある。<br />
あなたはそれをしてくれた――安曇さんはそう言っているのです。</p>

<p><br />
このくだりを読んで、ぼくは哲学者・鷲田清一さんの<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/02402194/?partnerid=02joqr_next">『「聴く」ことの力』（阪急コミュニケーションズ）</a>に出てくるエピソードを思い出しました。</p>

<p>阪神淡路大震災で被災されたある女性の話です。</p>

<p>彼女には受験生の息子がいたのですが、<br />
深夜の受験勉強に疲れ、こたつで居眠りをしていた息子をみて、<br />
いつもは「風邪をひくから」と二階のこども部屋に無理やり連れて上がるのを、<br />
よりによってその夜は、あまりに深く眠っているので起こすのがかわいそうになり、<br />
そのままこたつで寝させていたそうです。<br />
そして翌朝未明、眠りに沈む街を激震が襲いました。<br />
二階は崩れ落ち、息子さんは押し潰されてしまいました。</p>

<p>彼女は息子を殺したのは自分だとみずからを責め苛み続けていました。</p>

<p>そんなとき、ひとりのボランティアが彼女の話し相手となりました。<br />
話し相手といっても、このボランティアにできたのは、<br />
彼女が語る「とりかえしのつかない過失」について<br />
ただただ耳を傾けることだけでした。</p>

<p>けれども鷲田さんは、この「聴く」という受け身の行為だけが、<br />
この女性のただれた心の皮膚をつなぎとめる力を持ったと言います。</p>

<p>このエピソードは、人は決してひとりでは生きていけないのだという<br />
ごく当たり前の事実を教えてくれます。</p>

<p>思えば医師の仕事というのは、人はひとりでは生きていけないという<br />
この当たり前の事実を、日々目の前に突きつけられる仕事なのかもしれません。<br />
身内の病室を日に何度ものぞいて世間話をしていくポマード先生も、<br />
患者と向き合う上で何がいちばん大切かということをたぶん知っているのでしょう。</p>

<p>人と人との心の交流を真正面から描いた<a href="http://www.bk1.jp/product/03145952/?partnerid=02joqr_next">『神様のカルテ』。</a><br />
人恋しくなる秋だからこそ強くおすすめしたい心温まる一冊です。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>物語の名手が描く会心の復讐劇</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2009/09/post_125.html" />
<modified>2009-09-06T11:53:42Z</modified>
<issued>2009-09-06T11:28:09Z</issued>
<id>tag:www.joqr.co.jp,2009:/blog/book//84.35549</id>
<created>2009-09-06T11:28:09Z</created>
<summary type="text/plain"> いったい人間はどれくらいの間、怒りのエネルギーを保てるものなのでしょうか。 「...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


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<![CDATA[<p><br />
いったい人間はどれくらいの間、怒りのエネルギーを保てるものなのでしょうか。<br />
「あの野郎！」とか「このくそヨメ！」とか猛烈にアタマにきたとしても、<br />
その気持ちを３日も持続できるかというとなかなか難しいものがあります。</p>

<p>もしかしたら人間というのは元来、怒りや恨みといったネガティブな感情を<br />
長く保ち続けることができないようにできているのかもしれませんね。<br />
人間がたやすく怒りの感情を溜め込める動物だったとしたら、<br />
おそらく人類はいまよりもずっと昔に滅んでいたに違いありません。</p>

<p>でも、ちょっとした怒りの感情でさえキープするのが難しいのだとしたら、<br />
「誰かに復讐したい」という執念を保ち続けるのには<br />
いったいどれくらいのエネルギーを要するのでしょうか。</p>

<p><br />
物語巧者として知られるジェフリー・アーチャーの手になる<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03106220/?partnerid=02joqr_next">『誇りと復讐』上 </a><a href="http://www.bk1.jp/product/03106221/?partnerid=02joqr_next">下 　永井淳訳（新潮文庫）</a>は、<br />
幸せの絶頂から絶望の淵へと突き落とされた男の復讐劇。</p>

<p>自動車修理工のダニーは、ある日プロポーズをし、承諾を得ることに成功します。<br />
相手は幼なじみで、勤め先の社長の娘でもあるベス。<br />
しかもベスの兄バーニーは昔からの大親友です。</p>

<p>ところが、祝杯をあげようと３人で出かけたワイン・バーで、<br />
彼らは４人組の男にからまれ、喧嘩となった末に悲劇が起こります。<br />
バーニーがナイフで胸を刺され殺されてしまうのです。<br />
そしてあろうことか、警察は犯人としてダニーを逮捕します。</p>

<p>ダニーは無罪を主張しますが、<br />
なにしろ相手の４人組はケンブリッジ大学出のエリートです。<br />
職業も弁護士やコンサルタント、ＴＶドラマで人気の俳優など<br />
社会的な信用も絶大。（ただし一人を除いて。この一人が後ほど物語の鍵となります）<br />
彼らは法廷でのふるまいも洗練されており、陪審員はすっかりダマされてしまいます。</p>

<p>ダニーの主任弁護士アレックスは、正義感にあふれる若者ですが、<br />
自分たちの利益のためには他人の人生を狂わせることをためらわない<br />
４人組の悪だくみを暴くには、いかんせん弁護士としての経験が浅すぎました。</p>

<p>弁護士アレックスの孤軍奮闘も空しく、ダニーは懲役２２年の刑を宣告され<br />
ベルマーシュ刑務所に収監されます。</p>

<p>誰もがダニーの人生はもう終わりだと思いました。<br />
けれどもただひとりだけ、あきらめていなかったのがダニー自身でした。<br />
自分を陥れ、親友の命を奪い、愛するベスを苦しめた連中を絶対に許さない！<br />
刑務所の中で、ダニーの壮大な復讐劇が幕を開けます。</p>

<p>今年で古稀となる著者のジェフリー・アーチャーは、英国文壇きっての物語巧者です。<br />
読者の予想とはまったく違う方向へとストーリーを引っ張るのはお手のもの。<br />
ダニーも思いもよらない方法でベルマーシュ刑務所から脱出します。<br />
（ただしこの方法はかなり荒唐無稽なもので賛否両論分かれるのは必至です。<br />
活字だからかろうじて成立するのであって、映像でこれをやったら白けてしまうかもしれません）</p>

<p>再び囚われの身となり、５つの大罪で告発され絶体絶命のダニー。<br />
けれども神はダニーを見捨ててはいませんでした。<br />
ここで伝説の弁護士が登場し、主任弁護士のアレックスに秘策を授けます。<br />
そして英国中が見守る中、運命の評決が下されるのでした――。</p>

<p><br />
周到にはりめぐらされた伏線といい、最後の最後に救いのある展開といい、<br />
『誇りと復讐』は胸のすく読後感のエンターテイメント作品に仕上がっています。<br />
ひとりの男の復讐劇というだけではなく、法廷劇としても面白い読み物になっており、<br />
さすがはジェフリー・アーチャーというべきでしょう。</p>

<p>ご存知ない方のためにひと言申し添えておくと、<br />
ジェフリー・アーチャーは、常にスキャンダルがつきまとわれる作家です。</p>

<p>英国議会史上最年少の議員として下院入りを果たしたかと思えば、<br />
株式投資詐欺に引っかかり議員辞職を余儀なくされ、<br />
復活してサッチャー政権の要職についたかと思えば、<br />
セックス・スキャンダルで政界から身を退かざるをえなくなります。</p>

<p>極めつけは、ふたたび復活してロンドン市長選に立候補しようかというとき。<br />
裁判での偽証の疑惑が持ち上がり、アーチャーは逮捕され、裁判の末、有罪が確定。<br />
２年間にわたって刑務所生活を送るハメになります。<br />
ちなみにこの時収監されたのが、ダニーが入れられたのと同じベルマーシュ刑務所。</p>

<p>ベルマーシュ刑務所は凶悪犯が集まるカテゴリーＡの重警備刑務所で、<br />
これまでただのひとりも脱獄できた者はいません。<br />
そんなところにアーチャーは６０歳を過ぎて放り込まれたわけです。</p>

<p>その結果どうなったといえば、アーチャーは刑務所の内部を克明に取材し、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/02464736/?partnerid=02joqr_next">獄中記</a>を執筆して大金を稼ぎ、出所後に書かれた本書では、小説の中とはいえ、<br />
主人公にあっと驚く方法でベルマーシュ刑務所史上初めての脱獄を成功させています。</p>

<p>なお、他のアーチャー作品も読んでみたいという方には、<br />
ページを繰る手が止められなくなる<a href="http://www.bk1.jp/product/02936112/?partnerid=02joqr_next">『ケインとアベル』</a>をオススメします。</p>

<p><br />
最後に本書を翻訳された永井淳さんについて。<br />
アーチャーのみならず、Ｓ・キングやＲ・ダールの翻訳者としても知られる永井さんが<br />
先日お亡くなりになったことを、小林信彦さんの週刊文春のコラムで知りました。<br />
小林さんによれば、永井さんはアーチャーから全幅の信頼を寄せられていたそうです。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03106220/?partnerid=02joqr_next">『誇りと復讐』</a>は永井訳で読める最後のアーチャー作品でもあることを書き添えておきます。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>芥川賞受賞作『終の住処』が描く「夫婦の時間」</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2009/08/post_124.html" />
<modified>2009-08-11T16:36:07Z</modified>
<issued>2009-08-11T16:02:22Z</issued>
<id>tag:www.joqr.co.jp,2009:/blog/book//84.34798</id>
<created>2009-08-11T16:02:22Z</created>
<summary type="text/plain"> この世でヨメほど不可解な存在はありません。 考えてみれば不思議なことです。 毎...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
この世でヨメほど不可解な存在はありません。</p>

<p>考えてみれば不思議なことです。<br />
毎日同じ場所で寝起きをともにし、同じものを食べ、<br />
同じ日本語をしゃべる人間であるにもかかわらず、<br />
どうしてこうもわかりあえないのか――。</p>

<p><br />
磯﨑憲一郎さんの芥川賞受賞作<a href="http://www.bk1.jp/product/03145565/?partnerid=02joqr_next">『終の住処』（新潮社）</a>では、<br />
ある夫婦のあいだに流れた気の遠くなるような長い時間が描かれます。</p>

<p>出会いに始まり、娘が産まれ、家を建て、アメリカに単身赴任をし、帰国するまで。</p>

<p>こんなふうに要約すると、まだこの小説を手に取っていない人は、<br />
世間にいくらでも転がっているありふれた夫婦の物語だと思うかもしれません。</p>

<p>でも違うんです。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03145565/?partnerid=02joqr_next">『終の住処』</a>は、ありふれた夫婦を描いているようにみえながら、<br />
実に個性的な小説に仕上がっているのです。</p>

<p>では<a href="http://www.bk1.jp/product/03145565/?partnerid=02joqr_next">『終の住処』</a>という小説の個性を際だたせているものは何でしょうか。</p>

<p><br />
この小説では２つのことが徹底して描かれます。<br />
ひとつは、妻とのディスコミュニケーションです。</p>

<p>ある時、主人公は妻と娘と連れだって遊園地を訪れます。<br />
家族で観覧車に乗り、家に帰ったところから妻が口を利いてくれなくなります。<br />
でもこの程度なら、どこの夫婦にも経験のあることでしょう。<br />
恐ろしいのはここから。なんと妻はそれから１１年も口を利いてくれないのです！</p>

<p>なぜ妻は口を利いてくれないのか。主人公も悩みます。<br />
そして「観覧車にだけは乗っておきましょう」と言った妻のひと言に<br />
なにか理由が隠されているに違いないと考え、観覧車の歴史を調べたりするのです。</p>

<p>たまたま観覧車に乗った後、口を利いてくれなくなったからって、<br />
観覧車の歴史を調べてどうなるんだ、と滑稽に思う人もいるかもしれません。<br />
けれども、ここで主人公のことを笑えないのは、論理的に考えよう考えようとする<br />
主人公に、自分自信の姿を重ね合わせてしまうからです。</p>

<p>妻との不仲の原因を理詰めで考える。<br />
ところがロジカルに考えれば考えるほど、<br />
妻はますます理解不能な不気味な存在として立ち上がってくる。</p>

<p>世の男性諸氏には誰しも心当たりがあるのではないでしょうか。</p>

<p>「どうして遅く帰ってきたの」<br />
とヨメになじられ、<br />
「それは、これこれこういう理由で・・・・・・」<br />
と午前様にも正当な根拠があることを証明しようとすると、<br />
「そんなこと別に聞いてない！」<br />
などと激高され、さらに状況が悪くなった、というようなことが。</p>

<p>男が観念的に頭で考えるレベルを、相手は超えてしまっているとでもいいましょうか、<br />
ともかくこの小説で、妻は徹底的に男の理解の範疇を超えた存在として描かれます。</p>

<p><br />
けれども、このようにコミュニケーションの成立しない者同士であっても、<br />
たまたま夫婦になったというだけで、人生の長い時間をともに過ごすことだってあります。</p>

<p>この<a href="http://www.bk1.jp/product/03145565/?partnerid=02joqr_next">『終の住処』</a>が、個性的な小説たり得ているもうひとつの理由がここにあります。<br />
それはこの小説が、この気が遠くなるような「夫婦の時間」そのものを描こうという<br />
野心的な試みに挑戦しているからです。</p>

<p><br />
ところで、みなさんには過去を振り返ったときに、<br />
過ぎ去った時間がまるで夢のように感じられることってありませんか？</p>

<p>そのようなものとしてぼくが思い出すのは、<br />
子どもの頃、夏になるときまって行っていた夜市のことです。</p>

<p>その頃住んでいたのは山奥にある小さな城下町で、夏休みの時期は<br />
週末になると開かれる夜市に足を運ぶのを楽しみにしていました。</p>

<p>なにしろ街灯も満足にないような田舎町です。<br />
夜市の会場にはたくさんの裸電球が吊され、<br />
その一角だけが闇の中に浮かび上がっているように見えました。<br />
金魚すくいやヨーヨー、綿菓子や焼きトウモロコシなどの店が並ぶ様は、<br />
一見、どこにでもある夜市の光景です。</p>

<p>けれどもぼくの記憶では、その夜市は決して普通のものではありませんでした。<br />
そこにはいつも、「人ではないモノたち」が大勢いたのです。</p>

<p>彼らは、ある時は裸電球の向こうにひろがる真っ暗な路地に佇み、<br />
またある時は盆踊りの輪の中に紛れ込んでいました。<br />
なぜかはわかりませんが、それらが人にあらざるモノであることは、<br />
子どものぼくにはたちどころにわかりました。<br />
彼らはあらゆるところにいて、ぼくらと同じように夜市を楽しんでいたのです。</p>

<p>いまとなっては、その時体験したことが本当のことだったかなんてわかりません。<br />
なにしろ記憶の彼方にある遠い昔の出来事ですから。</p>

<p>ただ、この夜市の記憶のように、遠く過ぎ去った大昔の出来事ほど、現実の手触りが消失し、<br />
夢とうつつの境界が融けあったもののようになってしまうのではないかと思うのです。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03145565/?partnerid=02joqr_next">『終の住処』</a>において、夫婦のあいだに積み重なった<br />
膨大な時間そのものを描写するのに作者が選び取ったのは、<br />
さまざまな出来事を夢のように描くという方法でした。</p>

<p>この小説で描かれる過去の出来事たちは、<br />
一様に現実の輪郭を失った夢の世界の出来事のように描かれています。</p>

<p>夏の朝に散歩をすれば頭上に滝が現れ、<br />
離婚を切り出そうと妻をホテルに呼び出せば<br />
いつの間にかそこは浮気相手との密会に使っているホテルになり、<br />
空を見上げれば数ヶ月間満月が続いていて、<br />
家を建てようと決心すれば二階まで手が届く巨体の老建築家が家にやってくる――といった具合に。</p>

<p>このように〈夢の文法〉を導入したことで、<br />
この小説は過去の時間をうまく作品に取り込むことに成功しています。<br />
（同じように夢の文法を使って書かれた小説に、蜃気楼の村マコンドを舞台に<br />
ブエンディア家の百年間を描いたガルシア＝マルケスの<a href="http://www.bk1.jp/product/02731081/?partnerid=02joqr_next">『百年の孤独』</a>がありますが、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03145565/?partnerid=02joqr_next">『終の住処』</a>がこの偉大なる先行作品に大きな影響を受けていることは明らかです）</p>

<p><br />
一切の出来事が夢のように感じられるほどに夫婦は長い時間を過ごし、<br />
やがて主人公は次のように述懐するに至ります。</p>

<p><br />
「その渦中にいるときにはただ早く過ぎ去って欲しいと思っていた、<br />
彼を悩ましたいっさい――若いころの営業と接待漬けの日々、上司の罵声、<br />
深夜残業、家計のやりくり、赤ん坊の夜泣き、寝不足のまま朝起き上がるときの辛さ、<br />
どうしても抜け出すことのできない不倫関係、自己嫌悪、そして妻との、すれ違うばかりの<br />
緊張した生活――それらのいっさいが、いまでは堪えようもなく懐かしかった。<br />
まったく不思議なことだったが、人生においてはとうてい重要とは思えないようなもの、<br />
無いなら無いに越したことはないようなものたちによって、かろうじて人生そのものが<br />
存続しているのだった」（１０３ページ）</p>

<p><br />
夫婦って何だろう・・・・・・。人生って何だろう・・・・・・。<br />
時を重ねれば、いつしかぼくもすべてが懐かしいと思えるようになるのだろうか・・・・・・。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03145565/?partnerid=02joqr_next">『終の住処』</a>を読んで柄にもなくそんなことに思いを馳せてしまいました。</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>今年の時代小説ナンバーワンは『弩』で決まり！</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2009/08/post_123.html" />
<modified>2009-08-02T12:20:55Z</modified>
<issued>2009-08-02T11:56:30Z</issued>
<id>tag:www.joqr.co.jp,2009:/blog/book//84.34504</id>
<created>2009-08-02T11:56:30Z</created>
<summary type="text/plain"> 突然ですが、あなたは電車で本を読むとき、本にカバーをかけていますか？ 朝の満員...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
突然ですが、あなたは電車で本を読むとき、本にカバーをかけていますか？<br />
朝の満員電車なんかでちょっと気をつけて周囲を見渡してみると、<br />
あっちでもこっちでもブックカバーをかけているのが目にとまります。</p>

<p>ぼくは「かけない派」です。</p>

<p>最近ではどこの本屋さんでも必ず「カバーおかけしますか？」と聞かれますが、<br />
その都度丁重にお断り申し上げていますし、うっかりカバーをつけられてしまったときも、<br />
わざわざお願いして外してもらっています。ともかく断固として本にカバーはかけません。</p>

<p>なぜって？<br />
だってもったいないじゃないですか。</p>

<p>いや、もったいないといっても、紙資源の無駄とかそんな意味じゃないですよ。<br />
いま自分が読んでいる本がとんでもなく面白い本なんだってことを、<br />
周りに知らせないのはもったいないじゃないかと。そんなふうに思うわけです。<br />
要するに、本を愛する人間が「いまオレ面白い本読んでますよ！」と<br />
周囲にアピールしなくてどうするんだ、というわけですね。</p>

<p>ちょっと想像してみてください。<br />
あなたがものすごく美しくセクシーな女性だとしましょう。</p>

<p>朝の通勤電車で、目の前に立つオトコたちが新聞を読むふりをしながら<br />
チラチラと顔や胸元を盗み見るのは、あなたにとっては年中行事のようなもの。<br />
ところが、今朝目の前に立ったデブ男に限っては、<br />
本を読むのに無我夢中で、いっさいあなたのことなんか眼中にありません。<br />
いちどだけ、あなたが咳をしたときにチラッとこちらを見ましたが、<br />
その目の色からはあなたについてなんの関心も認められませんでした。<br />
にもかかわらず、このデブ男は、他のオトコたちがあなたを見つめるような<br />
熱く情熱的な視線を手元の本に注いでいるではありませんか。<br />
容姿に自信のあるあなたはすっかりプライドを傷つけられてしまいました。<br />
そしてこう思うのです。</p>

<p>「わたしよりも魅力のある本ってなに？この人はいったいなにを読んでいるの？」</p>

<p><br />
え？そんなこと思わないって？<br />
いや、あのですね、つまりは何が言いたいかというと、<br />
目の前の人が夢中で本を読んでいたら、<br />
どうしたってその人の読んでいる本のことが<br />
気になってしまうだろうってことを言いたいわけです。</p>

<p><br />
通勤電車でぼくがこの本に熱中していた数日間も、<br />
きっとたくさんの人がこの本のことを記憶にとどめたに違いありません。<br />
（あいにく本が面白すぎて、美しくセクシーな女性がいたかどうかは憶えてないけど）</p>

<p>なにしろ表紙にはダイナミックに「弩」（ど）のひと文字が、<br />
帯には書評家・北上次郎さんによる「２００９年はこれだ」というコメントが踊っています。<br />
人々の記憶に残るインパクト十分の面構えです。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03115274/?partnerid=02joqr_next">『弩』下川博（小学館）</a>は、血湧き肉躍る時代小説の傑作です。<br />
今年もまだ半分残っているのにそんなこと言い切っていいのかと<br />
言われるかもしれませんが、これから刊行されるものを含めたとしても、<br />
おそらくこの小説にかなうものはないでしょう。今年の時代小説の白眉と断言します。</p>

<p><br />
時代は１４世紀中頃。<br />
鎌倉幕府が滅亡へと向かい、やがて南北朝の動乱がはじまる混迷の時代です。<br />
舞台となるのは、因幡の国の智土師郷（ちはじごう）。<br />
現在の鳥取県智頭町那岐地区にあたります。</p>

<p>横浜市の金沢文庫が所蔵する「称名寺文書」には、<br />
１３４２年、この土地の農民たちが村を護るために<br />
侍たちを雇ったという史実が記されているそうです。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03115274/?partnerid=02joqr_next">『弩』</a>はこの史実にインスパイアされて書かれた作品です。<br />
ストーリーの大筋は、「農民が侍を雇って野武士と戦う」といういたって単純なもの。<br />
けれども<a href="http://www.bk1.jp/product/03115274/?partnerid=02joqr_next">『弩』</a>は、いくつかの要素によって類例のない時代小説たりえています。</p>

<p>ひとつは農民たちが使った武器に「弩」を採用したこと。</p>

<p>「弩」（ど）は、古代中国で開発された弓の一種。<br />
西洋ではクロスボーと呼ばれ、この物語と同じ１４世紀の中頃には、<br />
スイスでウィリアム・テルがクロスボーの名手として勇名を馳せていました。<br />
特別な訓練も必要なく使えることから、鍛錬を旨とする武道からは敬遠され、<br />
日本では武器としては定着しませんでしたが、この忘れられた武器である「弩」を<br />
引っ張り出してきたことで、物語はユニークな輝きを放つようになりました。</p>

<p><br />
しかもそこにはちゃんとしたリアリティの裏付けがある。<br />
これがこの小説のふたつめの優れた点です。</p>

<p>鍬や鋤しか手にしたことのない農民が、侍崩れの悪党といかにして戦うか。<br />
作者はおそらくこの点を徹底的に考え抜き、「弩」という武器を選んだに違いありません。<br />
特別な技能を必要としない「弩」は、確かに素人用の武器としてリアルな選択です</p>

<p>でも武器が手に入ったからといって、悪党どもと対等に戦えるわけではありません。<br />
やはり相応の戦闘訓練が必要となりますが、こういった場面も実にしっかりと描かれている。</p>

<p>「忘れるな。騎馬武者は馬上では左側からしか矢を射てぬ。狙われたら、右に右にと逃げるのだ！」</p>

<p>このような訓練シーンでのちょっとしたセリフにもリアリティがあります。<br />
こうした小さなリアルの積み重ねが物語全体に説得力をもたせるのだということを<br />
忘れてはいけません。</p>

<p>「弩」の入手方法もちゃんと考えられています。<br />
いくら勇気を振り絞って悪党と戦おうと決心しても、結局戦うのには金がいる。<br />
この物語の主人公の農民たちは、特産物の柿渋を商品化し、他国との交易で<br />
塩を入手することで生み出した利益を武器の購入にあてるのです。<br />
（この小説は、このように当時の経済をリアルに描いた経済小説の側面ももっています）</p>

<p><br />
ところで、物語の舞台となった１４世紀中頃は、<br />
日本という国のかたちが定まるにはまだ遠く、<br />
けれども近世に向けて商品経済のシステムなどが固まり始めた時期でもあります。<br />
中世というのは日本史の中でもひじょうにダイナミックな時代ですが、<br />
このような活力あふれる中世像を初めてぼくらの前に提示したのが、<br />
歴史学者の故・網野善彦さんです。</p>

<p>この小説『弩』は、明らかにこの網野史学の影響下に書かれています。<br />
まだ定まらぬこの国のかたち、跳梁する悪党ども、村々を行きかう漂白民たち――。<br />
この小説の背景にあるのは、網野善彦が描いた躍動する中世像そのものです。</p>

<p>超弩級の面白さを持つ<a href="http://www.bk1.jp/product/03115274/?partnerid=02joqr_next">『弩』</a>を堪能した後は、<br />
ぜひ網野善彦さんの本も読んでみてください。<br />
どれもオススメですが、この小説の時代背景と直接関係のあるものとしては、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/01342809/?partnerid=02joqr_next">『無縁・公界・楽』</a>や<a href="http://www.bk1.jp/product/00952802/?partnerid=02joqr_next">『異形の王権』（いずれも平凡社ライブラリー）</a>などをぜひ！<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>祝直木賞！北村薫作品の魅力を語ろう！</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2009/07/post_122.html" />
<modified>2009-07-19T16:14:30Z</modified>
<issued>2009-07-19T15:43:45Z</issued>
<id>tag:www.joqr.co.jp,2009:/blog/book//84.34058</id>
<created>2009-07-19T15:43:45Z</created>
<summary type="text/plain"> 第１４１回直木賞は北村薫さんの『鷺と雪』が受賞しました。 おめでとうございます...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
第１４１回直木賞は北村薫さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03111062/?partnerid=02joqr_next">『鷺と雪』</a>が受賞しました。<br />
おめでとうございます！<br />
「西川美和さんとのダブル受賞」の予想は外れてしまいましたが、<br />
北村さんはとっくに受賞していておかしくないほどの大家ですから、<br />
この結果は不思議でもなんでもありません。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03111062/?partnerid=02joqr_next">『鷺と雪』</a>は、女子学習院に通う士族令嬢の花村英子と、<br />
お付きの運転手「ベッキーさん」こと別宮（べつく）みつ子が活躍する<br />
ミステリー短編集です。</p>

<p>時代は昭和初期。<br />
帝都東京は、大正時代から続くモダンな雰囲気を残しつつも、<br />
徐々に不穏な空気を漂わせていました。</p>

<p>そんな中、英子の周辺で小さな事件が起こります。<br />
友人の侯爵家令嬢の小父様が失踪した事件。<br />
老舗和菓子店の小学生の息子が夜の上野で補導された事件。<br />
そして台湾にいるはずのある男性が銀座で記念写真に写っていた事件。<br />
これらの謎を英子がベッキーさんの力を借りながら解いていきます。</p>

<p>それぞれの事件は人の生死に関わるようなものではなく、<br />
謎の真相も明かされてみれば、実に微笑ましい他愛のないものだったりします。<br />
しかしその一方で、時代は確実に暗い方向へと歩みを進めていました。<br />
物語は英子の「お嬢様時代の終わり」を暗示しつつ、<br />
雪の降る昭和１１年２月２６日で幕を閉じます。</p>

<p>さすが熟練の物語作家による作品だけあって、<br />
細かいところまで目の行き届いたエンターテイメントに仕上がっています。<br />
老若男女を問わず、誰もが安心して楽しめる短編集といっていいでしょう。</p>

<p><br />
今回の直木賞をきっかけに北村さんの小説を<br />
読んでみたいという方のためにお知らせしておくと、<br />
北村薫という作家にはおおきく３つの特徴があります。</p>

<p>ひとつは「フェミニンな感覚」です。</p>

<p>北村さんは女性を描くのがたいへんに上手い。<br />
埼玉県の高校で国語の先生をしていた北村さんは、デビュー作の<a href="http://www.bk1.jp/product/01053215/?partnerid=02joqr_next">『空飛ぶ馬』</a>以来<br />
しばらくは、素性を隠した覆面作家として作品を発表し続けていました。<br />
彼の描く小説の主人公が女子大生で、文章のテイストも女性っぽかったことから、<br />
正体が明らかになるまでは本気で「北村薫＝女性説」があったくらいです。</p>

<p>そういえば英子とベッキーさんとの関係も、宝塚の娘役と男役を連想させます。<br />
別の作家が書けば、ベッキーさんの役はきっと男になってしまうはずで、<br />
そこに女性キャラクターを持ってきて、男性的役割を担わせてしまうのが<br />
北村さんならではだと思います。</p>

<p>もうひとつは、「日常を大切に描く」という点。</p>

<p>北村作品には残虐な殺しの場面などがいっさい登場しません。<br />
「日常生活におけるささやかな謎を描く」というというそのスタイルは、<br />
後進に大きな影響を与えました。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03111062/?partnerid=02joqr_next">『鷺と雪』</a>には、ベッキーさんの「人間の善き知恵を信じます」というセリフが出てくる<br />
場面がありますが、北村さんにはきっと、人間が日々の営みの中で生み出す知恵への<br />
強い信頼があるのではないでしょうか。</p>

<p>最後は「すぐれた教師としての顔」です。</p>

<p>教壇にお立ちになっていた頃の北村さんは存じ上げませんが、<br />
おそらく優秀な教師だったに違いありません。<br />
それはこれまで手掛けてこられた数々の書評をみているとわかります。<br />
北村さんはとにかくホメ上手。<br />
ぼくが知るかぎり人の作品を悪し様に非難するのを見たことがありません。</p>

<p>すぐれた教育者としての顔は、北村さんによる数々のアンソロジーにも現れています。<br />
最近のものでは、岡本綺堂のアンソロジー<a href="http://www.bk1.jp/product/03106261/?partnerid=02joqr_next">『読んで！半七』（ちくま文庫）</a>とか、<br />
日本人作家の短編アンソロジー<a href="http://www.bk1.jp/product/02957198/?partnerid=02joqr_next">『名短編、ここにあり』（ちくま文庫）</a>などがおすすめ。</p>

<p>この他、北村さんの小説に対する考えなどを知りたい方は、<br />
早稲田大学での講義をまとめた<a href="http://www.bk1.jp/product/03006545/?partnerid=02joqr_next">『北村薫の創作表現講義』（新潮選書）</a>をどうぞ。</p>

<p>なにはともあれ、ぜひこの機会に北村ワールドを体験してみてください！<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>　第１４１回直木賞直前予想！</title>
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<modified>2009-07-12T16:59:10Z</modified>
<issued>2009-07-12T16:28:15Z</issued>
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<summary type="text/plain"> 家族が寝静まった深夜、真っ暗な部屋でただひとり黒衣をまとい、 透明な水晶玉を前...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
家族が寝静まった深夜、真っ暗な部屋でただひとり黒衣をまとい、<br />
透明な水晶玉を前にして、密かにその儀式ははじまるのでした。<br />
ヨメを呪う黒魔術かって？それもたまにやるけれど、今回は違います。<br />
今宵行われるのは、数日後の近い未来を占うための儀式。<br />
そう、まもなく選ばれようとしている直木賞の受賞者を占う儀式なのです――。</p>

<p>呪文を唱えるうちに水晶玉にゆっくりと影が浮かび上がりはじめました。<br />
やがてそれはひとりの人物へと像を結びはじめる・・・・・・はずが、あれれ？<br />
な、なんだこれは！！</p>

<p>「なんと！どうしたことだ、水晶玉に映った人間はひとりじゃないぞ！」<br />
「ふたりだ！！」</p>

<p><br />
なんて小芝居もありつつ恒例の直木賞直前予想、今回の候補作はこちらです。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03111062/?partnerid=02joqr_next">北村薫『鷺と雪』（文藝春秋）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03110587/?partnerid=02joqr_next">西川美和『きのうの神さま』（ポプラ社）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03089555/?partnerid=02joqr_next">貫井徳郎『乱反射』（朝日新聞出版）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03083378/?partnerid=02joqr_next">葉室麟『秋月記』（角川書店）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03091621/?partnerid=02joqr_next">万城目学『プリンセス・トヨトミ』（文藝春秋）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03083618/?partnerid=02joqr_next">道尾秀介『鬼の跫音』（角川書店）</a></p>

<p><br />
いずれ劣らぬ強者ぞろいです。誰が直木賞をとってもおかしくありません。</p>

<p>それでは各候補作をみていきましょう。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03111062/?partnerid=02joqr_next">北村薫さんの『鷺と雪』。</a><br />
昭和初期を舞台に士族令嬢の花村英子と<br />
おかかえ運転手〈ベッキーさん〉こと別宮が活躍するミステリー・シリーズの完結編です。<br />
「三越のライオン」にまつわる都市伝説や、本来は山にいるはずのブッポウソウの声が<br />
夏の東京の夜空に響き渡った話など、史実を巧みに取り入れた物語は読ませます。<br />
軽いタッチで読者を引っ張りながら、最後に大きな事件をもってくる構成もお見事。<br />
「娯楽小説の達人」の妙技を存分に堪能できる作品です。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03110587/?partnerid=02joqr_next">西川美和さんの『きのうの神さま』</a>は、<br />
地方に生きる人々の人生を描いた短編集。<br />
この作品で世間は「西川美和」という新しい才能を知ることになるでしょう。<br />
（詳しくは後述します）</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03089555/?partnerid=02joqr_next">貫井徳郎さんの『乱反射』。</a>ごく普通の人々の些細なわがままが、<br />
ひとりの幼児の死へとつながっていく様を描きます。<br />
力作ですがちょっと冗長なところもあるかも。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03083378/?partnerid=02joqr_next">葉室麟さんの『秋月記』</a>は、<br />
福岡藩の支藩である秋月藩で、藩政を牛耳る悪家老を糾弾し<br />
排除することに成功した若き藩士が巻き込まれる陰謀を描きます。<br />
主人公は葉室作品らしい清廉な人物で個人的にも大好きですがやや地味か。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03091621/?partnerid=02joqr_next">万城目学さんの『プリンセス・トヨトミ』</a>は、<br />
大阪が実は独立国だったという大ボラを、もっともらしい歴史的事実とともに<br />
見事なエンターテイメントに仕立て上げた作品。<br />
大評判の作品ですが今回の直木賞はないでしょう。いずれ必ずとる人ですけれど。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03083618/?partnerid=02joqr_next">道尾秀介さんの『鬼の跫音』</a>は、<br />
驚きの結末が味わえる６つの短編からなる短編集。<br />
小説の魔術師・道尾秀介のテクニックは楽しめるものの、<br />
そのテクニックが目につきすぎるところがちょっと気になります。</p>

<p><br />
ということで、いよいよ第１４１回直木賞の予想にいきましょう。<br />
今回ぼくが全力で推したいのは、西川美和さんです。<br />
この人は凄い！たいへんな才能の持ち主です。</p>

<p>傑作『ゆれる』で映画監督として脚光を浴び、<br />
最新作『ディア・ドクター』も評判を呼んでいますが、<br />
ぼくはこのたび<a href="http://www.bk1.jp/product/03110587/?partnerid=02joqr_next">『きのうの神さま』</a>を熟読して確信しました。</p>

<p>この人は本質的には映像の人ではなく、文章の人です。<br />
つまり「小説も書く映画監督」ではなく「映画も撮る小説家」。<br />
それくらいにこの人の小説は凄い。<br />
あれだけ高く評価された映画よりも<br />
小説のほうが圧倒的に上だと言いたくなるくらいに凄いのです。</p>

<p>西川さんの小説の凄いところはふたつあります。</p>

<p>ひとつは、強い映像喚起力を備えた文章。<br />
西川さんの文章は、読む者の脳内に鮮烈な映像を呼び起こす力を持っています。<br />
なんでもないところをちょっと引用してみましょう。<br />
冒頭におさめられた短編「１９８３年のホタル」から――、</p>

<p><br />
<strong>「窓の外は、右も左も、寝静まった田んぼが、真っ暗な海のようにずっと遠くまで<br />
続いている。ほとんど行き違う車もない県道を、バスはごうごうとうなりを上げて走り、<br />
道ばたの白いガードレールの支柱は怖いくらいの速さで後ろに飛ばされていくけれど、<br />
遠くにそびえるどす黒い山の尾根のかすかな線に目をやると、いくら走ってもなかなか<br />
山の形は変わらない。ひょっとするとこのバスは、本当は進んでいないのじゃないかと<br />
不安になった」</strong></p>

<p><br />
思春期の入り口にさしかかった少女の不安な心を<br />
車窓からみえる景色に投影したシーンですが、<br />
そんじょそこらの作家が束になっても敵わないくらい、<br />
西川さんのカメラ（眼）は性能がいい。<br />
細かいところまで実によく眼が行き届き、しかも解像度が高い。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03110587/?partnerid=02joqr_next">『きのうの神さま』</a>を読んでいると、<br />
まず、文章によって脳裡に鮮やかに映像が呼び起こされ、<br />
さらにそこに文章によって描かれた登場人物の心象風景がのっかってくるのです。<br />
サラサラと読みやすいこなれた文章を書く作家はたくさんいますが、<br />
ここまで濃密な文章が書ける作家はベテランといえどもそうはいないでしょう。</p>

<p>さらにもうひとつ、西川さんの美点は、<br />
登場人物のセリフが「生きている」ところ。<br />
この小説にはいろいろな背景をもった人物が登場しますが、<br />
それぞれが、その人にしか言えないセリフを口にするのです。</p>

<p>「ああ、この人だったらこういうことを言いそうだ」という納得のセリフもあれば、<br />
「えっ、この人がそんなことを」という意外なセリフもありますが、<br />
いずれにしろ言えるのは、ひとつとして違和感のある浮ついたセリフがないこと。<br />
すべてのセリフが血の通った登場人物の存在と不可分というか。</p>

<p>これも出来そうで出来ないことです。<br />
このセリフに対する感覚の良さは、彼女が映画の現場で役者を相手にしていることと、<br />
脚本を書く際にいろんな人にしっかりと取材を行っていることが関係していると思います。</p>

<p><br />
ともあれ、映像の世界でも超一流。<br />
小説を書いても超一流という人はなかなかいません。<br />
過去そういう人は向田邦子さんくらいしかいませんでした。<br />
資質はまったく違うけれど、「向田邦子の再来」とか言って世の中煽りたいくらい<br />
西川美和さんの登場は衝撃的。</p>

<p>もし西川さんが直木賞に選ばれなければ、<br />
ぼくは選考委員のみなさんの眼力を疑うでしょう。</p>

<p><br />
さて、もうひとりの受賞者は、北村薫さんです。<br />
今回で６度目の候補。はっきり言って、北村さんはとっくに直木賞の選考委員に<br />
なっていてもおかしくないくらいの大御所です。<br />
これまで縁がなかったこと自体がなにかの間違いなわけで、<br />
ベッキーさんシリーズがめでたく完結したのを機に受賞させるべきです。</p>

<p>もし北村さんが直木賞に選ばれなければ、<br />
ぼくは選考委員のみなさんの性格を疑うでしょう。</p>

<p><br />
というわけで、第１４１回直木賞は、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03111062/?partnerid=02joqr_next">北村薫『鷺と雪』（文藝春秋）<br />
</a><a href="http://www.bk1.jp/product/03110587/?partnerid=02joqr_next">西川美和『きのうの神さま』（ポプラ社）</a><br />
ダブル受賞をここに宣言させていただきます！！</p>

<p>運命の選考委員会は７月１５日（水）に開かれます。</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>　私、『１Ｑ８４』の味方です</title>
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<modified>2009-06-28T12:54:30Z</modified>
<issued>2009-06-28T12:21:10Z</issued>
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<created>2009-06-28T12:21:10Z</created>
<summary type="text/plain"> まさかここまで売れるとは思っていませんでした。なんのことかって？ もちろん村上...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
まさかここまで売れるとは思っていませんでした。なんのことかって？<br />
もちろん村上春樹さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03114948/?partnerid=02joqr_next">『１Ｑ８４』ＢＯＯＫ１ </a><a href="http://www.bk1.jp/product/03114949/?partnerid=02joqr_next">ＢＯＯＫ２（新潮社）</a>のことです。</p>

<p>ひさしぶりの新作長編と聞いて、待ち焦がれていた読者がいっせいに書店に殺到したとか、<br />
タイトルと発売日以外はいっさい情報を伏せて飢餓感を煽る宣伝戦略が当たったとか、<br />
このところノーベル文学賞の候補として名前があがるなどして、村上作品に興味関心を<br />
持つ人々が増えていたからだとか、あれこれもっともらしくヒットの要因をあげつらうことはできますが、<br />
そんなことより、まだ読んでいない人にとっていちばん関心があるのは、<br />
この<a href="http://www.bk1.jp/product/03114948/?partnerid=02joqr_next">『１Ｑ８４』</a>がはたして本当に面白い小説かどうかということではないでしょうか。</p>

<p>かといって、ネットで<a href="http://www.bk1.jp/product/03114948/?partnerid=02joqr_next">『１Ｑ８４』</a>の評判を調べてみたとしても、あなたはたちまち途方に暮れるはず。<br />
なぜなら新作の評価をめぐる議論は、賛否両論まっぷたつだからです。</p>

<p>本好きには、ベストセラーにはまず斜に構えてみるという悪いクセがあるので、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03114948/?partnerid=02joqr_next">『１Ｑ８４』</a>を批判する声があふれるのもわからないでもありません。<br />
けれどもいくらなんでも「そりゃないよ」という批判が多すぎる。<br />
やれ「これまでの村上作品と比べて代わり映えがしない」だの、<br />
やれ「作品世界にリアリティが感じられない」だの、あんまりじゃなかろうか。<br />
この小説をめぐるさまざまな批判に目を通すうちに、いつしかぼくは<a href="http://www.bk1.jp/product/02378748/?partnerid=02joqr_next">村松友視さんの<br />
傑作プロレスエッセイ</a>の名前を借りて、声を大にこう叫びたい気分になっていました。</p>

<p>「私、『１Ｑ８４』の味方です！」</p>

<p><br />
渋滞する首都高３号線。<br />
高速道路上でタクシーを乗り捨て、非常階段の鉄柵を乗り越え、<br />
地上へと駆け下りていくヒロインの青豆（あおまめ）――。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03114948/?partnerid=02joqr_next">『１Ｑ８４』</a>は素晴らしく印象的なシーンから始まります。</p>

<p>カーラジオから不意に流れてきたヤナーチェックの『シンフォニエッタ』。<br />
「見かけにだまされないように。現実というのは常にひとつきりです」という<br />
タクシー運転手の謎めいたアドバイス。</p>

<p>物語冒頭から、なにかが起きそうだと予感させる仕掛けが満載です。<br />
しかも青豆の仕事は正義の名のもとに殺人を請け負う殺し屋だというではありませんか。<br />
これまでの村上作品にはないヒロイン像に一挙に物語の世界へ引き込まれます。</p>

<p>物語はこの青豆のエピソードと、<br />
もうひとりの主人公、天吾のエピソードが交互に語られるかたちで進行します。</p>

<p>予備校で数学を教えながら小説を書いている天吾は、<br />
ある日、文芸誌の新人賞の下読みのアルバイトで、<br />
「ふかえり」という１７歳の女子高生が書いた『空気さなぎ』という奇妙な作品と出会います。<br />
稚拙だけれど誰にも真似できない世界を描いた『空気さなぎ』に魅了される天吾。<br />
けれども旧知の編集者から持ちかけられた『空気さなぎ』をリライトして世間に発表するという<br />
企みに天吾が加担したあたりから、彼の周囲で不穏な出来事が起こり始めます。</p>

<p>青豆と天吾。<br />
２人の主人公の物語が交互に進むうちに、<br />
やがて山梨に本拠を置くあるカルト教団の存在が浮上します。<br />
そしてこのカルト教団を軸に青豆と天吾の人生は次第に重なり合っていくのでした――。</p>

<p><br />
ところで、<a href="http://www.bk1.jp/product/03114948/?partnerid=02joqr_next">『１Ｑ８４』</a>というタイトルを初めて目にしたとき<br />
「なんて読むんだろ？」とか（いちきゅーはちよんと読みます）、<br />
「妙なタイトルだな」と思った方も多いと思いますが、<br />
この「１Ｑ８４」という表記は、現実の１９８４年ではない<br />
「パラレルワールドとしての１９８４年」を意味しています。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03114948/?partnerid=02joqr_next">『１Ｑ８４』</a>は、主人公が現実の１９８４年の世界から、<br />
パラレルワールドへと迷い込んでしまう設定の小説なのです。</p>

<p>村上春樹さんは、現実とは別の世界をこしらえて、<br />
そこでなにを描こうとしているのでしょうか。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03114948/?partnerid=02joqr_next">『１Ｑ８４』</a>にはしばしば登場人物が自分の現実感覚を疑う場面が登場します。<br />
ふと気がつくと、これまで当たり前だと思っていた現実に歪みが生じているような。</p>

<p><br />
現実に歪みが生じ、気がつけばいつの間にか違う世界にいる。そんな感覚。</p>

<p>この「気がつけばいつの間にか違う世界にいる」という感覚は、<br />
２００９年を生きるぼくたちにもどこか身に覚えのあるものではないでしょうか。</p>

<p><br />
<strong>好もうが好むまいが、私は今この「１Ｑ８４」に身を置いている。<br />
私の知っていた１９８４年はもうどこにも存在しない。今は１Ｑ８４年だ。<br />
空気が変わり、風景が変わった。私はその疑問符つきの世界のあり方に、<br />
できるだけ迅速に適応しなくてはならない。新しい森に放たれた動物と同じだ。<br />
自分の身を護り、生き延びていくためには、その場所のルールを一刻も早く理解し、<br />
それに合わせなくてはならない。　（「ＢＯＯＫ１」２０２ページ）</strong></p>

<p><br />
「空気が変わり風景が変わった」。<br />
この感覚をたしかにぼくらは知っています。</p>

<p>１９９５年１月１７日<br />
１９９５年３月２０日<br />
２００１年９月１１日<br />
２００３年３月１９日</p>

<p>いずれもぼくらの平穏な日常を根底から脅かす出来事が起きた日付です。<br />
これらの日を境に、確実に「なにかが変わった」ことをぼくらは知っています。</p>

<p>つまり「１Ｑ８４」というのは、いまぼくたちが生きている<br />
この現実世界そのもののメタファー（隠喩）でもあるのです。</p>

<p><br />
もうひとつ、『１Ｑ８４』で描かれている大切なことに触れておかなくてはなりません。</p>

<p>村上春樹さんは、デビュー以来ずっとひとつのことを<br />
書き続けてきた作家だということをご存知でしょうか。</p>

<p>村上さんが書き続けてきたこと。<br />
それは、ぼくたちが生きる日常世界に突如侵入し、<br />
秩序を壊し、安寧を突き崩し、時には生命すら脅かすような〈マイナスの力〉に、<br />
ぼくらはいかに抗すればいいのかということです。</p>

<p>この〈マイナスの力〉のことを、村上さんはこれまでいろんな名前で呼んできました。<br />
「やみくろ」、「猫の手を万力で潰すような邪悪なもの」、<br />
「アンダーグラウンド」、「システム」――。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03114948/?partnerid=02joqr_next">『１Ｑ８４』</a>では、それは「リトル・ピープル」と名付けられています。</p>

<p>〈マイナスの力〉は、いつも突然現れ、ぼくらの平穏な日常を切り裂きます。<br />
休日の歩行者天国で突如振るわれる凶刃や、<br />
オフィス街のビルに突っ込んでいくジャンボジェット機、<br />
あるいは地の底から人々の安らかな眠りを突き破る大地の咆哮、<br />
こうした〈マイナスの力〉はたちどころに人々の人生を奪い去ってしまいます。</p>

<p>世界にはなぜこのような理不尽な出来事があふれているのか。<br />
運命を翻弄する負の力を前に、私たちひとりひとりになにが出来るのか。</p>

<p>村上春樹という作家がずっと格闘し続けているのはそのようなテーマです。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03114948/?partnerid=02joqr_next">『１Ｑ８４』</a>でそれらの問いに明確な解決策が提示されているわけではありません。<br />
個人の内に秘められたある種の「記憶」が、人生を支える力になるということが<br />
わずかにぼんやりとしたヒントとして示されるのみです。</p>

<p>そういう意味ではこの<a href="http://www.bk1.jp/product/03114948/?partnerid=02joqr_next">『１Ｑ８４』</a>は未完の小説です。<br />
「空気が変わり風景が変わった」この世界にあって<br />
どう生きていけばいいのか、いまだぼくたちが答えを見つけられずにいるように、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03114948/?partnerid=02joqr_next">『１Ｑ８４』</a>にもただ問いだけがあり、答えを探すのは読者に委ねられている。</p>

<p>すぐれて現代的な問題を扱いながら<br />
多様な読み方へと門戸が開かれた<a href="http://www.bk1.jp/product/03114948/?partnerid=02joqr_next">『１Ｑ８４』</a>は、<br />
まさに傑作という名にふさわしい小説ではないでしょうか。<br />
</p>]]>

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