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<title>嫁に隠れて本を買う！</title>
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<modified>2010-08-22T16:02:55Z</modified>
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<copyright>Copyright (c) 2010, 首藤</copyright>
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<title>乙女チックなのにとても怖い　芥川賞受賞作『乙女の密告』</title>
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<modified>2010-08-22T16:02:55Z</modified>
<issued>2010-08-22T15:39:24Z</issued>
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<summary type="text/plain"> 先日我が家でたいへんなものを発見してしまいました。 パソコンの調子が悪く、ヨメ...</summary>
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<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
先日我が家でたいへんなものを発見してしまいました。<br />
パソコンの調子が悪く、ヨメが仕事で使っているＭａｃをこっそり拝借したときのこと。<br />
ネットに繋げようとしたらヨメが直前まで作業していたページがたまたまモニターに<br />
大写しになって、それを見たぼくは唖然としてしまいました。</p>

<p>なんと、ヨメがツイッターを始めているではありませんか！</p>

<p>い、いったい、いつのまにこんなものを・・・・・・。<br />
どうせ夫の悪口でもつぶやいているに違いない。<br />
そう思ってヨメの「つぶやき」を追ってみると、たしかにあるある、<br />
案の定、ヨメはかなりの頻度でぼくの悪口をつぶやいていました。</p>

<p>でもそれ自体は別にいいのです。<br />
ぼくだって方々でヨメの悪口言っているし<br />
（といっても、こちらはつぶやいたりせずに大声で言ってるけどね）<br />
悪口を言われること自体は別にかまいません。</p>

<p>にもかかわらず、ひとつだけ、癇にさわる悪口があったのです。<br />
それはある日のこんな「つぶやき」でした。</p>

<p><br />
<strong>「きょうも旦那が汗臭いＹＯ！」</strong></p>

<p></p>

<p>・・・・・・。<br />
これを見つけた時にはムカーッときました。<br />
たしかに汗臭い。一日中営業で外に出てるんだ。ああ汗臭いとも！<br />
でもそれはいい。だって本当に汗臭いし・・・・・・。<br />
アタマに来たのは汗臭いと指摘されたことではありません。</p>

<p>「汗臭いＹＯ！」の「ＹＯ！」。<br />
この「ＹＯ！」にぼくはものすごくムカついたわけです。</p>

<p>なんなんだ「ＹＯ！」って？</p>

<p>この不愉快な感じをどう言えばいいんでしょう、<br />
例えるなら渋谷のセンター街でＢ・ＢＯＹに、<br />
汗だくのスーツ姿を小馬鹿にされたような、そんな感じでしょうか。</p>

<p>こちとら額に汗して（実際、汗してるのは額どころではない）毎日働いてんだ！<br />
それを「ＹＯ！」とはなんだ！「ＹＯ！」とは。<br />
人のことをとやかくいう前にその乱れた日本語をなんとかしろ！！<br />
まったくもって信じられないＤＥＡTH！！！！！</p>

<p>そう声を大にして言いたくなったのです。</p>

<p><br />
ところで、こういう言葉遣いでも文学の世界では評価されたりするから面白い。<br />
たとえば第１３１回の芥川賞受賞作、<a href="http://www.bk1.jp/product/02916192/?partnerid=02joqr_next">モブ・ノリオさんの『介護入門』（文春文庫）</a>は<br />
こんな文体で書かれています。</p>

<p><br />
<strong>陳腐な悲劇ってのはいつも月並みで特権的な語り手を作るんだってな。<br />
俺もそのお仲間か、だと？ｈａ、ｈａ、どっちでもいいさ、好きに決めてくれよ。<br />
但し、この俺なくしては、ばあちゃんは介護さえ受けられなかった身体だったってこと、<br />
ＹＯ、こいつに関しては尊大に語らせてもらうぜ、俺は既にこの件の権威なんだ。</strong></p>

<p><br />
日常会話が実際こんなだとちょっと困った人になってしまいますが、<br />
これが文学、特に芥川賞ともなると評価されるわけです。<br />
ヒップホップのような呪文のようなこの不思議な文体は、<br />
当時「新しい饒舌文体」などと言われ話題になったりもしました。</p>

<p>あえて乱暴に分けると、エンターテイメント小説を対象とした直木賞は、<br />
文章の上手さや構成の巧みさ、つまりは作品の完成度の高さが評価され、<br />
純文学を対象とする芥川賞のほうは、文体の新しさや視点の斬新さ、<br />
ラジカルな問題作であるかどうかが評価基準となるといえます。</p>

<p>もっと簡単にいえば、直木賞は「上手さ」に、<br />
芥川賞は「新しさ」に比重を置く、ということになるでしょうか。</p>

<p><br />
ではこのほど芥川賞を受賞した赤染晶子さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03300569/?partnerid=02joqr_next">『乙女の密告』（新潮社）</a>は<br />
どんな新しさを秘めているのでしょうか。</p>

<p>物語の舞台は京都にある外国語大学。<br />
ここには女子学生ばかりが集まるドイツ語のゼミがあります。<br />
彼女たちは自らを「乙女」と称し、バッハマンというドイツ人教授の指導のもと、<br />
スピーチコンテストに向けて、日夜「アンネの日記」の暗唱に励んでいます。</p>

<p>バッハマン教授はいつもアンゲリカという名前の西洋人形を後生大事に抱えていて、<br />
思いついたことがあれば他の先生の授業中だろうが教室に乱入するという変わり者。<br />
そんなバッハマン教授がある日乙女たちにこんなことを問いかけます。</p>

<p>『アンネの日記』の中で一番重要な日はいつか。</p>

<p>子どもの頃から「アンネ・フランク」ファンという主人公のみか子は、<br />
アンネが一緒に隠れ住んでいた少年ペーターと初めてキスをした<br />
１９４４年の４月１５日がその日だと答えますが、バッハマン教授は<br />
これを否定し、</p>

<p>「乙女の皆さん、アンネ・フランクをちゃんと思い出してください！」</p>

<p>と謎の言葉を残すのです。<br />
「アンネ・フランクを思い出せ」とは何か、<br />
自分たちが生まれるはるか昔のことを思い出せとは<br />
いったいどういうことか、乙女たちは首をひねります。</p>

<p>『のだめカンタービレ』で竹中直人さんが演じた<br />
シュトレーゼマンを彷彿とさせるバッハマン教授の濃いキャラと、<br />
乙女たちの京都弁ののんびりとした会話が相まって、<br />
物語は独特のユーモラスな空気を醸し出しつつ進みますが、<br />
ある日、乙女のひとりがバッハマン教授と不適切な関係にあるという<br />
黒い噂が流れるあたりから雰囲気は一変します。</p>

<p><br />
<strong>噂は少しずつ広まった。乙女達はスピーチの練習よりも熱心に噂を<br />
囁きあったのだ。乙女はときにかく喋る生き物だ。<br />
「えー、信じられへんわー。不潔やわぁ」<br />
これが乙女の決まり文句だった。乙女とは、信じられないと驚いて誰よりも<br />
それを深く信じる生き物だ。</strong></p>

<p><br />
噂の犠牲となったのはみか子の尊敬する先輩、麗子様でした。</p>

<p><br />
<strong>乙女の噂とは恐ろしいものなのだ。何の根拠もなく、一人の乙女を異質な<br />
存在に変えてしまう。自分達の集団にとって徹底した他者にしてしまう。<br />
その時、真実なんか関係ない。</strong></p>

<p><br />
乙女たちは根拠のない噂を囁き合うことで誰かにスティグマ（負の烙印）を押す。<br />
読者はやがて気づかされます。<br />
これは乙女たちだけの話ではない、これはゲシュタポの手を逃れて隠れ家に<br />
身を潜めねばならなかった、あの「アンネ・フランク」の物語と同じだ、と。</p>

<p><br />
<strong>噂は乙女達のあいだにある緊張状態を生み出した。乙女達は疑心暗鬼になった。<br />
常にお互いに確認する。本当に噂を信じているのか。本当に潔癖なのか。<br />
ちゃんと汚らわしいものを嫌悪しているのか。それを確認する方法はただ一つ<br />
である。ともに噂を囁き合うことである。噂とは乙女にとって祈りのようなものなのだ。<br />
噂が真実に裏付けられているかどうかは問題ではない。ただ、信じられているか<br />
いるかどうかが問題なのだ。信じることによってのみ、乙女は乙女でいられる。<br />
噂とは乙女にとってもろ刃の剣である。噂は麗子様を他者にした。囁けば囁くほど、<br />
噂は膨らんでいく。噂は常にスケープゴートを必要とする。次誰がスケープゴートに<br />
なるかわからない。スケープゴートになってしまえば、乙女はもう乙女ではなくなる。<br />
他者になる。</strong></p>

<p><br />
物語が『アンネの日記』とシンクロし始める。<br />
アンネ・フランクは誰かの「密告」によって捕えられ、<br />
ナチスの収容所で１５年の短い生を終えた。<br />
（私は密告される。必ず密告される）<br />
主人公のみか子も誰かに密告されることを恐れ始める――。</p>

<p><br />
ところで、スピーチコンテストでもっとも恐ろしいのは、突然言葉を忘れることです。<br />
乙女たちはこの記憶喪失の恐怖と闘うために日夜暗唱に励んでいるのですが、<br />
ある時、ともに自主トレを行っていた先輩の麗子様がみか子にこんなアドバイスを<br />
します。</p>

<p><br />
<strong>「みか子はいっつも同じとこで忘れるんやね」<br />
「はい・・・・・・」<br />
「それがみか子の一番大事な言葉なんやよ。それがスピーチの醍醐味なんよ。<br />
スピーチでは自分の一番大事な言葉に出会えるねん。それは忘れるっていう<br />
作業でしか出会えへん言葉やねん。その言葉はみか子の一生の宝物やよ」</strong></p>

<p><br />
この物語で圧巻なのは最後のスピーチコンテストの場面でしょう。<br />
みか子は忘れることで大切な言葉と出会います。彼女が見出した言葉は、<br />
『アンネの日記』の中で一番重要な日はいつかという問いや、「アンネ・フランク」を<br />
ちゃんと思い出すとはどういうことかという問いの答えとなるものでした。</p>

<p>主人公が見つけた言葉が何かということは、<br />
ぜひ本を手にとって確かめていただきたいと思います。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03300569/?partnerid=02joqr_next">『乙女の密告』</a>の新しさは、いまどきの大学を舞台にしながら<br />
ファシズムの問題に鋭く切り込んでみせたところにあります。</p>

<p>エーリッヒ・フロムが<a href="http://www.bk1.jp/product/00085082/?partnerid=02joqr_next">名著『自由からの逃走』</a>で明らかにしたように、<br />
人々が自由を謳歌している現代だからこそ、ファシズムの問題は<br />
アクチュアリティを増しています。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03300569/?partnerid=02joqr_next">『乙女の密告』</a>の１１０ページでバッハマン教授がとても大切なことを<br />
みか子に語るのですが、ここで語られることは、ぼくたちがファシズムのような<br />
誰かが誰かを強制的に排除しようとする力と戦うための唯一の方法かもしれません。<br />
（ここで何が語られているかもぜひ本で確かめてください）</p>

<p>タイトルや装丁は乙女チックであるにもかかわらず、<br />
恐ろしい問題を扱っている<a href="http://www.bk1.jp/product/03300569/?partnerid=02joqr_next">『乙女の密告』 </a>。<br />
まさに芥川賞にふさわしい作品でありました。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
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<title>　「中島京子」を読もう！</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2010/08/post_136.html" />
<modified>2010-08-01T16:28:19Z</modified>
<issued>2010-08-01T16:04:37Z</issued>
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<summary type="text/plain">先日の直木賞予想は大ハズレ。また赤っ恥をかいてしまいました。 まぁでも、本命は中...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p>先日の直木賞予想は大ハズレ。また赤っ恥をかいてしまいました。<br />
まぁでも、本命は中島さんか姫野さんという読みだったし、結果には納得です。</p>

<p>それよりも、今回の受賞を機にぜひみなさんに「中島京子」という作家を知って<br />
いただきたいと思うのです。なぜなら、中島さんはデビュー当時から実力派として<br />
知られながら、これまであまりにも賞に恵まれずにいたからです。<br />
直木賞をきっかけに旧作もぜひ読まれるようになってほしい。<br />
そんなわけで今回はあらためておススメの中島作品をご紹介いたします。</p>

<p><br />
とはいえ、まずは直木賞受賞作<a href="http://www.bk1.jp/product/03267967/?partnerid=02joqr_next">『小さいおうち』</a>に触れないわけにはいきますまい。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03267967/?partnerid=02joqr_next">『小さいおうち』（文藝春秋）</a>は、昭和初期に東京山の手のとある中流家庭で、<br />
住み込みの家政婦として働くことになったタキの回想録のかたちを借りながら、<br />
戦時下の暮らしぶりを生きいきと描いた作品。<br />
国が悲惨な戦争へと向かうのとは対照的に、まるで大きなイベントを<br />
楽しむかのように浮き足だっていた当時の世相を巧みに織りまぜながら、<br />
奥様の恋愛事件をはじめとする奉公先の平井家での出来事が描かれます。</p>

<p>白眉は最終章。<br />
ここで語り手がタキからタキの甥の息子に代わるのですが<br />
（タキは生涯独身だったので、この甥っ子の息子が孫のようなものなのです）<br />
彼の調査によって、タキが語らなかった（もしくはタキ本人も気が付いて<br />
いなかった）タキ自身の心の秘密にたどり着く構成は見事というほかありません。<br />
最後の見開き2ページで物語全体の見え方が変わるというか、<br />
「ああそうだったのか・・・・・・」と思わず深いため息が口をついて出てしまうような、<br />
余韻のあるラストになっています。</p>

<p><br />
この作品で作者が書きたかったのは、「人が生きていく過程でいつのまにか<br />
胸の奥底に抱え込んでしまい、容易には言葉にすることができなくなった思い」では<br />
ないでしょうか。（そうした事柄を描くのは昔から女性作家の得意とするところで、<br />
ぼくはこの『小さいおうち』は、田辺聖子さんや、もっと遡るなら吉屋信子のような<br />
作家の系譜に連なる作品ではないかと思います）</p>

<p><br />
言葉に出来ないことを言葉にすること。<br />
森博嗣さんは<a href="http://www.bk1.jp/product/03286870/?partnerid=02joqr_next">『小説家という職業』（集英社新書）</a>という大変面白い本の中で、<br />
小説の存在理由を、「言葉だけでは簡単に片づけられない」ことを、<br />
「言葉を尽くして」表現しようとする、その矛盾に対する苦悩の痕跡にある、<br />
と言っていますが、言葉にしづらい思いをなんとかすくい上げて物語の上に<br />
定着させようという姿勢は、中島さんのデビュー作にもみることができます。</p>

<p><br />
中島さんのデビュー作<a href="http://www.bk1.jp/product/02776853/?partnerid=02joqr_next">『ＦＵＴＯＮ』（講談社文庫）</a>は、<br />
そのタイトルからもおわかりのように、自然主義文学や<br />
私小説の嚆矢として知られる田山花袋の『蒲団』に想を得た作品です。</p>

<p>『蒲団』は、中年の小説家が自分のもとを去って行った弟子（もちろん若い女性）の<br />
蒲団に顔をうずめて泣く、というストーリーで有名ですが、中島さんは『ＦＵＴＯＮ』の<br />
主人公に教え子を追っかけて来日した日本文学研究者のアメリカ人教授を据えて、<br />
『蒲団』を見事に換骨奪胎（あるいは「本歌取り」とか「ＲＥＭＩＸ」といってもいいです）<br />
してみせたのです。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/02776853/?partnerid=02joqr_next">『ＦＵＴＯＮ』</a>のストーリーは主に、<br />
学生のエミを追いかけて日本にやってきたアメリカ人学者デイブのエピソードと、<br />
『蒲団』を小説家の妻の視点で語りなおした「蒲団の打ち直し」という作中内小説、<br />
それにエミのひいおじいさんのウメキチと彼を介護する画家イズミの関係などを<br />
軸に構成されています。</p>

<p>なかでもペースメーカーを埋められて介護生活を送る９５歳のウメキチは、<br />
長く生きてきただけに胸にいろいろなものを抱え込んでいる。<br />
画家のイズミは、ウメキチが胸に抱え込んでいるものをなんとか理解しようとして、<br />
作中こんな台詞をこぼします。</p>

<p><br />
「おじいちゃんの胸には傷があるの。胸部を開いて、ペースメーカーを<br />
埋め込んで現代に適応させてるんだけど、その横で窮屈にちいちゃくなって、<br />
血や肉のある過去が疼いているの。それがなんだかあたしにはね、<br />
忘れたふりをして縫い合わせちゃって『はい、もうペースメーカーありますから<br />
オッケーですよ』って言っちゃいけないもののような気がするのよ」</p>

<p><br />
このイズミの述懐は、作者の声そのものであると思います。<br />
ウメキチは震災や戦災で東京が瓦礫の山になるのを二度も目撃した<br />
歴史の生き証人ですが、中島さんはこのウメキチの人生を丁寧に辿ったり、<br />
『蒲団』をリノベーションしたりしながら、とてもユニークなかたちで<br />
日本の近代１００年の歴史を描きだしてみせるのです。</p>

<p>デビュー作でこれほどの傑作が書けるというのは大変なことで、<br />
もしかしたらこの時点で将来の直木賞は約束されていたのかもしれませんね。</p>

<p><br />
ところで、中島さんは大学が史学科ということもあってか、<br />
歴史資料の読み込み方と作品への活かし方に長けていて、<br />
その成果は『小さいおうち』にも『ＦＵＴON』にもみることができますが、<br />
歴史資料のあっと驚く活かし方ということでいえば、なんといっても<br />
デビュー２作目の<a href="http://www.bk1.jp/product/02979368/?partnerid=02joqr_next">『イトウの恋』（講談社文庫）</a>を挙げないわけにはいきません。</p>

<p>タイトルの「イトウ」とは、明治時代に実在した伊藤鶴吉という通訳を<br />
モデルにした人物のこと。（小説の中では亀吉になっています）<br />
伊藤鶴吉は、文明開化期の日本を旅して<a href="http://www.bk1.jp/product/00005777/?partnerid=02joqr_next">『日本奥地紀行』</a>という美しい本を残した<br />
イギリス人女性イザベラ・バードの通訳をつとめたことで知られています。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/00005777/?partnerid=02joqr_next">『日本奥地紀行』</a>は、文明開化直後の東北の農村や北海道のアイヌの人々の<br />
暮らしぶりがまとめられた貴重なドキュメンタリーで、「日本」に関心のある人は<br />
いちどは読んでおくべき名作です。<br />
著者のイザベラ・バードは旅行家で、明治１１年（１８７８年）に４７歳で来日しました。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/02979368/?partnerid=02joqr_next">『イトウの恋』</a>は、彼女の通訳ガイドを務めたイトウ青年が、諍いを繰り返しながら<br />
徐々にこの年上の婦人に惹かれていく様子を、イトウの手記を発見した新米教師と<br />
イトウの子孫の漫画原作者が追う、というストーリー。</p>

<p>それにしても『日本奥地紀行』では、イトウ青年は、顔が「日本人の一般的な特徴を<br />
滑稽化」したようにみえるとか、「愚鈍に見える」が「ときどきすばやく盗み見する」とか、<br />
あまりいい書かれ方をしていないにもかかわらず、彼を主人の英国婦人に恋する<br />
青年へと変えてしまうのですから、小説家の想像力はたいしたものだと思います。</p>

<p>この『イトウの恋』も、歴史に埋もれた人物にスポットをあてて、<br />
日本の近代史の一断面をユニークに描きだした作品。</p>

<p><br />
中島さんの小説の特徴は、『蒲団』の主人公の妻やイザベラ・バードの通訳など、<br />
目の付けどころが抜群にいいということ。（言葉を換えればセンスがいいということ）<br />
そしてその発想を裏付ける資料の読み込み方と活かし方が素晴らしいということ。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03267967/?partnerid=02joqr_next">『小さいおうち』</a>で中島京子さんに興味を持った方には、<br />
ぜひ<a href="http://www.bk1.jp/product/02776853/?partnerid=02joqr_next">『ＦＵＴＯＮ』</a>と<a href="http://www.bk1.jp/product/02979368/?partnerid=02joqr_next">『イトウの恋』</a>の２作品も手にとっていただきたいと思います。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>　第１４３回直木賞直前予想！</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2010/07/post_139.html" />
<modified>2010-07-13T17:50:58Z</modified>
<issued>2010-07-13T16:46:32Z</issued>
<id>tag:www.joqr.co.jp,2010:/blog/book//84.44758</id>
<created>2010-07-13T16:46:32Z</created>
<summary type="text/plain"> 「いやー夏がやってきたなぁ！」とみなさんはどんなところで実感しますか？ 海開き...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
「いやー夏がやってきたなぁ！」とみなさんはどんなところで実感しますか？<br />
海開きとか夕立とか仕事あがりの生ビールのおいしさとか、<br />
季節の到来を実感するアイテムは人それぞれだと思いますが、<br />
ぼくの場合はなんといっても直木賞！<br />
直木賞の発表がやってくるとようやく夏という感じがします。</p>

<p>というわけで、今回も恒例の直木賞の直前予想といきたいと思います。</p>

<p>第１４３回直木賞の候補作は以下の通り。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03268040/?partnerid=02joqr_next">乾ルカ　　『あの日にかえりたい』　（実業之日本社）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03186992/?partnerid=02joqr_next">冲方丁（うぶかた・とう）　　『天地明察』　（角川書店）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03267967/?partnerid=02joqr_next">中島京子　　『小さいおうち』　　（文芸春秋）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03241162/?partnerid=02joqr_next">姫野カオルコ　『リアル・シンデレラ』　（光文社）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03232883/?partnerid=02joqr_next">万城目学　　『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』　（筑摩書房）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03240898/?partnerid=02joqr_next">道尾秀介　『光媒の花』　（集英社）</a></p>

<p>今回は受賞作の予想に入る前に、ちょっとした見出しをつけてみましょう。<br />
まず最初の見出し、それは、</p>

<p><strong>「直木賞のプライドの高さに注目！」</strong></p>

<p>これです。</p>

<p>あらためて言うまでもなく直木賞はエンターテインメント小説界きっての老舗文学賞です。<br />
今回のラインナップをみると、その老舗のプライドをいたく刺激しそうな候補作が目につきます。<br />
はたして選考委員たちはこれらの候補作をどう評価するのか。<br />
このあたりが大いに注目されるわけです。</p>

<p>では、まずはその問題作からみていくことにいたしましょう。</p>

<p><br />
道尾秀介さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03240898/?partnerid=02joqr_next">『光媒の花』</a>は、人間の絶望と希望を巧みに描いた短編集。<br />
初期の道尾さんは読者の思い込みや錯覚を利用したトリックを多用する作風でしたが、<br />
少し前から普通小説というか、小細工を弄さず、登場人物の心理を正面から描く作風に<br />
変わってきています。</p>

<p>この<a href="http://www.bk1.jp/product/03240898/?partnerid=02joqr_next">『光媒の花』</a>もそうで、あっと驚くようなどんでん返しはありませんが、<br />
救いのない重い話から始まって、次第に光が差し込んでくる方向へと向かう<br />
展開は実に巧みで読ませます。<br />
着実に実績を積み重ねてきた道尾さんならではの素晴らしい作品ですが、<br />
ただ、この作品はすでに山本周五郎賞を受賞しているんですね。</p>

<p>新潮社の山本周五郎賞の後塵を拝するとは、<br />
老舗たる直木賞のプライドからすればちょっと考えづらいわけです。</p>

<p><br />
そのあたりの事情は、冲方丁さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03186992/?partnerid=02joqr_next">『天地明察』</a>にも当てはまります。</p>

<p>わが国で初めて独自の暦を生み出すことに成功した<br />
渋川春海を主人公としたこのビルドゥングス・ロマンの傑作は、<br />
全国の書店員がもっとも売りたい本を選ぶ本屋大賞や<br />
吉川英治文学新人賞などに選ばれたとはいえ、<br />
直木賞受賞となるとかなりハードルが高いと言わざるをえません。<br />
（当ブログでもいちはやく取り上げましたし個人的には大好きな作品なんですが・・・・・・）</p>

<p><br />
直木賞というのは実にプライドの高い賞で、<br />
基本的に他の賞の後追いはしませんし、また、本来は新進気鋭の作家に<br />
与える賞という位置づけなのにもかかわらず、最近は既に世間での評価が<br />
確立しているベテラン作家にまるで功労賞のように賞を与えたりして、<br />
あたかもエンタメ系小説界を仕切っているのは直木賞だぞと言わんばかりの<br />
振る舞いをみせています。<br />
このような直木賞の性格を考えると、<br />
残念ながら道尾さんと冲方さんの受賞はないと予想せざるを得ません。</p>

<p><br />
さて、そこでもうひとつの見出しに行きたいと思います。<br />
次なる見出し、それは、</p>

<p><strong>「女性作家の戦い」</strong></p>

<p>というもの。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03267967/?partnerid=02joqr_next">『小さいおうち』</a>の中島京子さんと<a href="http://www.bk1.jp/product/03241162/?partnerid=02joqr_next">『リアル・シンデレラ』</a>の姫野カオルコさん。<br />
実はこの２作が今回の大本命ではないかとぼくはにらんでいるのです。<br />
しかも受賞するのはどちらか片方のみ。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03267967/?partnerid=02joqr_next">『小さいおうち』</a>は、昭和初期に、ある山の手の家庭に<br />
女中奉公していた女性タキの回想録のかたちで物語が進みます。<br />
時代が戦争へと向かう中、赤い三角屋根の家で営まれていた<br />
昭和モダンな暮らし。その記憶をノートに綴るうちに、<br />
やがて一家の上に起きた恋愛事件の秘密が明かされます。</p>

<p>とてもセンスのいい小説です。<br />
特に最終章で語り手がタキの甥の息子に代わって、彼の探索によって<br />
タキが語らなかった（もしくはタキ本人も気が付いていなかった）<br />
タキ自身の胸の奥に秘められた「あること」に気がつくところなどは<br />
素晴らしく上手い。</p>

<p>最近の小説は、異常な事件を起こしてみたり、主人公を特殊な境遇に置いてみたり、<br />
そういうセコイ仕掛けで少しでも目立とうとする作品が多いような気がしますが、<br />
この『小さいおうち』はその手の浅知恵とは一切無縁、「人に歴史あり」という<br />
一点を、巧みなストーリーテリングと細やかな描写力と確かな時代考証とで<br />
見事な物語に仕立て上げています。<br />
田辺聖子さんの小説が好きな人なんかはハマるんじゃないでしょうか。</p>

<p><br />
対する<a href="http://www.bk1.jp/product/03241162/?partnerid=02joqr_next">『リアル・シンデレラ』</a>は、名作童話の翻案小説をつくるという仕事で<br />
「シンデレラ」について調べていた女性ライターが、あるきっかけから<br />
倉島泉という女性を紹介され、いつのまにか彼女の一代記を書くことになります。</p>

<p>この泉（せん）ちゃんこと倉島泉という女性は、別に大昔の人ではありません。<br />
１９５０年に長野県の諏訪の温泉旅館に生まれた彼女は、母親に冷遇され、<br />
美しい妹の陰に隠れて育ちますが、ふとした縁で信州屈指の名家の一人息子との<br />
縁談が持ち上がり・・・・・・。</p>

<p>倉島泉の人生は、これはもうお読みいただくしかないでしょう。<br />
物語は彼女を知る関係者の証言によって構成されていて、<br />
そこから浮かび上がる彼女の人生は、読む者に深い余韻を残します。</p>

<p>「シンデレラ」という単語は、いまや女性の幸福や成功を象徴する言葉に<br />
なっていますが、本当にそうなのでしょうか。幸せの定義とはなんでしょうか。<br />
それは他人から羨ましがられて初めて実感できるものなのでしょうか・・・・・・。</p>

<p>この小説が投げかけるのは「幸福な人生とは何か」という問い。<br />
アラサーおよびアラフォーの女性にぜひ読んでいただきたい小説です。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03267967/?partnerid=02joqr_next">『小さいおうち』</a>ＶＳ<a href="http://www.bk1.jp/product/03241162/?partnerid=02joqr_next">『リアル・シンデレラ』 </a>。<br />
う～ん、どっちだろう・・・・・・。<br />
どちらもひとりの女性の人生を振り返る設定だし、両雄並び立たず。</p>

<p>答えを出す前に、その他の作品もみておきましょう。</p>

<p><br />
乾ルカさんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03268040/?partnerid=02joqr_next">『あの日にかえりたい』</a>はファンタジーの味つけがなされた短編集。<br />
未来の自分と出会ったり、亡くなった子どもや妻と再会したりといった話が並びます。<br />
特に「翔る少年」がオススメ。男の子を持つ親だったりすると感涙必至です。<br />
乾ルカさんは直木賞初ノミネートですが、今回は名刺代わりのノミネートで<br />
受賞はないのではないでしょうか。</p>

<p><br />
万城目学さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03232883/?partnerid=02joqr_next">『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』</a>は、<br />
万城目ファンにはお馴染みのちょっと不思議な設定の小説。</p>

<p>かのこちゃんは小学一年生の元気な女の子。<br />
そしてマドレーヌ夫人はといえば、これが猫なのです。<br />
名前から毛足の長い優雅な洋猫を想像するかもしれませんが、<br />
淡い茶味がかったいわゆるアカトラと呼ばれる猫で、<br />
それがなんで「マドレーヌ」なんていう洋風の名前で呼ばれているかといえば、<br />
この猫が外国語を話すからなんです。猫にとっての外国語、それは犬の言葉。<br />
なんとマドレーヌ夫人は玄三郎という名前の犬と結婚していて、<br />
かのこちゃんのおうちで仲良く暮らしているというわけです。</p>

<p>もうこの時点ですでに万城目ワールドにどっぷりハマってしまった感じ。<br />
ただし、この小説はいつもの大仕掛けな万城目作品とはちょっと違って、<br />
なんというか、いい意味で小さくまとまったとてもチャーミングな作品なんです。</p>

<p>かのこちゃんという小学一年生も素晴らしくよく書けているし<br />
（それにしても万城目さんはどうして小学一年生のアタマの中まで見えるんだろう）<br />
マドレーヌ夫人と玄三郎の種を超えた（？）夫婦愛にもホロリとさせられるし、<br />
いや～この小説、ぼくは好きですね。</p>

<p>あの、小さな子どもの仕草なんかを見ていて、<br />
思わず微笑んじゃったりすることってありません？<br />
この小説にはその手の「思わず笑みがこぼれるポイント」がたくさんあるんですよ。</p>

<p>特に、かのこちゃんとお友だちのすずちゃんが<br />
かのこちゃん家でお茶会の真似ごとをした後、<br />
縁側でそろって両の鼻の穴に親指を突っ込んで<br />
残りの指をひらひらさせながら遊んでいるのを<br />
玄三郎とマドレーヌ夫人が見つめているシーンなんて、<br />
いろんな小説に描かれた幸福な光景の中でも白眉なんじゃないか。</p>

<p>この世界を肯定すること、人生を祝福することが<br />
文学の役割のひとつなのだとすれば、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03232883/?partnerid=02joqr_next">『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』</a>は<br />
立派にその役割を果たしていると言えましょう。</p>

<p><br />
さてさて、そんなわけで、そろそろ<br />
第１４３回直木賞の予想を述べさせていただきます。</p>

<p>今回の直木賞の受賞作は・・・・・・</p>

<p>ズバリ、姫野カオルコさんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03241162/?partnerid=02joqr_next">『リアル・シンデレラ』、</a><br />
そして万城目学さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03232883/?partnerid=02joqr_next">『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』</a><br />
２作同時受賞と予想します。</p>

<p><br />
中島京子さんは文芸春秋刊行作品でもあるしかなり迷いましたが、<br />
姫野カオルコさんはこれまで何度もエントリーしていて、<br />
さすがにもう受賞してもいいタイミングであること。<br />
（なにしろあの傑作『ツ、イ、ラ、ク』で落選してるんですから）</p>

<p>そしてこの<a href="http://www.bk1.jp/product/03241162/?partnerid=02joqr_next">『リアル・シンデレラ』</a>が、お母様の介護でご苦労なさったり、<br />
ご自身も体調を崩されたりした中で書かれているということも<br />
受賞への後押しになるのではないかと思いました。</p>

<p><br />
万城目さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03232883/?partnerid=02joqr_next">『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』</a>はといえば、<br />
これはもうぼくの好みに過ぎません。<br />
というか、うつむき加減のこういう時代だからこそ、こういう小説が読まれるべきです。</p>

<p><br />
というわけで、第１４３回直木賞は、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03241162/?partnerid=02joqr_next">『リアル・シンデレラ』</a>を読んで「幸せってなんだろう」とおのれを振り返り、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03232883/?partnerid=02joqr_next">『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』</a>で「生きるって素晴らしい」とポジティブになる。<br />
そんな流れでいかがでしょうか選考委員のみなさん！！<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>宇宙飛行士になりたい！！</title>
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<modified>2010-07-10T19:22:41Z</modified>
<issued>2010-07-10T19:13:38Z</issued>
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<created>2010-07-10T19:13:38Z</created>
<summary type="text/plain"> ちょっとわけあってずいぶんご更新を無沙汰してしまいました。 実はヨメとのあいだ...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
ちょっとわけあってずいぶんご更新を無沙汰してしまいました。<br />
実はヨメとのあいだで史上最大のバトルが勃発していまい<br />
徹底抗戦を続けてきたのですが、先日ようやく停戦合意が結ばれ、<br />
日常生活に復帰することができたわけです。</p>

<p>それにしてもこの２カ月あまりというもの、<br />
仕事から帰宅するとまっすぐ本の部屋に向かい<br />
バリケードに立てこもるという過酷な日々を送っていました。</p>

<p>いまとなっては紛争のきっかけさえ定かではないのですが<br />
（たぶん世の夫婦喧嘩の多くがそうであるようにささいなことですきっと）<br />
諍いがエスカレートするにつれてヨメの攻撃対象が本へと移っていったものですから<br />
さあ大変。命の次に大切な本を守ろうと自衛権を発動し紛争が長期化したのです。</p>

<p>過酷な闘争の日々にあってもページを捲る手だけは<br />
休めることはありませんでしたが、そんな特殊なストレス環境下にいたせいか<br />
今回はみなさんにぜひこの本をご紹介したいと思うのです。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03287456/?partnerid=02joqr_next">『ドキュメント宇宙飛行士選抜試験』大鐘良一 小原健右（光文社新書）</a>は、<br />
２００８年に日本で１０年ぶりに募集された宇宙飛行士選抜試験の一部始終を<br />
史上初めて取材することに成功したＮＨＫの番組スタッフによるドキュメンタリー。</p>

<p>応募総数は史上最多。<br />
けれども、人類にとってもっとも過酷な環境である宇宙空間で活動する<br />
宇宙飛行士を選ぶだけあって、その選抜試験は難関かつ苛烈を極めます。</p>

<p>いったい宇宙空間はどれくらい人間にとって過酷な環境なのでしょうか。<br />
宇宙ステーションの薄い壁の向こうはほとんど真空に近い状態で、<br />
温度も寒暖の差が２００度以上にもなります。<br />
宇宙飛行士は放射線に間断なくさらされているだけでなく、<br />
「スペースデブリ」と呼ばれる古い人工衛星の残骸などが<br />
いつ宇宙ステーションに直撃して隔壁に穴を開けないとも限らない<br />
危険とも隣り合わせです（実際、１９９７年にはロシアの宇宙ステーション「ミール」で<br />
酸素供給装置に不備があり火災が発生するという事故がありました）。</p>

<p><br />
中でも１９７０年４月に打ち上げられたアポロ１３号で発生した事故は、<br />
宇宙飛行士を襲った史上最悪の事態として広く知られています。<br />
酸素タンクが爆発し、酸素も電気も水も新たに供給することができない。<br />
しかも地球に帰還するためには３人の宇宙飛行士が<br />
１００時間を宇宙空間で過ごさなければならないにもかかわらず、<br />
二酸化炭素を除去するフィルターは２人分でしかも２日分しかない。</p>

<p>このような絶望的な状況のもと、宇宙飛行士たちは、電力供給が断たれ、<br />
氷点下近くまで温度の下がった船内で、地上からの指示に従って、<br />
ボール紙などのありあわせの材料でフィルターを自作したほか、<br />
地球への再突入にあたっては、地上が新たに作成した手順書を<br />
（読み上げるのに２時間もかかるほど複雑多岐にわたる内容だったそうです）<br />
正確に理解して冷静に実行に移していったのです。</p>

<p>ただでさえ過酷な宇宙空間で、予期せぬトラブルが起き、<br />
しかも想像を超えるような危機的状況に陥ってしまった――。<br />
ＪＡＸＡ（日本宇宙航空研究開発機構）は、<br />
１０年ぶりに実施した宇宙飛行士選抜試験で、<br />
このような最悪の事態にも対処できる人間を選ぼうとしていました。</p>

<p><br />
最終選抜試験に残ったのは１０人の候補者たち。<br />
男性が９名、女性が１名、年齢は全員が３０代ですが、<br />
職業は航空自衛隊や民間航空会社のパイロット、医師、<br />
民間企業の技術者や科学者などバラエティにとんでいます。</p>

<p>彼らにまず課せられたのは、閉鎖環境施設での共同生活でした。</p>

<p>どんなに気心の知れた仲間であっても、宇宙ステーションのような<br />
閉鎖空間での生活が長く続くと、相手のささいな言動や仕草に<br />
ストレスを感じてしまうということが起こりえます。<br />
文化や習慣の違う他国の人間との共同生活ともなればなおのこと。<br />
ロシアの宇宙ステーション「ミール」では、長期滞在に耐えられず仲間と不仲になり、<br />
うつ病になってしまった宇宙飛行士もいるそうですし、実際の宇宙ステーションの<br />
生活には、人間関係だけでなくさまざまなストレス要因があるといいます。</p>

<p><br />
本書で初めて知ったのですが、そのひとつが「音」です。<br />
宇宙ステーションの中はものすごくうるさいらしい。<br />
換気扇や冷却ポンプといった機器類が絶え間なく引き起こす騒音が<br />
船内には充満しているそうです。</p>

<p>もうひとつ、「臭い」もストレスの大きな原因となるそうです。<br />
これも知らなかったのですが、宇宙ステーションやスペースシャトルの中は<br />
ものすごく臭いらしい。長期滞在ともなれば６ヶ月間は風呂に入れないわけですから<br />
当然といえば当然ですが、閉鎖環境下で暮らす人間にとっては他人の体臭が<br />
ストレスの原因となることもじゅうぶんにあり得るわけです。</p>

<p>ともあれ、１０人は閉鎖環境施設に入れられ、仲間たちと１週間過ごすことを<br />
余儀なくされます。しかも２４時間すべてを監視され、その間の言動のすべてが<br />
評価の対象になるという過酷な状況。<br />
それだけではありません。１０人にはさらに１５分単位で細かく決められた<br />
スケジュールをこなすという負荷がかけられます。</p>

<p><br />
ＪＡＸＡはここで、ストレス耐性だけではなく、団体行動の中で<br />
それぞれがどんな力を発揮するかをみようとしていました。<br />
ＪＡＸＡはこれを「リーダーシップ」（指導力）と<br />
「フォロワーシップ」（リーダーを支援する力）と呼び、<br />
今回の試験でもっとも重要な採用基準としていました。</p>

<p>国際宇宙ステーションでの長期滞在が当たり前となるに伴い、<br />
ＪＡＸＡでは「船長」となれる人物を育成しようと考えるようになりました。<br />
実際、若田光一さんのように、ロボットアームの操作で世界屈指技量を持ち、<br />
ＮＡＳＡの評価で最高ランクの宇宙飛行士とされるような人物も出てきています。<br />
ＪＡＸＡでは、他国の宇宙飛行士からもリスペクトされる若田さんのように、<br />
「船長」になれる可能性を秘めた人間を今回の試験で発掘しようとしていたのです。</p>

<p><br />
試験はその後、「空飛ぶ車を売れ」という架空の課題に向かって<br />
１０人で一丸となる必要のある課題が出されたり、規定時間内で千羽鶴を折らされたり、<br />
２チームに分かれてロボットを作らされたりします。しかも国内の試験の後は<br />
渡米してＮＡＳAでの面接が待っているのですが、そのあたりの詳しいプロセスは、<br />
ぜひ本を手にとってお読みください。ＪＡＸＡはもとより、ＮＡＳＡも宇宙飛行士の<br />
試験を公開するのは５０年の歴史で初めてのことだそうです。<br />
本書がいかに貴重なドキュメントかがおかわりいただけると思います。</p>

<p><br />
ぼくがこの本を読んで非常に面白いと感じたのは、<br />
いろんな試験の場面で、その都度力を発揮する人間が替わることでした。</p>

<p>たとえば、「自己紹介を特技などを使って行え」という課題では、<br />
それまで１０人の中でもっとも冷静だと思われていたある候補者が<br />
意外な一面をみせてみんなの度肝を抜きます。</p>

<p>またＮＡＳＡの幹部を前にしたプレッシャー面接では、<br />
ある候補者が取り出した一冊のノートが面接官たちの心を動かします。</p>

<p>ある試験では結果を出すことができなかった候補者が、<br />
別の局面では誰よりも力を発揮することがある。<br />
候補者それぞれの個性が垣間見えるこのあたりは<br />
本書の読みどころのひとつでもあります。</p>

<p><br />
試験というと、なにか特定の能力に長けているかどうかをみるものと<br />
思われがちですが、本書を読み進むうちに見えてくるのは、<br />
宇宙飛行士選抜試験で試されているのは、<br />
そういう限定的な能力や知識にとどまらない、<br />
その人の「人間力」そのものだということです。</p>

<p>「人間力」をもう少し詳しく言葉にするならば、<br />
「困難に直面しても、決して折れない心で他人と協力しあえる能力」<br />
とでもまとめられるでしょうか。</p>

<p>その意味では、１０人の候補者は、誰もが「人間力」あふれる魅力的な人物でした。</p>

<p>でもなによりも、就職試験にしてみたらこれ以上ないというくらいに<br />
狭き門である宇宙飛行士に求められる資質が、けっして特殊なものではなく、<br />
すべての職業に通じるようなものだということがちょっと意外ではありませんか。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>平成生まれの作家による青春小説の傑作</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2010/04/post_137.html" />
<modified>2010-04-25T02:27:51Z</modified>
<issued>2010-04-25T01:27:42Z</issued>
<id>tag:www.joqr.co.jp,2010:/blog/book//84.42675</id>
<created>2010-04-25T01:27:42Z</created>
<summary type="text/plain"> 普段はまったくといっていいほど感傷とは無縁のタイプなのに、 桜が咲きこぼれてあ...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
普段はまったくといっていいほど感傷とは無縁のタイプなのに、<br />
桜が咲きこぼれてあっという間に散ってしまうこの時季だけは、<br />
どういうわけか記憶の蓋がゆるみ昔のことを思い出してしまいます。</p>

<p>いまからふた昔以上も前、ぼくは田舎の高校に通う高校生でした。<br />
当時通っていた学校は小高い丘の上にあって、生徒が「心臓破りの坂」と呼ぶ<br />
急こう配の坂道を、毎朝息を切らせて登っていました。</p>

<p>この歳になるともはや高校生活がどうだったかなんて<br />
遠く記憶の彼方に霞んでしまっていますが、<br />
なぜかこの坂道を自転車で駆け下りた時のことだけは鮮明におぼえています。</p>

<p>ぐるりと丘を取り囲むようにふもとへと伸びる長い坂道を<br />
フルスピードの自転車で駆け下りるわけですから<br />
もちろんほめられた行為ではありませんが、<br />
当の本人にはアブナイことをやっているという意識はまったくなく、<br />
むしろ「自分が事故なんか起こすわけがない。絶対に大丈夫！」と<br />
根拠のない自信で鼻の穴をふくらませているような有様でした。</p>

<p>なぜ確たる根拠もないのに、<br />
あの頃はあんなにも自信満々でいられたんだろう？</p>

<p><br />
<strong>「彼女とセックスしてえ―！と大声で叫ぶ竜汰の頭を、<br />
俺は爆笑しながら殴る。うるせーよお前！<br />
十七歳の俺達は思ったことをそのまま言葉にする。<br />
そのとき思ったことを、そのまま大きな声で叫ぶ。<br />
空を殴るように飛び跳ね、街を切り裂くように走り回る。<br />
飛行機雲を追い抜く速さで、二人乗りの自転車をかっ飛ばす。<br />
恥ずかしいと思うよりも、そういうことが楽しくて笑ってしまう。<br />
勢いのまま生きるって、なんだか楽だし今しかできないような気がする。」<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（菊池宏樹）</strong></p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03221468/?partnerid=02joqr_next">『桐島、部活やめるってよ』朝井リョウ（集英社）</a>のページをめくると、<br />
思春期の頃に感じていたあの懐かしい感覚と出合うことができます。</p>

<p>ノーブレキーで坂道を駆け下りていた時に体中に漲っていた<br />
あの感覚をなんと説明すればいいのでしょう。</p>

<p>からだの奥底から湧きあがってくる力。<br />
世界の中心にいるのは間違いなく自分だという高揚感。<br />
このまま空へと舞いあがれるんじゃないかというような、<br />
目の前に広がる無限の選択肢をすべてこの手に握りしめて<br />
我が物にできるかのような、あのなんでも出来てしまうような感覚――。</p>

<p>もっともイメージが近いのは、「全能感」という言葉かもしれません。<br />
そしてこの「全能感」の根っこにあったのは、<br />
自分が<世界>に確かに触れているというリアルな手触りでした。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03221468/?partnerid=02joqr_next">『桐島、部活やめるってよ</a>』は、田舎の県立高校を舞台に、<br />
バレー部のキャプテン桐島が突然部活をやめたことをきっかけにして<br />
同級生の生活に小さな波紋が広がっていくのを繊細に描いた作品。</p>

<p>桐島くんが「誰もが頼れるキャプテン」で、<br />
なおかつかわいい彼女もいる男子だということは<br />
作中で間接的には描かれますが、<br />
本人は最後まで登場することはなく、<br />
部活をやめた理由も明かされないままです。</p>

<p>むしろこの小説の主人公は、<br />
桐島が部活を突然やめたことで<br />
心に小さな波を立てる５人の同級生たちです。</p>

<p>５人は野球部、バレー部、ブラスバンド部、ソフトボール部、映画部と<br />
所属する部も違ううえに、桐島と親しい者もそうでない者もいます。<br />
共通しているのは、桐島が部活をやめたことに<br />
どこかで影響を受けているということだけ。</p>

<p>たかが同級生ひとりが部活をやめたくらいで<br />
どうしてそんなに動揺するの？と思う人もいるかもしれません。<br />
でもそういう人は胸に手を当てて自分自身が高校生だった時のことを<br />
思い出してみていただきたい。</p>

<p>なぜ彼らは心に小波を立てるのか。</p>

<p>それは、彼らにとって、学校がすなわち<世界>そのものだからです。</p>

<p>もちろん知識では世界は広いということを知っているでしょう。<br />
日本は島国で海の向こうには大陸が広がっているということも知っているし、<br />
空を上へ上へとのぼっていけば成層圏の向こうに宇宙空間が広がっていることも<br />
知っているはずです。</p>

<p>でもそれらは、彼らにはリアルなものではありません。<br />
彼らにとっては学校空間こそがリアルに感じられる<世界>であり、<br />
このミクロコスモスでは、人間関係も、そこで起きる出来事も、<br />
すべてがつながりあって相互に影響を与えあっているのです。</p>

<p>だからこそ彼らは自分を取り巻く<世界>が<br />
どんな秩序によって保たれているかに敏感です。</p>

<p><br />
<strong>「ピンクが似合う女の子って、きっと勝っている。すでに、何かに。<br />
なんで高校のクラスって、こんなにもわかりやすく人間が階層化されるんだろう。<br />
男子のトップグループ、女子のトップグループ、あとまあそれ以外。<br />
ぱっと見て、一瞬でわかってしまう。だってそういう子達って、<br />
なんだか制服の着方から持ち物から字の形やら歩き方やら喋り方やら、<br />
全部が違う気がする。（略）<br />
少し短めの学ランも、少し太めのズボンも、細く鋭い眉毛も、<br />
少しだけ出した白いシャツも、手首のミサンガも、<br />
なんだか全部彼らの特権のような気がする。」（沢島亜矢）</strong></p>

<p><br />
<strong>「僕らは気づかない振りをするのが得意だ。<br />
気づくということは自分の位置を確かめることだからだ。（略）<br />
「次体育か」<br />
武文はぱたんとキネマ旬報を閉じ、自分のロッカーまで体操着を<br />
取りに行った。次、体育か、なんて改めて思いだしたように言ったけれど、<br />
たぶん朝から武文の頭の中は体育でいっぱいだったはずだ。<br />
だって僕もそうだ。男子の体育はサッカー。サッカーってなんでこうも、<br />
「上」と「下」をきれいに分けてしまうスポーツなんだろう」（前田涼也）</strong></p>

<p><br />
<strong>「二週間ほど前の授業で、「創作ダンスはグループで練習して発表して<br />
もらうので、とにかくクラスで三つの班を作ってくださーい」と先生が言ったとき、<br />
一瞬で空気が張り詰め、全女子が頭をフル回転させたのがわかった。（略）<br />
くだらないかもしれないけど、女子にとってグループは世界だ。<br />
目立つグループに入れば、目立つ男子とも仲良くなれるし、<br />
様々な場面でみじめな思いをしなくてすむ。だって、目立たないグループの<br />
創作ダンスなんて、見ている方までもみじめな思いになる。<br />
どこのグループに属しているかで、自分の立ち位置が決まるのだ」（宮部実果）</strong></p>

<p><br />
学校空間の中で、彼らはある種の秩序を形成しています。<br />
それは「カッコいい⇔カッコ悪い」という物差しをもとにお互いを序列化することや、<br />
教室の中で「空気」という目に見えないものを必死で読み取ろうとする努力によって<br />
支えられている秩序です。</p>

<p>部活をやめるという桐島クンの選択は、この秩序に亀裂を生じさせました。<br />
しかも他の生徒ならまだしも、よりによって「誰もが頼れるキャプテン」で<br />
かわいい彼女もいる桐島クンがそのような行動に出たのですから、<br />
同級生たちの内心の衝撃は相当なものだったに違いありません。</p>

<p><br />
１７歳の高校生にとって、<世界>は手を伸ばせば<br />
その輪郭に触れることができるほどの大きさをしています。<br />
そんなちっぽけな世界を目の前にすると、「運命なんてクソくらえ！<br />
拳を握りしめて全力でぶつかっていけば自分を取り巻く世界なんて<br />
いかようにも変えられるんだ！」そんな全能感が体の奥底から湧いてきて、<br />
わけもわからず全力で走り出したくなったりする。</p>

<p>けれども一方でその<世界>はガラス細工のような脆さをはらんでもいます。<br />
そこにはクラスメートの間で暗黙のうちに共有される序列があり、<br />
友情という美名のもとにお互いの行動や言動を拘束しあう関係がある。</p>

<p>なぜ彼らの<世界>はこんなにも窮屈なのかといえば、<br />
それは、自分たちがいまいる<世界>からやがて出ていかなければ<br />
ならないことを、彼ら自身が知っているからに他なりません。</p>

<p><br />
<strong>「一番怖かった。<br />
本気でやって、何もできない自分を知ることが。<br />
ほんとは真っ白なキャンバスだなんて言われることも、桐島も、<br />
ブラスバンド部の練習の話も、武文という男子の呼びかけも、<br />
前田の「わかってるよ」と答えたときの表情も、全部、<br />
立ち向かいも逃げもできない自分を思い知らされるようで、<br />
イライライライライライラして、」（菊池宏樹）</strong></p>

<p><br />
「いまいる<世界>から、その外側にある<br />
とてつもなく広い世界へとやがて出ていかなければならない」<br />
１７歳というのはその予兆をもっとも敏感に感じ取って、<br />
根拠のない自信と臆病さとのあいだで揺れる年齢なのかもしれません。</p>

<p><br />
文芸評論家の三浦雅士さんは<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/02076820/?partnerid=02joqr_next">『青春の終焉』（講談社）</a>という本のなかで、<br />
かつて輝きを帯びていた青春という言葉は、<br />
１９６０年代をピークにその輝きを失った、と述べています。</p>

<p>確かにいま青春という言葉は<br />
昔のように輝かしい響きを帯びてはいないかもしれない。</p>

<p>けれども、青春時代が、新しい世界に向けて大きな一歩を踏み出すための<br />
とても大切な準備期間であることは昔もいまも変わりはないのではないでしょうか。</p>

<p>著者の朝井リョウさんは１９８９年（平成元年）５月生まれの現役大学生。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03221468/?partnerid=02joqr_next">本書</a>はついこのあいだまで桐島たちと同じ空間にいた著者だからこそ<br />
書くことができた青春小説の傑作です。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>芸術家の栄光と狂気</title>
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<modified>2010-03-28T15:30:39Z</modified>
<issued>2010-03-28T15:14:23Z</issued>
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<created>2010-03-28T15:14:23Z</created>
<summary type="text/plain"> ちょっと前のことになりますが、週刊文春を読んでいたら、 直木賞作家の佐々木譲さ...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

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<![CDATA[<p><br />
ちょっと前のことになりますが、週刊文春を読んでいたら、<br />
直木賞作家の佐々木譲さんが阿川佐和子さんとの対談で<br />
面白いことをおっしゃっていました。<br />
ご自分のことを「職人作家」だという佐々木さんに、<br />
阿川さんが職人作家と文学者はどう違うのかと訊いたところ、<br />
佐々木さんはこんなふうに答えていたのです。</p>

<p>「文学者は自分の中で書くものがなくなっちゃうときがあると思うんですけど、<br />
職人作家は受注生産者で『お題、ご注文があれば応えますよ』というものだと思うんです」</p>

<p>これは言葉を換えれば、「芸術家」と「職人」の違いということになるでしょう。</p>

<p>職人はまず注文ありきでものをつくりはじめます。<br />
そこで求められるのはいかに注文主の期待に応えていいものをつくるかということ。</p>

<p>これに対し芸術家は、井戸を掘るように自分自身を掘り下げながら作品をつくっていきます。<br />
彼らは誰に頼まれたわけでもなく、またどんなものが生まれてくるかわからないにもかかわらず、<br />
何かに突き動かされるように創作に没頭します。</p>

<p>考えてみれば、芸術家ほど謎めいた職業はありません。<br />
創作の現場では、神の導きとしか思えないような奇跡が起きることもあれば、<br />
才能の泉の枯渇というあまりに残酷な現実に直面させられることもあります。<br />
芸術家がまったくの無の状態からなにかを生み出すという離れ業をやってのけるとき、<br />
彼の頭の中では何が起きているのでしょうか。<br />
あるいは自分をいくら掘り下げてももはやなんの鉱脈にも出合えないと知った時、<br />
それでもなお彼は創作への情熱を失うことはないのでしょうか。</p>

<p>そんな芸術家の精神のドラマをのぞいてみたいと思うのは、ぼくだけではないでしょう。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03229418/?partnerid=02joqr_next">『天才 勝新太郎』春日太一（文春新書）</a>は、数々の豪快な伝説で彩られた勝新太郎の、<br />
これまで一般に知られることのなかった芸術家としての顔を描き出した力作ノンフィクション。<br />
読み始めるとあまりに面白すぎてページを捲る手が止められなくなってしまうこの本は、<br />
間違いなくノンフィクションの分野で今年の収穫に数えられる一冊です。</p>

<p>生前の勝新太郎といえば、金に糸目をつけない遊びっぷりなどがバラエティ番組で<br />
オモシロおかしく語られ、世間では豪快なキャラクターの持ち主だと思われていましたが、<br />
この<a href="http://www.bk1.jp/product/03229418/?partnerid=02joqr_next">『天才 勝新太郎』</a>が描き出すのは、世間のイメージとはまるで対極にある<br />
孤独で繊細な芸術家の姿です。</p>

<p><br />
たとえば冒頭の撮影シーン。<br />
読者はここでいきなり「芸術家・勝新太郎」のスリリングな創作現場を目撃することになります。</p>

<p>冬の日本海に面して建つ一軒のあばら家。<br />
朽ちかけた小屋の中では、不治の病に冒された少女が、<br />
盲目の中年男の絵を描いています。<br />
男はもちろん勝新太郎演ずる「座頭市」。少女役は原田美枝子。</p>

<p>「冬の海」と題され、『新・座頭市』第二シリーズの第十話として<br />
１９７８年にフジテレビで放映されたこの作品で、勝は主演のほか<br />
監督・脚本・編集のすべてをこなしているのですが、驚くべきことに、<br />
この時の撮影現場には台本が存在せず、勝が即興でいろんな役を演じて<br />
試行錯誤を繰り返す中で、セリフを組み立て、映像のイメージを膨らませていくという、<br />
普通では考えられない演出方法がとられていました。</p>

<p>なぜ勝新太郎はこのような演出方法をとっていたのか。<br />
それは彼が「偶然生まれるものが完全なものだ」という考えを持っていたからです。</p>

<p>実はこの時の演出風景が録音テープで残されており、<br />
著者がこの貴重なテープを入手してくれたおかげで、<br />
ぼくらは芸術家が無から有を生み出す極めてスリリングなプロセスを<br />
目の当たりにすることができるわけですが、その演出方法は、<br />
勝自身の言葉をかりれば「神が天井から降りてくる」のを待つという、<br />
まさに天啓という名の偶然の力をたのんだもので、こういうスタイルひとつとっても、<br />
勝新太郎が紛れもない芸術家であったことがわかります。</p>

<p>撮影所近郊に建てられたセットが自分のイメージとは違うという理由から、<br />
予算を度外視して本物の日本海の海岸にあばら家を組み立てる。<br />
あるいは、打ち合わせをもとに脚本家が徹夜でまとめたハコ（大まかな筋立てのこと）を、<br />
別のアイデアを思いついたという理由から現場ですべてぶち壊す。<br />
このように勝新太郎の作品づくりの姿勢は、自らのインスピレーションをすべてに優先させ、<br />
一切の妥協を排したもので、その結果、完成した「冬の海」は誰もが驚くほどの完成度でした。</p>

<p><br />
『座頭市』シリーズが大ヒットし、『悪名』や『兵隊やくざ』などの人気シリーズも生まれ、<br />
プロダクションも設立して勝新太郎は絶頂期にありました。<br />
勝は京都撮影所の腕ききの職人たちに支えられ、日本映画界の最前線を疾走していたのです。</p>

<p>けれども「偶然」はきまぐれです。<br />
テレビの台頭で映画業界は斜陽となり、勝もテレビドラマに活躍の場を求めました。<br />
勝新太郎獲得に名乗りをあげたのはフジテレビ。<br />
『座頭市』を週１のドラマでやるという話に勝も乗りました。<br />
ところが、ここから歯車が徐々に噛み合わなくなります。</p>

<p>まず勝の妥協なき撮影がすべてのスケジュールを狂わせ、<br />
オンエアが毎回綱渡りとなっていきます。<br />
プロデューサーが京都からフィルムを運んで、放送３０分前にフジテレビに<br />
駆け込んで間に合わせたことも何回かあったというのですから凄まじい。</p>

<p>でも、つまずきの最大の原因となったのはなにより<br />
勝新太郎が「座頭市」という役柄と同一化してしまったことでした。</p>

<p>脚本や演出を自分ひとりでやるうちに、<br />
勝は「座頭市のことはオレにしか分からない」と思うようになっていきます。<br />
そしてあろうことかその思いはやがて「オレにしか座頭市のことが分からないのは当然だ、<br />
なぜならオレが座頭市なんだから」という考えへとエスカレートしていくのです。</p>

<p>ある時、座頭市の扮装のままカメラをのぞいて役者の動きをチェックしていた勝が、<br />
突然「おい！座頭市はどこだ！座頭市がいないぞ」と叫んだ後、<br />
「あ・・・・・・座頭市はオレか」とつぶやいたというエピソードが本の中で紹介されていますが、<br />
いつしか勝は、自分自身と座頭市の境界すら見失ってしまうようになります。</p>

<p>太陽をみつめた後に目をつぶると真っ赤になるように、目が見えない座頭市の視界は<br />
赤い色をしているのではないか、だから真っ赤な画面で芝居ができないかとか、<br />
役と一体になるあまりに、勝はぶっ飛んだことを言いだすようになってしまいました。</p>

<p>袋小路にはまりこんでしまい、肉体的にも精神的にもまいってしまった勝は、<br />
ついにフジテレビに降板を申し出ることになります。<br />
最終回は「座頭市の目が見えるようになった」という設定で撮影されることになりました。<br />
勝自身は疲れ果てていたため、監督は盟友の勅使河原宏にお願いすることとし、<br />
最終回の撮影がスタートします。</p>

<p>案の定、「目が見えるようになったら座頭市はどうなるか？」をめぐって<br />
ふたりの解釈は対立しました。<br />
勅使河原は「人物が色とりどりに見えて・・・・・・」と客観的な映像として捉えていたのに対し、<br />
勝は座頭市になりきった主観的な解釈を打ち出します。<br />
それは、目が見える者からすれば思いもよらないけれど、聞いてみれば「なるほど」と<br />
唸らされる見事な解釈です。座頭市と一体となった勝新太郎が、目が見えるようになった<br />
座頭市の身にどんな変化を起こしたのかは、ぜひ本でお読みください。</p>

<p><br />
勝新太郎のその後の人生も波乱にとんでいます。<br />
黒澤明との出会いと決別、勝プロの倒産、撮影現場で起きた不幸な死亡事故、<br />
自らの逮捕、体を蝕む病魔・・・・・・。</p>

<p>晩年、芝居の脚色を手掛けた勝は、「神が降りてこないんだ・・・・・・」と<br />
珍しく身内に弱音を漏らしています。<br />
かつて祝福をもたらした芸術家のもとから、いつしか神は立ち去っていました。<br />
けれども、職人であることよりも芸術家として生きることを選んだ勝新太郎にとって、<br />
いつの日か神が降りてこなくなるのは、もしかすると自明のことだったのかもしれません。</p>

<p><br />
著者の春日太一さんは戦後時代劇の歴史を研究する若き学徒で、<br />
京都の撮影所でカメラや照明、美術などを長年担当してきた職人たちへの<br />
聞き取りをもとにこの本をまとめました。いずれも勝と苦楽をともにしたスタッフです。</p>

<p>どこまでも自らの理想を追い求め、<br />
その過程で「座頭市」に取り込まれて自分を見失い、<br />
破滅へと向かっていった男。<br />
著者はその芸術家の栄光と狂気のドラマを、<br />
貴重な証言をもとにあますところなく描き切りました。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03229418/?partnerid=02joqr_next">この作品</a>は、人物ノンフィクションの傑作としてだけでなく、<br />
新たな「勝新伝説」を生み出した一冊として長く記憶されることになるでしょう。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>『天地明察』が時代小説の新しい扉を開く！</title>
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<modified>2010-03-07T16:18:18Z</modified>
<issued>2010-03-07T15:44:03Z</issued>
<id>tag:www.joqr.co.jp,2010:/blog/book//84.41246</id>
<created>2010-03-07T15:44:03Z</created>
<summary type="text/plain"> 長年愛用していたパソコンがぶっ壊れてしまい、しばらく不自由な生活が続いていて、...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
長年愛用していたパソコンがぶっ壊れてしまい、しばらく不自由な生活が続いていて、<br />
先日ようやく秋葉原に出かけることができたのですが、その際、奇妙な光景を目にしました。</p>

<p>まるで「今日はとことん食うぞ！」と気合を入れて焼き肉屋に向かう客のように、<br />
ただならぬ迫力を表情にみなぎらせた人々が、ずらりと並んだ何台もの観光バスから<br />
続々と降りてきては、我先にと電気店に突入していくではありませんか。<br />
「なにか特別な催し物でもあるんだろうか？」<br />
店員さんに聞いてみると、この日は春節のお休みで、中国人観光客がわんさと押し掛けてきて<br />
いるのだと教えてくれました。</p>

<p>春節は日本でいう旧正月、旧暦の正月のこと。<br />
中華文化圏では爆竹を鳴らしまくって派手に新年を祝うとは聞いていましたが、<br />
買い物でもこんなふうに大盤振る舞いをするなんて知りませんでした。<br />
ともあれ、電気街を買い占めようかというほどの旺盛な購買力にしばし圧倒されてしまいました。</p>

<p><br />
旧暦は、現在世界で広く用いられているグレゴリオ暦以前に使われていた暦です。<br />
ご存知のとおり暦には古くからいろいろなものがあり、その歴史はそのまま人類が<br />
天のことわりを解き明かそうと努力してきた歴史と重なります。</p>

<p>わが国における暦の歴史は古く、古代までさかのぼるといわれています。<br />
当時は最先端の技術や思想はすべて大陸から入ってきました。<br />
暦も例外ではなく、正確な時期までは不明ですが、６世紀頃にはすでに百済から輸入されていたようです。</p>

<p>わが国独自の暦が初めて歴史に登場するのは江戸時代のこと。<br />
貞享元年（１６８４年）まで待たねばなりませんでした。<br />
大陸より最初に暦が輸入された（と思われる）頃から、実に千年以上がたっています。</p>

<p>この偉業を成し遂げた者の名は、渋川春海（しぶかわ・はるみ）。<br />
誰あろう今回ご紹介する傑作小説<a href="http://www.bk1.jp/product/03186992/?partnerid=02joqr_next">『天地明察』</a>の主人公です。</p>

<p><br />
ところで話は変わりますが、文芸誌といえばマイナーなものと相場は決まっています。<br />
そこには一部の好事家にだけ好まれるような小説や評論が十年一日のごとく並び、<br />
市場で多くの読者の目に触れることを意識した作品や、小説の新しい可能性を切り開こうとするような<br />
作品にお目にかかる機会はほとんどありません。<br />
そんな中、唯一の例外といっていい文芸誌が、『野生時代』です。</p>

<p>池上永一さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03029954/?partnerid=02joqr_next">『テンペスト』</a>や道尾秀介さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03178212/?partnerid=02joqr_next">『球体の蛇』</a>といった、<br />
従来の小説にはない新しい切り口と、誰が読んでも面白いストーリーを兼ね備えた作品が、<br />
いま『野生時代』を舞台に次々と生まれています。</p>

<p>冲方丁（うぶかた・とう）さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03186992/?partnerid=02joqr_next">『天地明察』（角川書店）</a>はその最新の<br />
成果であると同時に、近年の時代小説ブームが生み出した新しい傾向の<br />
作品群の中でも、最大の収穫といっていい傑作です。</p>

<p><br />
時は寛文元年（１６６１年）。<br />
江戸開府より将軍家は四代を数え、時代は安定期に入っていました。<br />
戦国の世ははるか遠くへ去り、人々は天下泰平を謳歌している。<br />
この小説の主人公、渋川春海が生きているのはそんな時代です。</p>

<p>春海は碁打ち衆の家に生まれました。<br />
普段は大名などのお相手を務め、時には将軍様の前で腕前を披露する。<br />
いわば碁をもって徳川家に仕えるのが碁打ち衆なのですが、春海自身は<br />
ただ登城して碁を打つだけの仕事にすっかり退屈していました。</p>

<p>気持がなぐさめられるのは大好きな「算術」に没頭しているときだけ。<br />
この時代、算術はそろばんとともに全国に普及し、老若男女、身分の別を問わず、<br />
人々のあいだで広く親しまれていました。</p>

<p>碁打ち衆としての日々に倦み、算術の勉強に没頭する春海に、ある日、<br />
老中酒井忠清より下命がありました。全国へ赴き、天の動きを測れというのです。</p>

<p>日本人の手で初めて暦を編纂するという、天を相手にした春海の一世一代の<br />
勝負がここから始まるのでした――。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03186992/?partnerid=02joqr_next">『天地明察』</a>で驚かされるのは、戦国武将や忍者や合戦シーンや剣の達人といった<br />
時代小説の定番がいっさい出てこないにもかかわらず、無茶苦茶面白いこと。<br />
まずそこが従来の時代小説にはない新しさを感じさせるところです。</p>

<p>ではこの<a href="http://www.bk1.jp/product/03186992/?partnerid=02joqr_next">『天地明察』</a>ならではの「新しさ」を支えている要素はなんでしょうか。</p>

<p>ひとつは「算術」という比較的手あかのついていない目新しいアイテムを<br />
小説の題材として引っ張ってきたことでしょう。<br />
江戸は人口からいっても文化的な水準からいっても当時の世界の最先端をいく<br />
都市でしたが、江戸庶民のあいだに広く普及し、<a href="http://http://www.bk1.jp/product/03186992/?partnerid=02joqr_next"> 『天地明察』</a>の登場人物でもある<br />
関孝和という天才によって「和算」という日本独自の数学へと進化を遂げたほどに、<br />
算術は江戸時代の重要な文化遺産であるにもかかわらず、これまで真正面から<br />
算術を扱った小説は<a href="http://www.bk1.jp/product/02697461/?partnerid=02joqr_next">（『算法少女』</a>などの例外を除いて）ほとんどありませんでした。<br />
作者はまるでスポ根ものドラマのように、主人公・春海が情熱的に算術に打ち込む<br />
姿を描きます。このあたりの筆の運びはなかなか巧みで、読者は読み進むうちに<br />
いつの間にかすっかり春海に共感し、胸を熱くしながら物語にのめり込んでいる<br />
自分に気づかされるのです。</p>

<p>登場人物がすこぶる魅力的なのも特筆すべき点です。<br />
読者は血の通わない登場人物に共感することはありません。<br />
小説を書くうえでもっとも大切なのは、キャラクターにいかに命を吹き込むかですが、<br />
作者の冲方丁さんはライトノベルやSFのジャンルで実績のある書き手だけあって<br />
（<a href="http://www.bk1.jp/product/02348419/?partnerid=02joqr_next"> 『マルドゥック・スクランブル』</a>は名作！）うまく誇張をまじえながら登場人物を<br />
「キャラ立ち」させていく手並みは見事です。<br />
特に主人公・春海の造形が素晴らしい。<br />
真理の探究者に特有のピュアな魂の持主であることが見事に描かれていて、<br />
読む者に清々しい読後感を与えてくれます。<br />
（このあたり、小川洋子さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/02604252/?partnerid=02joqr_next">『博士の愛した数式』</a>を連想させます）</p>

<p><br />
日本人でこれまでただのひとりもなしえたことのない、暦の編纂という<br />
難事業に挑む青年の情熱を描いた<a href="http://www.bk1.jp/product/03186992/?partnerid=02joqr_next">『天地明察』</a>は、テーマの選択といい<br />
キャラクターの描き方といい、先人たちによって突き詰められた感のあった<br />
時代小説のジャンルに、まだまだ未開拓の鉱脈があることを教えてくれました。</p>

<p>その意味でもこの<a href="http://www.bk1.jp/product/03186992/?partnerid=02joqr_next">『天地明察』</a>は、ひとつの優れた作品ということにとどまらず、<br />
時代小説のジャンルの新しい扉を開く画期的作品といえるのです。</p>

<p><br />
さて、最後に関連書籍の読書案内を。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03186992/?partnerid=02joqr_next">『天地明察』</a>で算術の魅力のとりこになった人は、ジュニア向け歴史小説の名作、<br />
遠藤寛子さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/02697461/?partnerid=02joqr_next">『算法少女』（ちくま学芸文庫）</a>をぜひ。<br />
『天地』にも出てくる「算額奉納」が物語の発端です。こちらの物語の主人公は、<br />
算数好きの町娘あき。</p>

<p>数学者ってどんな人なんだろうと興味を持った人には、日本を代表する大数学者、<br />
岡潔さんのエッセイ<a href="http://www.bk1.jp/product/02719934/?partnerid=02joqr_next">『春宵十話』（光文社文庫）</a>はいかがでしょう。<br />
数学は論理的な学問であると思われているけれど、実は大切なのは情緒であると<br />
岡先生はおっしゃいます。</p>

<p>子どもの頃に胸ときめかせながら夜空を見上げたことを、あらためて思い出した人も<br />
いるかもしれません。<br />
そんな人にぜひ読んでいただきたいのが野尻抱影の星座エッセイ。<br />
おススメは『星空のロマンス』（ちくま文庫）です。こちらは古本で探してみてください。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>直木賞予想大外し</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2010/01/post_133.html" />
<modified>2010-01-17T16:35:52Z</modified>
<issued>2010-01-17T16:26:34Z</issued>
<id>tag:www.joqr.co.jp,2010:/blog/book//84.39712</id>
<created>2010-01-17T16:26:34Z</created>
<summary type="text/plain"> それにしても豪快に外してしまったなぁ。 いや直木賞予想のことなんですけど。 惨...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
それにしても豪快に外してしまったなぁ。<br />
いや直木賞予想のことなんですけど。<br />
惨憺たる結果に終わってしまいました。<br />
当欄で直前予想をするようになって今回で１０回目なんですが、<br />
ダブル受賞を予想しておきながらふたりとも外したのは<br />
たぶん初めてなんじゃないでしょうか。あー恥ずかしい。</p>

<p>いまさらながら第１４２回直木賞を受賞作は、<br />
佐々木譲さんの『<a href="http://www.bk1.jp/product/03135876/?partnerid=02joqr_next">廃墟に乞う』</a>と白石一文さん<a href="http://www.bk1.jp/product/03167677/?partnerid=02joqr_next">『ほかならぬ人へ』</a>に決まりました。</p>

<p><br />
白石一文さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03167677/?partnerid=02joqr_next">『ほかならぬ人へ』</a>は恋愛小説です。</p>

<p>ひとことでいえば「ほんとうの愛って何？」というお話。<br />
けれども、ヨメと血で血を洗う家庭内抗争を日夜繰り広げている身からしますと、<br />
「ほんとうの愛？そんなもんあるかい！」と思ってしまうわけです。<br />
ですからこの小説は、「真実の愛」とか「運命の相手」とか<br />
あなたがもしそんな言葉を素直に信じられる人であればグッとくるはず。</p>

<p>白石さんは史上初の親子受賞が話題になっていますが、<br />
個人的にはむしろこれを機にお父様・白石一郎さんの<br />
直木賞受賞作<a href="http://www.bk1.jp/product/00672930/?partnerid=02joqr_next">『海狼伝』</a>が広く読まれることを切に希望します。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/00672930/?partnerid=02joqr_next">『海狼伝』</a>は戦国時代末期を舞台に海賊として成長していく少年の姿を描いた<br />
海洋冒険小説の大傑作。そもそもこれだけ海に囲まれていながら、この国には<br />
きちんと海を描いた小説というのが少ないのです。そういう意味でもこの<a href="http://www.bk1.jp/product/00672930/?partnerid=02joqr_next">『海狼伝』</a>は<br />
もっともっと人々に読まれるべき小説です。</p>

<p><br />
佐々木譲さんの受賞は、佐々木さんご自身がとっくに受賞していて<br />
おかしくないくらいの大御所ですから不思議でもなんでもありませんが、<br />
この<a href="http://www.bk1.jp/product/03135876/?partnerid=02joqr_next">『廃墟に乞う』</a>での受賞というのは意外でした。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03135876/?partnerid=02joqr_next">『廃墟に乞う』</a>はある事件をきっかけに心を病んで休職中の刑事仙道が<br />
いろいろな事件に巻き込まれる様を描いた連作短編集です。</p>

<p>依頼が持ち込まれて主人公が事件を調べるハメになって・・・・・・というところは、<br />
「探偵小説」の定型を踏襲していますが、 <a href="http://www.bk1.jp/product/03135876/?partnerid=02joqr_next">『廃墟に乞う』</a>のユニークな点は、<br />
主人公を「休職中の刑事」とした点です。<br />
休職中なので正式な捜査はできない。<br />
この制約があるためにおのずから主人公の動きは制限されます。<br />
つまり手帳をちらつかせたりせず愚直に関係先へ聞き込みを行うしかないわけです。<br />
主人公にこのようなシバリを課したことで結果的に物語に落ち着いた味わいがもたらされました。</p>

<p>それからもうひとつ、舞台が北海道であることも佐々木作品ならでは。<br />
外国人観光客がわんさと押し寄せて大盛況のリゾートも（「オージー好みの村」）、<br />
いまはすっかり寂れてしまった炭坑の町も（「廃墟に乞う」）、それぞれが固有の物語を<br />
持った土地としてしっかりと描き分けられている。このあたりは北海道で生まれ育った<br />
著者の独壇場でしょう。</p>

<p>重厚な読み口の長編作品に定評のある著者だけに<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03135876/?partnerid=02joqr_next">『廃墟に乞う』</a>のようなさらりと読める連作短編集での受賞は意外でしたが、<br />
まだ佐々木譲さんの小説を読んだことがない方なんかには<br />
入り口としてすごくオススメできる作品です。ぜひこの機会にいかがでしょうか。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>　第１４２回直木賞　直前予想！</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2010/01/post_132.html" />
<modified>2010-01-13T17:08:51Z</modified>
<issued>2010-01-13T16:38:58Z</issued>
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<created>2010-01-13T16:38:58Z</created>
<summary type="text/plain"> 半年にいちどやってくる直木賞予想。 ではありますが、今回はちょっと焦りました。...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
半年にいちどやってくる直木賞予想。<br />
ではありますが、今回はちょっと焦りました。<br />
毎回候補作が発表されるたびに<br />
半分くらいはすでに読んでいたりするのですが、<br />
今回はなんたることか一冊も読んでいませんでした。</p>

<p>ということは、候補作が発表されてから選考会までのおよそ１０日間で、<br />
６つの候補作をすべて読破しなければならないことになります。</p>

<p>そのため、通勤電車の中は言うに及ばず、トイレ、風呂、食事の席、布団の中など、<br />
ちょっとしたすき間の時間もすべて読書に費やし、ようやく読み終えることができました。<br />
ふう～。</p>

<p><br />
さて、では候補作をみていきましょう。<br />
今回、候補になったのは以下の作品です。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03169222/?partnerid=02joqr_next">池井戸潤　『鉄の骨』 （講談社）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03135876/?partnerid=02joqr_next">佐々木譲　『廃墟に乞う』 （文藝春秋）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03167677/?partnerid=02joqr_next">白石一文　『ほかならぬ人へ』 （祥伝社）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03156360/?partnerid=02joqr_next">辻村深月　『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ』 （講談社）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03156913/?partnerid=02joqr_next">葉室麟 　 『花や散るらん』 （文藝春秋）</a></p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03178212/?partnerid=02joqr_next">道尾秀介　『球体の蛇』 （角川書店）</a></p>

<p><br />
キャリアも作風もバラバラ、<br />
今回はいつにも増して予想が難しいラインナップです。</p>

<p>でも大丈夫。<br />
全作を読み終えた瞬間、ぼくの脳裡には、<br />
突如として天啓のように受賞作がひらめいたのでした。</p>

<p>ズバリ！今回の受賞作は――といきたいところですが、<br />
結論はもったいぶって後で述べるとして、まずは簡単に候補作をご紹介しましょう。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03169222/?partnerid=02joqr_next">池井戸潤　『鉄の骨』</a>ひとことで言えば、通称「談合課」と呼ばれる部署へ異動となった<br />
若きゼネコンマンの奮闘を描いた青春小説。疑問を抱きながらも、大規模な公共事業の<br />
入札にまつわる談合調整に巻き込まれる主人公の成長が読みどころ。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03135876/?partnerid=02joqr_next">佐々木譲　『廃墟に乞う』</a><br />
思わず、えっ！まだ直木賞受賞していませんでしたっけ？と思ってしまったくらい<br />
これまで数々の素晴らしい作品を世に問うてきたベテランです。<br />
近年では傑作<a href="http://www.bk1.jp/product/03182397/?partnerid=02joqr_next">『警官の血』</a>が評判となりました。<br />
候補作は、ある事件がきっかけで心を病み、休職中の北海道警の刑事のもとに<br />
持ち込まれるさまざまな事件を描いた連作短編集。<br />
屈託を抱えた主人公の魅力もさることながら、北海道在住の著者ならではの風土描写も魅力的。<br />
ただし、それぞれの物語の決着のつけかたはわりとあっさりしており、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03182397/?partnerid=02joqr_next">『警官の血』</a>のような重厚な作風を想像している向きは肩すかしを食うかも。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03167677/?partnerid=02joqr_next">白石一文　『ほかならぬ人へ』</a><br />
表題作と『かけがえのない人へ』と題した２編からなります。<br />
エリート一家に生まれたことに疎外感をおぼえる男がキャバクラ嬢と結婚して<br />
その後いろいろあったり、東大出の同僚との結婚が決まっているにもかかわらず<br />
上司との不倫を続ける女性の身にその後いろいろあったり・・・・・・というお話。<br />
いつも思うのですが、この著者はとても人間関係にナイーブな方ですね。<br />
この世には「真実の愛」と「偽りの愛」があるなんて考えている人はハマると思います。<br />
ぼくはどちらかといえば著者のお父上でいらっしゃる故・白石一郎氏の直木賞受賞作<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/00672930/?partnerid=02joqr_next">『海狼伝』</a>のような豪快な物語のほうが肌にあっておりまして・・・・・・スミマセン。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03156360/?partnerid=02joqr_next">辻村深月　『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ』</a><br />
都会でフリーライターとして活躍するみずほと、地元企業に勤めるチエミ。<br />
ふたりの幼馴染みの人生が、ある殺人事件をきっかけに交錯するというお話。<br />
母と娘の関係とか、女同士の愛と憎しみとか、とにかく女のありとあらゆる顔が<br />
描かれた小説です。女子による女子のための小説ですね。<br />
辻村さんはもしかしたら受賞するのでは？とも思わないでもないのですが、<br />
直木賞初エントリーということもあり、今回は顔見世にとどまるような気がします。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03156913/?partnerid=02joqr_next">葉室麟　『花や散るらん』</a><br />
佐々木譲さんの『廃墟に乞う』もそうですが、直木賞の興行元の文藝春秋出版という<br />
こともあって、ひときわ念入りに読み始めたものの・・・・・・これって第１４０回の候補作<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03032712/?partnerid=02joqr_next">『いのちなりけり』</a>の続編ですね。うーむ。続編がまた候補ですか・・・・・・。<br />
あのー葉室麟さんはすごく好きな作家です。清冽な作風というか、涼やかな風が<br />
からだを通り抜けていったような読後感はちょっと他では味わえません。<br />
それにこの<a href="http://www.bk1.jp/product/03156913/?partnerid=02joqr_next">『花や散るらん』</a>では、これまでさんざん描かれてきた「忠臣蔵」の物語を<br />
新しい切り口で作品化することにも成功しています。新しい切り口というのは、<br />
これまたあらゆる人の手垢がついてる「大奥」の物語とミックスさせるという手法。<br />
面白くてしかも爽やかな作品に仕上がっております。<br />
ですが、やはりこれは前作<a href="http://www.bk1.jp/product/03032712/?partnerid=02joqr_next">『いのちなりけり』</a>とセットで考えるべきしょう。<br />
よって本作が単独で受賞するのはちょっと変じゃないでしょうか。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03178212/?partnerid=02joqr_next">道尾秀介　『球体の蛇』</a><br />
若くして他人には明かせない秘密を抱えてしまった青年が主人公。<br />
彼はある人を死なせてしまったという罪の意識に苛まれながら生きています。<br />
「原罪」とでも言うのでしょうか、人間が生きながらに犯してしまう罪がテーマの<br />
非常に読み応えのある小説です。作中に漲る不穏な空気に、桜庭一樹さんの<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/02934054/?partnerid=02joqr_next">『私の男』</a>なんかと相通ずるものを感じてしまうのはぼくだけでしょうか。</p>

<p><br />
さて、以上を踏まえまして、当コラムの予想を申し上げます。<br />
第１４２回直木賞受賞作は――</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03169222/?partnerid=02joqr_next">池井戸潤さん『鉄の骨』　</a><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03178212/?partnerid=02joqr_next">道尾秀介さん『球体の蛇』</a>のダブル受賞と予想いたします！！</p>

<p><br />
池井戸潤さんは、山本周五郎賞の候補にもなるなどこのところ上り調子。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03169222/?partnerid=02joqr_next">『鉄の骨』</a>はエンタメ小説の王道を行く作品です。<br />
正義感にあふれる主人公、個性的な談合課の面々、謎のフィクサー、<br />
銀行員の恋人などのキャラクター造型がちょっとベタだったりもするのですが、<br />
建設業界を舞台にここまで読ませる物語を作り上げた手腕はお見事。<br />
誰もが楽しめるエンターテイメントで直木賞にも相応しい作品です。<br />
というかたまにはこういう直球ど真ん中な作品もいいのではないでしょうか、選考委員のみなさん。</p>

<p>このところ毎回候補にあがっていた道尾秀介さん。<br />
すぐれたテクニックを駆使して、巧妙なトリックやどんでん返しを描くことの多かった<br />
道尾さんですが、 <a href="http://www.bk1.jp/product/03178212/?partnerid=02joqr_next">『球体の蛇』</a>では抑制の利いた筆致で人間の心理をじっくり描いて<br />
新境地を切り開きました。さすがに今回は直木賞をあげるタイミングだと思います。</p>

<p><br />
というわけで２作受賞を予想いたしましたがどうなりますでしょうか。<br />
選考会は１４日（木）の１７時から開かれます。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>これぞ現代エンタテイメント小説の最高水準！ 東野圭吾 『新参者』</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2010/01/post_131.html" />
<modified>2010-01-04T15:57:54Z</modified>
<issued>2010-01-04T15:36:38Z</issued>
<id>tag:www.joqr.co.jp,2010:/blog/book//84.39314</id>
<created>2010-01-04T15:36:38Z</created>
<summary type="text/plain"> あけましておめでとうございます。 あっという間にお正月休みも終わってしまいまし...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
あけましておめでとうございます。<br />
あっという間にお正月休みも終わってしまいましたね。<br />
なんだか年々この「あっという間」感が強まっているような気がします。</p>

<p>昔はお正月休みといえば、時間もたっぷりあってかなりの数の本が読めたものですが、<br />
いまやさあ読むぞと取りかかっても、気がつけばコタツでうとうとしているような有様で、<br />
ちょっと分厚い小説を一冊読み終えられるかどうかというところ。<br />
年をとるにつれてどんどん読める本の数が少なくなってきているのが悲しいです。</p>

<p><br />
そんなわけで、新年の「読み初め本」には<br />
山田風太郎の<a href="http://www.bk1.jp/product/01995007/?partnerid=02joqr_next">『人間臨終図巻』（徳間文庫）</a>を選び、<br />
なんとなく老いとか晩年みたいなことに思いを馳せてしまいました。<br />
この本は、古今東西の著名人の死に方を、享年（死んだ時の年齢）ごとに<br />
十代から百代までずらりと並べてみせたもので、<br />
時折思いついたように手にとってはページをめくるのですが、<br />
今年の自分の年齢にちなんで特に「四十歳で死んだ人々」の項を熟読してしまいました。<br />
（ちなみに四十歳で死んだ人は、石田三成、エドガー・アラン・ポー、<br />
国定忠治、幸徳秋水、高橋和巳、ジョン・レノンらです）</p>

<p><br />
厳しい風が吹いているのは出版界も同様ですけれど、<br />
今年もヨメの目を盗んでガンガン本を大量購入し、<br />
みなさんに少しでも面白い本をご紹介できればと思います。<br />
本年もよろしくお願いいたします。</p>

<p><br />
さて、新年最初にご紹介する一冊は、昨年話題になったにもかかわらず<br />
ご紹介できずにいた東野圭吾さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03156359/?partnerid=02joqr_next">『新参者』（講談社）</a>です。</p>

<p>東野圭吾さんといえば当代随一の流行作家ですが、<br />
流行作家に必要な能力とは何でしょうか。</p>

<p>まず真っ先に挙げなくてはならないのは「量産がきく」ということです。<br />
読者のもとへ次から次に新作を届けることのできる筆力は、流行作家に不可欠です。</p>

<p>でもこれだけではまだ十分とはいえません。<br />
もうひとつ流行作家には必要なものがあります。<br />
それは、「引き出しの多さ」です。</p>

<p>読者というものは、贔屓の作家の新作を手に取るたびに、期待と同時に<br />
その期待がいい意味で裏切られることも心のどこかで望んでいるものです。<br />
新作ごとにスタイルや作風をガラリと変える。あるいは新しいアイデアを打ち出す。<br />
こうして読者の期待を心地よく裏切り飽きさせない能力が流行作家には必須です。</p>

<p>ただしそのためには物語の「引き出し」を数多く持っていなければなりません。<br />
第一線で活躍する流行作家はみな例外なくいくつもの引き出しを持っています。<br />
ハードボイルドから歴史大河ロマンまで手掛ける北方謙三さんしかり、<br />
ミステリー、時代物、ファンタジーとジャンルを横断して活躍する宮部みゆきさんしかり。</p>

<p><br />
近年、ミステリーのジャンルで驚異的な引き出しの多さを<br />
ぼくらにみせてくれているのが東野圭吾さんです。<br />
（たとえばドラマや映画でお馴染みとなった<a href="http://www.bk1.jp/product/03053388/?partnerid=02joqr_next">探偵ガリレオシリーズ</a>は、<br />
トリックを科学的に解明する天才物理学者という新しい探偵像を生み出しました）</p>

<p><br />
そしてこの<a href="http://www.bk1.jp/product/03156359/?partnerid=02joqr_next">『新参者』</a>でも東野さんは新たな引き出しを開けてみせてくれました。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03156359/?partnerid=02joqr_next">『新参者』</a>はこれまでになかったまったく新しいタイプのミステリー小説なのです。</p>

<p><br />
江戸情緒がいまも色濃く残る人形町。<br />
物語は人形町の甘酒横町にある煎餅屋から始まります。</p>

<p>店を訪れた保険の外交員のアリバイを確認するために刑事たちがやってきます。<br />
小伝馬町で一人暮らしの女性が殺される事件があったためです。<br />
刑事の中には日本橋署に着任したばかりの加賀恭一郎がいました。</p>

<p>加賀は下町の人々の生活にまつわる小さな謎を解明しながら、<br />
やがて殺人事件の謎にも迫っていくのでした・・・・・・。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03156359/?partnerid=02joqr_next">『新参者』</a>のどこが新しいのか。<br />
それは捕物帳の世界を現代に甦らせたところにあります。</p>

<p>捕物帳は、大正６年（１９１７年）に発表された岡本綺堂の<a href="http://www.bk1.jp/product/02092474/?partnerid=02joqr_next">『半七捕物帳』</a>を<br />
鼻祖とする江戸時代を舞台にした探偵物語で、時代小説と推理小説を<br />
融合させたところにその新しさがありました。<br />
謎解きの面白さと江戸庶民のいきいきとした生活の描写を両立させ、<br />
後輩作家たちに多大な影響を与えた傑作です。<br />
（捕物帳について詳しく知りたい方は、縄田一男さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/02463300/?partnerid=02joqr_next">『捕物帳の系譜』</a>をどうぞ）</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03156359/?partnerid=02joqr_next">『新参者』</a>はこの<a href="http://www.bk1.jp/product/02092474/?partnerid=02joqr_next">『半七捕物帳』</a>を嚆矢とする捕物帳のテイストを<br />
現代の人形町を舞台に描こうとした試みだと思うのです。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03156359/?partnerid=02joqr_next">『新参者』</a>では殺人事件という大きな謎が核になってはいますが、<br />
物語は独立した短編としても読める九つの章によって構成されています。<br />
いずれも下町の人々の日常生活の中のささやかな謎を扱った内容となっており、<br />
これがどれも下町の人情をベースにした非常にいい話なんです。<br />
（「洋菓子屋の店員」と題した第五章なんて思わずホロリときてしまう）<br />
これらの人情話のテイストは紛れもなく捕物帳を彷彿とさせるものです。<br />
江戸情緒を今に伝える人形町を舞台に選んだのも素晴らしく効いている。</p>

<p><br />
さらに。<br />
半七にしろ、銭形平次にしろ、むっつり右門にしろ、<br />
捕物帳にはまた魅力的な主人公も不可欠ですが、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03156359/?partnerid=02joqr_next">『新参者』</a>はこの点でもお見事。<br />
たとえば作中に出てくるこんなセリフを見ただけで、<br />
主人公・加賀恭一郎がどんな人物かがおわかりいただけるかと思います。</p>

<p><br />
「加賀さん、事件の捜査をしていたんじゃなかったんですか」<br />
「捜査もしていますよ、もちろん。でも、刑事の仕事はそれだけじゃない。<br />
事件によって心が傷つけられた人がいるのなら、その人だって被害者だ。<br />
そういう被害者を救う手だてを探しだすのも、刑事の役目です」</p>

<p><br />
下町の人情話とミステリーの見事な融合。<br />
日常のささやかな謎の絵解きが、やがて殺人事件の解明へとつながる巧緻なプロット。<br />
連作短編集としても、ひとつの長編としても、一冊で二度楽しめるお得感。</p>

<p>なにからなにまで至れり尽くせりの<a href="http://www.bk1.jp/product/03156359/?partnerid=02joqr_next">『新参者』</a>は、<br />
まさに現代エンタテイメント小説の最高水準といっていい作品です。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>キャッチャーという人生</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2009/12/post_130.html" />
<modified>2009-12-27T16:22:54Z</modified>
<issued>2009-12-27T15:56:18Z</issued>
<id>tag:www.joqr.co.jp,2009:/blog/book//84.39107</id>
<created>2009-12-27T15:56:18Z</created>
<summary type="text/plain"> 最近、同僚との酒の席で、ふとしたはずみから昔は野球少年で、 しかもポジションは...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
最近、同僚との酒の席で、ふとしたはずみから昔は野球少年で、<br />
しかもポジションはピッチャーだったと白状していまい、笑われてしまいました。<br />
まぁこの太鼓腹で野球少年だったなんて言っても、冗談としか思われないでしょうね。<br />
でもピッチャーといえば聞こえはいいですが、実際のところは「行き先はボールに聞いてくれ」<br />
という典型的なノーコンで、四球を連発しては自滅するというパターンを性懲りもなく繰り返す<br />
どうしようもない選手でした。</p>

<p>あれは夏休みの練習試合だったか、あまりにストライクが入らないことにキレた監督に<br />
「ずっと投げてろ馬鹿野郎！」と怒られ、マウンド上でさらし者にされたことがあります。<br />
しまいには延々と続く四球と押し出しに嫌気がさした野手からも「いい加減にしろよ！」と<br />
責められる始末。相手チームからは笑い物にされるは、どこにも逃げ場はないはで、<br />
焦れば焦るほど、萎縮すればするほどコントロールが定まらない悪循環にハマってしまいました。</p>

<p>ところがそんな四面楚歌の中で、ただひとり、励まし続けてくれた人間がいました。<br />
キャッチャーです。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03150516/?partnerid=02joqr_next">『キャッチャーという人生』赤坂英一（講談社）</a>を読みながら、ぼくは炎天下のグラウンドに<br />
キャッチャーのかけ声だけが響いていたこの時の光景を思い出していました。</p>

<p>すでに試合はピッチャーのひとり相撲でぶち壊しになっているにもかかわらず、<br />
チームの中でただひとり、キャッチャーだけが最後まで辛抱強く声を出し続けている。</p>

<p>こう書くと、いかにもキャッチャーをやっていた男が<br />
チームメート思いの優等生みたいですが、それは違います。<br />
この時のキャッチャーの行動というのは、個人の性格や人間性というよりも、<br />
なにかキャッチャーというポジションが持つ性質に由来しているように思えるのです。</p>

<p><br />
名捕手・野村克也氏は、<a href="http://www.bk1.jp/product/00366423/?partnerid=02joqr_next"> 『野球は頭でするもんだ！』（朝日文庫）</a>という本の中で<br />
こんな面白いことを書いています。</p>

<p>キャンプ中に宿舎の大広間でミーティングを行う際に、<br />
選手のスリッパの脱ぎ方を観察していた野村さんは、<br />
ポジションごとに傾向があることに気がつきます。</p>

<p>内野手はスリッパが散らかっているのに文句をいいながら片付けようとはしない。<br />
外野手は黙ってスリッパを脱いでいく。<br />
ピッチャーはみんなのスリッパの上に平気で脱ぎ捨てていく。<br />
（それも脱いだスリッパが右と左、歩幅のまま残っている）</p>

<p>ではキャッチャーはといえば、<br />
これが「散らかったスリッパをそろえ、わずかな空き地に脱いでいく」というんですね。</p>

<p>キャッチャーというポジションはよく「女房役」にたとえられますが、<br />
なるほどいかにもしっかりものの女房な感じがするエピソードではあります。</p>

<p>ただし野球で言う「女房役」というのは、きわめて特殊な役回りです。<br />
なにしろこの女房、一試合のうちに何人もの旦那の相手役を務めなければなりません。<br />
旦那にもいろいろいます。プライドの高いベテランから、ノミの心臓のルーキーまで、<br />
あらゆるピッチャーを勝利という目標に向けてリードしていくという役割を負っています。</p>

<p>こんな特殊なポジションを務めているのは、いったいいかなる人間なのでしょうか。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03150516/?partnerid=02joqr_next">『キャッチャーという人生』</a>では、さまざまな捕手の人間像が描かれます。<br />
より正確にいえば、そこで光を当てられているのは、野村克也と古田敦也という<br />
ふたりの天才の陰に隠れて、これまであまり語られることのなかったキャッチャーたち<br />
なのですが、彼らの人間像というのがとにかくむちゃくちゃ面白い。<br />
この本は今年のスポーツノンフィクションの中でもいちばんの掘り出し物といえるでしょう。</p>

<p>著者の赤坂英一さんは、日刊ゲンダイのプロ野球記者として<br />
長く現場を取材してこられた方ですが（現在は独立）、まずなによりも<br />
選手を身近に取材している者ならではのディテールへの目配りが素晴らしい。</p>

<p>その細やかな観察眼は冒頭からいきなり発揮されます。<br />
（以下、選手のみなさんの敬称は略させていただきます）</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03150516/?partnerid=02joqr_next">本書</a>は著者が村田真一（巨人打撃コーチ）に取材を依頼するところから始まります。<br />
その書き出しはこうです。</p>

<p><br />
「村田真一の顔は、唇の左端が右端よりも下に垂れ下がっている。<br />
彼は、自分の意思でその左端を動かすことができない。現役時代、<br />
顔面の左側に受けたデッドボールによって、鼻と口の周辺の神経が<br />
断裂してしまったからだ。<br />
『それ以来、写真は嫌いやねん。よく見て。こうして笑うたら、はっきり分かるでしょ』<br />
そう言って、村田は笑みをつくった。唇の間から白い歯がのぞき、唇の右端があがる。<br />
しかし、左端は下がったままだ。右端が上がったぶん、余計に口全体の形が歪にみえる」</p>

<p><br />
読む者にまるでその場に同席しているようかのように情景を思い浮かべさせ、<br />
ストーリーの中へとぐいと引きずり込んでしまう見事な書き出しです。<br />
しかもこの後遺症のエピソードは、意味もなく冒頭に置かれているわけではありません。<br />
（このことについてはまた後で触れます）</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03150516/?partnerid=02joqr_next">本書</a>には、達川光男、山中潔、大久保博元、谷繁元信、里崎智也といった捕手が<br />
登場しますが、あえて主人公をあげるなら、村田真一ということになるでしょう。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03150516/?partnerid=02joqr_next">本書</a>でたびたび言及される村田のエピソードは、村田個人の人物像のみならず、<br />
「キャッチャーとはいかなる人種か」ということもぼくらに教えてくれます。</p>

<p>村田真一はついぞ名捕手と謳われることのなかった選手でした。<br />
巨人軍の歴史の中では、森祇晶の１８３３、山倉和博の１２５３に続く歴代３位の<br />
１０８７試合に出場し、９０年代を通して正捕手の座を守り続けたにもかかわらず、です。</p>

<p>ご存知の方も多いかと思いますが、その理由のひとつに村田の「肩」があげられます。<br />
現役の頃、盗塁阻止率の低かった村田には「肩が弱い」という定評がありました。<br />
入団５年目に手術をした村田の右肩は、当時抜群の盗塁阻止率を誇った古田や<br />
リーグ随一と言われた中日・中村武志の強肩と比べると、どうしても見劣りがすると<br />
言われていたのです。</p>

<p>ところが<a href="http://www.bk1.jp/product/03150516/?partnerid=02joqr_next">本書</a>ではその評価が事実に反することが明らかにされます。<br />
当時の巨人のピッチャーはクイックモーションが不得手で、<br />
監督だった藤田元司も「チュウ（村田の愛称）、おまえが悪いんじゃないから」と慰め、<br />
ピッチャー連中も「チュウ、悪いな、ごめんな」と村田に頭を下げていたそうです。</p>

<p>でもだからといって村田は、自分のせいではないとメディアに吹聴したりはしません。<br />
世間に何を言われようと監督やチームメートがわかってさえいればそれで十分、<br />
そんな自分のことよりもピッチャーにしっかり仕事をしてもらうことのほうが大事だ、<br />
と自らは口をつぐんでいました。</p>

<p><br />
自分を犠牲にしてまでもピッチャーのことを考える。<br />
そういう村田の姿勢は、広島カープの黄金期を支えた<br />
名捕手・達川光男にも共通するものがあります。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03150516/?partnerid=02joqr_next">本書</a>には達川のこんな言葉が紹介されています。</p>

<p><br />
「ピッチャーにいい球を投げてもらうには、こっちが受けさせていただくという気持ちが<br />
大事じゃ。そりゃあ揉めたり、ぶつかったりすることはあるけどよ、結局はピッチャーに<br />
投げてもらわんことには始まらんのやから、野球はね」</p>

<p><br />
達川は、１９９２年１０月４日、広島市民球場での巨人戦を最後に引退します。<br />
現役最後の打席に入ったときマスクを被っていたのは村田でした。<br />
その最後の打席で村田は達川に声をかけます。<br />
「達川さん、お疲れ様でした。全部真っ直ぐです。心置きなく振ってください」<br />
それを聞いた達川は、<br />
「村田、見えん。ボールが見えん」<br />
と涙で頬を濡らしながらつぶやくように答えたといいます。</p>

<p>おそらく同じキャッチャーだからこそわかりあえるものがあるのでしょう。<br />
バッターボックスでのキャッチャー同士の会話といえば、こんな場面もありました。<br />
ただしこちらは生命を危険にさらすような壮絶な場面ですが・・・・・・。</p>

<p>１９９９年４月９日横浜スタジアム。<br />
齋藤隆の投げたストレートがバッターボックスの村田真一の顔面を直撃。<br />
ボールは顔の左側に当たって跳ね、村田はそのまま仰向けに倒れ込みました。</p>

<p>この時のキャッチャーは谷繁元信でした。<br />
谷繁によれば、倒れ込んだ村田は「シゲ、信じてるからな」と言ったそうです。<br />
もちろんわざとではありません。<br />
谷繁はいまでも、本当に狙ったのかボールが抜けたのか、<br />
キャッチャーである村田ならわかってくれていると思っているそうです。</p>

<p><br />
村田真一は２００１年に引退します。<br />
この年、ドラフト１位で中央大学から入団したルーキー阿部慎之助が１２７試合に出場。<br />
新旧交代とばかりに村田の出場は５４試合にとどまりました。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03150516/?partnerid=02joqr_next">本書</a>で描かれる村田真一のキャッチャー人生は、まさに「傷だらけ」です。<br />
デッドボールで死線をさ迷ったのもそうですが、１９９７年には４歳の可愛いお嬢さんを<br />
交通事故で亡くすという不幸にも遭われています。<br />
（このくだりは涙なしには読めません。ちなみに告別式で最後に献花し、<br />
嗚咽する村田を抱き留めたのは同じキャッチャーの大久保博元だったそうです）</p>

<p>村田真一の傷だらけのキャッチャー人生からみえてくるものはなんでしょうか。<br />
それは、どんなに辛いことがあっても、弱音ひとつ吐かず黙々と自分の仕事をこなす<br />
大人の男の姿です。それもとびきりの「いい男」の。</p>

<p>なるほどキャッチャーというのは、ピッチャーという主役を引き立てるための脇役かもしれません。<br />
しかしプロの脇役に徹したこの男たちの人生は、なんと陰影に富み深みがあることか。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03150516/?partnerid=02joqr_next">本書</a>のエピローグで、著者はそれぞれのキャッチャーに<br />
「もし生まれ変わったら、もういちどキャッチャーをやりたいか」<br />
という質問を投げかけています。<br />
いちばん最後に村田の答えが紹介されているのですが、ここで著者はふたたび<br />
デッドボールの後遺症が残る村田の顔に触れつつ、稿を閉じています。</p>

<p>この本を最後まで読んだ人は、ここに至って初めて自分自身の変化に気がつくはずです。<br />
最初は痛々しく思えた村田の顔面の傷跡が、いつのまにか誇らしく感じられることに。</p>

<p>プロ野球ファンのみならず、胸の奥が熱くなるような男たちのドラマを求めている方にも<br />
ぜひオススメしたい一冊です。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>年にいちどのお楽しみ♪リンカーン・ライム・シリーズの最新作が届いた！</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2009/12/post_129.html" />
<modified>2009-12-06T14:37:24Z</modified>
<issued>2009-12-06T14:28:59Z</issued>
<id>tag:www.joqr.co.jp,2009:/blog/book//84.38416</id>
<created>2009-12-06T14:28:59Z</created>
<summary type="text/plain"> こんな場面をちょっと想像してみてください。 あなたはふとしたきっかけで知り合っ...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
こんな場面をちょっと想像してみてください。</p>

<p>あなたはふとしたきっかけで知り合った異性とカフェでお茶をすることになりました。</p>

<p>カフェに入り、簡単な自己紹介を済ませ、<br />
まずはここ数日で急に冷え込んだ天気のことや<br />
クリスマスの予定といったあたりさわりのない会話をしているうちに、<br />
なんとふたりの間には共通の趣味があることがわかりました。<br />
思いもよらない偶然に会話は盛り上がります。</p>

<p>話を続けるうちにさらに共通点が見つかります。<br />
その人は、あなたが最近ハマっているミュージシャンに同じようにハマっていて、<br />
あなたも行く予定のライブのチケットを購入したばかりだというではありませんか！<br />
偶然の一致が重なり、ふたりのテンションはますます上がります。</p>

<p>けれども驚きはそれだけにとどまりませんでした。<br />
その人は、あろうことかあなたと行きつけの飲食店、好きな洋服のブランド、<br />
贔屓にしているホテル、夏休みの海外旅行先、支持政党にいたるまで<br />
ことごとくが被っていることがわかったのです。</p>

<p>目の前に座るその人は、ライフスタイルはもちろん価値観までも共有できる相手でした。</p>

<p>「これって運命の出会いかも・・・・・・」。</p>

<p>あなたがそう思ったとしても無理はありません。</p>

<p><br />
ところが、一見すると運命の赤い糸で結ばれているようにみえるこの出会いも、<br />
ある前提条件を変えるだけで、まったく違った見え方となります。</p>

<p>たとえば、これが偶然の出会いではなかったとしたら？</p>

<p>つまり、「出会いは偶然ではなく仕組まれたもの」で、<br />
「あなたに関する情報はすべて事前に知られていた」としたら？</p>

<p>ドラマティックに思えた出会いは<br />
たちまちグロテスクな悪夢へと一変します。</p>

<p><br />
ジェフリー・ディーヴァーのリンカーン・ライム・シリーズ最新作<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03168107/?partnerid=02joqr_next">『ソウル・コレクター』池田真紀子・訳（文藝春秋）</a>に登場するのは、<br />
そのような恐ろしい殺人鬼です。</p>

<p>新作が出るたびに当欄でご紹介するリンカーン・ライム・シリーズ。<br />
天才科学捜査官として将来を嘱望されながら、鑑識作業中の事故で<br />
首の骨を折り、四肢麻痺となったものの、その持ち前の知識と深い洞察力で<br />
ベッドに横たわったまま次々と難事件を解決していくリンカーン・ライムは、<br />
ミステリー小説史上もっともユニークな主人公といえるでしょう。</p>

<p>今回の物語は、ライムのいとこアーサーが殺人の罪で逮捕されるところから始まります。<br />
証拠は完璧に揃っており、誰もがアーサーの有罪を確信していました。<br />
けれども、ただひとりライムだけがいとこの殺人に疑いの目を向けます。<br />
なぜか――。あまりにも完璧に証拠が揃いすぎているからです。</p>

<p>アーサーは罠にかけられたのではないか。<br />
いつものように相棒かつ恋人のアメリア・サックス刑事と捜査をはじめたライムは、<br />
アーサーのケースと同様の殺人事件が複数起きていることを突き止めます。<br />
そして捜査チームはやがて、ある大手データ会社の存在を知ります・・・・・・。</p>

<p><br />
リンカーン・ライム・シリーズには毎回個性的かつ残虐な犯罪者が登場しますが、<br />
今回の犯人をひとことで形容するならば、「シリーズ史上もっとも卑劣な犯人」<br />
ということになるでしょうか。<br />
なにしろ電子技術を駆使した「のぞき」によって集めた情報をもとに犯行に及んだ上、<br />
犠牲者の個人情報を改竄し、証拠を捏造して他人に罪をなすりつけてしまうのですから。<br />
その手口は卑劣としかいいようがありません。</p>

<p>けれども卑劣漢であると同時に、<br />
こいつはシリーズ史上もっとも手強い敵でもあります。<br />
なぜなら犯人は他人の個人情報を自在に操ることができるからです。</p>

<p>あらゆる人間の個人情報を手中におさめ、これを操り、書き換え、奪う。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03168107/?partnerid=02joqr_next">本作</a>でライムが戦う相手は、情報社会における「神」のごとき人物なのです。</p>

<p>息もつかせぬストーリ運び、巧緻なプロットなどは相変わらずですが、<br />
この「個人情報のセキュリティー」というきわめて今日的なテーマを持ってくるあたりが、<br />
さすがミステリー小説界の最前線を走るディーヴァーならではという感じがします。</p>

<p>ディーヴァーの代名詞ともいえる「どんでん返し」は<a href="http://www.bk1.jp/product/03168107/?partnerid=02joqr_next">本作</a>ではやや控えめなものの、<br />
そのかわりリンカーン・ライムの少年時代がたっぷりと描かれており読み応え十分です。</p>

<p><br />
さて、ディーヴァーが勤勉なおかげで、ぼくらは年にほぼいちどのペースで<br />
新作を手にできるという恩恵にあずかっていますが、訳者の池田真紀子さんによれば、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/02619457/?partnerid=02joqr_next">短編集『クリスマス・プレゼント』</a>に続く短編集第二弾や、ライム・シリーズからのスピンオフ、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03051900/?partnerid=02joqr_next">キャサリン・ダンス・シリーズ</a>の第二弾の邦訳刊行も予定されているとか。いまから楽しみでなりません。</p>

<p>ディーヴァーの小説はどれを読んでもまったくハズレなし！<br />
未読の方はぜひこの機会に手に取ってみることをオススメします。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>小太郎の左腕</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2009/11/post_128.html" />
<modified>2009-11-22T18:30:33Z</modified>
<issued>2009-11-22T18:10:52Z</issued>
<id>tag:www.joqr.co.jp,2009:/blog/book//84.37959</id>
<created>2009-11-22T18:10:52Z</created>
<summary type="text/plain"> 玄関の新聞受けがゴトリと音をたてたのに驚いて顔をあげると、 いつの間にか窓の外...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
玄関の新聞受けがゴトリと音をたてたのに驚いて顔をあげると、<br />
いつの間にか窓の外が白み始めていました。</p>

<p>傍らには、読み終えたばかりの本。<br />
手に取ったのがつい今しがたのように思えるのに、<br />
物語の世界に没入していうるうちにいつの間にか夜が明けていました。</p>

<p>年に何回か、こんなふうに朝を迎えてしまうことがあります。<br />
寝食を忘れて本を読み続けたあげく、気がつけば貴重な休日が<br />
まるまる潰れていたりする。もちろんそんな事態に陥るのは、<br />
極めつけに面白い本と出会った時に限られるわけですが。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03183558/?partnerid=02joqr_next">『小太郎の左腕』（小学館）</a>は文句なしの完全徹夜本です。</p>

<p>作者があの<a href="http://www.bk1.jp/product/02945914/?partnerid=02joqr_next">『のぼうの城』</a>の和田竜さんだと聞けば、<br />
きっと多くの人が「完徹もやむなし」と納得してくれることでしょう。</p>

<p>武力を振るうわけでもなく、智力を働かすわけでもなく、ただボーッとして人々に<br />
愛される人柄だけが取り柄という男が、部下や領民の心をひとつにまとめあげ、<br />
秀吉の軍勢を退ける様を魅力的に描いた<a href="http://www.bk1.jp/product/02945914/?partnerid=02joqr_next">『のぼうの城』</a>は、これまでの時代小説には<br />
なかった新しいヒーロー像を生み出した作品としてベストセラーとなりました。</p>

<p>あの<a href="http://www.bk1.jp/product/02945914/?partnerid=02joqr_next">『のぼうの城』</a>の作者の新作となればいやがおうにも期待は高まります。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/02945914/?partnerid=02joqr_next">『のぼうの城』</a>と同様、 <a href="http://www.bk1.jp/product/03183558/?partnerid=02joqr_next">『小太郎の左腕』</a>の装丁にもオノ・ナツメさんの画が<br />
印象的に使われていますが、アートな雰囲気を醸し出していた<a href="http://www.bk1.jp/product/02945914/?partnerid=02joqr_next">『のぼう』</a>に比べると、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03183558/?partnerid=02joqr_next">『小太郎』</a>は切り絵を思わせるようなどこか懐かしいテイストの表紙となっています。<br />
（ぼくは子どもの頃読んだ<a href="http://www.bk1.jp/product/02153804/?partnerid=02joqr_next">『モチモチの木』</a>という絵本を思い出しました）</p>

<p><br />
さて、ではこの<a href="http://www.bk1.jp/product/03183558/?partnerid=02joqr_next">『小太郎の左腕』</a> のストーリーをみていきましょう。<br />
時は戦国時代初期。いまだ世は定まらず、腕に覚えのある戦上手たちが<br />
あちこちで衝突し合っているようなそんな時代に、あるところで戸沢家と児玉家という<br />
豪族が争っていました。<br />
まだ戦国大名などは歴史の上に現れておらず、力のある領主が近隣の領主を<br />
屈服させることで、徐々に勢力を広げていっているような時代です。<br />
戸沢、児玉両家ももはや衝突は避けられず雌雄を決すべき時を迎えていました。</p>

<p>戸沢家には猛将として近隣に勇名を馳せる林半右衛門という武者がいます。<br />
ある日、児玉家との戦に敗れて山中を敗走していた半右衛門は、<br />
謎めいた地鉄砲（猟師）の老人に伴われた小太郎という少年と出会います。<br />
部下が携えていた左構え（左利き用）の種子島（鉄砲）に興味を示す小太郎に対して、<br />
半右衛門は領主が主催する鉄砲試合に参加するよう声を掛けます。</p>

<p>そして一月後に開催された鉄砲試合で、半右衛門をはじめとする人々は、<br />
小太郎の信じがたい才能を目撃することになります。眼前で奇跡が起こったことに<br />
人々は沸き立ちました。<br />
けれどもそれは、小太郎と半右衛門の運命を狂わす出来事でもあったのです――。</p>

<p><br />
この<a href="http://www.bk1.jp/product/03183558/?partnerid=02joqr_next">『小太郎の左腕』</a> 、まず主人公が「１１歳のスナイパー」という設定が見事です。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/02945914/?partnerid=02joqr_next">『のぼうの城』</a>もそうでしたが、このような主人公もいまだかつて存在しなかった。<br />
どうやら作者の和田竜さんはキャラクター設定の名手のようです。<br />
しかもこの幼いスナイパーは胸の裡に孤独を抱えている。このディテールもいい。</p>

<p>（スナイパー小説の傑作にスティーヴン・ハンターの<a href="http://www.bk1.jp/product/01659986/?partnerid=02joqr_next">『極大射程』</a>がありますが、<br />
あの小説の主人公、天才スナイパーのボブ・リー・スワガーも、山奥で隠遁生活を送って<br />
いました。孤独や寂しさを抱えているというのはスナイパーの条件かもしれません）</p>

<p>ともに暮らす老人以外に身寄りもなく、人目を避けるように暮らしていた少年が、<br />
大人たちの思惑に巻き込まれ、戦場で引き金を引くうちに、自分の力で生きていくことを<br />
学ぶ。物語全体を通した主人公の成長は、この小説の読みどころのひとつです。</p>

<p><br />
それからもうひとつ、この小説で作者が力を入れて描いているのは、<br />
戦国の世の男たち独特の価値観です。</p>

<p>先日、松岡正剛さんの<a href="http://www.bk1.jp/product/03172834/?partnerid=02joqr_next">『日本流』（ちくま学芸文庫）</a>という本を読んでいたら<br />
こんな面白い話がありました。<br />
平安時代には貴族のあいだで「あはれ」という感覚が尊ばれたけれども、<br />
時代が下って新たな階層として武家が台頭してくると、<br />
貴族たちの「あはれ」に対して新しく「あっぱれ」が登場してきたというのです。</p>

<p>戦国の世ではまさにこの「あっぱれ」という感覚が尊ばれました。<br />
豪快さや度胸、ぎりぎりのところで命のやりとりをしていても<br />
どれだけ涼しい顔をしていられるかというような見栄や矜持。</p>

<p>「男」という字よりも、「漢」と書いて「おとこ」と読ませたくなるような<br />
そんな好漢ぶりが戦国の世においてはもっともカッコいい男性像だったのです。</p>

<p>（ちなみにそんな戦国のダンディズムを見事に描いた小説に、<br />
前田慶次郎を主人公にした隆慶一郎の<a href="http://www.bk1.jp/product/02959125/?partnerid=02joqr_next">『一夢庵風流記』</a>があります。<br />
興味のある方はぜひ読んでみてください）</p>

<p>物語の中で作者がもっとも愛情をもってその好漢ぶりを描いているのは<br />
林半右衛門です。半右衛門はまさに戦国ダンディそのものといっていい男でした。<br />
合戦の場では死ぬことを恐れずに誰よりもはやく先陣を切り、<br />
ひとたび敵将と相まみえるや、高らかに名乗りをあげて一騎打ちをする。<br />
卑怯な真似はしない。好敵手と槍を交えた結果、死んでしまうのならそれでいい。<br />
でもどうせ死ぬなら美しく派手に散りたい――というような。</p>

<p>単純といえば単純、けれども戦国時代のように極端に死が身近にあった時代には、<br />
このようなシンプルな思考様式が受けたのでしょうね。<br />
ちなみにこの戦国のダンディズム、後の世には「武士道」として結実します。<br />
武士道は天下太平の世のもとタテマエ化していき、やがて衰退していくことは<br />
ご存知のとおりですが、半右衛門の時代にはまだ生身の男どうしが器のデカさを<br />
競いあうような、素朴でわかりやすい実力主義が幅をきかせていたのです。</p>

<p>このようないまの時代には存在し得ない男性像を描くこと。<br />
これがこの作者のもうひとつの狙いのような気がします。</p>

<p><br />
さて、物語のラストにおいて、林半右衛門と小太郎の人生が<br />
これ以上ないというくらいドラマチックに交錯します。<br />
この部分はぜひお読みいただきたいのですが、<br />
非常に映像的で余韻の残るラストシーンとなっています。</p>

<p>ラストまで物語は最後まで間然とする所がありません。<br />
この小説を読んで損をしたという人はおそらくいないでしょう。<br />
娯楽小説の王道を行く作品。強くオススメします！</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>新作『グラーグ５７』登場！傑作の続編の出来ぐあいやいかに？</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.joqr.net/blog/book/archives/2009/10/post_127.html" />
<modified>2009-10-09T17:09:45Z</modified>
<issued>2009-10-09T16:55:17Z</issued>
<id>tag:www.joqr.co.jp,2009:/blog/book//84.36599</id>
<created>2009-10-09T16:55:17Z</created>
<summary type="text/plain"> 昨年のミステリー界最大の事件をあげるとすれば、 間違いなく「新人作家トム・ロブ...</summary>
<author>
<name>首藤</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.joqr.co.jp/blog/book/">
<![CDATA[<p><br />
昨年のミステリー界最大の事件をあげるとすれば、<br />
間違いなく「新人作家トム・ロブ・スミスの登場」ということになるでしょう。<br />
デビュー作<a href="http://www.bk1.jp/product/03022181/?partnerid=02joqr_next">『チャイルド４４』</a>は掛け値なしの傑作で、<br />
『このミステリーがすごい！２００９年版』でも海外部門ベスト１に選ばれました。</p>

<p>スターリン圧政下の旧ソ連を舞台に、国家保安省の捜査官レオを主人公にした<br />
この物語のいったいどこが凄かったかといえば、まず主人公への負荷のかけ方が<br />
尋常ではなかったことがあげられます。</p>

<p>ミステリー小説の主人公というのは<br />
ただでさえ窮地に追い込まれるものですが、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03022181/?partnerid=02joqr_next">『チャイルド４４』</a>のレオはその中でも群を抜いていました。<br />
彼ほど悲惨な目にあわされた主人公はちょっと他に思いつきません。</p>

<p>物語の中でレオは連続殺人犯を追います。<br />
捜査官が犯人を追うのは至極当然なので、これだけなら話はいたってシンプル。<br />
けれどもここに当時のソ連の特殊な社会背景がからんできた途端、<br />
主人公はとてつもない困難に襲われることになるのです。</p>

<p><br />
特殊な社会状況とはなにか。<br />
まず確認しておかなければならないのは、<br />
当時のソ連では殺人事件は存在しないことになっていたということです。</p>

<p>素晴らしいイデオロギーに基づいて理想国家を建設しているというのが<br />
当局のタテマエですから、貧困や犯罪といったネガティブな要素は、<br />
資本主義によって腐敗した西側諸国にこそあっても、<br />
偉大なるソビエト連邦には「あってはならない」ことになるわけです。</p>

<p>ですから、国家が「うちらのような理想国家に凶悪犯罪などあるわけがない」と<br />
言っているところに、当の国家に忠誠を誓わなければならない官僚が、<br />
「いや、現実に凶悪犯罪は起きているんですよ」と声をあげるというのは、<br />
国家に対する反逆行為になります。</p>

<p>ということはすなわち、レオは連続殺人犯を追えば追うほど、<br />
おのれの身を危うくするということになるのです。</p>

<p><br />
もうひとつ、このようなタテマエ社会で横行するものがあります。<br />
「密告」です。</p>

<p>たとえばちょっとでも気に食わないヤツがいれば、<br />
「あいつは陰で国家指導部の悪口を言っています」と告げ口するだけでいい。<br />
その人は当局に連行され、拷問を伴う厳しい取り調べを受けます。<br />
やがて人々は、次に売られるのは自分かもしれないと疑心暗鬼に陥り、<br />
隣人や同僚、時には親兄弟すらも先手を打って告発するようになります。</p>

<p>まったくもって息苦しく陰惨な社会ですが、<br />
レオも彼を恨んでいる同僚によって告発され、<br />
妻ライーサとともに危険にさらされます。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03022181/?partnerid=02joqr_next">『チャイルド４４』</a>は、このような陰々滅々とした社会状況のもとで<br />
正義を貫こうとする主人公の活躍に加え、家族とはなにかということもしっかり描いて、<br />
ミステリー小説の昨年の収穫として真っ先に名前をあげてもおかしくない傑作となりました。</p>

<p><br />
さて、そんな傑作の刊行から１年後、思いも寄らないことに続編が出ました！<br />
前作の興奮も醒めやらないところに届けられたのは、<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03140964/?partnerid=02joqr_next">『グラーグ５７』上巻</a> <a href="http://www.bk1.jp/product/03140965/?partnerid=02joqr_next">下巻 田口俊樹訳（新潮文庫）</a>です。</p>

<p><br />
前作から３年後。<br />
レオは念願の殺人課を創設することができたものの、<br />
養女ゾーヤとの関係に頭を悩ませていました。</p>

<p>レオ夫婦はゾーヤとエレナというふたりの女の子を養女にしています。<br />
ふたりの両親は、前作でレオの部下によって射殺されていて、<br />
レオは罪の意識と、もしかしたら本当の家族になれるかもしれないという淡い期待も<br />
あってふたりをひきとりますが、年頃の長女ゾーヤとの関係はぎくしゃくしています。</p>

<p>そんな折、モスクワで連続殺人事件が起きます。</p>

<p>被害者の共通項を探るうちに、ラーザリという男が浮かび上がってきました。<br />
レオは国家保安省時代に多くの一般市民を逮捕していましたが、<br />
ラーザリも「上司から渡された名前をタイプで羅列したにすぎない一枚の紙切れだけで、<br />
逮捕を繰り返していた」その頃に逮捕した男で、強制収容所送りになっていました。</p>

<p>連続殺人は収容所にいるはずのラーザリの復讐劇なのか？</p>

<p>レオはやがてヴォリと呼ばれる強制収容所あがりの犯罪集団のひとつが<br />
ラーザリと関わりを持っていることを突き止めます。<br />
しかし養女ゾーヤは彼らに誘拐され人質にとられます。</p>

<p>レオはゾーヤを救うために極寒の地を目指します。<br />
そこにはラーザリのいる強制収容所「グラーグ５７」がありました――。</p>

<p><br />
プロットは二転三転し、前作と同様、一度読み始めると止まりません。<br />
けれどもこの<a href="http://www.bk1.jp/product/03140964/?partnerid=02joqr_next">『グラーグ５７』</a>の美点は、そういうストーリーの面白さとは<br />
別のところにあるように思えます。</p>

<p><br />
物語の中盤で、レオは犯罪者集団ヴォリの女性リーダー、フラエラと対峙します。</p>

<p>レオに組織の目的を問われたフラエラはこう答えます。</p>

<p>「警察が犯罪者集団になったら、犯罪者が警察にならなければならない。<br />
悪党どもが豪華なアパートでぬくぬくと暮らしているときには、<br />
罪のない者が地下で暮らさなければならない。市の掃きだめで暮らさなければならない。<br />
この世は逆転してしまっている。わたしはそれをあるべき姿に戻そうとしているだけだ」</p>

<p>警察は誰かの密告にもとづいて罪のない者を逮捕し、拷問し、<br />
強制収容所で死ぬまで働かせる。これが犯罪者集団でなくなんであろう。<br />
フラエラはそう言っているのです。</p>

<p>事実、レオはそのことに罪の意識を持っていて、新しく創設した殺人課では、<br />
「政治的に真実とされたものではなく、証拠に基づいた真実だけを」追うような<br />
捜査をし、いつの日か「罪を犯した者を逮捕した数が罪のない者を逮捕した数を<br />
上回る」ことがせめてもの罪滅ぼしになると考えています。</p>

<p>ここにだけ目を向けると、単に善と悪が逆転した世界を<br />
描いているだけのように思えますがそうではありません。</p>

<p>時代背景としてここに有名な「フルシチョフのスターリン批判」が加わることで、<br />
物語は一挙に深さと奥行きを増すのです。</p>

<p><br />
「フルシチョフのスターリン批判」とはなにか。<br />
スターリンの死後、フルシチョフが共産党の党大会で初めて<br />
スターリンの独裁政治や粛正の事実を公表しました。<br />
それまでの国家指導者の行状を部下が批判したのです。</p>

<p>そうするとどうなるかといえば、<br />
それまで国家権力の威光を笠に弱者を弾圧していた者が、<br />
逆に復讐に燃える人々から狙われる立場になるのです。</p>

<p>一夜にして価値観の逆転が起き、昨日追われていた者が今日は追う者になる。<br />
ここまでくると、もはや何が正しくて何が悪いのかもわからなくなります。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/03140964/?partnerid=02joqr_next">『グラーグ５７』</a>では、このような「あらゆる基準が崩壊した社会」の姿が描かれます。<br />
そして物語を読み進むうちに次第にわかってくるのは、<br />
「あらゆる基準が崩壊した社会」というのはどうやら<br />
ぼくたちが生きているこの時代そのものでもあるらしい、ということです。</p>

<p>レオの物語がぼくたちの物語につながっていること。<br />
この小説のいちばんの美点はそういうところにあるのではないかと思うのです。</p>

<p><br />
北上次郎さんの解説によれば、<br />
レオを主人公とするシリーズは、<br />
このあと第３部が書かれて完結するようです。</p>

<p>時代のうねりに翻弄される人間の小ささと、<br />
運命に抗う人間の強さを同時に描いてみせる<br />
トム・ロブ・スミス（なんとまだ３０歳です）が、<br />
果たしてどんな結末をみせてくれるのか。</p>

<p>次の１年後を楽しみに待ちたいと思います。<br />
</p>]]>

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<title>　神様のカルテ</title>
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<modified>2009-09-22T13:04:55Z</modified>
<issued>2009-09-22T12:38:04Z</issued>
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<summary type="text/plain"> 身内の者が入院したために、このところ週末の病院通いが恒例となっています。 病院...</summary>
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<name>首藤</name>


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<![CDATA[<p><br />
身内の者が入院したために、このところ週末の病院通いが恒例となっています。<br />
病院へは地下鉄の駅を降りて住宅街のけやき並木の坂を５分も上れば着くのですが、<br />
最初のころは玄関口に辿り着いただけで汗びっしょりになっていたのに、<br />
いつの間にか肌にあたる朝夕の空気が冷たく感じられるようになってきました。</p>

<p>入院も長引けば病院関係者の顔も名前もおぼえます。<br />
最近、見舞いのたびに話題にのぼるのは「ポマード先生」のこと。<br />
ポマード先生は主治医で、年齢はおそらく５０代なかばくらい。<br />
光沢のある銀髪を後ろになでつけた風貌からこう呼ばれています。</p>

<p>で、この先生がなぜ話題になるかといえば、とにかくいつも病院にいるのです。<br />
身内いわく、病室には日曜祭日問わず、朝晩関係なく、しょっちゅう顔を出すそうですし、<br />
看護師さんに訊いても「たしかに四六時中います」とのこと。<br />
いったいいつ家に帰っているのだろうと、病室内はこの話題で持ちきりなのでした。</p>

<p>医師の数が足りないために勤務スケジュールが<br />
過酷にならざるをえないという事情もあるのかもしれません。<br />
でもそれにしても、病室を訪れるポマード先生の柔和な笑顔からは<br />
「仕方なく休日も働いている」というような雰囲気はみじんも感じられず、<br />
むしろその笑顔は崇高な使命感のようなものに支えられているように見えるのでした。</p>

<p><br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/03145952/?partnerid=02joqr_next">『神様のカルテ』夏川草介（小学館）</a>は、地方都市の救急病院を舞台に、<br />
ひとりの青年医師の心の成長を温かい視点で描いた小説です。<br />
著者の夏川さんは現役の医師で、本作で第十回小学館文庫小説賞を受賞しました。<br />
いまジワジワと全国の書店員さんのあいだで支持を広げている注目の作品です。</p>

<p><br />
信州・松本にある本庄病院は、「２４時間、３６５日対応」を標榜する基幹病院。<br />
主人公の栗原一止（いちと）は、地元の大学を出て本庄病院に勤務して５年目の<br />
内科医です。</p>

<p>地方病院の現状は悲惨なもので、夜間救急外来の当直医ともなれば、<br />
けが人や病人が門前に市をなすがごとく並び、たとえ内科医だろうが<br />
外傷を負った急患の手当もしなければなりません。<br />
一止も徹夜が続き、結婚記念日すら忘れてしまうほど仕事に忙殺される毎日を<br />
送っています。</p>

<p>そんな折、彼は「安曇さん」という患者を担当することになります。<br />
丁寧な物腰とやさしい性格で看護師からも愛されているこのおばあちゃんは、<br />
実は胆のう癌で、余命幾ばくもありません。</p>

<p>安曇さんのために医師としてなにが出来るのか――。<br />
この安曇さんと主人公との向き合いが、物語を貫く太い柱となっています。</p>

<p><br />
とはいえ、物語はシリアス路線一辺倒というわけではありません。<br />
ここが大事なところなのですが、この小説の個性を支えているのは「ユーモア」です。</p>

<p>ユーモアの効果は、登場人物の巧みな描き方から生まれています。</p>

<p>まず主人公の一止は、夏目漱石を敬愛する者として描かれる。<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/02598233/?partnerid=02joqr_next">『草枕』</a>を全文暗誦するほどのめり込んでいるために、しゃべり口調もすっかり<br />
古風になってしまっていて、これが物語になんともいえない脱力感を与えています。<br />
最愛の妻ハルとの会話にしてもそう。<br />
ふたりの会話は、まるで大正時代の文士とその妻みたいな感じで、<br />
絶妙にレトロな雰囲気を醸し出している。</p>

<p>一止とハルが暮らすおんぼろアパート「御嶽荘」の住人である絵描きの「男爵」や<br />
大学院生の「学士殿」。あるいは病院の同僚である巨漢の「次郎」や「大狸先生」、<br />
「古狐先生」などもしかり。どの登場人物も見事にキャラが立っています。</p>

<p><br />
この巧みなキャラクター造型と、作者の夏目漱石へのこだわりから推察するに、<br />
おそらく作者は<a href="http://www.bk1.jp/product/02319632/?partnerid=02joqr_next">『坊っちゃん』</a>をイメージしてこの小説を書いたのではないでしょうか。</p>

<p><a href="http://www.bk1.jp/product/02319632/?partnerid=02joqr_next">『坊っちゃん』</a>はひとくちで言えば、「敗北」を描いた小説です。<br />
それは都会の人間が田舎の人間に敗北する話でもあるし、<br />
青臭い正義感が「世間」に敗北する話でもあります。</p>

<p>では翻って、<a href="http://www.bk1.jp/product/03145952/?partnerid=02joqr_next"> 『神様のカルテ』</a>の主人公、栗原一止は何に敗れたのでしょうか。</p>

<p>それは「死」ではないかと思います。<br />
「死」はかならずその人のもとを訪れる。<br />
どんなに「死」に抗っても人間はやがて敗れ去る運命にあります。</p>

<p>でも、だからといって医師の仕事が徒労に過ぎないかといえばそうではありません。</p>

<p>物語の終盤、安曇さんは亡くなります。<br />
その後、一止に宛てて安曇さんが遺したメッセージが見つかります。<br />
その中に、こんな言葉が出てきます。</p>

<p><br />
「病むということは、とても孤独なことです」</p>

<p><br />
安曇さんは、一止が最期まで自分と一緒にいてくれたことで<br />
孤独にならずにすんだと感謝の思いを伝えながら、<br />
孤独でさえなければ、たとえ病気が治らなくても、<br />
生きていることが楽しいと思える瞬間はたくさんあるのだ、と言います。</p>

<p>医師の仕事は決して無駄ではない。<br />
死に瀕した患者を前にしても出来ることがある。<br />
あなたはそれをしてくれた――安曇さんはそう言っているのです。</p>

<p><br />
このくだりを読んで、ぼくは哲学者・鷲田清一さんの<br />
<a href="http://www.bk1.jp/product/02402194/?partnerid=02joqr_next">『「聴く」ことの力』（阪急コミュニケーションズ）</a>に出てくるエピソードを思い出しました。</p>

<p>阪神淡路大震災で被災されたある女性の話です。</p>

<p>彼女には受験生の息子がいたのですが、<br />
深夜の受験勉強に疲れ、こたつで居眠りをしていた息子をみて、<br />
いつもは「風邪をひくから」と二階のこども部屋に無理やり連れて上がるのを、<br />
よりによってその夜は、あまりに深く眠っているので起こすのがかわいそうになり、<br />
そのままこたつで寝させていたそうです。<br />
そして翌朝未明、眠りに沈む街を激震が襲いました。<br />
二階は崩れ落ち、息子さんは押し潰されてしまいました。</p>

<p>彼女は息子を殺したのは自分だとみずからを責め苛み続けていました。</p>

<p>そんなとき、ひとりのボランティアが彼女の話し相手となりました。<br />
話し相手といっても、このボランティアにできたのは、<br />
彼女が語る「とりかえしのつかない過失」について<br />
ただただ耳を傾けることだけでした。</p>

<p>けれども鷲田さんは、この「聴く」という受け身の行為だけが、<br />
この女性のただれた心の皮膚をつなぎとめる力を持ったと言います。</p>

<p>このエピソードは、人は決してひとりでは生きていけないのだという<br />
ごく当たり前の事実を教えてくれます。</p>

<p>思えば医師の仕事というのは、人はひとりでは生きていけないという<br />
この当たり前の事実を、日々目の前に突きつけられる仕事なのかもしれません。<br />
身内の病室を日に何度ものぞいて世間話をしていくポマード先生も、<br />
患者と向き合う上で何がいちばん大切かということをたぶん知っているのでしょう。</p>

<p>人と人との心の交流を真正面から描いた<a href="http://www.bk1.jp/product/03145952/?partnerid=02joqr_next">『神様のカルテ』。</a><br />
人恋しくなる秋だからこそ強くおすすめしたい心温まる一冊です。<br />
</p>]]>

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