ドコモ団塊倶楽部

放送レポート

5月2日 ゲスト:小椋佳さん

5月2日 ゲスト:シンガー・ソングライター小椋佳さん。

テーマ:『団塊の兄貴分!
      小椋佳の創作活動を支える歌の力・言葉の力』

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■あのヒット曲は3時間で完成した!!

 「さらば青春」「夢芝居」「愛燦燦」
 「シクラメンのかほり」など数多くの
 ヒット曲で団塊の世代を虜にした
 小椋佳さん。

 49才までは銀行員としての仕事と
 両立しながらの活動で、これまでに
 創作した楽曲数は2000以上!

年に、多い時で100曲、平均で50曲もの楽曲を創作されたそうです。
不可能と思えることが可能だった そのワケは・・・
1曲の完成までに費やす時間がたったの3時間だから
 
創作活動に割く時間は、年間50曲でもわずか150時間。
あの「シクラメンのかほり」も
年間100曲作った際にできた1曲なのだそうです。

小椋 歌を作るのは日記を書くようなものなんです。
     『シクラメンのかほり』も
     銀行の仕事の方が忙しかった時にできた曲です。
 
楽曲創作にかける時間は、銀行員としての労働時間の10分の1。

そこで番組ではラジオをお聴きのリスナーの皆さんから
「二足のわらじ」体験を募集したのですが…
「二足のわらじを履く」の本来の意味=
 “一人が両立しえない二つの職業を兼ねること”から
小椋さん自身は「二足のわらじ」という意識はなかったとのこと。

また、創作活動は銀行員としてよりも
収入が多かったにもかかわらず“仕事”としての意識もなかったとか。

小椋 「歌で仕事している気はなかったです」
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■東京→名古屋で作詞、名古屋→大阪で作曲

1曲完成まで3時間――という話の中で驚いたのが
新幹線で東京から大阪へ移動中に1曲完成させたというエピソード。

時間の配分は、東京から名古屋間の約2時間で作詞、
名古屋から大阪までの約1時間で作曲。

作詞に割く時間の方が多いのは、
“言葉”への強いこだわりによるものでしょう。

楽曲作りにおいて、先に作詞を行い後から曲をつける「詩先」、
反対に先にメロディを作り、後から歌詞をつける「曲先」、
あるいは「両方同時」というパターンがありますが
小椋佳さんは、ある時から完全に「詩先」にシフトされました。

これは「時代が時代ならば“文章”を書く人になっていたかも」と
おっしゃるように「言葉が重要である」というこだわりによるものです。
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■「揺れるまなざし」はCMのための曲だった

「商品の宣伝のための歌なんて絶対作らない!」という
こだわりを持っていた小椋佳さんでしたが、
銀行の営業職だった時期に“上得意”であり
晩のように夜 誘っていただくほど、深い縁があった
資生堂から「コマーシャルソングを作ってほしい」という依頼。

「資生堂さんじゃ断れない」・・・でもほかの依頼を全て断っている手前
「小椋佳がコマーシャルソングを作った」といわれては困る・・・

小椋 「小椋佳の曲を、たまたま資生堂がコマーシャルソングに使った」
    ということにしてくれませんか?と(お願いしたんです)。
    大嘘です! 今だから言えるけど そのために書いたんです。
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衝撃の事実にスタジオ騒然!あの大ヒット曲誕生秘話

「『シクラメンのかほり』という歌、本当を言うと僕、嫌いだったんです」

突然のカミングアウト(?!)にスタジオは騒然!

小椋 恋が始まって・・・燃えて・・・別れがきて・・・という ひとつのパターン。
    そこで使われている言葉は、北原白秋なんです。
    「北原白秋 全六巻」という詩集の面白い言葉にマークして・・・
    それを集めると「シクラメンのかほり」になるんです。

さらに「○○ほど、□□なものはない」という“文体”も
エルビス・プレスリーの歌が参考になっているのだとか。

小椋 言葉が白秋、文体がプレスリーだから、
    作っててイヤになっちゃうんですよ。
    「俺ってどこにいるんだ?!」って。

衝撃の事実はなお続き・・・
「本当は“借りモノの 嘘臭い”歌であることを
打ち明けたい」という思いにかられ
3番で“ウソ”であることを告白するために次の歌詞を使用。
 
「薄紫のシクラメン…」(紫のシクラメンはない)
「シクラメンのかおり…」(シクラメンに匂いはない)

小椋 「ウソですよ、ウソですよ」って念を押して
    やっと一曲作った歌なんです。

弘兼 一種の“哲学”ですね!?


「きょうは初めて知ることばっかり」(弘兼)
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小椋佳さんの公演情報

美話[びわ] 十面十色[じゅうめんといろ]

“演奏することができる琵琶”を作ることができる職人は
日本に3人。そのお一人が小椋佳さんの次男・神田宏司さんです。

その神田宏司さんプロデュースによるイベントが開催されます。

―― 十人の五絃琵琶演奏家による 伝統の枠を超えた革新的琵琶語りの世界 ――

日時:6月14日(日)
場所:紀伊國屋サザンシアター(紀伊國屋書店 新宿駅南店7階)
料金:全席指定5,000円/当日券5,500円
問い合わせ:03 - 3379 - 3522(小椋佳事務局)
        (受付時間 平日10時~17時)

小椋佳さんはナビゲーターとして出演されます。

小椋 『琵琶』の中国での由来は、
     上からビロ~ンと弾いたら“♪ビ~ン”って響いて、
     下からハネて弾くと“♪ワ~ン”ってなって
     “♪ビ~ン、ワ~ン”っていう…それだけのことです。
 
歌談の会 -2009-

日時:5月30日(土)
場所:府中の森芸術劇場 どりーむホール
時間:17:00開場/17:30開演
問い合わせ:03 - 5403 - 3330(ちけっとぽーと)
        (受付時間 平日10時~19時)

小椋 “朗読歌劇”と言ったらいいのかな。
    30分くらいのミニお芝居を作って、
    その中に数曲 の歌が入る作品が増えました。

小椋佳さんの活動について詳しくはオフィシャルサイト
「小椋佳倶楽部」をご覧ください。
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団塊ホームルーム

この日の話題は、昭和19年生まれの小椋さんも、
そして昭和22年生まれの弘兼憲史さんも
「(年代的に)ギリギリ行きました」という「歌声喫茶」。

町田 昭和30年代中ごろの最盛期は全国に200軒ありました。

小椋 思い返せば、暗い歌が多かったですね。
    あの時代までは“暗い男”がモテる時代でしたよ、
    深刻ぶってモノを考えて「遠い日本の将来は…」「人間とは」とか
    言ってた人が。今時そんなこと言ったらモテないでしょ?

現在でも、全国に30箇所ほど残っており
町田さんが今でも通っているのが東京・新宿の「どん底」

レトロアイテムは「どん底」の資料やマッチ。

最近では禁煙化が進み「マッチ」を使ったり見かけることが
少なくなってきましたが、当時は喫茶店のマッチ収集が流行。

町田 マッチを集めるのは明治時代からありまして
    明治20年代の新聞を見ると「子供たちのマッチラベル品評会」
    という記事が出ています。

※この話題については町田忍さんのコラムもご覧ください。
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▲放送を終えて

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