ドコモ団塊倶楽部

放送レポート

8月28日 特集!昭和の爆笑王 林家三平伝説!!

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テーマ『特集!昭和の爆笑王 林家三平伝説!!』
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スペシャルウィーク8月28日の「ドコモ団塊倶楽部」は
1980年9月に54歳で亡くなられた初代 林家三平さんを大特集!
 
スタジオを飛び出し、1995年に自宅兼記念館として建設された
東京都台東区根岸の『ねぎし三平堂』からの生中継でお送りしました。

 弘兼
 「三平さんの芸は、当時は型破りで、
  “客いじり”をすることも当時はなくて、
  お客さんの反応を見て、
  機転を利かせる――
  それはすごかったですね」


この日は、番組をお聴きのリスナーの方のメールでも
「寄席で“いじって”もらったことがあります」
というエピソードが寄せられるように
それまでは考えられなかった“客いじり”
“芸”に昇華させた初代 林家三平さん。
 
演目の途中、席を立つお客さんがいると、
高座から飛び降りて、走って捕まえに行くことも――。
番組では、ゲストの海老名香葉子さん、二代 林家三平さんに
様々なエピソードや思い出を伺ったほか、
事前に収録した九代 林家正蔵さんのインタビュー、
文化放送に保存されている貴重な音源から、
林家三平さんの声・芸の一部をお聴きいただきました。
 
  天国に旅立たれて30年――
  昭和の爆笑王によってもたらされた笑いの記憶がよみがえりました。
 
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新たな境地を切り開いた昭和の爆笑王
 
「時代背景に“三平”がいたといっても間違いではないと思います」
 
二代 林家三平さんが語る
父・初代 林家三平さんの功績――。
 
林家三平 「高度経済成長の時代、フラストレーションを溜めた方が、
       たくさん寄席に来て、父の落語を聴いて、
       リラックスしてお帰りになった方がたくさんいたと思います」

 
      『どうもスイマセン』っていうのは、本当に落語を途中で忘れちゃって
       『あぁ…どうもスイマセン』っていうのが始まりだったそうなんです。
       それから“開花”したようです」

 
      「高座と客席の距離を縮めたと言われているんですが、
       まさにその通りだと思います」

      「古典落語でお客さんと“やり取り”するなんてありえない。
       小話、小話、小話…いわゆる“ショートコント”の連続で
       間にお客さんとの“やり取り”があったんです」

 
石川 「一回限りの出し物に、観に行ってる方も“参加”している感じがしますね」
 

 
放送では1958年(昭和33年)10月の真打昇進披露公演の一部、
『三平グラフィティー』から熱演の模様を抜粋してお聴きいただきました。
 
弘兼 「今の方が聴いてわからない言葉・ギャグもいっぱいありましたね。
     お客様を全員、笑いのつぼに叩きこんでしまう、
     すばらしい芸だと思います」

 
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お父さんはどんな人?
 
「“いたずらっ子”で“キュート”でしたね」
 
二代 林家三平さんに、
高座を下りた初代 三平さんの素顔を伺うと、
真っ先に出たフレーズが“いたずらっ子”――。
二つのエピソードをご紹介いただきました。
 
  ◆50円玉に釣り糸を結び、3階から吊るして…
   お弟子さんが拾おうとすると、引き上げる――。
 
  ◆自転車に乗って「三平ちゃん!」と声をかけられると…
   『加山雄三です』と答えた――。
 
林家三平 「小学校1年生まで父の本名が『加山雄三』だと思ってました」


 
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三平師匠のネタ作り
 
全盛期は、寄席のほかに、週25本のラジオ、5本のテレビ出演をこなすほど
多忙を極めた初代 林家三平さん。
 
当然、出演時間のほかに“ネタ作り”が必要になりますが、
その裏側を海老名香葉子さんが紹介してくださいました。
 
 海老名
 「放送作家3人とともに
  勉強会を開いてひと晩中ネタ作りです。
  お腹が空いて“チャルメラ”が聞こえてくると
  『ばかうま、ばかうま』と言いながら
  食べていました」


また、新聞7紙に目を通し、ネタに使えそうな記事をチェックしていたそうです。
 
 
 
これら、初代 林家三平さんが残した資料や、ネタ帳、日記帳、台本などが
「ねぎし三平堂」に保管・展示されていますが、
依然として“全体の3分の1程度しか整理が済んでいない”のだとか。
今後、新たに貴重な資料を目にすることができるかもしれませんね。
 
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“二代”と“二代目”の違いについて
 
“二代目”○○師匠――などのようなに
“目”が付ける表現は、亡くなった方(先代)に対する場合。
 
  当代の噺家さんに対しては
  “二代”“三代”が正しく“目”をつけません。
 
弘兼 「それは知らなかったですね」
石川 「学ばせて頂きましたね」
 

 
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記念館では第3土曜日に高座開催
 
番組終盤では「ねぎし三平堂」3階の記念館に場所を移しました。
こちらでは日記、写真などが展示されているほか、高座もあります。
 
  毎月 第3土曜日 17:30開演(入場料1,000円)
 
林家三平 「皆さんに落語を生で感じていただいて、
       好きになってもらおう――と。
       父がここに寄席を建てたかったそうなんです」

 

 
このほか「出演者の名言」のページでも放送内容をたっぷりご紹介しています
 
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お送りした曲目
 
ヨシコさん / 林家三平
  (弘兼セレクション)
ヨシコと歩けば / 林家三平
 
ふりむかないで / 林家三平、ザ・ピーナッツ
 
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