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新潟県 長岡市役所 山古志支所 産業課 農林係 佐藤正徒さん
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震災が起こった当時、2000人程度の人口だった山古志村でしたが、2005年に隣接する長岡市と合併し、人口もおよそ28万人の都市になりました。地震が起こった直後の旧山古志村は、多くの報道があったように、山の斜面の地滑りが起こり、村全体が土砂に埋もれてしまったそうです。680世帯の中でおよそ40%住宅が全壊。集落によっては、100%全壊してしまった地区もあるそうです。震災によって特に苦労したことは、道の確保。2年経った現在、幹線道路は元に戻りましたが、細い路地や農道などは元に戻っていない箇所が多いそうです。現在も自分の家に戻ることが出来ずに、仮設住宅での生活を強いられているのは150戸ほど。これからの敵は、冬の寒さ。もともと豪雪地帯である山古志地区なので、去年の大雪でも大変苦労したそうで、一年のうちの半分ぐらいは雪が残っているため、復旧作業の妨げとなってしまっているそうです。
現在の山古志地区は、2000人ほどだった人口が1700人程度に減ってしまいました。今年の10月30日には山古志小中学校が授業を再開し、市街地に転校していた子どもたち100人が戻って来ました。盛んに行われていた養鯉産業も、当時は300戸ほどの農家が行っていましたが、現在は200戸に減ってしまいました。土砂に埋もれ全く使用できなかった田んぼは土砂が取り除かれ、6〜7割の田んぼが元の形に戻ったのですが、水が枯れてしまった場所もあり、今後はどうやって水を確保するのか?が課題となっているそうです。
しかし、震災によって、悪いことばかりが起こったわけではありません!
以前は、農家などのそれぞれのつながりが希薄な部分もありましたが、震災をきっかけに、みんなで山古志地区を復活させよう!と、一致団結して、取り組むようになったそうです。
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| 12/24 |
東京都葛飾区 株式会社 ミヤジマ工業 代表取締役 宮島一壽さん
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一輪車作りを続けて30年のミヤジマ工業さんで作っている農業用の一輪車は、全て手作りだそうです。大量生産はしていないため、一日に作る量は一輪車50台、注文が入るとパイプを切って、溶接を行い、組み立てています。元々はリヤカーの専門店でしたが、1960年から農家のニーズに合わせた台車、運搬車、一輪車づくりを行なっているそうで、宮島さんもお父さんの跡を継ぎ、およそ30年間一輪車を作り続けています。
昔は、お父さんがオートバイにリヤカーをくくりつけて関東近県の農協を回って売り歩き、農家の方と直接やり取りをしていたため、こんなものが欲しいという要望があれば何でも受け付けていたそうです。現在も農家の方の要望があれば、一台からでも注文を受け付けていて、様々な要望が全国から寄せられているとか。お店で作っている台車・リヤカー、一輪車はおよそ23種類もあるそうです。
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| 12/17 |
群馬県吾妻郡六合村 JAあがつま 花き部会 会長 黒岩 勇さん
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六合村は、群馬県の最北西部、長野・新潟県に隣接している総面積の90%以上が山や原野で自然豊かな土地で、人口はおよそ2000人。鉄の鉱山として栄えた村でしたが、昭和41年の閉山以降、急速に過疎化が進みました。特産物もなく、住民のほとんどは村外に働きに出て、村に残った人たちが細々と花インゲンやナガイモ、トウモロコシなどを栽培していました。
六合村では山野草の栽培が盛んですが、今から13年ほど前に過疎化対策のために地域アドバイザーとして招かれた方の助言により、JAの営農指導員が呼び掛け、村の至る所に自生している山野草を試しに販売したのがはじまりだそうで、はじめに市場に出荷したのは、マツムシソウという植物だったとか。山野草は、高山植物のため誰も栽培したことがなかったので、何をするにも初の試み。参考書などもなく、手探り状態で始め、どんな肥料がいいのか?寒さに強いのか?水をあげる量はどれくらいか?など一つ一つデータを取っていかなければならなく、大変苦労したそうです。
今では村の特産品として人気を呼んでいて、高齢者を中心に山野草栽培が盛んに行なわれており、村の特産物として年間1億円以上売り上げるなど、基幹産業となっています。12月はクリスマスに向けてモミの木を出荷していて、十五夜の時は、ススキ…という具合に季節ごとに需要のある植物の栽培に力を入れているそうです。
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| 12/10 |
埼玉県彩の国 黒豚倶楽部 会長 笠原常正さん
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黒豚と聞くと、九州(特に鹿児島県)特産として知られていますが、埼玉県の黒豚の歴史は古く、明治時代から黒豚の飼育がされており、現在まで受け継がれているそうです。JA全農さいたまでは、養豚家で「彩の国黒豚倶楽部」を組織して、ブランドとして定着させるため、生産の工夫や販売に力を入れています。黒豚の原種はイギリスの純粋バークシャーで筋繊維が細く、歯切れがよくやわらかい!育てる時にエサは、サツマイモと大麦をブレンドしたものを使用しているのですが、これによって、黒豚特有の甘みとまろやかさが出るんだとか。2000年度 食肉産業展のコンテストでは総合1位だったそうです!
黒豚は繁殖させるのが難しく、半年ほどで大人になる通常の豚に比べ、黒豚は8か月近く必要で手間がかかるんだとか。9頭近く産まれても実際に大人になるのは7頭前後なので、季節の変わり目は特に注意を払っているそうです。店頭では、豚肉に「彩の国黒豚」というシールを貼って、そのシールの「発行ナンバー」をホームページ上で入力すると、生産流通履歴情報を確認できるので、生産者の顔が見えると好評だそうです。美味しい黒豚の食べ方は、しつこい脂っこさがないので、これからの時期は、ポン酢でさっぱりと食べるしゃぶしゃぶがオススメ!
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千葉県匝瑳市(そうさし) 大浦ごぼう保存組合 椎名晴子さん
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千葉県匝瑳市(そうさし)は、東京からおよそに70kmキロの場所に位置し、今年の1月に八日市場市・野栄町が合併してできた市。植木産業が古くから盛んで、日本一の栽培面積を誇っています。
「大浦ごぼう」は、大きいものは「胴」回り50cm、長さ1m、重さ5sほどにもなり、丸太のような形をしていて、普通でも太さが30cmあり、とても太くて大きいんだそうです。市場には一切出回らない幻のごぼう「大浦ごぼう」を八日市場市で現在栽培している農家は8戸のみで、椎名さんの家も現在5代目なんだとか。
「大浦ごぼう」は平安時代から栽培されてきた野菜で、成田山新勝寺に毎年奉納されています。平将門の乱の平定に赴いた藤原秀郷が、成田山で、戦勝祈願と勝利を収めて凱旋した際、大浦ごぼうで勝利を祝ったとされているそうです。このため、「カツごぼう」とも呼ばれ、940年に成田山新勝寺が開かれて以降、奉納される習わしとなりました。このごぼうを食べてみたい方は、新勝寺に祈願をした人に振舞われているので、お手数ですが、成田山・新勝寺までお越し下さい。ちなみに椎名さんの自宅では甘煮にして食べているそうです。
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