第13回かもめ亭レポート

<柳家喬太郎師匠>

小学館・文化放送共催の『浜松町かもめ亭』もおかげさまで一周年!
その一周年記念第13回公演が1月23日(水曜)、文化放送メディアプラスホールで開かれました。
今回は一周年記念として、かもめ亭とは第一回公演から、最多出場を誇る柳家喬太郎師匠をトリに据えた番組となっております。

『垂乳女』 立川こはる
『鮑熨斗』 五街道弥助
『明烏』 柳家小満ん
仲入り
『佐野山』 春風亭栄助
『転宅』 柳家喬太郎
という出演順。

開口一番は、第1回からかもめ亭の高座・楽屋で前座を勤めてくれている、談春師匠門下の“かもめ亭の少年探偵コナン”こと立川こはるさん。
「かもめ亭も一周年。これからも宜しくお願い致します。こうして皆さんとお会いするのも何かのご縁ですが、ご縁といえば、矢張りご夫婦のご縁で」と振って、前座噺の定番の一つ、言葉の難解な嫁さん相手に、八五郎が四苦八苦する『垂乳女』に入りました。
普通は『垂乳根』と書きますが、こはるさんは昭和の名人・六代目三遊亭圓生師匠の古いテープから覚えたとのことで、「垂乳根の母の胎内を出し時は」という、嫁さんの台詞が「垂乳女の母の体内を出しときは」と変わる最近では珍しい型。
さらに、こはるさんは年若い女性の噺家さんですが、何故か八五郎の隣に住むおトラ婆さんの姿や口調が妙に似合ってオカシイ!。実は芸には厳しい談春師からも、「お前のお婆さんは面白い」というお墨付きを戴いているというから、こりゃあ大したものです。如何にも圓生師の型らしい、非常に細密な構成の噺をテキパキと語って座を固めてくれました。

二番手は、五街道雲助師匠門下の二つ目さんで、芸熱心で知られる五街道弥助さんがかもめ亭初登場!。当日は生憎の雪・霙模様だったため、「お足元の悪い中をお越し下さいまして有難うございます」と、名題の長身を折って丁寧に挨拶をすると、ちょっとボーッとしているけれど、人の良い甚兵衛さんがアマンマ食べたさに、長屋の自宅⇒魚屋⇒自宅⇒大家さんの家⇒表通り⇒大家さんの家と、目まぐるしく行き来しては回らない舌で活躍する"お腹の減った甚兵衛さんに愛の手を落語"『鮑熨斗』へ。
弥助さんには大々師匠に当たる五代目古今亭志ん生師匠以来、「古今亭のお家芸」となっている賑やかな噺ですが、弥助さんは普段からの静かな性格そのまま、落ち着いた口調で、リアルに、甚兵衛さんの空腹ぶりと奮闘ぶりを描いて行きます。その様子は、柳家さん喬師匠の若い頃のようにで、年齢に似合わぬ風格する感じさせましたね。
特に可笑しかったのは、口の回らない甚兵衛さんが、「お宅の若旦那が、お嫁御様をお貰いだそうで」と口上をいう件。普通は、「お宅の馬鹿旦那が、オニョニョゴサマ」となるのですが、弥助さんの場合は「オニョニョゴで、オッスー」という妙な台詞がプラスされます。これがやけにおかしい。これは、矢張り古今亭系統である当代の金原亭馬生師匠が工夫された演出を、馬生師門下の金原亭馬吉さんが教わって演じていたのを聞いた弥助さんが、「面白い!教えて!」と頼んで習ったとのこと。つまり、後輩から教わったという珍しい噺なのですね。
この滅茶苦茶な口上を聞いた大家さんが、「大体、察しはついた。お嫁御様だろう」と、平然と受け止める辺りも、弥助さんの落ち着いた芸風に嵌って、面白うございましたヨン!

仲入り前の登場は、かもめ亭2度目の登場となる柳家小満ん師匠。軽妙洒脱さにおいて、他の追随を許さないベテランの師匠ですが、本日の空模様から、「降る降るといって、雪かやと降る。東京に降る雪のなまめかしさ、と、これは堀口大学ですな」と、冒頭から小満ん師ならではのウンチクを傾けます。そして、「金龍の裏は遊女の目抜きかな」「雷を入り稲妻なりに抜け」と吉原通いの句を連ね、小満ん師の最初の師・名人八代目桂文楽師匠の十八番でもあった代表的な廓噺である、"堅物の若旦那に愛の手を落語"『明烏』へ。
最近、某国営放送などは婦人団体からの批難を嫌い、噺家さんに「廓噺はなるべく出さないように」と頼むそうですが、かもめ亭はそんな野暮ではありんせん。
超堅物の若旦那を、「お稲荷様へのお籠もり」と騙して吉原へ連れ出し、見事、男性として独り立ちさせる噺ですが、ウブな若旦那から、吉原への道案内を勤める源兵衛・多助という町内の札付き2人をはじめ、吉原のお茶屋の女将、若旦那の父親など、登場人物全てが小満ん師だと、実に粋なんでありんす。
この日、客席にいた喬太郎師匠ファンの女性が、「小満ん師匠の落語って、アンティークの着物みたいでステキィ!」と感心しておりましたが、そういう手触り・肌触りの噺っぷり。
しかも、吉原の貸し座敷でお客と花魁が初めて顔をあわせる"引き付け"という部屋は20畳くらいあって、花魁の部屋は屏風がこう立て回してあって、蒲団の四隅にはこういう飾りか付いている」と、華の吉原に関する丁寧な情報もタップリの面白さ!
騙されたと分かった若旦那が「直ちに父母のもとへ帰ります」と言い出す口調もおかしい!けれど、若旦那が花魁と結ばれる件がまた聞き物。
「夜中に花魁の部屋から男の悲鳴が2度聞こえたといいますが、烏カァーで夜が明けて」と、軽く流すのが一般的な演出ですが小満ん師は、「かもめ亭一周年記念サービスとしいうことで・・」と、花魁が若旦那を自室の寝所に連れて行き、先に三枚重ねの蒲団に寝かしてから、自分も帯をスッと解くと緋縮緬の長襦袢一枚になって蒲団に入る。そして、向こう向きに体を硬くして寝ている若旦那の枕の下から真っ白な腕を入れて・・・と、決して下品にならず、洒脱な味わいの中に、情緒纏綿の夢物語絵巻を描いてくれました。
私、落語を35年くらい聞いておりますが、こういう演出の『明烏』は初めてざますよ。
そこから翌朝、花魁にフラレた源兵衛・多助相手に、お籠もりを堪能した若旦那が顔を真っ赤にしながら、「結構なお籠もりで・・」という微笑ましいおかし味から、「ああた方、帰れるもんなら帰ってごらんなさい。大門で止められる」という結構なオチまで(どう結構なオチなのかは、『落語の蔵』の配信でご確認を)、瀟洒な江戸前の世界に浸らせて戴きました。

仲入り後、最初の登場は、かもめ亭初出演、春風亭栄枝師匠門下の二つ目・春風亭栄助さん。秋には、「春風亭百栄(ももえ)」と改名して真打になる新作・古典両刀使いにして、“今時、ふかわりょうと栄助さんくらいではないか!”という、マッシュルームカットの怪人です。
本日は、「北海道日本ハム・ファイターズに入った中田翔選手が“10年に1人の逸材”と言われていますが、調べると、この10年でプロ野球に入った“10年に1人の逸材”は36人いjました。尤も、落語界では“10年に1人の逸材”は30年に1人、出るか出ないか」と振ってから、ハンドボールの「中東の笛」の話題、相撲の初場所の話題、携帯電話でコッソリと愛を囁いていた関取の見聞談とスポーツネタを繋げます。そして、相撲界代々の横綱のマクラから、四代目の名横綱・谷風梶之助が生涯に一度だけ八百長をしたという、“寂しい関取に愛の手を落語”『佐野山』に入りました。因みに、終演後の楽屋でのご本人談によると、「小満ん師匠の後では"逃げるしかない"と、ベラベラ喋りっぱなしの噺を選びました」とのこと。
病気の母に食事を取らせるため、自分はお粥ばかり食べてフラフラになり、初日から千穐楽前日まで全敗。このままでは引退するしかないと追い詰められた貧乏関取の佐野山。彼を救おうと、名横綱・谷風が無理矢理、千穐楽に佐野山との取り組みを組ませ、フラフラの佐野山を両腕に抱えたまま、自分の足がわざと土俵を割って負けるという、今だったら週刊ポストに叩かれること請け合いのお話(完全なフィクションです)ですが、落語だけでなく、講談・浪曲などでも『谷風の情相撲』と呼ばれる有名な出し物でごんす。
落語では地噺(会話の少ない噺)に属するネタですが、自作の新作も多い栄助さん、ストーリーの合間に、呼び出しと行司の四股名の呼び方の違いを実演したり、谷風との勝負に勝てば賞金を出してくれるという俄か贔屓に佐野山か「ダブルゴッツァンです」「ノーゴッツァンです」とおかしな返事をしたり、相撲の取り組み場面では、「バッサァァァァァ・・・ブッシュー!」と、劇画調の効果音を入れたりと、工夫沢山で、まさに八面六臂の大活躍。賑やかに盛り上げて、トリの喬太郎師匠へと繋ぎました。

そしてお待ちかねのトリは、かもめ亭4度目の出演、柳家喬太郎師匠の登場!!
 「楽屋の窓から外に目をやりますと、雨に濡れた夜の浜松町に人々が行き交っているという・・・こういう風情あるマクラも語れるようになったのが、さすが柳家さん喬の一番弟子」と客席を笑わます。そこから。「オヤジ狩りが怖い年齢になりました。まして池袋の近くに住んでおりますと毎日がスリリングです」「最近では、弁当屋に入った強盗が、刃物を突き出して、“5000円出せ”といったというニュースが好きですね。しかも、店員が"細かいのしかないんですが"と言ったら、強盗が“それでいいから”と返事をしたという、こういう強盗には会ってみたいですねェ」といった泥棒話をマクラに、超間抜けな泥棒が、盗みに入った家で、度胸の据わった妾暮らしの女に騙されるという、“可哀想な泥棒に愛の手を落語”『転宅』へ。
喬太郎師の師・さん喬師、大師匠に当たる五代目小さん師、伯父さん格の柳家小三治師匠も得意にしている泥棒ネタですが、喬太郎師の『転宅』はな〜んたって言葉や表情が新鮮!
盗みに入った座敷で、酒肴を飲み食いした泥棒先生が、「美味いと笑うな」といって微笑する表情の嬉しくなっちゃう魅力! 初めて食べた料理に、「これは何だろう、イワシじゃない。それしか俺には分からない」と呟く間抜けな言葉のおかしいこと! さらに、すっかり女と一緒に慣れると思った泥棒先生が、「素晴らしき哉、人生」と天を仰ぐに至っては大爆笑。
しかもそれから、妾に自分の財布の80円まで巻き上げられてしまう泥棒先生、“5000円出せ”の強盗より百倍も可愛い!
それでいて、泥棒先生が物を食べる仕科は、さすがさん喬師の一番弟子。師匠譲りのリアリズムで見事なもの。こういう、硬軟自在が喬太郎師の楽しいところなのだ!
一方、泥棒に色仕掛けで迫った妾のお菊もGood! 「あたしのような女だけど、1年でいい、あんたのお神さんにしてくれませんか、この通り、後生ですから・・・・ちょっと夢見ちゃった」と、フワッと言う辺りの呼吸がまた絶妙! またこの妾が、何となく若い頃の美空ひばりを連想させる存在感があり、矢鱈と私にはおかしうございました。喬太郎師の年増は絶品ですぞ。
翌朝、妾の家を再び訪ねた泥棒先生、家が静かすぎるので前の煙草屋で訪ねると、「昨夜、前のうちに泥棒が入りましてね。何だか気取った泥棒だったそうですが、でも、お菊さんにいわせると"目が馬鹿"なんですって!」と言われちゃうんだから、踏んだり蹴ったり。
最後まで、ウフフ・ムフフと、笑い声の耐えない見事な高座でありました。

という訳で、一周年記念の第13回『浜松町かもめ亭』。古今亭伝統の“甚兵衛さんに愛の手を落語”から、名人文楽譲りの円転洒脱な“堅物の若旦那に愛の手を落語”、真打直前の俊英怪人らしい“寂しい関取に愛の手を落語”、そしてもはや大看板の貫禄と才気溢れる“可哀想な泥棒に愛の手を落語”と、一周年記念らしい、落語と客席への愛が一杯の高座で、お客様にお楽しみ戴けた次第・・・では次回、2月のかもめ亭も御多数ご来場あらん事を。
高座講釈・石井徹也


今回の高座は、近日、落語音源ダウンロードサイト『落語の蔵』で配信予定です。どうぞご期待下さい。



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