第14回かもめ亭レポート

<古今亭菊之丞師匠>

文化放送主催による『浜松町かもめ亭』第14回公演が2月28日(木)、文化放送メディアプラスホールで開かれました。
今回の番組は、『かもめ亭』としては初めての試みで、色物さんを交えた、寄席定席興行風の番組となっております。

『道具屋』 立川春太
『お花半七』 橘家圓十郎
『風呂敷』 三遊亭遊雀
仲入り
俗曲と踊り 春風亭美由紀
『愛宕山』 古今亭菊之丞
という出演順。

開口一番は、立川談春師匠門下、落語家になって一年も経っていないという掘りたて前座・立川春太さん。見た目の雰囲気は中高のスツキリした感じで桂三木男さんに似ています。
「落語に登場する馬鹿は、並みの馬鹿よりちょっと粋な馬鹿で」と、如何にも初々しい楷書の語り口で、与太郎が道具屋となって奮戦する典型的前座噺『道具屋』へ。
演出もクスグリも徹頭徹尾、楷書で(そうでなきゃ、まだ師匠に怒られます)、軽く高い調子でスイスイと噺を勧める様子は、入門1年未満とは思えません。さすが、早稲田大学落語研究会出身。つまり、桃月庵白酒師匠や柳家甚語楼師匠の後輩なのですね(実は筆者にも後輩!)。
楷書でサラサラと語って、御座を固めてくれました。

二番手は、橘家竹蔵師匠門下で、落語界屈指の体重とメタボな体型を誇る橘家圓十郎師匠が柔和な笑顔で『かもめ亭』に初登場!厳寒の真冬でも汗を拭き拭きの高座はいつも通り。もちろん、「暑いですねェ!」という最初の挨拶も、寄席で見慣れているのと同じ(笑)。
「通販のダイエット用ベルトはサイズが1メートルまでしかない!本当にダイエットの必要な人はウェストサイズ1メートルから欲しいんです!」、「乗馬型ダイエットマシーンを買おうとしましたが、試し乗りをしたら最大パワーでも全然動かないので止めました。結局、高座で冷や汗をかくのが一番痩せますね」と、圓十郎師ならではの真実味溢れるダイエット話をマクラに、若い二人が誰もがくぐらなくてはならない青春の門に出会うボーイ・ミーツ・ガール落語『お花半七』へ。
向かい合った家に暮らすお花・半七が、共に夜遅くなって家を閉め出され、半七の霊岸島の叔父さんの家を訪ねるのがキッカケで、それまで特に恋心もなかったのに結ばれる展開ですが、嫌がる半七の後を強引について歩きながら、「そうね、女って我がままね」と言いつつ、大汗に濡れた髪を掻き上ゲ、息をフウフウついてる(これは圓十郎師本人ですけど)お花は"つきたての大福餅"、はたまた"若き日の京塚昌子"といった可愛さが魅力!一方の半七がやたらと早口で、自分に付いてくるお花に心底困っている堅物ぶりにも独得の愛嬌がありやす。
さらに、やたらと「ワッ!」大きな声で叫んでは、"お花と半七は出来てる"と勘違いして、二人をくっつけようとする霊岸島のお節介な叔父さんと、やたらとクネクネと動く叔母さんの老夫婦も、大きな手を振り回して話す様子が相撲取りの夫婦みたいで、実に愛嬌がアリマス。
コミカルな小説『デブの国、ノッポの国』のうち、デブの国に迷い込んだような、摩訶不思議な世界が展開する落語ってのも珍しいですゾ!
叔父さんの家で無理矢理二階に上げられ、二人だけになったお花と半七が、下から叔父さんに「(二人の仲を)まとめる、まとめる、まとめる」とプレッシャーをかけられたり、突然の落雷に驚いて半七にしがみついたお花の髪油の匂いを、「8×4ですな」と表現したりと、独自のクスグリも交えながら、他の師匠が演じる『お花半七』とはひと味違い、妙に微笑ましい味わいが嬉しい恋物語なのでありました。

仲入り前は、かもめ亭2度目の登場となる芸術協会のホープ・三遊亭遊雀師匠。
「最近は本当の落語ブームがきたようですね。なぜって、新宿末広亭に金髪、鉄鋲付きファッションの若者が来て、落語聞いて笑うのよ。あとは言葉。渋谷を歩いてる若い女の子が、"お前さん、するってぇと何かい"とか言い出したら、ブームも本物ですね」といったつかみから、「こんなあたくしも、家に帰ればエライんです。神さんと喧嘩をしても、あたしは"出てけ"と言うだけ。そこで出てゆかず、ヨヨと泣き崩れる。亭主に怒鳴られても神さんは決して出て行かない。そういう信頼の下に生きるのが、男の求める正しい夫婦像です。でも、うちの神さん、本当に出て行っちゃって、一週間後に、やっと帰ってきたら、あたしの方がヨヨと泣き崩れて・・・」と、夫婦にまつわるマクラを振り、夫婦の危険な瞬間を、兄ィ分が鮮やかな機転で回避させる町内の世話焼き頓知落語『風呂敷』へ。
亭主が泥酔して帰った際、たまたま家に来ていた若い衆を押入れに隠したため、却って、亭主の前に出しにくくなり、困り果てた嫁さんが町内に住む兄ィ分に助けを求めにくる、というのが前半の展開。名人・古今亭志ん生師匠の十八番で、亡くなった志ん朝師匠も寄席でしばしば演じていた賑やかな落語ですが、遊雀師はどちらかってえと兄ィ分を落ち着き払った知ったかぶりにして、全体をジックリと語ります。でも、ジックリとした口調だけに、「女三階に家なし」、「直かに冠を被らず」、「おでんに靴を履かず」等々、志ん生師以来、受け継がれてきた間違え格言を、平然と相談にきた嫁さんに兄ィ分が語る所にクスクスッとしたおかしみが生まれます。
相談された兄ィ分は風呂敷を一枚持って、夫婦の家に出かけますが、ここで登場する泥酔した亭主・熊が遊雀師独得!メチャクチャに泥酔していて、何を言ってるんだか訳が分からない。序盤のジックリからの急展開が見事ですねェ。
特に、泥酔した熊が「オレたちは霊岸島の叔父さんとこで結ばれた」と、前の『お花半七』の展開を話し出し、兄ィ分に、「そりゃあ噺が違うじゃねえか(だいたい、登場人物の名前が違います)」とたしなめられる辺りは、柳家喬太郎師匠も時々使う手ですが、抜群におかしい。
そこから先は、兄ィ分が「この先の家で、泥酔した男の頭を風呂敷で包み、押入れに隠されていた若い男を助け出してきた」と熊に語り、実際に風呂敷を使った仕方話で熊の頭を包み込み、押入れに隠れた若い衆を助け出す展開となりますが、ここでは再び、押入れの中にいる若い衆を見る兄ィ分の視線の使い方、目の表情がリアルで素晴らしい!序盤・中盤・終盤と、笑いあり、名人芸的テクニックありの見事な序破急で、決して重厚な噺ではないのに、十分に堪能させて戴きました。

仲入り後の登場は『かもめ亭』初の色物、春風亭美由紀師匠。亡くなった春風亭柳昇師匠門下の色物さんです。下町・向島生まれ。鳶の頭の娘さんで、家の前が芸者置屋という粋な育ちだけあって、気っ風の良さは折り紙つき!
「著作権の切れた旧い歌ばかりです」と笑わせながら、三味線を手に「木遣りくずし」、「さのさ」(旦那編と芸者編)、「きりぎりす」(小学校一年の時、お祖母さんに習った歌だそうです)、「東京音頭」(これって著作権切れてるかなァ?)を、丸みのある声で歌いますが、その合間に「あたしの父親は鳶職ですが、高所恐怖症で三階以上は昇れないんですよ。"よくそれで鳶が勤まったわね"というと、"オレの現役の頃は、東京に三階以上の建物なんてなかった"ですって」、「昔の向島では芸者・お酌を"かもめ"と呼んだんです」、「皆さん、お元気ですか〜!自信を持って手拍子をしましょう」と、客席を楽しく乗せてくれる辺りが下町気質。
最後は立ち上がって、「春雨」をひと踊り。それも踊る合間に、「こんなに色っぽいのに、どうして貰い手がないのかしら」というひと言あり(笑)。寄席のヒザ(真打を引き立てる、直前の出番に登場する色物さん)の典型を見せて戴き、ありがとうございました<m(__)m>
かくして、美由紀姐さんに引き立てられた本日のトリは、『かもめ亭』初主演、古今亭圓菊師匠門下の色男・古今亭菊之丞師匠の登場! 兎に角、見た目に歌舞伎の女形かしら?と思ってしまうような、嫋嫋たる風情が特徴で、30代半ばとは思えないほど色気のある師匠です。
「刑務所の慰問は演りやすいとこと、演りにくいとこがありますが、何といっても演りやすいのは落語を演ってる最中にお客が帰らないことですね」、「東京拘置所の慰問では、待ち合わせた場所から護送車で連れてかれて驚きました」という、怖い慰問の話から幼児の前で落語をするのは手間がかかる、といったつかみで、さてどういう噺に入るのか?と思っていると、続いて「幇間(たいこもち)は協調性には富むが、自立心に欠ける」というマクラに入り、さらに菊之丞師が実際に会った事のある名幇間が、旦那の命令で一張羅の着物のまま、池にドボンと飛び込んだら、ちゃんと着替えの新誂着物一式が用意してあった!という幇間体験談を経て、春を先取りするような京の旅山遊びミラクルジャンプ落語『愛宕山』へ。
元々は上方噺で、三代目三遊亭圓馬師匠を経て八代目桂文楽の超十八番として知られ、さらに志ん朝師匠の十八番となった噺。幇間が主役の噺としては名作中の名作です。
菊之丞師は志ん朝型隆盛の最近では珍しく、文楽型演出を丁寧に踏襲して噺を進めます。幇間二人と芸者衆を連れた東京の旦那が、京の愛宕山で春の山遊び。八十尋(100メートルくらいですかね)も下の麓に設えた土器(かわらけ)投げの的に、土器だけでなく、持参した小判を投げる!という豪快な散財ぶりを見せます。
狼も出るという麓の的付近に散らばった小判は「拾った者の物だ」と、旦那に言われた幇間・一八が、何とか手に入れたい!と、茶道の野点に使う大きな傘を手に、飛び降りようとはするものの、丸っきり度胸が定まらず、躊躇する辺りが中盤の山場ですが、菊之丞師、ここは比較的サラッと演じています。とはいえ、そこが若手真打のホープ。東京から旦那についてきた一八が如何にも東京の跳ねっ返り者らしい愛すべき軽薄さを見せるのに対して、大阪から旦那についてきた茂八には上方者らしい気の利き方がある、といった色分けを感じさせてくれたり、京の芸妓衆に実にハンナリとした色気がある(なんたつて女形タイプの容貌ですからね)、といった具合に、"菊之丞ならではの愛宕山"という世界を垣間見せてくれるのが嬉しい。
旦那が命令して、躊躇する一八の背中を茂八がドンと押したもので、傘を担いだまま一八はユラユラと風に舞いながら、八十尋下の麓に無事着地。
小判30枚全部を拾い集め、「この金を元手に銀行を始めましょう。一八銀行!」なんて喜んでいるうちは良かったけれど、上から旦那に、「どうして上がる〜」「欲張りィ〜、狼に食われて死んじまえ」と言われて初めて気づきビックリ仰天。
着ていた着物全てを必死に裂いて縄を綯います。この縄を綯う辺りから最後のジャンプまでが二番目の見せところ。力一杯、全身を使った動きですが、長丁場の噺の終盤だけに体力が要りますねぇ。一八は長〜い縄を綯うと、それを山陵に生えた嵯峨竹に結びつけ、キリキリと満月のようにな引き絞ると反動をつけ、ポ〜ンと飛んで八十尋上の旦那の下に見事着陸!この着陸した瞬間の一八の、如何にも若々しい雰囲気がよろしうおました。
「一八、お前は偉い奴だな。生涯贔屓にしてやるぞ」、「ありがとうございます」、「金は?」、「忘れてきた!」というサゲまで一瀉千里の出来栄えに、私も旦那もどきに、「菊之丞、生涯贔屓にしてやるぞ!」と言いたくなりましたね。

という訳で、第14回『浜松町かもめ亭』。独自の体型を活かした可愛らしい純情恋噺から、序破急の見事な爆笑仕方噺、落語を引き立てる粋な俗曲と踊りを挟んで、若さと色気溢れるドラリオン的超人噺と、如何にも「春近い寄席ならではの雰囲気と情緒」溢れる番組で、お客様にお楽しみ戴けた次第・・・次回、3月のかもめ亭も御多数ご来場あらん事を。

高座講釈・石井徹也


今回の高座は、近日、落語音源ダウンロードサイト『落語の蔵』で配信予定です。どうぞご期待下さい。



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