第15回かもめ亭レポート

<川柳川柳師匠>

小学館・文化放送共催の『浜松町かもめ亭』第15回公演が3月21日(金)、文化放送メディアプラスホールで開かれました。
今回の番組は、『川柳川柳喜寿記念』と命名され、東京落語界の誇る名物男、福田首相にちょっと似ている川柳川柳師匠を言祝ぐ、マニアックな番組編成となっております。

『真田小僧(上)』 立川こはる
『川柳の芝浜』 快楽亭ブラック
『首屋』 川柳川柳
仲入り
喜寿三本締め 川柳・圓丈・ブラック
『夢一夜』 三遊亭圓丈
『ジャズ息子』 川柳川柳
という出演順で、会場は大入り満員。

開口一番は、立川談春師匠門下、かもめ亭準専属前座・立川こはるさん。終演後、ブラック師匠から、「君、名探偵コナンに似てるって言われない?」と迫られておりましたが、誰の見る目も同じですね。「本日は照明の熱気以外に、お客様の熱気が凄いですね」と話を振って、「小児は白き糸の如しと申しますが・・」と、利発な金坊が親父から小銭を巻き上げるアンファン・テリブル落語『真田小僧』へ。
おっかさんが親父の留守に按摩さんを呼んだのを、丸で浮気をしたように話を進め、金坊が親父をたぶらかす展開は一般的ですが、親父相手に、「あたいの方が有利な立場だな!」と、こまっしゃくれる金坊が、こはるさんの容姿にピッタリで如何にも可愛らしい。
さらに、金坊の話の途中で、「袖振り払って安兵衛が高田馬場へと駆けつける!・」と講釈が入ったり、「男の人の手を取って、おっかさんがお上がり、お上がりって、売れない花魁みたいに手を引いて」と金坊が語る演出は珍しい。テキパキと語って、御座を固めてくれました。

二番手は、紅白縞模様の着物(裾模様はブルーに星多数)で観客の目を驚かせる落語界の怪人・快楽亭ブラック師匠が『かもめ亭』2度目の登場。
「歌舞伎座ではただいま、川柳師匠と同い年の坂田藤十郎丈が、やはり喜寿の祝いで娘道成寺を踊っています。川柳師匠も噺を聞いてる分には良い師匠ですよ、面白くて。ただ、飲むとからみ酒で大変。最近は酔った川柳師匠がラッパを吹く真似を始めると、"こりゃヤバイ"と逃げ出します」と川柳師の酒のエピソードをマクラに(この日の打ち上げもそうなりました)、古典の名作とされる『芝浜』を大胆に改作しちゃった"落語家セミ実録落語"『川柳の芝浜』へ。
基本の流れは『芝浜』をちゃんとなぞっておりまして、噺の主人公は酒で高座を3カ月も休んだ落語家・川柳川柳。ある朝、お内儀さんに起こされ、「お前さんが働いてくれないと釜の蓋が空かない」と、浅草演芸ホールへ向かった所、お内儀の勘違いで出番より2時間も早く着いてしまいます。する事もなく、トイレを借りに立ち寄った浅草の場外馬券売り場で、川柳は1234万5000円の当り馬券を拾っちゃう!
帰宅すると、『芝浜』の主人公そのまま、「これだけあれば、一日千円くらいのワリ(寄席の給金)のために寄席になんか出られるか!」とお内規さんに宣言。夢月亭清麿・立川談之助・快楽亭ブラック・吉川潮といった怖い飲み仲間を集め、ご馳走した挙句に寝てしまいます。
その間に、お内儀さんがNHKの『生活笑百科』に電話して、笑福亭仁鶴師匠に相談すると、「夢にしちゃいなさい」という回答。そこで馬券を拾ったのは夢だと嘘をつきます。 「夢だ」と言われて改心した川柳は、禁酒して真面目に寄席に通ううち、波乱の人生が周防正行監督の目に留まり、自伝映画『ラッパ吹いちゃった』に出演しちゃったりして、何時の間にやら、50年ぶりにマスコミの寵児となるのでアリマスね。 売れっ子になって3年目の大晦日、お内儀さんが「馬券を拾ったのは夢じゃなかった」と打ち明けますが、ここからが『芝浜』とはちょいと違う。再び飲み始めた川柳は、仲間に酒を奢りまくる毎日となり、寄席を3カ月休んで、あっという間に貧乏になります。そこで再度、お内儀さんに朝早く起こされ、浅草演芸ホールへ出かけようとするがそこで・・・ってなストーリーでアリマス。
破天荒なようでいて、お内儀さんの物言いや川柳の呟きに、妙にシンミリと切ない所があるのは、ブラック師の腕ですねェ。夢だと打ち明ける際、お内儀さんが「お前さんの落語が好きで一緒になったのにお前さん、落語を止めるなんていうんだもん」と叫ぶのなんか、あたし、好き。
もちろん、川柳師が主人公というだけでもおかしいのに、全編、落語界パロディの面白さに溢れております。その中から、マニアックなポイントをご紹介致しましょう。
★「浅草で『ガーコン』(川柳師の十八番)を演ってたら、一番前に座っていた客に、"今時、そんな大学生いねェよ"と野次られちゃった」とボヤいて川柳が落ち込む。
★「馬券を拾ったのは夢だ」とお内儀さんに言われた川柳が、「昭和の名人・三遊亭圓生の二番弟子のオレが『芝浜』を知らないと思ってるのか!」と居直る。
★テリー伊藤演出のテレビ番組・『貴方の怒りを川柳が大便します』に川柳が出演。嫌な奴の玄関先に大便をする役で人気者となる(川柳師の内弟子時代のエピソードが元ネタ)
★ラスト近く、お内儀さんが川柳に「ベロベロになっちゃえ!」と両腕をバタバタさせる動きをする(立川談志家元の『芝浜』のパロディ)。
等々、川柳師を良く知り、落語を愛するブラック師らしい場面横溢で、川柳ファン・寄席ファンには、ご馳走の一席とあいなりました。

仲入り前は、いよいよ本日の主賓・川柳川柳師匠が珍しく袴姿で登場。
「総理大臣の福田でございます。何か鼻の下の長い所が似てるらしいんだね」と、最近よく使うツカミから入って、放送局の自主規制用語一覧のメモを手に、「こういうのは言葉狩りでよくないよ」とぼやきながらの漫談へ。ちょいと書けない話題連続ですが、「看護婦もいつの間にか看護士になりましたね。名称だけ変えて、辛い仕事を押し付けてるのはよくないよ。"病院女中"でもいいじゃねえか、給料2倍払ってやれば」って辺りや、「薬なんかに発見者の名前をつけるのがあるけど、バルトリン氏腺液ってあるでしょ。女性の分泌物。バルトリンさんの家族は恥ずかしかっただろうね」なんてのは川柳師のセンス躍如であります(因みに、正確に申しますと「バルトリン氏腺液」は、俗に言う「愛液」とは全く違う分泌物であります)。
それから『〜の豆撒き』『〜の大根売り』という、珍しい古典小噺を二つ語り(放送禁止的内容なので正式題名は書けません)、三遊亭圓生師匠譲りの"物売りサギ落語"『首屋』へ。短い噺ですが、滅多に聞けない川柳師の古典の十八番です。
「生きててもしょうがない」と思った男が自分の首を討って歩きます。ある武士が買い手になり、代金を払って、新刀の試し切りをしようと刀を振りかざすと、男はハリボテの首を放り出して逃げだす。「待て!これはハリボテ、買ったのはそちらの首だ」「これは看板でございます」という簡潔な噺ですが、川柳師、武士の物言いや刀を抜いた形が決まっているのは流石だなァ。
『ぽんこん』『湯屋番』『品川心中』『金明竹』『お祭り佐七』と、いずれも圓生師匠譲りである川柳師の古典の持ちネタも、いつかまた伺いたいものですねェ。

さて、仲入り後はまず、川柳師・弟弟子の三遊亭圓丈師匠・ブラック師が登場。
ブラック師が、「最近の川柳師匠は1週間に2日は禁酒してるって。これじゃ無頼じゃないよ」と暴露すれば、「今、圓生襲名に関して(私と)圓丈と争っております」と川柳師がトボけるといった遣り取りの後、圓丈師の発声で川柳師の喜寿を祝って、客席と共に三本締め。

そして次なる高座は『かもめ亭』初登場の三遊亭圓丈師匠です。
「早くから楽屋に来ていたんですが、随分と待たされまして、その挙句、"番組が伸びてるから縮めて下さい"なんて言われちゃいました」と開口一番、ボヤキから始まりました。
「三遊協会の分裂騒動から圓生一門は呪われておりまして、古典を真面目に演ってた弟子は総崩れになりました」と振り、さらに、「"高座で死ねたら落語家は本望"なんていいますが、死ねやしません。死に掛けたら、席亭が外に担ぎ出させちゃう。第一、死ぬ程の発作を起こしてから、実際に死ぬまで高座で頑張らなきゃならない」 「だいたい、畳の上で死ねない時代なんです。主治医も最後は死神になりますね、心臓が丈夫でなかなか死なない患者だと、先生の時間の都合で、心電計のコンセントを先生自ら抜いて、"ご臨終です"なんて言われる」という、圓丈師らしいアイロニー&ブラックなマクラから、どうしても料亭の畳の上で死にたい男が、病院の集中治療室を抜け出して奮闘する、"頑張って死にましょう落語"『夢一夜』へ。
大金を懐に病院を抜け出した「日本でも三本の指に入る末期癌患者」がタクシーに乗り込み、「料亭・芸者・幇間」の「死ぬための必須アイテム」を求めて、あちこち走り回るという怪作。
タクシーを走らせながら、「交通事故には気をつけろよ。交通事故で全治六ヶ月なんて言われたら、日本でも三本の指に入る末期癌患者なんだから、全治する前に死んじゃうじゃいか」と言ったり、「オレが最後の一服を吸いながら空を見ると、西をめざして雁の群れが飛んでゆく。これが肺雁」などと下手なジョークを言っては、「これが末期癌ジョーク(マンシンガンジョーク)」とオヤジギャグを言い放ち、タクシーの運転手を困らせちゃうのが前半の展開。こういう所は、実験落語時代から今も衰えない圓丈師らしいギャグパワーを感じましたね。
挙句の果てに羽田空港に辿りついた男。空港ロビーの真ん中時計柱の前に無理矢理、プレハヴの東屋的和室と春日燈籠一対つきの和風庭を作らせ、金の力でANAのカウンター担当を芸者に、機長を幇間に雇って、料亭遊びをした挙句に死んでゆきます。
「今も羽田空港のANAロビーには、男が立てた13尺の春日燈籠一対が残っているという由来のお噺」とサゲるまで、圓丈師ならではの不条理な世界が繰り広げられたのであります。

そして本日のトリは、再び川柳師の登場。
「明後日が本当の誕生日で、そこでも会をするんだ」と話すくらいで、「作った当時の風俗が色々と入っていて懐かしいよ」と、早々に自作十八番"似たもの親子落語"『ジャズ息子』へ。
川柳師が昭和30年代半ば、古典の『宗論』を改作して作った噺で、「古典原理主義者(川柳師曰く)」の圓生師匠には無視されたけれど、五代目の柳家小さん師匠などは大変に面白がって、当時の桧舞台『三越落語会』出演を後押ししてくれた、なんて曰くつきの一席。
マンボズボンを履いた息子がジャズ・マニアで年中スキャットしているのが、義太夫マニアの親父には我慢ならない。そこで親子喧嘩が始まるという展開。
「どうしてお前の部屋にはベタベタ、黒人ジャズマンの写真なんか貼ってるんだ。昔なら、天皇皇后両陛下の御真影を飾るところだ」と言う頑固親父の、ちょっと目つきのアブナイ辺りが川柳師の面目でアリマス。
一方の息子は、「ブルースは奴隷としてアメリカに連れてこられた黒人の叫びなんです。おとうさんに(昭和30年代の作なんで言葉使いは妙に丁寧です)黒人奴隷の気持ちがわかりますか?!」と割と理屈っぽい。これに対してガンコ親父が「息子の料簡が分からないのに、黒人の気持ちが分かるか!アメリカなんかたかだか300年じゃないか!こっちは紀元2600年だ」とやり返す件など、話の内容は確かに昭和30年代なんですけど、会話の基本がシッカリしていて、テンションが異常に高いから、今でも十分おかしいのであります。
噺の終盤、2階に上った息子は仲間を呼び込むと、トランペット・ベース・ドラム・サックスの口真似で『聖者の行進』のセッションをスタート!片や親父は1階で、"野獣の雄たけび"と息子に揶揄される義太夫の『合邦』を語り始め、この二つがハイテンションで入り混じる!
一見、無茶苦茶のようで、ジャズのリズムと義太夫の言葉や節が、如何にもそれらしく整っているのが川柳師の凄いところ・奥行きであります。とても喜寿とは思えませんゾ!

という訳で、第15回『川柳川柳喜寿記念 浜松町かもめ亭』。川柳師・圓丈師・ブラック師がそれぞれの強烈な個性を十二分に発揮したパーソナル落語満載で、お客様にお楽しみ戴けた次第・・・次回、4月のかもめ亭も御多数ご来場あらん事を。

高座講釈・石井徹也


今回の高座は、近日、落語音源ダウンロードサイト『落語の蔵』で配信予定です。どうぞご期待下さい。



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