第16回かもめ亭レポート

<五代目柳家小さんの想い出を語る柳家小袁治・柳亭市馬両師匠

文化放送主催の『浜松町かもめ亭』第16回公演が4月24日(木)、文化放送メディアプラスホールで開かれました。
今回の番組は、『柳家の会』と命名され、五月十六日に七回忌を向かえる五代目柳家小さん師匠の一門ばかりの出演。人間国宝五代目小さん師の優れた芸と、指導者としての偉大さを偲ぶのが、いわば「裏テーマ」という会であります。

『やかん』  柳亭市朗
『加賀の千代』  柳家三三
『夢の酒』  柳家小袁治
仲入り
トークコーナー:五代目を偲ぶ  柳家小袁治・柳亭市馬
司会役:佐藤友美(東京かわら版編集長)
『らくだ』  柳亭市馬
という出演順で、会場はほぼ満員の盛況。

開口一番は、本日の主任・柳亭市馬師匠門下の一番弟子、かもめ亭初出演の柳亭市朗さん。三谷幸喜氏が率いた劇団『東京サンシャインボーイズ』の不器用な名優・阿南健治さんに似た、大きな表情と明確な声の持ち主で、落語協会の前座さんの中でも目立つ存在です。
「世の中には知ったかぶりをする人がいるもので・・」と短くマクラを振ると、直ぐさま"知ったかぶりご隠居爆走落語"の代表作『やかん』へ。
次に登場する柳家三三師匠に教わったという一席で、実は私、この前日も別の落語会で市 朗さんの『やかん』を伺いましたが、ただいまネタ固めをされているご様子。

家を訪れた八五郎を、頭っから"愚者"と決め付けるご隠居に、良い意味での勿体ぶったクサ味があり、一方、「愚者?そんなに褒められても・・」と明るくテレる八五郎の表情もなかなか嬉しい。八五郎が次々とくりだす「〜〜の名前はどうして〜〜ってェんですか?」という語源に関する質問に、デタラメな答えを平然と返すご隠居。ても時々、知ったかぶりのネタに詰まると、直ぐ、「お茶でも飲むかな?」と八五郎を誤魔化そうとコソコソするのが妙にオカシイ。この辺りは、市朗さん独得のフラ(個性・持ち味)というべきでしょうか。
「(家の)奥でお産をするから奥さんだ」「奥で産をするから奥さんですか、熊本なら阿蘇山、フランスならクロワッサン」なんて具合に、前半のご隠居と八五郎の遣り取りは軽快そのもの!
後半は"やかん"の語源をご隠居がデタラメ解説するため、武田信玄・上杉謙信、川中島の合戦を講釈風に読み上げますが、講釈口調を得意とする三三師と比べると、口調にやや張りとテンポが乏しいのは惜しい。とはいえ、ヤケクソみたいに膝を扇子で叩いて講釈で使う張り扇の感じを出す様子や、突如、大きな声を出して、「これくらい大きな声を出さないと寝ているお客さんが起きないだろう」と言い放つ呼吸は結構なもの。
「矢が当ってカーン、矢っカン、矢ッカン、やかんになった」「とうとうやかんにしちまいやがった」というオチまで、テキパキと語り、御座を固めてくれました。

二番手は、柳家三三師匠が『かもめ亭』2度目の登場。柳家小三治師匠門下のホープというより、今や落語協会期待の若手真打の代表格。四月の上席では上野鈴本演芸場の主任で「三三渾身長講九席」と銘打った興行を成功させたばかりの兵(つわもの)です。
「ハッキリしないお天気のところへ、これだけ標高の高いところでは」と、かもめ亭の妙に高い高座をちょいと揶揄してから、上野鈴本演芸場の客層の分析へと展開します。
「上野は昼夜でガラッと客層が変わります。夜席は『子褒め』なんか絶対に聞かないという、落語マニアというか、友達のいないタイプのお客様ばかりですが、昼席は落語初心者のお客様で、気取った噺なんか演ると必ず寝ちゃうタイプ」と笑わせてから、親に連れてこられた子供のお客に「詰まらないィ!」と大声で言われて困っ話へ。
「こういうお子さんが少し大きくなって落語にはまると、最前列に座って、落語辞典を横に置いて聞くような子供になります。何を隠そう、私もそういう子供だったんです。小学校一年の時に"良いなと思った噺が『文違い』"という変態で・・(中略)・・今も、本日の主任の市馬師匠によく、"どうしてお前は落語の仲で人を殺したがるんだ"と怒られます」と、自らのヰタ・ラクゴアリスをマクラにして、"お人良し甚兵衛さん落語"の『加賀の千代』へ。東京では三代目桂三木助師匠から現在の入船亭扇橋師匠に伝わった、ホノボノと楽しい、小味な小品であります。

年の瀬も押し詰まった頃に、金策の出来ない甚兵衛さん。ボーッとして、世の中ついでに生きてるような甚兵衛さんだけに、あまり貧乏は苦にしていない様子であります。
そこでお神さんから、「今、私たち夫婦に必要なのは笑いじゃなくてお金なの!」とドヤしつけられ、更に俳人・加賀の千代が朝顔を可愛がり、「朝顔に釣瓶取られて貰い水」と詠んだ故事を聞かされた甚兵衛さん。
千代における朝顔のように、甚兵衛さんのことが可愛くて仕方のないご隠居の所へお金を借りに行きますが、"頭に浮かんだことは全て口に出しちゃう結構人"の甚兵衛さんですから、言葉を間違えたり、お神さんから教わった金を借りるための算段を、次から次へと、ご隠居にしゃべってしまいます。
しかし、「ご隠居さんのお目に掛けて下さい」を「ご隠居さんに目に物見せて下さい」と言い間違えられても、ご隠居さんはそういう甚兵衛さんが大好き!間違えを聞くたびに<「絶好調だな!」と、ちょいと引いた受け楽しみ方をするのが実に可笑しい。この辺りが三三師独得の客観的な視点の魅力でありますねェ。
どちらかってェと、少し皮肉な視点で、テンポ良く聞かせるネタを得意とする三三師には珍しく、サラーッと演じながら、後口のよい高座でありました。

仲入り前は、五代目柳家小さん師匠門下の中堅、寄席の繋ぎ役として、寄席ファンにお馴染みの柳家小袁治師匠が飄々とした高座姿で『かもめ亭』初見参!
 「人間の限界はひとっところ、35分だそうで、それを越すと眠くなる。ちょうど今の客席がそうで、笑い声にも陰りが出てきます。どうぞ、居眠りをされる場合はマナーモードで」と軽妙に語り、とあるお通夜で鳶の頭の失敗を見て、笑いを堪えるのに大変だった話へとマクラを展開。
そこから、"夢から醒めたらアラ残念落語"の典型『夢の酒』へ。黒門町の桂文楽師匠の十八番ネタとして有名な噺で、小袁治師も一年のうち、四月下旬から梅雨の時期までしか掛けないネタだとか。私も小袁治師では初めて伺いました。

うたた寝で見た夢で、下戸の若旦那が見ず知らずの女の家に上がって一杯やった挙句、その女と同衾したと聞かされ、若い嫁さんは嫉妬で大泣き。
なだめにきた大旦那に、「淡島様(淡島大明神)の下の句を詠んでからお願いすると、同じ夢を見られると申しますから、その女を叱ってきて下さい」と無理難題を頼みます。困った大旦那がふだんしたこともない昼寝をすると、何故か若旦那の夢に出てきた女の家へ・・・。
若旦那と違い、燗酒大好きの大旦那ですが、女の家では「燗をつける火を落としてしまった」と、仲々、酒が出てきません。「お燗がつくまで冷で」と言われるのを、「若い頃、冷酒で失敗してから、冷はやりません。お燗専門なもので。お燗はまだですかな?」と繰り返し言っているうちに、嫁に起こされてしまいます。
「惜しいことをしたなァ」「女を叱ろうという時に私がお起こししてしまったんですか?」「冷でも良かったな」という、真に洒脱な、「よそう、また夢になるといけねェ」と酒を下に置く、『芝浜』とは好対照のオチであります。

小袁治師は最初に夢を見る若旦那に、色悪めいた色気がある辺りが、黒門町の桂文楽師とは違う"若い嫁が嫉妬したくなるのも無理はない亭主"という味わいがあり、大旦那が夢の中で、女の家にちゃんと来たことに驚く表情がまた抜群に面白い!
最後の「冷でも良かったな」のオチに、如何にもリアルな酒飲みの実感があるのは、小袁治師私生活の反映でしょうか。軽さの中にコクと個性の感じられる出来でありましたね。

さて、仲入り後は小袁治師匠・柳亭市馬師匠、直弟子お二人による「五代目小さん師匠の思い出を偲ぶトークコーナー」からスタート。
コーナーの司会役は「東京かわら版」の編集者・佐藤友美さんですが、佐藤さん、何と臨月間近の妊娠中!何も知らなかった私は最初、「この人、腸満なの?」と思ってしまいましたゾ。
「佐藤さんの、素人を絵に描いたような進め方で(笑)・・・」と小袁治師にからかわれながらの司会でしたが、そのたどたどしさもまた味のうちでありますよ。

さて、肝心の五代目小さん師匠の思い出ですが、"小さん師の優れた芸と、指導者としての偉大さ"を語るというよりも、こんな感じに・・・・
■御二人の入門時期は10年近く違うものの、当時落語協会の会長であり、テレビドラマの役者としても売れに売れていた小さん師匠は超多忙で、一年のうち、家で晩飯を食うのは僅か1〜2度くらい。夜遊びもなかなかに盛んだった。
■市馬師は、九州の田舎で剣道ばかりやっていたので、落語家になりたいと思っても、方法が分からずに困っていた。ところが剣道の先生の先生が、剣道家でもあった小さん師の師匠格の人だったおかげで、いわば"剣道コネクション"で無事入門!
■小さん師匠はお弟子さんに直接恵子をしないので有名な方。でも、小袁治師は入門直後、『小町』(『道灌』の前半)を稽古して貰える機会に恵まれました。
ところが、目の前でしゃべっている小さん師匠の『小町』が可笑しくて笑い出し、師匠に叱られて稽古は中断。結局、『小町』はいまだに覚えられないままとか。
■市馬師匠も直接稽古を受けた経験はないものの、ちょうど小さん師匠の孫である今の柳家花緑師匠が前座時分で、「弟子には稽古をしないのに、孫は可愛いとみえて師匠の方から稽古をしたがり」、それを後ろにいて聞いて一緒に覚えられたとは運が良かった!
■一見、落ち着いて、トチリなどなさそうな小さん師匠ですが、実はトチリがしばしば。
★『長屋の花見』で、一升瓶に入っているのは酒ではなく番茶を煮出したもの、重箱の中の玉子焼きは沢庵、蒲鉾は大根の漬物の代用品というのを、大家さんが言わないまま、長屋中で花見に出かけ、途中の道で大家さんが慌てて説明を始めたことも・・・
★『時そば』で、最後に「五つ、六う、七な、八ァ、今、何刻だい?」「四です」「五つ、六う、七な、八ァ」と失敗するところを、「五つ、六う、七な、八ァ、今、何刻だい?」「九つです」「十、十一、十二・・・」と、失敗しないでサゲちゃった。
でも、ご当人は高座を降りてきてから、「まだ、トチリに気がつくからいいよな。トチリに気がつかなくなっちゃオシマイだ」などと、苦しい言い訳をしていた(笑)。
★余り演らなかった『引越しの夢』で、暗い台所へお内儀さんが手燭を持ってくる際、「手燭」という言葉が出でこなかったらしく、(電気の)スイッチをパチンとつけてしまった。
等々、身近で見ていたお弟子さんならではの珍談が中心となりました。

因みに公演終了後の打ち上げでも、小さん師匠やお神さんの思い出話に花が咲きましたが 小袁治師たちお弟子さん数人がお神さんに、「どうして師匠と一緒になったんですか?」と質問したら、「あたしは面食いだからね」と返事をされ、あまりに意外な思わず「ブフッ」と噴き出してしまったら、「お神さんは凄く怒っちゃって、数日、口をきいてくれなかったよ」、というエピソードが、私一番好きでありました。

閑話休題。
いよいよ本日の主任として、落語界の歌う剣道三段・柳亭市馬師匠の登場です。
 終演後の楽屋で、「柳家の会なのに、ネタ帳を見たら、小さん師匠のネタが一つも出てないんで、"それじゃあ"と思って」と話されていましたが、ほとんどマクラを振らず、小さん十八番の一つである"傍若無人の酔っ払い落語"『らくだ』に入られたってェのは嬉しかった!なんたって、三代目柳家小さん師匠が明治時代末期、上方から持ち帰り、「らくだといえば小さん」といわれた十八番に仕立て、後に五代目へと受け継がれた、いわば「柳家の家の芸」でありますからね。

長屋の乱暴者・嫌われ者の「らくだの馬さん」が、季節外れの河豚に当って死んだ翌日のこと。らくだの家を訪ねてきた兄弟分が通夜の真似事をしてやろうと、たまたま家の前を通った屑屋を脅かすと、長屋の月番・大家・八百屋の所へ使いに出します。
月番には「長屋の付き合いで香典を集めてよこせ」、大家には「通夜の席によい酒を三升。煮しめを大きな皿に一杯持ってこい」、八百屋には「棺桶代わりにするから、菜漬けの樽を貸せ」という、らくだ生前の悪行からすると、それぞれ無理難題のことづてばかり。  因業で名高い大家が「嫌だ」と言い張ると、兄貴分は屑屋に死骸を背負わせ、「死骸ののやり場に困っているから」と大家宅へ運び込み、死人にカンカンノウを躍らせる、という荒業で、酒・煮しめ・香典・菜漬けの樽をせしめます。
 さて、手に入れた酒で兄貴分と屑屋が一杯やりだすと、それまで気弱だった屑屋の態度が一変。酒乱のような勢いで、兄貴分を圧倒する、という展開。

死体を巡る世紀末的笑いだけに、比較的、陰惨・凄絶な印象になりがちな噺ですが、三三師を"どうしてお前は落語の仲で人を殺したがるんだ"と叱るという市馬師だけに(笑)、科白などは立川談志家元風の壮絶な酒乱型『らくだ』なのに、全体のトーンは陽気なのが特徴。
最初のうち、兄貴分は"良い人"に見え、屑屋は妙にいなせなのはユニークであります。また、死骸のカンカンノウを見せられ、ビックリ仰天、座った体勢から飛び上がるように慌てふためく大家の動きのおかしさは、ちょっと他の落語家さんでは記憶にない絶品でありました。

しかし、中盤の屑屋の科白に「段々、怖くなってきた」とあるように、噺の進展と共に兄貴分がグッと手ごわい印象に変わり、屑屋を怒鳴りつける声と視線に、一種の殺気さえ感じさせられたのは、剣道三段の武道派・市馬師匠ならではの面白さでしょうか。いや、"剣道七段の凄みを、時々、噺の中に感じさせてくれた五代目小さん師匠譲り"というべきかな。
一方の屑屋は屑屋で、らくだの死骸に怯える大家たちの姿に「何か面白くなってきたな」とつぶやく辺りから、少しずつ、性根の図太さが出てきて、湯飲みに三杯の冷酒を煽った辺りからは目も据わり、兄貴分を圧倒!この辺り、本格的『らくだ』の雰囲気十分で、「(剃刀を)寄越すの横さねェのと言ったら、死人にカンカンノウを躍らせろ!」でサゲるまで35分強、快演を楽しませて戴きました。

という訳で、第16回『柳家の会 浜松町かもめ亭』。
小袁治師はコクのある軽妙な高座ぶりで、市馬師は陽気な武道家的豪胆さで、三三師は鋭利な演出・演技の繊細さでと、五代目小さん師から受け継いだ"柳家の芸脈"を、皆さんが十二分に発揮するという「落語界の王道高座」揃いで、お客様にはお楽しみ戴けた次第・・・・・・
次回、5月のかもめ亭も御多数ご来場あらん事を。

高座講釈・石井徹也


今回の高座は、近日、落語音源ダウンロードサイト『落語の蔵』で配信予定です。どうぞご期待下さい。



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