第21回かもめ亭レポート

文化放送主催の『浜松町かもめ亭』第21回公演が、9月30日(金)、文化放送メディアプラスホールで開かれました。今回の番組は次の通り。
『転失気』          立川こはる
『粗忽長屋』         古今亭菊六
『阿武松』          桂文字助
仲入り
俗曲             笹木美きえ
『お見立て』        古今亭志ん輔
という出演順。


<古今亭志ん輔>

開口一番は、かもめ亭名物ともいうべき立川こはるさん。今回はまた髪型が変わって、真ん中がチョコンと立っております。
「十人寄れば気は十色と申しますが、知ったかぶりをする人というのは年配の方に多いようで」とマクラを振ると、「オナラ」を巡って知ったかぶりの和尚さんを小坊主の珍念がからかう“浪花の葦も伊勢で浜荻名違い落語“『転失気』へ。
ところで、落語に登場する小坊主が大抵、”珍念“なのは何処から始まってるんでしょうか。懐かしき『てなもんや三笠』で、白木みのるさんが演じていた小坊主も確か珍念でしたよね・・・

こはるさんの『転失気』は、何方の型なのか、冒頭、お寺へ和尚の診察にきた医者が「薬籠に手をかけて立ち上がり乍ら」とか、珍念が訪ねて行くと医者が自宅の中庭にいるとか、珍念が和尚さんに呼ばれて返事をするとき、「へェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。これはお寺ですから廊下が長いという訳で」と言うなど、細部の演出が丁寧なのが特色。
こはるさんの演技では、医者に「転失気はありますか?」と訊かれて、判らずに誤魔化す和尚の納まった様子や、和尚に「“転失気”が何かはお前に教えた筈だ」と叱られた困惑する珍念の表情が面白い!特に、和尚さんのセリフで低音が良く響くのには感心しました。
後で訊いたら、こはるさん、歯の調子が悪くて、「滑舌が悪くてすみません」と謝っていましたが、聞いていて、そんな感じはありませんでしたね。むしろ、「いつもより声が大きいな」と思ったくらい、ハキハキとした高座でした。

和尚さんに命令され、珍念がまず表の花屋で「転失気ってなんてすか?」と訊くと、これも知ったかぶりをした花屋のオヤジが「おみおつけの身にして食べちゃった」と答えます。この答えを珍念から聞いた和尚が、「今が旬だからな」と答える納まった調子のおかしかったこと。
また、和尚から「直接、医者に訊いてこい」と言われた珍念が、答えを曖昧にしかいわない医者に「子供が訊いちゃマズイことですか?」と聞き返す息の良さ、医者から「転失気」の正しい意味を聞いて、和尚が知ったかぶりをしていたと分かるや、「やだなァ、大人って」とボヤク表情の健気さなどは大層よろしうございましたね。

珍念に「転失気とは盃のことだそうです」とウソを教えられ、そのまま、再び往診に来た医者に言ってしまった和尚が、たばかられたと知り、「臭い話だと思った」と珍しいサゲになるまで、トントンと運んで御座を固めてくれました。
※訂正とお詫び
先月のかもめ亭レポートで、こはるさんが踊った踊りの外題をウッカリ、『梅にも春』と書いてし
まいましたが、これは『梅は咲いたか』の間違いでした。こはるさんはじめ、関係者の皆様にはご迷惑をおかけ致しました。ここに謹んでお詫びを申し上げます(石井徹也)。

よく見れば 粗忽に見えくる 演者なるらん
 


続いては、『かもめ亭』の番外公演などに出演されている、古今亭圓菊師匠門下の二つ目さん・古今亭菊六さんがメディアプラスホールに初登場。
目が半眼、いわゆる“眠り目”気味なので、何となく印象がボヤーツとして見える菊六さんですが、口調はキビキビ。テレビのニュースで聞いたと、“寺のお坊さんがスズメバチの巣を松明で燃やそうとして、火事を出した”話を紹介。「焼くのは火葬場に任せとけばいいんで、そそっかしい坊さんもいるものですが・・」と、この話から粗忽者の定番小噺を経て、長屋で隣り合って住む粗忽者同士が、行き倒れの死体を巡ってひと悶着を起こす“本人人格喪失落語”『粗忽長屋』へ。

浅草の観音様の境内で行き倒れに野次馬がたかっているのを見つけた、マメな粗忽者。高っ調子で行き倒れの死体に向かって、「そんなとこで寝てると冷えるぞ」というのは常の演出ですが、それを聞いた町役人らしい人がノホホンとした顔で、「その方はもう、体が冷え切ってるんですよ」と答えるのは初耳の演出。この町役人、普通の演出だと粗忽者に翻弄されてパニックに陥るのですが、菊六さんの場合、特に慌てず、粗忽者が「行き倒れの当人を連れてくる」とトンチンカンなことを言っても、「今朝、当人に会ってるの?そりゃ良かった、人違いだ」と、穏やかに笑ってる。この町役人の“引いたおかしさ”は今回の高座の白眉でしたね。
ただし、行き倒れに集まる野次馬の傍を通りかかった際、マメな粗忽者と野次馬の一人が「中はなんなんです?」「中は気の毒だな」「何が気の毒?」「お前さんが見えなくて気の毒」と交わす遣り取りは、三代目金馬師匠が『花見の仇討』などで得意にしていたフレーズで、『粗忽長屋』にはなくもながの感じが致しましたゾ。

行き倒れをテッキリ、隣に住む不精で粗忽な熊と勘違いしたマメな粗忽者が長屋へ戻り、熊を起こしにかかると、熊が寝てる、という演出も珍しく、熊の「ゆうべは本所の叔父さんの棟上で飲んで・・・」というセリフも初耳。
そこから、マメな粗忽者が「お前は悪い酒に当たって、観音様の裏の空き地で倒れて死んじまったのも気づかずに帰って着ちまったんだ。早く、死体を引き取りに行こう」と熊を煽って行く辺り、トントンと運ぶ按配に妙味があって面白い。再び、観音様の裏に場面が戻って、「行き倒れの当人が来た」と聞いた野次馬の一人か「行き倒れの当人!?じゃあ、ガンバレ!」と言い出すのも大笑いでありました。

すっかり行き倒れを自分だと思い込まされた熊をみて、「こっちの方が度がキツそうじゃないかい」と町役人がボヤくのも楽しく、マメな粗忽者と熊の「オレにしちゃあ、面が長くねえか」「夜露に当たって伸びたんだよ」「夜露に当ると伸びるのかい?」「“つらら”ってえくらいだ」という遣り取りもバカバカしく嬉しい。熊の「こんな姿になると知ってたら、南京豆をもっと食べときゃ良かった」ってセリフも大笑い。(普通は「もっと吉原へ行っときゃ良かった」や「もっと酒を飲んどきゃ良かった」)。 「抱かれてるのは確かにオレだけど、抱いてるオレは誰だろう」というお馴染みのサゲまで、テンポの良さと飄々とした味わいで楽しませて戴きました。

秋の色とは 翁の語れし情話なるかや

仲入り前の登場は、立川流のベテラン、桂文字助師匠がかもめ亭初登場。
まだ、還暦になられたばかりですが、髪は真白、顔は能面の翁のように枯淡の雰囲気です。談平と名乗ってた二ツ目時代から文字助になられたばかりの頃の、意気が良すぎるほどのエネルギッシュさとは径庭があり、声音もすっかり柔らかくなられています。
 
相撲好きで知られる文字助師匠だけに、まずは来年の相撲界に関する予言(内容はちょいとここでは書きにくいっす)を述べてから、「相撲部屋に遊びに行って朝の稽古から見てるんで、相撲に関するあたしの予想はよく当る。今場所も“白鳳と安馬がいいですよ”と場所前から言ってたんだから」とひと言ご自慢があってから(笑)、大麻騒動に触れ、「昔から相撲に大麻はつきもの。相撲の元祖は野見宿禰と当麻蹴速じゃないか」と笑わせます。さらに「相撲界では破門なんていってるけれど、立川流なら、たとえ破門になっても家元に何某かの金を持って行けば直ぐに復帰を許してくれる」と、ブラック師匠に聞かせたいようなお話までをマクラ代りに、六代目横綱・阿武松緑之助の出世物語である“落語界大食選手権優勝者復活落語”『阿武松』へ。

六代目圓生師匠が得意にされていたネタで、寄席の主任でも何度か伺っておりますが、その後は談志家元の十八番。「『阿武松』と『鼠穴』は絶対に圓生師よりも家元が上」と私などは常から思っている噺であります。
文字助師の語る内容も、能登国に生まれた長吉という若者が、名主の添書を手に江戸は京橋観世新道に住む関取・武隈文右衛門に入門(当時は関取と親方の二枚看板が普通な時代)。小車という名前を貰ったものの、余りにも飯を食うので破門になり、戸田川に飛び込んで自殺しようと決意する。その前に板橋宿の宿屋・立花屋に泊まり、末期の大飯を食っているところを、宿の主・善兵衛に声をかけられて運命が一転。根津の七軒町に暮らす関取・錣山喜平次に再入門。小緑の出世名を貰い、入幕して小柳と改名。見事初入幕の場所で旧師・武隈文右衛門との取り組みに勝ったところを長州の殿様・毛利公に見初められてお抱え力士となり、後に日の下開山、六代目横綱・阿武松緑之助となる、という展開はほとんど同じです。

ところが、そこが落語も十人十色で、趣きが全く違うのが妙味。
家元の『阿武松』は食い詰めた、大食いの田舎者の切なさが前面に出て、そこに立川談志十八番である「立て板に水」の名調子が加わり、軽快に気持ちよく出世物語を聞かせるという雰囲気の一席。一方、文字助師の『阿武松』は錣山が情味のある立派な親方であるのは当然ながら、旧師・武隈にも独得の風格があり、単なる敵役ではないのが面白い。そして、全体の運びから家元独得のギャグの大半を外して、淡々とした人情噺風の造りになっております。
特に、立花家善兵衛の情味のある、落ち着いた人柄が素晴らしい。家元の善兵衛は「十日の相撲を十二日見る」と錣山に言われる、やくみつる級の相撲オタクっぽい面白オジサンですが、文字助師の善兵衛は心底面倒見の良い、常識を弁えた人で、涙を堪えながら錣山に長吉の再入門を頼む辺り、クサくなく、ジンワリと胸に迫る!相撲界を舞台にしたシミジミとした人情噺になってるのが、実によろしうございました!

もちろん、入幕した小緑改め小柳長吉が旧師・武隈との一戦を迎える朝を櫓太鼓の音で彩り、「一つ打ちます国の始まり、二つ打ちます阿吽の呼吸、三つ打ちます天地人、四つ打ちます四天王・・・ドドンガドガドガ、ドドンガドカドガ」と盛り上げる、ワクワクするような家元の楽しさはまた格別ではありますが、文字助師の恬淡として欲得を離れた老練の味わいも、落語的人情噺らしさを満喫出来るものでございました。感謝!

髪梳けば髪吹きゆけり秋の風 三筋も揺れる初高座

仲入り後はまず、日頃、かもめ亭で、出囃子の下座さんを担当している笹木美きえ師匠が、高座初登場。本来は端唄のお師匠さんですから三味線・唄はお手のもの。
高座での喋りに関しても、この高座のために原稿を用意されたというだけに、特につっかえることもなく、比較的スイスイと運ばれたのは重畳重畳。「いつもより多く仕事させて戴いております」と、染之助・染太郎師匠のフレーズをもじったり、「学校などでも邦楽が復興すると良いのですが、内容的に“よそのご主人と・・・・”というようなものが多いせいか、なかなかオファーがありません」とボヤく辺りはなかなか手馴れていらっしゃる。尤も、「〜〜を演奏しました」「〜〜を紹介させて戴きます」とは、寄席の声座でちと硬うござんすが(笑)。
 曲の方は、「芝で生まれて」に始まり、俗曲のメドレーで「東雲節」「ストトン節」「チョンコ節」「ラッパ節」「サイサイ節」、「奴さん」を丸こかし。そして都々逸、最後に「見世物風景」と、20分余り、手堅くまとめて、主任の高座へと繋いで戴きました。

言い訳の色々あるは知ったれどまさか“死ぬ”とはこりゃ艶言な

主任は古今亭志ん輔師匠が、かもめ亭久々の登場。
 「昔は“遊女三千人御免の場所”なんてのがありまして、女の人が三千人ですよ三千人!考えるだけで、ワクワクしちゃう」、「初めてそういう所に行って帰ってくると、回りの人に“いつの間にか大人になりやがって”なんて言われたそうで、これが本当の“大人になるってやつ”ですね。今、大人になるってのは、公会堂かなんかで偉い人の詰まらない話を聞かされて、お土産を貰って帰ってくるだけ。あたしの成人式のお土産なんて“ことわざ辞典”でしたよ」、「さもなきゃ、成人式で酒を呑んで暴れて、警察にガチャッと手錠をかけられて、“アッ、大人ンなったな”と思ったりするという」といった話から、「ああいう所では、たとえふられても花魁に当たっちゃいけない。みんな店の若い衆に当たったもんで」とマクラを振って、花魁が嫌いな客を袖にする計略に加担したばかりに、若い衆が四苦八苦するという“偽墓詣陸軍歩兵上等兵落語”『お見立て』へ。

栃木県は佐野から来たお大尽が嫌で仕方ない喜瀬川花魁。「随分と長い時間放ったらかしてあるから帰ったと思ってた」と嘯くものの、お大尽は部屋にドンと構えて帰りません。
弱った花魁は「病気で入院した(吉原病院でしょうかね)」、「お大尽がなかなか来ないので、恋煩いで死んでしまった」と、次々に口から出任せの嘘を若い衆・喜助からお大尽に言わせます。でも、お大尽は「病気なら見舞いに行く」、「死んだなら墓参りに行く」と平気の平左。
 喜助からお大尽について御注進が入るたび、「いったん傍に行くってえと、ベタベタベタベタして嫌なんだよ。ハエ取り紙みたいな男!(身に染む悪口雑言です)」、「入院してるんです、そ言って!」、「死んじゃったって言って!」と、身をくねらせながら言う喜瀬川花魁のオカシサと、変に下世話な色気が嬉しい。一方、お大尽の不屈ぶりをトントンと花魁に告げたかと思うと、お大尽のいる部屋へと廊下を歩みながら、「これだけ嫌われてるのに何故気がつかないかねェ」と軽くボヤき、はたまたお大尽が「帰る」とひと言言えば、ニッコニコしながら「エ〜ッ、お帰りはこちら!」と喜色満面で叫ぶなど、七面鳥並みに表情や口調のコロコロ変わる喜助の右往左往ぶりは、志ん輔ワールドの楽しさが一杯!
特に、二人で計略の相談をしている件の、喜瀬川「ポックリ死んじゃうの(病気)がいいねえ」、喜助「コレラ、チフス、ペスト!」・・・(中略)・・・喜瀬川「人知れず死んじゃったとかがいいね」、喜助「それじゃ行き倒れ!」・・・(中略)・・・喜瀬川「恋煩い」、喜助「あなたがあちらに恋煩い!?大きなウソですねェ!」なんて、喜瀬川花魁と喜助の丁々発止は抱腹絶倒でありマス。志ん朝師匠も、『お見立て』は得意でしたけど、こんなにオカシクはなかったなァ・・と感嘆。

そしてオカシサの真打とくると、何かってえと、「モアヘッへへへ」と間抜〜けに笑い、「ホワッ?」とボケ、「喜瀬川がヌ〜イン(入院)してるなら、見舞うびェえ。病院は何処だァ!」と怒り出す杢兵衛大尽。無神経と純朴がゴッチャになっていて、「あいつが患うようなタマでにゃあって知っとるよ」と言いながら、知んだと聞かされると「オーオー」と泣くといった按配だから、喜助が「あたしゃまた、狼が遠吠えをしたのかと思った」というのも無理は無い!
お大尽に「なぜ、喜瀬川が病気だというなら、オラに手紙を書かねェ」と責められた喜助が、「お大尽の所番地を書いた紙を、花魁があたしに渡そうとした途端、そこにゲジゲジが現れたので、花魁が慌ててその紙でゲシゲジをつまむと、ポイッと火鉢にくべちゃった。紙がボワッと燃えちゃって所番地が分からない〜!(泣く)」と、必死の言い訳をする件は、志ん輔師の工夫か、初めて聞きましたが、これもおかしかったなァ。
挙句の果て、「墓詣りするから案内しろ」とお大尽に詰め寄られ、「そんなこと急に、こちらにも腹づもりが」とボヤいたものの、喜助は喜瀬川花魁と相談の結果、お大尽を案内して山谷の寺町へ。「生前、線香が好きだったからドッサリ」と、喜瀬川花魁に指示されたまま、喜助は松明のような線香と膨大な花束で、墓石の戒名を隠します。最初に詣った墓が花魁の墓ではないとわかったお大尽が、次に「こちらが喜瀬川花魁の本当の墓」と喜助に示された墓の前で、「なんまいだぶ、なんまいだぶ、以下同文」と、祈るって演出もおっかしい。
そこから、「どれでも良いの(墓)をお見立てを願います」とサゲるまで、スウィングというより、ロッキングするようなテンポで、一瀉千里に噺を運んでゆく快調な高座でありました。

という訳で、第21回『浜松町かもめ亭・・・気の長いの短いの、長短二種の粗忽者をトントンと描いた『粗忽長屋』に、サラリと江戸前の人情味をかもし出した『阿武松』、そして洒落た端唄・俗曲の世界を経て、江戸の廓らしく男女模様を軽快に描いた『お見立て』と、それぞれに江戸趣味をお楽しみ戴けた次第・・・・・・・という訳で、次回、10月のかもめ亭も、御多数ご来場あらん事を。

高座講釈:石井徹也

今回の高座は、近日、落語音源ダウンロードサイト『落語の蔵』で配信予定です。どうぞご期待下さい。




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