
第43回かもめ亭レポート
文化放送主催第43回『浜松町かもめ亭』公演が12月20日(月)、文化放送12階の「メディアプラスホール」で開かれました。
「五代目柳小せん・三代目蜃気楼龍玉 真打昇進襲名披露」と銘打たれた今回の番組は
『五代目柳小せん・三代目蜃気楼龍玉 真打昇進襲名披露口上 』
桃月庵白酒 柳家小せん 蜃気楼龍玉
『ろくろ首』 立川春樹 ※立川こはるインフルエンザによる休演につき代演
『夜鷹の野晒し』 柳家小せん(鈴々舎わか馬改め)
仲入り
『転宅』 桃月庵白酒
『夢金』 蜃気楼龍玉(五街道弥助改め)
といった内容。

<昇進襲名披露口上>
目出度さも 忘れるほどに 笑い上げ
今回の『かもめ亭』は一寸珍しい流れで、まずは桃月庵白酒師匠を司会役に真打昇進襲名披露口上から。太めの白酒師匠、長身の小せん師匠、龍玉師匠と三人並ぶと、見た目は大相撲協会の理事会みたいでもあります。
龍玉師匠の兄弟子という事で今回の司会役となった白酒師匠。国立演芸場の披露興行や横浜にぎわい座での一門会でも司会役でしたが、少し、司会役にも飽きてきたのか(笑)、
「演芸も始まってないのに披露口上という訳でして、本来でしたら二人の師匠が出張って披露口上をしなきゃなんないんでしょうが、“(文化放送の)年末調整”なんでしょうか、あたくしに司会が回ってきまして。龍玉は一門ですから“しゃあねェなァ”というのがあるんですが、小せんさんに至っては“赤の他人”でございまして、仲が良い訳でもない。ま、ここは仕事と割り切って」と、いきなり客席を爆笑の渦に巻き込みます。
更に「二人ともよく(噺家として)頑張ってるみたいでございます。席亭や協会の理事も“良いよォ”とか言ってたみたいなんで、“(入門して)十五年くらい経ってるし、(真打昇進も)いいんじゃねぇの”といった所でございます。あたしもそうでこざいました」と続けたので客席は一層の大爆笑。それでも白酒師匠の勢いは止まらず、
「まして、二人とも非常に大きい名前を襲名してる訳でございまして、私の桃月庵とは訳が違うんで、その名前に恥じないように頑張ってほしいなと思います」と少し持ち上げておいてから、「今日は始まる前に、二人から私の楽屋に“宜しく御願いします”と御挨拶があったんですが、普通は手土産ぶるさげてくるのに、それも無く、まして、『かもめ亭』はいつも前座に(立川)こはるちゃんがレギュラーで出ておりまして、それが一つの楽しみだったんですが、“こはるちゃんはインフルエンザで来られない”という事で、殆ど(私の)モチベーションゼロでございます。さっさと出演料を貰って帰りたいような気分ですが、一応、二人頑張って貰いたいなという、これも御縁でございまして。本来なら口上は司会と居並ぶ先輩だけが喋って終わりなんでございますが、今回はあたし一人なんですね。せっかくですから、二人にも喋って戴いて、気持ちよく手締めをして終わりたいと思います。それじゃ小せんさんの方から」。
そう指名された小せん師匠の挨拶は飄々としながらも、根の真面目さが出たもので
「では小せんの方から。五代目を継がせて戴きました。落語好きのお客様方には、まだまだ先代が色濃く残っているでしょう。私も好きだった師匠で、随分御稽古にも通った。そんな御縁で名前を継がせて戴くことになったんですが、継ぐとなったら、“あの師匠はこんなに凄い人だったんだよ”と楽屋の先輩方から色んな話を聞かされて、怖くてしようがなかった。寄席での披露興行が終わって今でも、まだまだ怖い状況であります。どうなるかは分かりませんが、白酒師匠にも言って戴いた通り、何十年かかるか分かりませんが、名前に恥ずかしくないような体に自分を押し上げて行かなきゃいけないんだな・・・と、分かってはいるんですが、それほどの努力家ではないので、どうなるか分かりませんが、長い目でノンビリと見守って戴けるば幸いでございます。どうか宜しくお願いを申し上げます」
これに対して、白酒師匠が「どことなく息苦しい口上」でと混ぜっ返したので、またしても大笑い。「確かに先代小せんという方は素晴らしい方でした。また、小せんの名前自体が本当に大きい名前でございまして、継いだから言えるんですけれども、“よく継げたな!”なんという、どうか頑張って戴きたい。続きまして、龍玉より口上を申し上げます」
そう振られた龍玉師匠は
「私は小せんさんと違いまして、先代のプレッシャーが全然ございません。三代目でございますが、初代、二代目共に不遇な亡くなり方をしているという、真打になりますと、何か抱負の一つも申し上げたいんですが、特にございません。人目につかず、何となく蜃気楼のように生きてゆこうかと思っております。言ってみれば、かみさんと子供に馬鹿にされないように、これからは生きてゆこうと思っておりますんで、蜃気楼龍玉、宜しくお願いを申し上げます」
と、雲助師匠譲りともいうべき瓢々とした御挨拶。思わず今度は白酒師匠が 「応援し甲斐のない挨拶で」とボヤいたもので、また会場は爆笑。
その後、白酒師匠の音頭で目出度く三本締めで祝いあげた口上となりました。

<立川春樹さん>
角川と 一字違いで 大違い
今回の前座は白酒師匠の言われた通り、立川談春師匠門下の前座・こはるさんがインフルエンザで休演したためも急遽登場、談春門下三番目の弟子である前座の春樹さん。「前に真打昇進襲名披露口上があって、開口一番じゃないから、普通の噺を演ってもいいよ」とかもめ亭の松本プロデューサーに言われたとかで、開場前から楽屋の壁に向かって稽古をするという、かなりの緊張ぶり。「何を話すのかな?」と耳立てていたら、入ったのが“落語に出てくる嫁さんは大抵みんな欠陥商品だな落語”『ろくろ首』。後ろの小せん師匠が『夜鷹の野晒し』とネタ出しをしているのに、その前で妖怪変化の出て来る噺をしちゃった訳で、普通の落語会や寄席だと「師匠に礼儀を教わってないのか!」と楽屋で先輩の前座さん殴られても仕方ありませんが、かもめ亭は「人に優しい落語会」ですので、そういう事はございません。25分近く、タップリ務めて、まずは御座固め、ご苦労様デス。

<柳家小せん師匠>
野晒しの 骨も微笑む 柳かな
新真打二人の先を切って登場は、鈴々舎わか馬改め五代目柳家小せん師匠。師匠である鈴々舎馬風師匠に私が伺ったところ、「あいつは大丈夫だ」と太鼓判を押されておりましたし、真打昇進披露の高座を見た某寄席の御席亭さんも「感心したよ。寄席の即戦力だね」と仰有られていたくらいの「安心して聞ける新真打」であります。
「披露目という形で呼んで戴けるのはありがたい事でございますが、“どんな事を演るんだろう”という期待に満ちた目で見られるのは苦手な方で、そういうのよしましょう。人間なんてものはそんな買われるものではございません。真打に昇進して披露目が終わった事で変わったのは若干、財産が減った事くらいで、気楽に楽しんで戴きたい。落語ですから、暮らしや社会のためになるというような事は話しません。此処でワッと笑ってそれっきり・・・笑えなくてもそれっきりですから、笑った方がお互いのためで」と軽くいなしてから、「我々の方は道楽イコール仕事、というより、道楽イコール道楽、何処にも仕事らしい状況の何にもないもので」という趣味あれこれの話へと入ります。やがて
「色々ございます趣味の中で、釣というのは高貴な御趣味だそうで」と、『野晒し』にはつきもののマクラと「馬鹿の番付」に関する小噺を振ってから、本題の“本当はこういう事だったんだろうな落語”『夜鷹の野晒し』へ。一般的な『野晒し』だと後半、幇間が出てきますが、これは夜鷹が筋に絡んでくるという、小せん師匠ならではの改作版。初めて聞くお客様が大半だったと思います。ただ、不思議な事に、「馬鹿の番付」で東の大関が釣をしている人、これに対して西の大関を張ったという、「醤油を三升飲んで死んだ人」について、江戸時代に「醤油賭け」という、醤油の飲み比べの競技があった事を、どの噺家さんも振りませんね。
マクラから『夜鷹の野晒し』の本題の中盤までの展開はほぼ『野晒し』のまま。小せん師匠は、マクラの段階から「どういう風に『野晒し』と違うの?」と構え気味の客席相手に、最初のうちはリズムに乗りきれずにいるかな?ちょいと口調もいつもより硬めだな・・・という按配は、矢張り「名前のプレッシャー」があったのかもしれません。とはいえ、姦しい八五郎も隣家の浪人・尾形清十郎も仕種・動作は抜群に可笑しく、清十郎が夜中に訪れてきた謎の美女を出迎える件を語る中で、「思わずハッと立ち上がり、稽古襦袢に身をかため、段小倉の袴股立ち高く取り上げて、後ろ鉢巻目の釣る如く、長押にかかるは先祖伝来、俵弾正鍛えたる六尺の手槍を右の手に、切り戸を開けてツカツカツカッ!、一足思わず踏み出せば、白雪を蹴立てて、行く手は松坂町!」ってな好き勝手を言い出すと、八五郎「ハイ、止めますよ。それ『俵星玄蕃』でしょ。色々と配信の都合もあるんだから、そういう事やるとマズイんじゃない。」→清十郎「そういう事もある。一応、やり直しておこう。・・さては!?」→八五郎「その“さては!?”が編集点ね。普通に演れば演れるんだから、そうしましょう」といった遣り取りも、ドラマの収録現場みたいで、軽く楽しうございましたよ。
しかし、清十郎からうら若き謎の美女の正体を「向島へ釣りに行った際、見つけて回向をした骸骨の幽霊」と聞かされた八五郎が「怖くないね。向島にそういう骨ってのはまだあるかね?」と、清十郎の釣竿を奪い取るように借りて、向島へ釣に出かける辺りから、瓢々とした持ち味が次第に発揮されて参りました。因みに、序盤で謎の美女が「真っ赤な振袖」を着ている、というのが改作部分の伏線になります。
中盤、釣竿を担いで向島の土手堤に現れた八五郎が小せん師匠だと、殆ど植木等的に能天気なのが愉しい。特に、堤の上から河原に降りてくる姿形や浮かれまくる調子は正に植木等!流石、わか馬時代、「スーダラ節」を出囃子に使っていただけのことはありマス!
河原に陣取った八五郎、釣竿を好き勝手に振り回して暴れまくりますが、釣糸を巻く形の巧さ・可笑しさなど、音だけでは分かり難いけれど、これまでの『野晒し』にはない視覚的工夫もかなり施されておりました。八五郎の歌う「サイサイ節」の高く軽い調子、岡晴夫的クルーナーぶりは、流石はあの川柳川柳師匠自ら『ガーコン』の後継者に指名されたほど、演芸界の誇るミュージシャンらしいところ。それでいて、川を流れてきたオマルの水を隣にいた釣人に引っ掛けた後、自分の手をちゃんと洗ってから、逃げ出した釣人が忘れて行った弁当のお菜を摘んで食べるなど、女性のお客様などを不愉快にさせない、細かい配慮が行き届いております。かくばかり、散々暴れまくった八五郎が「釣って楽しいなァ」と言ったのには思わず大笑い。
そんな八五郎が骸骨を見つけ、頓珍漢な回向をして、自分の住所を試用買いしているのを枯れ薄の影でたまたま聞いていたのが、かなり高年齢のあぶれ夜鷹。「今の言葉でいうと“立ちんぼ”という」ってのは放送出来るかしらん?英語で申しますと、HookerまたはStreetGirl。つまりは路上において金銭を持って春を鬻ぐお姐様。この末期高齢者夜鷹が明るい所では二目と見られない強烈な醜女の身をもって、「このままじゃ、食えなくなって野垂れ死にするのが関の山。ならば私が幽霊に代わってあげようか。八五郎の家に入り込み、暗いのを幸い、ひと晩、顔を見せずに済ましちまえば幸い。“お前さんのお情けを戴いて生き返る事ができました。生き返ったら、野晒しになっていた分の年を一度にとっちゃった”と押しかけ女房になっちまおう」と考える。この辺りからが改作部分。八五郎が「真っ赤な振袖」と喚いていたのを幸い、真っ赤な衣装の袖で、かなり強烈に醜い顔を隠して八五郎の長屋に現れます。
ところが、尾形清十郎のもとへ訪れてきた謎の美女は、実は尾形の娘で(何か曰くがありそうですが、そこの説明はなし)、今夜も尾形の住まいを訪ねてきておるのであります。
一方、八五郎は幽霊美女が来るからと、真夜中にも関わらず、家中の明かりを点けて待っている。赤い振袖をみて、「ゆんべの女と同じ骨かい。お前さんさえ良ければ神さんになってくんねェ」と勘違いした八五郎、明かりを避ける夜鷹を無理矢理抱きかかえる。「ガッついた男ってものはみっともないですな」というひと言が馬鹿に可笑しうございましたね。
余りの明るさに夜鷹は顔を隠しきれず、皺くちゃの幽霊というより化け物に近い顔を八五郎に見られてしまう。驚いた八五郎は夜鷹を家の中に引き倒すと、何処からか戸板を持ってきて、釘で戸に打ちつけて封じ込めよう!というドタバタには場内大爆笑。挙句、尾形清十郎の家に逃げ込んだ八五郎、其処にいた真っ赤な振袖の娘を見て再び仰天!・・・という件でオチがつきます。終盤の慌てふためいた八五郎の動きにはスラップスティックな味わい、可笑しさが溢れ、スッとした外見とは裏腹な「若々しさ」が何とも愉しい高座でございましたゾ。

<桃月庵白酒師匠>
夜稼ぎも 慌てふためく 師走かな
仲入り後は、トリの龍玉師匠の兄弟子である白酒師匠の登場。『浜松町かもめ亭』も御常連になりつつありますね。冒頭、前の晩に放送された柳家三三師匠を追ったドキユメント番組に、対して、白酒師匠ならではの鋭い批評・観察が飛び出しましたが、これは現場で聞いた者勝ちで全面的にカット(笑)。ちゃんと編集点を作って、話題を進められました。
そこからも、クリスマスに近い時期という事で、「この時期は一人だと何か具合が悪いみたいで、そこかしこに、2〜3回ホテルに行ったら別れそうなカップルがウヨウヨしてる」とか「電車や街角で盛り上がってる火とたちがいますが、ある程度、イチャイチャが認められるのはみなりがスッとしている人たちだけですね。デブ同士のカップルがイチャイチヤしてると相撲取りが差し手争いをしてるみたいにしかみえない」と強烈なジャブをかまし、さらに「彼氏や彼女がいない方のために寄席があるんです。寄席というのは優しいところで、私も素人の時からそうでした。寂しい時はバイトしてるか寄席に行ってるか、どっちでしたから。寄席に行くと“良かった、オレだけじゃねェ!”ってみたいな、思いつめたような感じの方が多くて。寄席ってのは幸福な人間が来る場所じゃない。傷ついて立ち上がれない人がくる、病院みたいなとこですから」ときて、「今でも落語家というと地味な感じがあるんでしょうね。テレビに出てる噺家がまたパッとしないし。キャバクラやクラブ、夜鷹みたいのしかいないスナックでもいいですけど、寄席の芸人でモテるのはマジシャンです。華麗なる手さばきに女性が魅了されるというか、“マジックやってやって!”みたいになるんですけれど、その点、噺家が“それじゃ小粋な小噺でも”なんていっても、女の子には相手にされません。地方に行っても、浪曲や講談に比べると、絵にい人物の出てこない落語は有り難味がない。こういうお目出度い席ですと、お客様の懐を取り込む、というので泥棒の噺がよく出るんですが、石川五右衛門や鼠小僧みたいに有名な泥棒は出てきません」とスイスイ飛ばして、十八番にされている“愛すべき泥棒NO.1落語”『転宅』へ。最近、この噺をお得意にされている師匠方というと、柳家小三治師匠、柳家喬太郎師匠、橘家文左衛門師匠、そして白酒師匠といった豪華な顔ぶれにりますが、白酒師匠の泥棒が一番オバカで愛しいと感じるのは私だけでしょうか。
浜町辺の小粋なお妾の家に入った間抜けな泥棒、入った途端、家の造作の見事さに感心したり、そこに広げてあったご馳走に惹かれてムシャムシャ食べたすといった具合に、泥棒に入っている事を忘れる辺りから、既に間抜けなのですが、兎に角、この物を食べてる様子が白酒師匠だと仕種や視線の計算が抜群!「こんな旨い物を残すなんて(旦那の)死期が近いのかな?」などと言いながら貪ってる様子は、動物園でマウンテンゴリラが納豆ご飯でも食べてるのを見ているようにカワユく可笑しいのでありマス。
「誰?あんた?町内のお調子者?」と、直ぐに泥棒の間抜けぶりを見抜いた妾がまた、蓮舫大臣以上にその場輪仕切る達人。「お前さんに惚れちゃった」と、若い頃の島倉千代子ばりに話を持ちかけて、泥棒を有頂天にさせます。またね、よっぽどモテない人生を送ってきたのか、この泥棒が女の口から出る事をなんてもかんでも信じちゃう、男同士から見ると「とってもいい奴」で、「そういう事はちゃんとした人に頼んだ方が良いんじゃないの」「泥棒風情に頭を下げちゃいけません。ここに盗みに入ったのも何かのご縁ですから」と、女の甘い言葉に矢鱈とテンパッちゃってるのが実に可笑しい。
「天涯孤独、寂しい身なんだ、男友達だっていないんだから」、「泥棒はしていても嘘はつかないよ。仲間内でも“正直者”で通っているんだ」、「こないだ女の人を呼びつけにしようとして殴られた」などと語る独自のセリフの可笑しさとくると、西原理恵子の傑作『ボクんち』に出て来る「贈り物泥棒」に匹敵する「徹頭徹尾モテない男キャラ」が素晴らしい!「女の人に酌をして貰うのは生まれて初めてで、嬉しくてしようがない・・・戴きます。(グッと飲んで)美味しいです!」と破顔一笑したのにも笑いましね。因みにこの泥棒、名前を普段は「中沢法円(現・三遊亭圓歌師匠の法名)」と名乗るのですが、今回は「イトウリオン」!この絶妙のTPO!
妾にすっかり謀られたとも知らず、「あんな綺麗な嫁さんがオレのとこに来るなんて・・・サンタさんの贈り物なんだろうな」と、馬鹿丸出しでウキウキしながら、翌日の真っ昼間、再び訪ねてきた「イトウリオン」君が、前の夜とは別人のような二枚目気取りの低音で(白酒師匠は本当に良い声だからこそ、余計に可笑しい)、妾の家の前にある煙草屋の主人相手に自分のことを「親類というか(妾の)極く近い、身内みたいな」と気取るのがまた、「テンパッてるモテない御調子者」の典型で絶品! 終始一貫して、桂枝雀師匠以来の「爆笑王」になるのではないか!(ここは故・志ん五師匠調で)と思う程の「愉悦の高座」でありました。

<蜃気楼龍玉師匠>
若き日の 柏木思う 雪模様
トリの高座は、弥助時代に出演されて以来、『浜松町かもめ亭』には久々登場の龍玉師匠。マクラは殆ど振らず、「ケチと欲張りは違う」と話を振って、直ぐに入った噺は“雪は豊年の貢というが、こう降られては迷惑だ落語”『夢金』。
雪の降る夜の隅田川沿い。欲深い船頭・熊が「百両欲し〜い」と二階で、欲深な寝言を言っている船宿が舞台。雪降りに人っ子一人通らないような静寂の中、この船宿を訪れてきたのがやれた浪人者体の武士と、文金の高髷に御高祖頭巾を被り、友禅の着物に小紋縮緬の羽織を身にまとった娘の二人連れ。この侍が「許せよ」と言いながら、ヌッと木戸を潜って船宿に入ってくる身のこなしと目使いがキャラクターを見事に表現する点、侍の「雪は豊年の貢とは申すものの、かよう多分にやられては困る」という声音で、シンとした室内の静寂が現される見事さは流石、現代における人情噺の最高峰・五街道雲助師匠のお弟子さんでありマス。
実は平成22年四月、弥助時代にも『夢金』を伺っていて、それで今回、この演目をお願いしたのですが、八ヶ月の間に芸が伸びているのが明らかに分かります。兎に角、仕種が抜群に良く、目の使い方が若手真打離れしています。
侍が「骨折り酒手は十分に遣わすが、どうじゃ?」と言うのに釣られて、欲深い熊が深川目指して屋根船を出す事になります。その序盤、河岸に舫った船へ向かい、雪中を歩きなれない娘の手を熊が引いて行く場面で、熊の隣を足元を堤燈で照らしながら船宿の女将が付いて来る。その様子が熊と女将の言葉の遣り取り、視線で鮮やかに出るのには吃驚!無駄に言葉数を使う描写などせず、会話の端々から場面の雰囲気を醸し出し、視線から絵面までも描き出す。こういうのが「落語の描写」なのでありマス。先代馬生師匠から雲助師匠へ受け継がれた「落語の描写」は、確実に龍玉師匠に伝わっておりますゾ。
この後、船を出してから、科白に些か引きずられてか、屋根船にしては櫓の使い方が猪牙並になったのは惜しい課題ですが、まだまだ成長ぶりは多数見受けられました。
たとえば、熊が侍に呼ばれて屋根船の中に入る際、雪を除けるために着ていた蓑を取る。その件で、着ていた羽織を脱ぎ、積もった雪を払う仕種をして、羽織を蓑に扱うという一連の動きは、名人・三代目圓馬師匠から三代目金馬師匠へと受け継がれ、間を置いて雲助師匠が復活させた名演出ですが、龍玉師匠は長身なので、ブラリと手に下げた羽織が雲助師匠以上に凍てついた蓑に見えるのには感心しました。動き一つに無駄が無い!更に、四月に聞いた時より、熊に愛嬌が出てきたのは「落語」として大切な事で、そうでないと「人情噺」や「講釈」になってしまいます。
同様に、侍から「娘は大店育ちの家出者。この娘を殺して、懐にある大金を奪う片棒を担げ(船だから片棒ってよりは相櫓かな)。断れば貴様から斬る」と言われた熊が「あっしは、日とを殺してまで金が欲しい訳じゃねェ。ただ、無茶苦茶に金が欲しいだけなんで」の科白で、ちゃんと笑いが取れるようになったのは大きな成長でしょう。これも熊と侍の「幕末世話狂言風」の科白廻しがピタリと様になっているが故の賜物。将来の大成を見据えて、鍛え上げられた基礎力の違いが分かります。「川の中州に娘を上げて、そこでバッサリ!」と言って、熊が刀を振り下ろす形をした姿の大きさにも吃驚。侍でなく熊の仕種なのに、凄みかあるのですから。
惜しむらくは、船中での侍と熊の遣り取りで、時々、言葉が流れる県がおったとはいえ、高座姿に艶が出てきたのも、落語の仲でも「筋物語り」に向いた芸風の龍玉大きな魅力です。
端正な顔立ちや長身痩躯の持つ雰囲気から、「六代目圓生師匠の若い頃は、こんな感じだったのかも」と以前から思っていた龍玉師匠ですが、真打昇進を期に、「ドラマテイック落語の俊英」へと、大きく一歩を愈々踏み出した事を実感した高座でした。
という訳で、第43回『浜松町かもめ亭〜五代目小せん・三代目龍玉 真打昇進襲名披露』公演。夜中に与太郎が伯父さんの家の戸をドンドン叩く『ろくろ首』に始まり、朝に八五郎が隣家の戸をドンドン叩く『夜鷹の野晒し』と続き、明け方に妾が煙草屋の戸を叩いて泥棒が入った事を知らせる『転宅』、最後は怪しい浪人者が夜更けに船宿の戸をドンドン叩いて物語の幕が開く『夢金』へ、といった具合に、何故か結果的にではありますが、新真打二人の将来がドンドン発展する事を祈るようなラインナップで、お客様に御堪能を戴けた次第・・・・・という訳で、次回のかもめ亭も、御多数ご来場あらん事を。
高座講釈:石井徹也(放送作家)
今回の高座は、近日、落語音源ダウンロードサイト『落語の蔵』で配信予定です。どうぞご期待下さい。
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