第55回かもめ亭 2012年5月レポート

文化放送主催第55回『浜松町かもめ亭』が5月28日(月)、文化放送12階の「メディアプラスホール」で開かれました。今回の番組は「都鳥恋達引」という特集テーマで組まれております。

番組の出演順と演目は
『道灌』          立川こはる
『鮑熨斗(上)』     隅田川馬石
『ある愛の詩』      三遊亭白鳥
『お初徳兵衛』     隅田川馬石
仲入り
『船徳白鳥版』     三遊亭白鳥
といった内容でした。

立川こはるさん
<立川こはるさん>

開口一番は浜松町かもめ亭創設以来のマドンナ的存在、談春師匠一門の総領 弟子である立川こはるさん。 このたび、6月1日から遂に談春師匠のお許しが下りて、二ツ目昇進。
前座さんとしては残念乍ら、最後のかもめ亭出演となります。そういう湿度を嫌うように、二ツ目昇進の御挨拶って程のマクラも特にはありませんで、キッパリと、五代目柳家小さん系前座噺の大定番“人真似鳥(モッキンバード)を笑う者は人真似鳥に泣く落語”『道灌』へ。 元は『山吹の戒め』という歴史講釈ネタのようですが、暇潰しに隠居の家を訪れた八五郎、隠居が集めている歴史画に何の興味もなく、ただ隠居の歴史画自慢を面白がって交ぜ返します。「賎の女だ」「雀でしょ、チュンチュン」という辺りの可愛らしい愉しさは「かもめ亭のマドンナ」ならでは。 それでも山吹の歌が「雨具を借りては返さずに売っ払う友達を断るには格好の道具と気付くと、急に好奇心をそそられたのか、「その歌、書いて下さいよ。職人だから、漢字じゃ分からねェ」と“七重八重 花は咲けども山吹の実の一つだに 無きぞかなしき”の歌を懐に飛んで帰ります。 所が現れた友達は雨具でなく提灯を借りに来たので遣り取りが頓珍漢な方向へ…全編会話のリアクションばかりの噺ですが、リズム任せにせず、丁寧に気持ちを入れたリアクションだったのは、二ツ目間近の自覚でしょうか。



隅田川馬石師匠
<隅田川馬石師匠>

続いては特集『都鳥恋達引』の前振りとして、隅田川馬石師匠が登場。「白鳥師匠とは同じ協会所属ですが、二人会とは先輩ですから畏れ多い」「今、あたしの出囃子の太鼓は白鳥師匠が叩いてくれたんですが、これが出鱈目なもんで、高座を下りてきたこはるさんに太鼓の撥を奪い取られてました」なんてマクラから“甚兵衛さんが餓死しないのは不思議だ落語”『鮑熨斗』へ。 古今亭・金原亭系の御家芸であり、馬石師匠の寄席の十八番ネタでもあります。今夜も寄席サイズの短縮版とはいえ、甚兵衛さんの素っ頓狂な可笑しさは独特。金が無く、飯の食えない甚兵衛さん、地主さんの所へ嫁が来たお祝いを持参して、お返しで金儲けをする事になりますが…甚兵衛さんが好人物乍ら、一寸「NUT」な人でお祝いの口が覚えられない。「尾頭付きを買って来るの」「尾頭付きってドイツ語?」という有り様。 何とか魚屋へ出掛けたものの、「頭と尻尾のついた外国の魚おくれ」と魚屋を困らせます。古今亭・金原亭系の特徴として、セリフと動きがシンクロする可笑しさがありますけれど、仕種の巧い馬石師匠はこの辺りの手の動き、体のこなしが抜群に面白い。一度帰ってかみさんから「地主のとこへ嫁が来たお祝いの繋ぎを持って行く口上」を教わりますが、ここで甲斐甲斐しく「そうそうそう」「ここんとこ難しいよ」等と宥めたり、すかしたりして何とか甚兵衛さんに覚えさせようとするかみさんがまず、いじらしく嬉しい。「そうそうそう」のセリフは馬石師匠独特です。大々師匠である志ん生師匠以来の「夫婦噺」らしい心地好さと可笑しさがステキにミックスされているのが余人に無い魅力であります。 かくして甚兵衛さん、地主の家に現れますが、口上を忘れて四苦八苦。面白いのはここでも地主が「甚兵衛さん、声に出さなきゃ駄目だ」「察して上げよう」と優しい対応で、精神的なフォローをしてくれる演出。これはオリジナルかな?結局、鮑は片貝で縁起が悪いと突っ返され、魚屋に戻った所まででサゲとなる寄席サイズの高座でしたが、面白さ充分です。



三遊亭白鳥師匠
<三遊亭白鳥師匠>

次は愈々今回のテーマである特集「都鳥恋達引」、つまり「隅田川沿いを舞台にした恋の噺特集」の始まりで、三遊亭白鳥師匠が自作“落語史上最強のストーカー落語”『ある愛の詩』を引っ提げて登場。マクラで「四年ぶ りに演じる」とおっしゃられていましたが、確か、真打昇進披露興行の際、新宿末廣亭でも演じてましたね(よく新宿末廣亭を出入り禁止にならなかったもんです)。 近未来の噺で、人間国宝(笑)の噺家・三遊亭白鳥師匠の弟子で芸が下手で詰まらなくて全く売れていない、貧乏な二ツ目・小袋くんに、くみちゃんという、ストーカー度100%の奇怪な女の子がつきまとい、追い回される展開。くみちゃんの、宅配便の配達員に化けるなどして、何とかして小袋くんとステディな関係になろうとする様子が、さながら映画『シュガー・ベイビー』のマリアンネ・ゼーゲブレヒトみたいで、男性側からすると悪夢みたいに可笑しい噺。練炭を山ほど持って来る演出は今回用の改訂でしょう。しかし、くみちゃんの必死な怪物ぶりと、小袋くんのマジさが実は似ていて、それがオチの「お前と出合った頃の事を夢にみていた」という「夢オチ」で「割れ鍋に閉じ蓋カップル」としての違和感の無さに繋がるのが何とも可笑しい。白鳥師匠の作品としては久々の口演でしたが、この噺の不思議なリアリティは、現実の形而下的な男女間合のアクシデントが、この噺の後から追いかけてきた結果でしょうか。爆笑に次ぐ爆笑の高座でした。



隅田川馬石師匠
<隅田川馬石師匠>

仲入り前は馬石師匠が再び登場。前の白鳥師匠の雰囲気を断ち切るように、 スッと“恋はいつでも初舞台人情噺”『お初徳兵衛』へ。今回の特集「都鳥恋達引」の中では古典の噺で、作品は落語『船徳』の原典。明治時代の名人・橘家圓喬師匠の演目を志ん生師匠が受け継ぎ、先代馬生師匠が見事に磨き上げ、五街道雲助師匠から馬石師匠へと直系で伝わる人情噺です。但し、馬石師匠は噺の序盤、若旦那・徳兵衛が勘当されて船頭になった直後の未熟時代、一人の客を猪牙舟に乗せて酷い目に遭わせるという『船徳』的展開を独自の演出として取り込んでいます。この「今年に入ってから始めた」という独特の演出が、先日の上野鈴本演芸場での主任高座から、更に練り上げられて来ていましたね。未熟な頃の徳兵衛のひよわな二枚目ぶりは今や馬石師匠の独壇場。また、客を乗せた舟が石垣にぶつかりそうになると、客が必死の形相で石垣に手を付き、後ろに順送りをしたり、舟を石垣から突き放そうとする様子、一度川中に戻り掛けた舟が徳兵衛の下手な漕ぎ方でリバウンドして石垣に戻る件など、爆笑を誘うナンセンスな可笑しさも古今亭・金原亭系の伝統です。さて、後半は徳兵衛に、幼い頃から彼に憧れていた柳橋の売れっ子芸者・お初が寄せる恋の切なさで楽しませるという「ふた皿掛け」の面白さ。 徳兵衛が一人前の二枚目船頭になり、ひょんな事から柳橋一の売れっ子芸者で「男嫌い」が売り物のお初と、花柳界では御法度の「一人船頭に一人芸者」の状態に陥ります。おりからの強雨を避け、屋根船をもやった場所は隅田川の首尾の松。二人きりの船中で、お初が貧乏長屋で過ごした少女時代から、一途に思い詰めてきた徳兵衛への恋を打ち明けます。思いを告白するお初のいじらしさ、「男嫌いの売れっ子姐さん」が恋心ゆえにウブに戻る可愛さが堪らない魅力。雲助師匠譲りのお初の「後生だから」のセリフに「分かった」と答える徳兵衛が前半とは打って変わって凛々しい。この世代の噺家さんの中ではとしては本当に話術が巧いのに感心しますが、特に後半、兎に角、登場人物が全て優しいのは先代馬生師匠の芸系の良さで、馬石師匠に女性ファンが次々と増えているのも納得出来ますね。白鳥師匠の『ある愛の詩』のミサイル級の可笑しさの後に、全く色合いの違う高座を成立させてしまう腕前には感服するしかありません。



三遊亭白鳥師匠
<三遊亭白鳥師匠>

仲入り後、本日の主任は三遊亭白鳥師匠。特集「都鳥恋達引の幕引きとなる噺は・・・マクラでいきなり「“白鳥師匠には『船徳』をお願いします”と言われていたんですが、高座の袖で馬石くんの高座を聞いてたら、『お初徳兵衛』の前に『船徳』のダイジェストが付いてるじゃないか!と仰天しましたが、敢えて『白鳥版船徳』に挑戦します!」と半ば自棄気味に宣言したので場内は拍手大喝采。そこから直ぐに“即席の思い付きでこんな噺を考えられる白鳥師匠は天才と紙一重だ落語”『白鳥版船徳』へ(余りにも噺が見事に出来ていた辺り、「仰天した」というのは白鳥師匠ならではの「掴み」かもしれませんけどね)。白鳥師匠は元来、『船徳』改作のパイオニア的存在で、「酷い目に遭う客二人が夫婦で、しかも亭主は養子」という爆笑版をはじめ、2パターンの『船徳』を既に持っています。しかも、今夜は急遽、『お初徳兵衛』の人物も取り入れた三蟠目の『船徳』をネタ卸し!さて、噺の内容は…廓、花柳界と、奉公人の権助をお供に遊び倒している若旦那・徳兵衛。実は町内のマドンナに憧れているのに、ウブで告白出来ない心理の反動による行動でした。しかし、肝心のマドンナからは「遊び人で大嫌い」と嫌われてしまう逆効果で、ますます落ち込んでいると、マドンナが「二枚目の船頭に憧れている」と聞いて一念発起。家を飛び出して船頭になろうと決意します。親旦那も「遊び人の馬鹿息子を厄介払い出来て助かる」と徳兵衛を勘当したので、おっけ晴れて船頭に。しかし、親方の命令で鬼コーチのようなベテラン船頭が指導役に付き、初日から「戸塚ヨットスクール」さながらの特訓を受けて、ヒィヒィ言う破目に陥ります。「本当に『船徳』かよ」とか「なんか『愛と青春の旅立ち』や『ビロクシー・ブルース』に似てね?」という展開ですが、寧ろ白鳥師匠の若旦那改心苦労改作である『唐茄子屋政談』に似ているかな。指導役の船頭が徳兵衛の頑張りを見て、「見直した」と語る辺り、白鳥師匠独特の「下から目線ならではの人間観」が光ります。落語の原点にも繋がる、こういう下から目線を感じさせてくれるのは白鳥師匠だけだなァ。長屋の小娘・お初から馬鹿にされたり、励まされたりして(このお初が徳兵衛を好きらしいのが少女マンガっぽくて嬉しい)、徳兵衛は何とか猪牙舟なら操れ る腕前になります。すると権助が現れ、「マドンナが大嫌いな遊び人である、伊勢屋の若旦那のもとへ無理矢理嫁入りさせられる事になり、“本当に好きな人と駈け落ちしたい”と言っている。そこで舟を出して欲しい」と申し出ます。「マドンナはやっぱり俺の事が好きだったんだ!」と張り切る徳兵衛。所がマドンナの駈け落ちの相手が何と権助。本当は徳兵衛の事を嫌いじゃなかったマドンナが、船頭になってしまった徳兵衛への思いを色々と権助に相談しているうちにデキちゃった、という、世間で有りがちな展開と、とんだトンマぶりを発揮した徳兵衛に場内は大爆笑。しかし徳兵衛、ここで「惚れた女のためなら」と男気を出して(お前は『さらば青春の光よ』の郷ひろみか!?)、後から猪牙舟の大船団(笑)で追い掛けてくる伊勢屋の若旦那たちを、川の渦巻きや「ミックという船頭に教わった荒業“ロ ーリングUSA”(だったかな?)」などを駆使して次々と沈め、バルチック艦隊を撃滅した東郷元帥並の大戦果を上げる、という終盤の荒唐無稽さには場内大爆笑。伊勢屋の若旦那の舟と舟の間で会話を始めると(『紫電改のタカ』じゃあるまいし)、櫓を操るのを忘れちゃうという、白鳥師匠でしか許されない無茶苦茶も含めて、『お初徳兵衛っぽいオリジナル船徳かもめ亭ヴァージョン』の見事なネタ卸しとなりました。

という訳で第55回浜松町かもめ亭〜『都鳥恋達引』」は無事、お客様に御堪能を戴けた次第・・・・・次回のかもめ亭も、何卒御多数ご来場あらん事を。


高座講釈:石井徹也(放送作家)



Copyrightc2006,Nippon Cultural Broadcasting Inc. All right reserved.