番組について
ONAIR REPORT
BACK NUMBER
  ◆最新の歴史探訪
◆過去の歴史探訪
   
PART1 くにまる東京歴史探訪
ONAIR REPORT
7月21日(月)〜7月25日(金)
今週は、「本所七不思議」。
江戸の昔から、現在の墨田区 本所界隈で言い伝えられて来た、摩訶不思議なエピソードをご紹介して参ります。


7月21日(月)放送分 + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
コーナーはお休みしました。

7月22日(火)放送分 + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
今日はこの「七不思議」でも一番有名な、「置いてけ堀」です。
大雑把に申し上げて、本所といいますのは、墨田区の南側。昭和二十二年(1947)年に、それまでの東京三十五区が、二十三区に再編成されたとき、「向島区」と「本所区」が合わさって、現在の「墨田区」が誕生したという次第です。もともとこのあたり、明暦三年(1657年)の、いわゆる「明暦の大火」、通称「振袖火事」の後、幕府が大規模な再開発事業を行って誕生した地域。このあたり、隅田川の東側では、道路が規則正しく、碁盤の目のようになっていることにお気づきでしょうか。これは、およそ三百五十年も前から、都市計画によって整備された証拠なのです。いわば江戸の新開地に当たる地域ですから、当時はまだまだ湿地や田畑なども多く、モノノケの類がぬっと顔を現しても何の不思議もない、それが「本所」という土地だったわけです。水上輸送を行うため、幕府はこのあたりに、横十間川や小名木川などの運河を何本も切り開き、水と緑が溶け合った美しい景観が広がっていました。
そんな「本所」で目撃された数々の不思議なお話とは?待ち合わせの時間に遅れて、「置いてけぼり」を食っちゃったよ…今でも、こんな風によく使われる言葉「置いてけぼり」。これ、実は、「本所七不思議」のひとつ「置いてけ堀」から、生まれた慣用句なんですね。本所の、とある掘割で釣りをしていた男。これが、正に「入れ食い」てえんでしょうか、もう、笑いが止まらないくらい。おかしいな、普段はこんなにかかる場所じゃねえんだが、いや、もう、これだけ釣れれば十分だろう、と、帰り支度をすると、どこからともなく、恐ろしい声。「おいてけ〜… おいてけ〜…」不気味な声にヒザはガクガク、ひえー…ってんで、家に逃げ帰ってみると、あれだけ魚が一杯だったビクの中は、空っぽだった…というお話。ご存知の方も多いでしょう。
この「置いてけ堀」のモデルではないか…と言われているのが、錦糸町駅の南側あたりに、かつてあった「錦糸堀」です。「おいてけ〜」と釣り人を脅したのは何者か?当時は、タヌキだ、キツネだ、カワウソだ…と諸説が飛び交いましたが、有力とされたのが、こちら!そう、「河童」です。錦糸堀を埋め立てた後の「錦糸堀公園」には、「置いてけ堀 犯人カッパ説」を説明するレリーフと共に、かわいらしいカッパの像も立てられています。

7月23日(水)放送分 + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
今日は「片葉の葦」そして「落ち葉せぬ椎」です。
さて、「本所七不思議」とは言うものの。土地の長老の皆さんにお聞きしたところで、それぞれ、微妙に食い違いがあるようなんですね。きっちり、七つが決まっているものでもなく、通算すると、およそ十五くらいのアイテムが、いろいろな方の「七不思議」の中に登場してくるようです。とはいうものの、どの「七不思議」にも必ず登場するのが、きのうご紹介した「置いてけ堀」と、そして、本日、これからご紹介いたします「片葉の葦」。この「片葉の葦」とはどういうものか?「駒留の小溝」、これ、現在の蔵前橋あたりから、少し入ったあたりの掘割だったそうですが、ここに生えていた「葦」…水辺に生えるあの「葦」ですね。普通は、根元から、葉っぱが交互に出てくるものですが、この掘割の葦は、なぜか、片側にしか葉が生えない。確かに、これは、不思議な現象ですね。
で、こういうものに、オドロオドロしい理由を求めるのが、江戸時代の人々でございまして…。岡惚れした女にふられて逆上した男が、この掘割で、女に切り付け、体の半分をざっくりと切り落として投げ捨てた。それ以来、ここの葦は、葉が一方にしか生えなくなった…と、まあ、実にオソロシイ因縁話がでっち上げられましたが、実際は、この場所、地形の関係からか、常に一定の方向から風が吹いていたらしいんですね。すると、その風に煽られて、葉っぱが一定方向に偏ってしまう、というもの。常に自然と親しみ、鋭い観察眼を持っていた、江戸の人ならではの「不思議」と言えそうです。植物にまつわる「七不思議」をもうひとつ、ご紹介しましょう。秋になって、台風などが参りますと、大量の落ち葉が、街中に溢れるものでございます。
ところが、どんなに風が吹こうと、一枚も葉が落ちない、不思議な椎の木が、ここ本所に生えていた。現在の両国駅の北側、両国公会堂のあたりにございました、肥前松浦藩の上屋敷に実際にあった木なんだそうです。その頃、「椎の木は殿様よりも名が高し」などと、川柳にも詠まれた銘木だったそうでございます。不老不死の霊験あらたかな木として有名で、親孝行な娘が、急病で苦しむ父のために木の下で祈ったら、ポトリと枝が落ちてきた。その枝を枕元に添えたら、あら不思議、一晩で病気がケロリと直った…なんてエピソードも伝わっております。ま、本当のところは、やたら掃除好きな従業員の方がいらっしゃった、という程度なのではないでしょうか?

7月24日(木)放送分 + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
今日は「消えずの行灯」「送り提灯」そして「馬鹿囃子」です。
江戸時代の本所。昼間はそこそこ人通りもあり賑やかですが、夜も更けて参りますと、そこは新開地。何かとブッソウな雰囲気が漂ってくるものでございまして…本日は、本所の夜にまつわる不思議をご紹介いたします。まずは「消えずの行灯」。別名「明かりなし蕎麦」と申しまして、本所南割下水…と申しますから、現在の両国駅から錦糸町駅にかけての北側、いわゆる「北斎道路」のあたり。その頃、夜になると、二八蕎麦の屋台が連なっていた。で、そのうちの一軒。いつ出かけていっても、店主がいない。商売する気が、あるんだか、ないんだか…。ところが、ずーっと見張っていても、いつまで経っても「行灯」が消えない。今の電気は、スイッチを入れておけば、いつまでもついてます。街道沿いの、看板屋さんなど、真夜中でも煌々と明るくて、びっくりさせられることがありますが、そんな物ではない。当時の行灯は、燃料に「灯し油」を使うわけですから、どこかで油を注ぎ足さなければ、いずれ消えてしまう。ところが、いつまで経っても…消えない。気持ち悪いなあ、ブッソウだし、消しておこうか…と、誰かが消そうものなら…これが祟ってしまうという、何がなんだかわかりませんが、ひたすら不気味なのが、この「消えずの行灯」のお話でございます。
さて、続いては「送り提灯」。夜道を歩いていると、前のほうに不思議な灯りが見える。どうやら、同じ方向に行くらしいとわかり、近づいてみようとしても、空中に灯りが見えるだけで、人の姿は見えない。不思議だな…と思って足を速めても、絶対に追いつくことはできない…というもの。もし、この「送り提灯」に出会ったら、最後は危険な場所に誘い込まれるから、絶対に深追いしてはいけない…と言われておりました。これもまた、キツネの仕業か、タヌキの仕業か?
最後も、夜道での不思議「馬鹿囃子」です。歩いていると、どこからか賑やかな囃子が聞こえてくる。いったいどこから聞こえるのか…と、音の方向に歩いても、どんどん遠ざかってしまう。ふと気がつくと、どこだかわからない場所に立っている…という、先ほどの「送り提灯」のいわば「音版」ですね。本所育ちの、あの芥川龍之介も、子供時代、夜学に向かう途中、「馬鹿囃子」を聴いたことがある、と書き残しています。

7月25日(金)放送分 + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
最終日の今日は「足洗い屋敷」そして「津軽の太鼓」です。
おなじみ、イギリスはロンドン生まれのスーパースター、ロッド・スチュアート先生のヒット曲「ホット・レッグス」。見事な脚=「レッグス」の持ち主であるお姉ちゃんと、一晩中楽しもうという、ご陽気な歌でございますが、本所七不思議のひとつ「足洗い屋敷」の方は、同じ脚でも、あまり目にしたくない、むくつけき脚のお話。現在の北斎通りと三つ目通りの交差点あたりにあった、とある旗本屋敷。草木も眠る丑三つ時ともなりますと、毎晩のようにバリバリバリ…と、凄まじい音。そして天井から、ぬっ…と、剛毛に覆われた巨大な脚が出現して、「洗え…洗え…」と、なぜか、脚を洗うよう、命令いたします。モノノケに逆らうなど、怖くてできませんから、恐怖を覚えながらも、ゴシゴシ…と洗ってやると、満足したように脚は消えていった…というお話。洗わないとどうなるかというと、脚は怒って、いつまで経っても天井裏で暴れ周り、天井のあちこちを踏み抜いてしまうんだそうですから、まあ、迷惑なモノノケですよね。天井裏を跳ね回るタヌキが巨大な足に化けたのでは、という説もあるそうですが、まあ、キレイ好きなタヌキさんだったんでございましょう。
「本所七不思議」、最後にご紹介しますのは、「津軽の太鼓」。両国駅から錦糸町駅へ向かう線路の左側、三つ目通り手前あたりにあった、津軽藩上屋敷のお話です。民間の火の見やぐらにあったのは、「半鐘」。一方、大名屋敷の火の見やぐらは、「板木(ばんぎ)」。大きな板を叩いて音を出し、火事の合図にしていました。ところが、なぜか、本所の津軽藩上屋敷では、板木の代わりに「太鼓」を使っていた…という、まあ、不思議といえば不思議な話ではありますが、だから何? という程度のエピソードではございます。
さて、四日間にわたって「本所七不思議」ご紹介しました。江戸時代には、各地にこうした「七不思議」がありましたが、今でも言い伝えが残り、もっともメジャーなのが本所です。この番組ではおなじみの、芥川龍之介や岡本綺堂など、戦前から数多くの作家が題材に取り上げていたり、地元の皆さんが町おこしのため、積極的にPRしたことも大きかったようです。最近では、あの宮部みゆきさんが、「本所深川ふしぎ草紙」という作品のモチーフにしていますが、執筆のきっかけになったと申しますのが、錦糸町駅近く、山田屋さんの「人形焼」。こちらのお店の包装紙には、「七不思議」のイラストが刷り込まれています。

PAGETOP

サウンドオブマイスタートップページ くにまるワイド ごぜんさま〜 INAX JOQR 文化放送 1134kHz 音とイメージの世界 SOUND OF MASTER サウンド オブ マイスター