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山田洋次監督からのメッセージ
2012年02月
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  第43回 幸せのかたち

泉「おじちゃま!」
寅「何だ、来てたのか」
泉「覚えてる、私のこと?」
寅「覚えているよ、泉ちゃんだろ、しばらく見ないうちに、なんかきれいになっちゃたじゃないか。ところで何だ、修学旅行で来たのか、遊びで?」
泉「そうじゃないの、いろいろな事があってね。最初から話すと長いんだけど」
寅「いいよ、いいよ。長いの好き。おじちゃま暇だから、今」

第43作『男はつらいよ 寅次郎の休日』(1990年12月22日公開)より

 『男はつらいよ』を通して観ていくと、そのテーマは「幸せ」であることに気づかされます。寅さんは出会った人の「幸福」のために、欲も得もなく、行動をします。寅さんの恋愛は、悩みを抱えたマドンナの「幸せ」を考えることであり、彼女が「幸福」になるためなら、それが失恋という結果に終わっても・・・という人です。寅さんの「愛」は、自分のためでなく、常に人のために注がれています。そんな寅さんの心根に触れることが、『男はつらいよ』シリーズの大きな魅力だと思います。

 さて、吉岡秀隆さんの満男と、後藤久美子さんの泉の恋を主軸にすえた「満男シリーズ」第二弾ともいうべき、第43作『男はつらいよ 寅次郎の休日』は、この「幸せ」が大きなテーマです。前作『ぼくの伯父さん』では、満男の葛飾高校の後輩・及川泉の抱えている家庭的な悩み、厳しい現実に、彼女に恋する満男が「自分には何が出来るだろうか」と行動を起こします。それはバイクで彼女に会いに行くという直裁的なことでしたが、それを「青春よ」と応援してくれる寅さんが、二人を協力にサポートしてくれます。

 『寅次郎の休日』では、泉が、佐賀の叔母の嫁ぎ先から、水商売をしている母・及川礼子(夏木マリ)と名古屋で二人暮らしをしています。父・一男(寺尾聡)とはまだ正式に離婚が成立しておらず、泉は父に、母との復縁を頼みに、上京してきます。高校生の泉にとっての「幸せ」は、母と父が元の鞘に収まること。その想いを聞いたさくらも、泉のアクションに賛同します。

 突然、泉が柴又を訪ねてきても、さくらたちは彼女を快く迎え入れ、諏訪家では楽しい夕餉のひとときとなります。何かと息子を気づかい、いささか過保護気味のさくらに反発して、大学の側にアパートを借りて一人暮らしをしようとしている満男、それに反対する博とさくら。冒頭で、諏訪家の親子喧嘩が描かれている後だけに、泉を囲む食事のシーンは、微笑ましく、家族の「幸福」を実感させてくれます。

 その翌日、満男は大学を休んで、泉とともに、泉の父・一男を訪ねて、勤務先の秋葉原の電気店に向かいますが、一男は8月に店を辞めて、恋人の実家である大分県日田市へ引っ越したことが明らかになります。泉の決意は「空振り」となり、満男にもどうすることもできません。

 そんな時、久しぶりに寅さんが柴又に帰ってきて、泉を囲む夕餉はくるまやの茶の間で、おいちゃん、おばちゃん、タコ社長も加わり、より楽しいものとなります。前作の泉は、佐賀の伯母さんの家で、気詰まりな暮らしをしていて、その後名古屋に戻っても水商売の母とはすれ違いの日々でした。この第43作からは、泉にとっても、柴又のくるまや、諏訪家は、もう一つの「懐かしいふるさと」のような存在となっていきます。

  おばちゃんは、泉に「寂しいだろうけど、お母さんと一緒に頑張るんだよ」、タコ社長だって「お父さんのことなんか忘れた方がいいよ」と、それぞれの間尺で、泉にエールを送ります。そして別れ際、寅さんがこう言います。

寅「辛いことがあったら、いつでもまた柴又においで。この家でもいいし、さくらの家でもいいし、みんな泉ちゃんが幸せになればいいなと思っているんだから」

 寅さんが泉にかけるこの言葉。「故郷」をテーマにした第6作『純情篇』の最後、柴又駅でのさくらと寅さんの別れの名シーンで、さくらが「辛いことがあったら、いつでも帰っておいでね」とかけた言葉でもあります。寅さんはきっと、このさくらの言葉があるから、旅の暮らしを続けてこれたに違いありません。「帰れる場所」があり、「思う相手」いることで、寅さんは旅の暮らしを続けて来たのだと思います。そしてこのシーン、この台詞で、家庭的には決して「幸せ」とはいえない泉にとっての、第二の「ふるさと」が誕生したのだと、ぼくは思います。さらに、寅さんは泉に「またどっかで会おうな」「頑張れよ!」と声をかけるのです。そうした声援は、心細い気持ちで上京してきた泉にとって、何よりの励みになったはずです。

 翌日、二人はディズニーランドを望む、葛西臨海公園で、言葉少なに時間を過ごします。ここに流れる、山本直純さんの「青春のテーマ」のメロディは実に素晴らしいです。若い二人に去来するさまざまな想い、それが音楽に昇華されているのです。ディズニーランドのある千葉県浦安は、第5作『望郷篇』で、寅さんが豆腐店"三七十(みなと)屋"の一人娘・節子(長山藍子)に恋をした想い出の場所でもあります。ファンはそんなことにも想いを馳せてしまうのです。

 やがて別れの時。東京駅の新幹線ホーム。名古屋へ帰る泉を見送る満男に、泉は博多行きの切符を見せて「やっぱりお父さんに会いたいの。帰ってきてって、無駄でもいいから頼みたいの」と告白します。意外な泉のアクションに、狼狽した満男は「お金あるの?」と財布からアルバイトのお金を出して、泉に渡します。さくらが寅さんにするように。やっぱりさくらの息子です。そして寅さんの甥です。そして発車のベルが鳴ります。ドアが閉まろうとした瞬間、満男は思わず新幹線に乗り込みます。驚く泉は、あっけにとられています。少し微笑む満男。そしてゆっくりと流れ出すのが、徳永英明さんの「JUSTICE」です。このシーン、おそらく『男はつらいよ』のなかで、最もエモーショナルで感動的な名場面の一つです。

 泉の心細さ、それがわかるけど、どうしていいかわからない満男。寅さんのように明快な言葉も持ち合わせない満男が、とっさにとった行動。それが、この時の泉にとって、どんなに頼もしく、どんなに嬉しかったか。ぼくらは新幹線のデッキで、微笑み合う二人の姿に、徳永英明さんの歌声に、さまざまな想いを重ねて、心が動く、すなわち「感動」するのです。

 やがて九州に着いた泉は、父・一男と、その恋人・幸枝(宮崎美子)の幸福そうな姿をみて、父に「帰ってきて」とは言えなくなります。父にとって、幸枝にとっての「幸福」が、この日田でのささやかな暮らしであることに気づかされたからです。

一男「泉、お前、パパに話があったんじゃないのか」
泉「あったけど、もういいの。おばさん」
幸枝「はい」
泉「パパをよろしくお願いします。さようなら」

パパとママがもう一度よりを戻すことが「幸せ」と思っていた泉が、パパと幸枝の「幸せ」を目の当たりにして、「パパをよろしくお願いします」と頭を下げる。それ以上は何も言えない泉。満男も黙っているしかない。若い二人は精一杯頑張ったのです。こんな時に寅さんがいたらと、満男ならずとも思います。満男が、歯を食いしばって涙をこらえている泉に「泣くなよ、泣いちゃダメだよ」と声をかけた直後、目線の先にはなんと、二人を追いかけてきた寅さんと泉の母・礼子が! 悲劇から一転、喜劇へとなる、この悲喜こもごもこそが『男はつらいよ』なのです。

そして、いろいろあって、ラスト、満男のモノローグが流れます。

満男「おじさん、人間は誰でも幸せになりたいと、そう思っている。僕だって幸せになることについて、もっと貪欲になりたいと考えている。でも、それじゃ幸せって何なんだろう。泉ちゃんは、お父さんは幸せそうに暮らしていると言ったけど、あのお父さんは本当に幸せなんだろうか。おじさんの事について言えば、タコ社長は、寅さんが一番幸せだよとよく言うけど、おじさんは本当に幸せなんだろうか。仮におじさん自身は幸せだと思っていたとしても、お母さんの目から見て不幸せだとすれば、一体どっちが正しいのだろうか。人間は本当にわかりにくい生き物なんだなぁと、近頃、しみじみ僕は思うんだ・・・」

  この満男の言葉に、寅さんはなんて答えるのでしょうか? 「天に軌道のあるごとく、人それぞれに生まれ持ったる運命があります」とは、タンカ売の口上ですが「幸せ」とは事ほど左様に、人それぞれなのです。その答えは、おそらく『男はつらいよ』シリーズ全48作のなかに、そしてこのシリーズを観ているぼくらの人生のなかにあるのかも知れません。

佐藤利明(構成作家/娯楽映画研究家)

2月20日(月)から2月24日(金)にかけての「みんなの寅さん」では、岡本茉利さんインタビュー、「寅さんご意見箱」、山田洋次監督作、倍賞千恵子さん朗読「けっこう毛だらけ」第28話「復讐Ⅰ」前篇と、盛りだくさんの内容でお送りします。お楽しみに!

2012.02.18
  「みんなの寅さん」2012年2月13日〜2月17日 放送分 番組内容

2012年2月13日〜2月17日 放送分 番組内容

2月13日(月)
【岡本茉利さんインタビュー 第4回】
第8作「寅次郎恋歌」のラスト、日本晴れの甲斐路での旅役者一座と寅さんの再会シーンをご紹介。

2月14日(火)
【岡本茉利さんインタビュー 第5回】
山田洋次監督が、岩手の八幡平の麓、旧松尾村を舞台に、青年団の若者たちを描いた「同胞(はらから)」に出演した時のエピソード。

2月15日(水)
【岡本茉利さんインタビュー 第6回】
本日は三崎千恵子さんの追悼で番組を始めさせて頂きました。岡本茉利さんインタビューは「同胞」のその後、寅さん映画スタッフになった話を伺いました。

2月16日(木)
【寅さんご意見箱】
今日は公式ブログで取り上げられた第40作「寅次郎サラダ記念日」についての話題。

2月17日(金)
【朗読劇「小説・寅さんの少年時代 けっこう毛だらけ」第27話「恋心」
後篇】初恋に破れた寅さん、人を恋する気持ちは、少年時代から変わらないと...切ない恋の物語。

2月20日(月)から2月24日(金)にかけての「みんなの寅さん」では、岡本茉利さんインタビュー、「寅さんご意見箱」、山田洋次監督作、倍賞千恵子さん朗読「けっこう毛だらけ」第28話「復讐Ⅰ」前篇と、盛りだくさんの内容でお送りします。お楽しみに!



2012.02.18
  三崎千恵子さんのこと

 『男はつらいよ』第1作から最終第48作まで、寅さんのおばちゃん、車つねを演じてこられた三崎千恵子さんが、2月13日、90歳で亡くなられました。三崎さんは、大正9(1920)年、東京は西巣鴨のお生まれで、東洋高校女学校卒業後に、就職されたのが、日本橋の白木屋百貨店でした。寅さんのタンカ売で「角は一流デパートの赤木屋、白木屋、黒木屋さんで紅白粉つけたお姉ちゃんから・・・」とありますが、その"白木屋"さんです。

 白木屋ではコーラス部に所属したこともあって、そのまま松竹演芸部に入り、芸能界への道へと進みます。その後、19才で新宿のムーランルージュに入団し、夫となる座長・宮坂将嘉と二人三脚で、劇団を支える女将さんぶりを発揮。座員に給料が支払えないときは、着物を質に入れたり、自らデパートの着物ショーに出演するなどして、若き日の森繁久彌さんや由利徹さんを支えたというエピソードに、おばちゃんのイメージが重なります。

 その後、劇団民藝に所属し、新藤兼人監督の『どぶ』(1954年)を皮切りに映画でも活躍。民藝の宇野重吉さん、三代目おいちゃんを演じた下条正巳さんらとともに、日活の石原裕次郎さんの映画などに出演。山田洋次監督とは、倍賞千恵子さん主演の『霧の旗』(65年)で出会い、昭和44(1969)年の第1作『男はつらいよ』では、テレビ版でおばちゃんを演じていた杉山とく子さんに変わって、映画のおばちゃんとして車つねにキャスティングされました。

 おばちゃんは、いつも寅さんやさくらさんの事を、我が子のように想っています。夫・竜造さんに嫁いでからずっと、おそらくは柴又を出たことがないおばちゃんですが、情にあつく、涙もろい、いつも人の心配ばかりしています。その心根の優しさ、持ち前の明るさ、面倒見の良さが、寅さん一家の茶の間に明るい笑いをもたらしてくれました。

 個人的な話で恐縮ですが、シリーズ後半の撮影現場に取材でお邪魔したときも、三崎さんは「お仕事、ご苦労さま」と優しく声をかけてくださいました。部外者であるぼくにも、気づかいをしてくださる"気ばたらき"の人でした。その人柄が垣間見えるエピソードはたくさんあります。このコラムでも折に触れて、ご紹介させて頂ければと思っています。

 山田洋次監督が「寅さんファミリーの大黒柱ともいうべきおばちゃんを失って寂しい限りです。どうかファンの皆さんは、スクリーンの上でおばちゃんは永遠に生き続けていると信じてください」とコメントを寄せておられるように、ぼくらはいつも、いつでも『男はつらいよ』を観ることで、おばちゃんの生き生きとした姿、寅さんへの優しい気持ちに触れることが出来るのです。

おばちゃん、本当にありがとうございます。そしてこれからも『男はつらいよ』シリーズのなかで、タップリと楽しませていただきます。

三崎千恵子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

佐藤利明(構成作家/娯楽映画研究家)

番組では2月27日(月)から29日(水)の三日間、吉田照美さんと佐藤利明さんの「寅さん四方山話」で、三崎千恵子さんを偲んで「おばちゃん特集」を放送します。おばちゃんにまつわるエピソードとともに、寅さんやおいちゃんとの名場面をご紹介します。


2012.02.17
  第42回後篇 頼もしい寅おじちゃま

満男「夕べ、おじさんのイビキ聞きながら、考えたんだけど、彼女、本当は迷惑なんじゃないかな? だって、年上の男が東京からバイクで会いに来たりして、近所の人たちに、ふしだらな娘だと思われちゃうじゃないか、俺、彼女の都合も考えずに、突然来たりして、相当厚かましいよ」
寅「お前、本当にあの娘好きだったらな、そんなこと気にするな」
満男「だって、俺、しつこいと思われたくないもん」
寅「こっち来い。そのお前の気持ちは、おじさんもよおく判るけどな、実は、女はそんな風には思わない。」
満男「そうかな」

第42作『男はつらいよ ぼくの伯父さん』1989年12月27日公開)より

 佐賀の伯母さんの家に、及川泉(後藤久美子)が住んでいると聞いた満男は、はるばるバイクを飛ばして九州へとやって来ます。泉と再会を果たした満男が、その夜、泊まろうとした旅館は満室。仕方なく相部屋となりますが、なんと部屋には寅さんが! 実際の確率を考えると、有り得ない偶然でありますが、そこは映画です。しかも『ぼくの伯父さん』の前半で、満男は寅さんに、恋の悩みを打ち明けています。さくらも博も、介入することが出来ない、伯父さんと甥、男と男の秘密を共有しているのですから、この再会は、偶然ではなく、必然であると、ぼくらは納得してしまうのです。そして、ようやく満男は、寅さんのチカラを借りて、柴又の両親に電話をして、突然の家出を詫びます。電話口で男泣きする満男。怪訝そうな旅館の仲居さん(田中梨花)が寅さんに「どげんしなさっと?」と聞くと、寅さんは一言「青春よ」と答えます。

 この「青春よ」という言葉、いいじゃないですか。寅さんの一言で、満男の抱えているすべての問題や状況が、ズバッと説明出来てしまうのです。その"青春の悩み"に的確に答えてあげることが出来るのが、われらが寅さんなのです。翌朝、泉の迷惑を考えて、東京に帰ろうとする満男に、寅さんは「実は、女はそんな風には思わない」と、恋愛の先達者らしく、またしても断言します。第1作から、数えて41本の『男はつらいよ』で経験してきたことを踏まえてのこの言葉。これまでの寅さんにも、誰か、その言葉を伝えて欲しかった、とも思います。

 しかし寅さんは「俺が芋食って、お前のケツから屁が出るか」(第1作)との名言を残しているように、情に厚いですが、他者と馴れ合わないことを身上として来ました。孤高のヒーローといえばカッコいいですが、おそらくは、若い頃、色んなことで傷ついて、そういう生き方を選んでいったのではないかとも思います。特に恋愛に関しては、相手の幸福を願うことにかけては、おそらく誰にも負けないほどの懐の大きさを持っているのに、それゆえに、自らの引き際を知っている人でもあります。しかし、若い満男には、相手の迷惑よりも、自分の気持ちに素直に行動しろと、檄を飛ばしますし、その手助けも惜しみなくします。それは、第42作から最終作となった第48作『男はつらいよ 寅次郎紅の花』まで一貫しています。寅さんが「青春よ」と言ったように、本作からシリーズは「青春映画」へとシフトしていくのです。

 徳永英明さんの「Myself 風になりたい」を挿入歌にセレクトしたのも、満男の相手役に"国民的美少女"後藤久美子さんをキャスティングしたのも、「満男シリーズ」が、山田洋次監督流の「青春映画」だったからなのです。満男が恋をする及川泉も、単なる可愛い女の子ではなく、両親が離婚し、心に屈託を抱えている少女として描かれています。父母の離婚後、母・礼子(夏木マリ)と共に、名古屋へ引っ越し、ほどなく母はミニクラブで雇われママをすることになり、水商売をはじめます。そんな母を気遣いながらも、泉は母の妹・寿子(檀ふみ)の嫁ぎ先である奥村家の世話となっています。彼女が、奥村家に気を使いながら暮らしている様子は、短いショットで、すぐに明らかになります。

 さまざまな屈託を抱えた泉にとって、満男は心の拠りどころであり、光明の一つであることが、泉からの手紙によって、彼女の登場シーンよりも先に伝えられます。満男は泉を気遣い、泉は満男に希望を感じている、ということが、映画が進むにつれ観客に伝えられていくのです。泉を思う満男の切ない気持ちが、いつしか観客のセンチメンタルな気持ちに重なってゆくのに、大いに貢献しているのが、後藤久美子さんの美しさのなかにある翳りと、山本直純さんの「泉のテーマ」の美しくも切ないメロディです。

 佐賀の旅館で寅さんと再会してからは、泉の屈託、満男の悩みを吹き飛ばすかのように、物語も、画面も、音楽も、明るく、楽しいひとときが展開されていきます。この幸福感こそが「男はつらいよ」シリーズの醍醐味でもあります。しかし楽しい時は長くは続きません。泉の伯母・寿子は、姪をはるばる訪ねてきた満男の気持ちに、好感を抱いているのですが、学校の教師をしている伯父・嘉一(尾藤イサオ)は、不快感をあらわにします。満男に「受験ば控えた今頃、バイクで九州旅行するぐらいじゃけんが、よっぽど秀才じゃろ」と吐き捨てるように嫌味を言います。その言葉を背に、満男は泉に別れを告げ、東京へと戻ります。

 翌朝、寅さんが奥村家に詫びを入れに行く場面は、本作のハイライトです。またしてもお説教口調で、満男の行動を非難する嘉一の言動は、まさに「大人は判ってくれない」の典型で、これまで幾多の青春映画や小説で、若者たちが反発してきた対象である"大人"そのものです。カタブツの奥村嘉一という人物を、車寅次郎の対極にある人物として描く事で、"学校じゃ教えてくれないこと""人生にとって大切な何か"を満男に、そして映画を観る若者たちに教えてくれる"寅さん"という人の魅力が倍増するのです。かつて寅さんは、博に「人間理屈じゃない」と言い放ったことがあります。それから二十年経った寅さんは、もの静かに、嘉一に対して、世間の"理解のない大人"に対して、満男のために、若者たちのために、はっきりとこう云うのです。

寅「私のような出来損ないが、こんな事を云うと笑われるかもしれませんが、私は甥の満男は、間違った事をしていないと思います。慣れない土地へ来て、寂しい思いをしているお嬢さんを慰めようと、両親にも内緒で、はるばるオートバイでやって来た満男を、私はむしろ良くやったと褒めてやりたいと思います。」

 このシーンを観るたびに、このセリフを聞くたびに、ぼくが何故、車寅次郎という人物を愛してやまないのか、その答えがあると実感をするのです。この時の寅さん、惚れ惚れするほどカッコいいです。寅さんの"成熟"を感じることができます。そして、寅さんは、泉の通っている高校を訪ねます。

泉「おじちゃまも行っちゃうの? 寂しくなる・・・」
寅「そりゃしょうがないよ、会うは別れの始めと云ってね。でも、俺は旅人だから、一年中旅してるから、また顔見にくるよ、な、あはは、俺が顔見に来てもしょうがないか、お、じゃ行きな、勉強」
泉「さようなら」
寅「ん、あのな、はやいとこ、この土地の言葉覚えて、良い友達を作んな、よかか?」
泉「よか」

 満男だけでなく、泉のことも案じる寅さんの優しさ。このシーンを思い出すだけでも、幸福な気持ちになれます。『ぼくの伯父さん』は、こうした名場面や、珠玉の名台詞溢れる、傑作の一つなのです。寅さんを"おじちゃま"と慕う泉。彼女にとって"寅おじちゃま"は頼もしい存在となり、寅さんにとっても可愛い姪のような女の子となっていきます。泉にとって満男は、単なる先輩、ボーイフレンドではなく、その伯父の寅さんを含めての、懐かしく、頼りがいのある存在となっていくのです。こうして泉をめぐる物語は、一年後の次作『男はつらいよ 寅次郎の休日』へと続くこととなります。

佐藤利明(構成作家/娯楽映画研究家)

2月13日(月)から17日(金)にかけての、文化放送「みんなの寅さん」では、大空小百合を演じた岡本茉利さんインタビュー、「寅さんご意見箱」、山田洋次監督作、倍賞千恵子さん朗読の「けっこう毛だらけ」第27話「恋心」後篇と盛りだくさんの内容でお送りします。お楽しみに!

2012.02.11
  「みんなの寅さん」2012年2月6日〜2月10日 放送分 番組内容

2012年2月6日〜2月10日 放送分 番組内容

2月6日(月)
【岡本茉利さんインタビュー 第1回】
大空小百合役でおなじみ岡本茉利さんインタビュー第一回。第8作「寅次郎恋歌」で演じた旅役者でシリーズに出演。池袋で観た「寅さん祭り」で女優になる決意。それから数ヶ月後に、第8作『寅次郎恋歌』に出演することとなりました。

2月7日(火)
【岡本茉利さんインタビュー 第2回】
第8作『寅次郎恋歌』の冒頭、大空小百合が寅さんを宿屋に送るシーンの撮影について。第8作が末広がりだから、そろそろ幕引きをと考えていた山田監督が渥美清さんに相談した夜のことなど。岡本さんならではの想い出話を伺いました。

2月8日(水)
【岡本茉利さんインタビュー 第3回】
現場での山田監督の印象について。第8作『寅次郎恋歌』のトップシーンで、「フーテン、寅せんせ」と呼んだ雨のシーンは、何度もリハーサル、水がなくなって海水をポンプで組んで機械が壊れてしまったとか。

2月9日(木)
【寅さんご意見箱】
佐藤利明さんによる「寅さんご意見箱」。「寅さん夢」はアチャラカ喜劇、「タイトルバックの笑い」はスラップスティック喜劇というお話。 名場面は第36作『柴又より愛をこめて』のラストをご紹介。

2月10日(金)
【朗読劇「小説・寅さんの少年時代 けっこう毛だらけ」第27話「恋心」前篇】
寅さんの初恋のサトコは、悪い男と知りながら、若い板前と付き合っていました。それを諭す、寅さんのお母さんに,サトコは「だって好きなんだもん」と切ない乙女心を告げます。

2月13日(月)から17日(金)にかけての、文化放送「みんなの寅さん」では、大空小百合を演じた岡本茉利さんインタビュー、「寅さんご意見箱」、山田洋次監督作、倍賞千恵子さん朗読の「けっこう毛だらけ」第27話「恋心」後篇と盛りだくさんの内容でお送りします。お楽しみに!




2012.02.11