泉「おじちゃま!」
寅「何だ、来てたのか」
泉「覚えてる、私のこと?」
寅「覚えているよ、泉ちゃんだろ、しばらく見ないうちに、なんかきれいになっちゃたじゃないか。ところで何だ、修学旅行で来たのか、遊びで?」
泉「そうじゃないの、いろいろな事があってね。最初から話すと長いんだけど」
寅「いいよ、いいよ。長いの好き。おじちゃま暇だから、今」
第43作『男はつらいよ 寅次郎の休日』(1990年12月22日公開)より
『男はつらいよ』を通して観ていくと、そのテーマは「幸せ」であることに気づかされます。寅さんは出会った人の「幸福」のために、欲も得もなく、行動をします。寅さんの恋愛は、悩みを抱えたマドンナの「幸せ」を考えることであり、彼女が「幸福」になるためなら、それが失恋という結果に終わっても・・・という人です。寅さんの「愛」は、自分のためでなく、常に人のために注がれています。そんな寅さんの心根に触れることが、『男はつらいよ』シリーズの大きな魅力だと思います。
さて、吉岡秀隆さんの満男と、後藤久美子さんの泉の恋を主軸にすえた「満男シリーズ」第二弾ともいうべき、第43作『男はつらいよ 寅次郎の休日』は、この「幸せ」が大きなテーマです。前作『ぼくの伯父さん』では、満男の葛飾高校の後輩・及川泉の抱えている家庭的な悩み、厳しい現実に、彼女に恋する満男が「自分には何が出来るだろうか」と行動を起こします。それはバイクで彼女に会いに行くという直裁的なことでしたが、それを「青春よ」と応援してくれる寅さんが、二人を協力にサポートしてくれます。
『寅次郎の休日』では、泉が、佐賀の叔母の嫁ぎ先から、水商売をしている母・及川礼子(夏木マリ)と名古屋で二人暮らしをしています。父・一男(寺尾聡)とはまだ正式に離婚が成立しておらず、泉は父に、母との復縁を頼みに、上京してきます。高校生の泉にとっての「幸せ」は、母と父が元の鞘に収まること。その想いを聞いたさくらも、泉のアクションに賛同します。
突然、泉が柴又を訪ねてきても、さくらたちは彼女を快く迎え入れ、諏訪家では楽しい夕餉のひとときとなります。何かと息子を気づかい、いささか過保護気味のさくらに反発して、大学の側にアパートを借りて一人暮らしをしようとしている満男、それに反対する博とさくら。冒頭で、諏訪家の親子喧嘩が描かれている後だけに、泉を囲む食事のシーンは、微笑ましく、家族の「幸福」を実感させてくれます。
その翌日、満男は大学を休んで、泉とともに、泉の父・一男を訪ねて、勤務先の秋葉原の電気店に向かいますが、一男は8月に店を辞めて、恋人の実家である大分県日田市へ引っ越したことが明らかになります。泉の決意は「空振り」となり、満男にもどうすることもできません。
そんな時、久しぶりに寅さんが柴又に帰ってきて、泉を囲む夕餉はくるまやの茶の間で、おいちゃん、おばちゃん、タコ社長も加わり、より楽しいものとなります。前作の泉は、佐賀の伯母さんの家で、気詰まりな暮らしをしていて、その後名古屋に戻っても水商売の母とはすれ違いの日々でした。この第43作からは、泉にとっても、柴又のくるまや、諏訪家は、もう一つの「懐かしいふるさと」のような存在となっていきます。
おばちゃんは、泉に「寂しいだろうけど、お母さんと一緒に頑張るんだよ」、タコ社長だって「お父さんのことなんか忘れた方がいいよ」と、それぞれの間尺で、泉にエールを送ります。そして別れ際、寅さんがこう言います。
寅「辛いことがあったら、いつでもまた柴又においで。この家でもいいし、さくらの家でもいいし、みんな泉ちゃんが幸せになればいいなと思っているんだから」
寅さんが泉にかけるこの言葉。「故郷」をテーマにした第6作『純情篇』の最後、柴又駅でのさくらと寅さんの別れの名シーンで、さくらが「辛いことがあったら、いつでも帰っておいでね」とかけた言葉でもあります。寅さんはきっと、このさくらの言葉があるから、旅の暮らしを続けてこれたに違いありません。「帰れる場所」があり、「思う相手」いることで、寅さんは旅の暮らしを続けて来たのだと思います。そしてこのシーン、この台詞で、家庭的には決して「幸せ」とはいえない泉にとっての、第二の「ふるさと」が誕生したのだと、ぼくは思います。さらに、寅さんは泉に「またどっかで会おうな」「頑張れよ!」と声をかけるのです。そうした声援は、心細い気持ちで上京してきた泉にとって、何よりの励みになったはずです。
翌日、二人はディズニーランドを望む、葛西臨海公園で、言葉少なに時間を過ごします。ここに流れる、山本直純さんの「青春のテーマ」のメロディは実に素晴らしいです。若い二人に去来するさまざまな想い、それが音楽に昇華されているのです。ディズニーランドのある千葉県浦安は、第5作『望郷篇』で、寅さんが豆腐店"三七十(みなと)屋"の一人娘・節子(長山藍子)に恋をした想い出の場所でもあります。ファンはそんなことにも想いを馳せてしまうのです。
やがて別れの時。東京駅の新幹線ホーム。名古屋へ帰る泉を見送る満男に、泉は博多行きの切符を見せて「やっぱりお父さんに会いたいの。帰ってきてって、無駄でもいいから頼みたいの」と告白します。意外な泉のアクションに、狼狽した満男は「お金あるの?」と財布からアルバイトのお金を出して、泉に渡します。さくらが寅さんにするように。やっぱりさくらの息子です。そして寅さんの甥です。そして発車のベルが鳴ります。ドアが閉まろうとした瞬間、満男は思わず新幹線に乗り込みます。驚く泉は、あっけにとられています。少し微笑む満男。そしてゆっくりと流れ出すのが、徳永英明さんの「JUSTICE」です。このシーン、おそらく『男はつらいよ』のなかで、最もエモーショナルで感動的な名場面の一つです。
泉の心細さ、それがわかるけど、どうしていいかわからない満男。寅さんのように明快な言葉も持ち合わせない満男が、とっさにとった行動。それが、この時の泉にとって、どんなに頼もしく、どんなに嬉しかったか。ぼくらは新幹線のデッキで、微笑み合う二人の姿に、徳永英明さんの歌声に、さまざまな想いを重ねて、心が動く、すなわち「感動」するのです。
やがて九州に着いた泉は、父・一男と、その恋人・幸枝(宮崎美子)の幸福そうな姿をみて、父に「帰ってきて」とは言えなくなります。父にとって、幸枝にとっての「幸福」が、この日田でのささやかな暮らしであることに気づかされたからです。
一男「泉、お前、パパに話があったんじゃないのか」
泉「あったけど、もういいの。おばさん」
幸枝「はい」
泉「パパをよろしくお願いします。さようなら」
パパとママがもう一度よりを戻すことが「幸せ」と思っていた泉が、パパと幸枝の「幸せ」を目の当たりにして、「パパをよろしくお願いします」と頭を下げる。それ以上は何も言えない泉。満男も黙っているしかない。若い二人は精一杯頑張ったのです。こんな時に寅さんがいたらと、満男ならずとも思います。満男が、歯を食いしばって涙をこらえている泉に「泣くなよ、泣いちゃダメだよ」と声をかけた直後、目線の先にはなんと、二人を追いかけてきた寅さんと泉の母・礼子が! 悲劇から一転、喜劇へとなる、この悲喜こもごもこそが『男はつらいよ』なのです。
そして、いろいろあって、ラスト、満男のモノローグが流れます。
満男「おじさん、人間は誰でも幸せになりたいと、そう思っている。僕だって幸せになることについて、もっと貪欲になりたいと考えている。でも、それじゃ幸せって何なんだろう。泉ちゃんは、お父さんは幸せそうに暮らしていると言ったけど、あのお父さんは本当に幸せなんだろうか。おじさんの事について言えば、タコ社長は、寅さんが一番幸せだよとよく言うけど、おじさんは本当に幸せなんだろうか。仮におじさん自身は幸せだと思っていたとしても、お母さんの目から見て不幸せだとすれば、一体どっちが正しいのだろうか。人間は本当にわかりにくい生き物なんだなぁと、近頃、しみじみ僕は思うんだ・・・」
この満男の言葉に、寅さんはなんて答えるのでしょうか? 「天に軌道のあるごとく、人それぞれに生まれ持ったる運命があります」とは、タンカ売の口上ですが「幸せ」とは事ほど左様に、人それぞれなのです。その答えは、おそらく『男はつらいよ』シリーズ全48作のなかに、そしてこのシリーズを観ているぼくらの人生のなかにあるのかも知れません。
佐藤利明(構成作家/娯楽映画研究家)
2月20日(月)から2月24日(金)にかけての「みんなの寅さん」では、岡本茉利さんインタビュー、「寅さんご意見箱」、山田洋次監督作、倍賞千恵子さん朗読「けっこう毛だらけ」第28話「復讐Ⅰ」前篇と、盛りだくさんの内容でお送りします。お楽しみに!