番組について
ONAIR REPORT
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今までの永遠のメロディ
   
PART2 永遠のメロディー
ONAIR REPORT
◆11月20日(月)
ロビー・ネビル 「セ・ラ・ビ」

ロサンゼルス出身のロビー・ネビル。11歳の頃からギターを始め、アース・ウィンド&ファイヤーやマービン・ゲイ、スティービー・ワンダーといったブラック系のアーティストに影響を受けました。
1987年にアルバム『ロビー・ネビル』を発表し、その中から、デビューシングルとしてリリースしたのが、この曲「セ・ラ・ビ」。本国アメリカだけでなく、全世界でトップ10ヒットを記録しました。
その後、3枚のアルバムをリリースしますが、アーティストとしてよりも作曲家、プロデューサーとしての才能が開花し、ジェレミー・ジョーダンやデスティニーズ・チャイルド、KC&ジョジョ、ベイビーフェイスなどへ楽曲を提供し、最近では、アシュリー・シンプソンやジェシー・マッカトニーといった若いアーティストを手掛けてヒットさせています。
日本では、1996年に松田聖子が全米デビューするに当たって、映画『サロゲート・マザー』の主題歌でデュエットし、注目されています。

◆11月21日(火)
加藤和彦と北山修 「あの素晴らしい愛をもう一度」

1965年頃に関西のアンダーグランドシーンで活躍していた、日本のロックの草分け的存在フォーク・クルセイダーズ。1967年に解散を記念して自主制作で「ハレンチ」というアルバムを制作するものの、そのアルバムから「帰って来たヨッパライ」と「イムジン河」が関西のラジオ局を中心にオンエアされるようになります。その状況を察知したレコード会社は、何とか1年間という期間限定で、フォーク・クルセイダーズをデビューさせ、オリコン史上初のミリオンヒットを記録させます。
しかし、当初の約束どおり翌年には、フォーク・クルセイダーズは解散してしまいます。そのメンバーだった加藤和彦と北山修が、1971年に出したシングルがこの曲「あの素晴らしい愛をもう一度」。この曲が出来たことで、レコード会社がフォーク・クルセイダーズの再結成を持ちかけたのですが、それはないということで、加藤和彦と北山修という名義で、レコードがリリースされました。
この曲は、中学校の合唱コンクールの定番曲になるだけでなく、桑田佳佑をはじめ数多くのアーティストにカバーされ、今なお歌い継がれる名曲となっています。

◆11月22日(水)
オーティス・レディング 「ドッグ・オブ・ベイ」

ジョージア州出身のオーティス・レディング。アメリカ南部では、まだ黒人差別が根強く残っている60年代に、「メンフィス・ソウル」の第一人者として、黒人は勿論のこと、白人からも「ビッグ・オー」と呼ばれ、愛されました。
21歳の時、メンフィスに拠点を置くスタックス・レコードで運転手をしていましたが、空き時間にスタジオで歌わせて欲しいと申し出たので、実際に歌わせたところ、その曲が80万を超すヒットとなり、一躍、スタックス・レコードの看板になりました。そして、サム・クックやアレサ・フランクリン、ローリング・ストーンズなどの曲をカバーし、ますます、人気を得ます。
1967年、白人のロック・ファンばかりが集まるモントレー・ポップ・フェスティバルに黒人代表としてただ一人出演し、多くの白人の心をとらえました。その直後、この曲「ドッグ・オブ・ベイ」をリリースしますが、レコード発売の3日前に飛行機事故で、26歳という短い一生を終えてしまいます。
彼が亡くなった後リリースされたこの曲は、初めての全米bPに輝くばかりでなく、ローリング・ストーンズをはじめ、多くのロック・アーティストにカバーされる名曲となっています。さらに、1989年に「ロックの殿堂」に迎え入れられました。

◆11月23日(木)
久宝留理子 「男」

高校在学中に「CBSソニー・オーディション」でグランプリに輝き、1990年「プラスチック・マン・ライフ」でデビューした久宝留理子。1993年に発表したこの曲「男」がカメリア・ダイアモンドのCMに起用され大ブレイク。その歌詞からアイアイ現象とも呼ばれ、50万枚を超すヒットとなり、その1993年の年末には紅白にも出場しこの曲を披露しました。
この曲は、後にSPEEDのプロデューサーとしても知られる伊秩弘将が作曲を担当し、歌詞は本人で、その内容からパワフルで強い女性シンガーとして注目を集めます。その後、「早くしてよ」や中西圭三との競作となった「次の夢」などをリリースしますが、2001年に、ソフィアのキーボード、都啓一と結婚し、2人の子供の母親になり、現在はライブを中心に活動しています。

◆11月24日(金)
リック・アストリー 「ネバー・ゴナ・ギブ・ユーアップ」

イギリス、ランカシャー州出身のリック・アストリー。80年代後半にユーロ・ビートというジャンルを確立したプロデューサー・チーム、ストック、エイトキン、ウォーターマンの一人である、ピート・ウォーターマンに見出され、1988年にこの曲「ネバー・ゴナ・ギブ・ユー・アップ」でデビュー。22歳という年齢とその顔立ちからは想像もつかないソウルフルな声が特徴で、ストック、エイトキン、ウォーターマンがプロデュースしたアーティストの中で、しっかりしたボーカリストとして注目され、イギリスだけでなく、全世界でbPを獲得、世界中のダンスフロアを席巻しました。
日本では、バブル景気の真っ只中のディスコブームに乗って、三ツ矢サイダーのCMにも出演しましたが、ストック、エイトキン、ウォーターマンがプロデューサーから離れると低迷してしまいます。しかし、去年久しぶりに自らの音楽的原点にあるスタンダードやポップ・クラシックスを独自の色に染め直したニューアルバム『ポートレイト』をリリースして本国イギリスで復活を果たして話題となりました。さらに日本にも今年3月に来日を果たしています。



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