番組について
ONAIR REPORT
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◆今までの永遠のメロディ
   
PART2 永遠のメロディー
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◆4月9日(月)
ジェイムス・ブラウン 「パパのニューバッグ」

「ファンクの帝王」「ソウル・ミュージックのゴッド・ファーザー」などの肩書きを持ち、ワイルドでディープなR&Bサウンドを駆使し、激しいステップが醍醐味の、半世紀に渡って型破りな個性を放ち続けたジェイムス・ブラウン。彼は、非常に貧しい家庭に育ち、少年時代は親戚の家で育てられます。
その後、野球やボクシングといったスポーツに熱中するのですが、一方、窃盗団で盗みを繰り返し逮捕され、3年間の刑務所生活を経験します。その刑務所生活で長く音楽活動を共にするボビー・ハントと出会い、出所後に共にゴスペル・グループのメンバーとして活動を始めます。1956年にはフェイマス・フレイムスというグループ名で「プリーズ・プリーズ・プリーズ」でデビューするのですが、ジェイムス・ブラウンがバンドのリーダー的存在になる頃には、バンドは解散。そんな時に、リトル・リチャードが音楽界からの引退を表明したことから、ジェイムス・ブラウンは、その後釜として彼のバンドを率いてツアーを敢行。
シングル「トライ・ミー」をリリースし、R&Bチャートで1位を獲得し、そのバンドと共にその名が知られるようになります。そんな中、1965年に「パパのニュー・バッグ」を発売するのですが、この曲はホーン・セクションを全面に押し出したファンク・サウンドとして取り上げられ、白人層の人気をも獲得。R&Bチャートでの1位は勿論のこと、全米ヒットチャートでも初のトップ10入りを果たします。
彼の音楽はジャンルを問わず、多くのアーティストに影響を与え続け、1986年に「ロックの殿堂」入りを成し遂げ、1992年にはグラミー賞特別功労賞を受賞します。しかし、去年の12月25日クリスマスに急性肺炎のために、ツアー中に73歳でこの世を去ってしまいました。

◆4月10日(火)
BOOWY  「マリオネット」

BOOWYのメンバーは、ボーカル・氷室京介、ギター・布袋寅泰、ベース・松井常松、ドラム・高橋まこと。1981年に結成され、1982年にアルバム『モラル』でデビューします。デビュー当時は6人組でしたが、デビューアルバムをリリース直後、この4人編成になります。その後、『ボウイ』『ジャスト・ア・ヒーロー』『ビート・エモーション』といったアルバムをリリースし、着実にファンを増やしていきます。1987年リリースした6枚目のシングルがこの「マリオネット」で、オリコンシングルチャートで初めて1位を獲得します。
BOOWYが絶頂期を迎えて、発売したアルバムがこの「マリオネット」を収めたアルバム『サイコパス』。このツアーの最終日に渋谷公会堂で解散を発表し、1988年4月に東京ドームでのライブを最後に解散します。
BOOWYは、日本のロック界に大きな影響を与えた伝説のバンドとして今なお、語り継がれています。解散後は、各々がソロ活動をしていますが、氷室京介は2004年に東京ドームで、ボウイ・トリビュート・ライブを行い、ボウイ時代の名曲を披露し、また、布袋寅泰は、2005年にBOOWY時代のヒット曲をセルフカバーしベストアルバムに収録して話題を呼びました。

◆4月11日(水)
ジョン・パー 「セント・エルモス・ファイヤー」

社会人1年生になったジョージタウン大学の7人の卒業生がそれぞれ、恋愛や仕事に悩みながら成長していく青春映画『セント・エルモス・ファイヤー』の主題歌としてシングルカットされ、全米でナンバー1に輝いた「セント・エルモス・ファイヤー」。この映画には、売り出し中だった若手スターであるエミリオ・エステベス、ロブ・ロウ、デミー・ムーアなどが出演し、その後ブレイクします。
歌っているのは、イギリス出身のジョン・パーで、イギリスでクラブシンガーをしている時、イギリスのバンド、ザ・フーのマネージャー、ジョン・ウルフと知り合い、彼の援助で、1984年に「ノーティ・ノーティ」という曲でデビューします。
この曲が、この映画のサントラを手掛けたプロデューサー、デヴィッド・フォスターの目に留まり、主題歌を担当することになり、見事頂点に君臨することになります。このジョン・パー、クラブシンガーをしている時にロンドンで起こった暴動に巻き込まれ、頭を強打し、記憶喪失になってしまい、記憶のないまま、全米ナンバー1になったというプロフィールが紹介されることがあります。しかし、すでにデビューした時には記憶が戻っており、記憶がないまま全米ナンバー1になった話は、後にデフォルメされた話のようです。

◆4月12日(木)
カン 「愛は勝つ」

1987年、シングル「テレビの中に」と同じタイトルのアルバムでデビューしたカン。この曲「愛は勝つ」は、1990年にリリースされた8枚目のシングルで、テレビ番組「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」の挿入歌となり、200万枚を超すビッグ・ヒットを記録しました。
1991年の日本レコード大賞、メガロポリス賞を受賞し、その年の紅白歌合戦に初出場も果たします。この「愛は勝つ」は、2004年に市川由衣が、カバーされています。
カンはその後、生活拠点をフランスのパリに移し、エコール・ノルマル・ドゥ・ミュジーク・ドゥ・パリのピアノ科に入学しますが、2004年に帰国。音楽活動を本格的に再開させます。
そして、去年5年ぶりのニューシングル「カレーライス」、5年ぶりのニューアルバム『遥かなるまわり道の向こうで』をリリースし、現在は「弾き語りばったり〜スプリングハニカム〜」という全国ツアーを展開しています。

◆4月13日(金)
シャニース 「アイ・ラブ・ユア・スマイル」

わずか14歳で、デビューを果たしたアメリカ、ピッツバーグ出身のシャニース。父親はギターリスト、母親と叔母はプロのシンガーという環境で育ちます。
10歳の時に、ケンタッキー・フライドチキンのCMで、エラ・フィッツジェラルドと共演し、シンガーとしての才能を開花させ、レコード会社の争奪戦が繰り広げられます。そして、1987年に本名であるシャニース・ウィルソンでデビュー。1992年アルバム『インナー・チャイルド』で世界的にブレイクします。この曲は、そのアルバム『インナー・チャイルド』からのシングル・カットで、ホイットニー・ヒューストンを手掛けたナラダ・マイケル・ウォルデンがプロデュースし、大ヒットします。口ずさみやすいメロディラインとタメの効いたR&Bビートが絶妙に絡み合い、全米で2位、グラミー賞のベストR&Bフィメール・ボーカル賞を獲得します。
その後、シャニースは、コメディアンのフレックス・アレキサンダーと結婚し、2人の子供を儲けていますが、去年7年ぶりに5枚目のオリジナル・アルバム『エブリ・ウーマン・ドリーム』をリリースしています。

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