番組について
ONAIR REPORT
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◆今までの永遠のメロディ
   
PART2 永遠のメロディー
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◆3月10日(月)
フィル・コリンズ  「見つめて欲しい」

イギリス、ロンドン出身のフィル・コリンズの芸能活動の出発点は、映画や舞台の子役としてでした。12歳から本格的にドラムをはじめ、18歳の時に「フレイミング・ユース」を結成し、デビューするものの解散。ジェネシスのオーディションを受けて、1971年の3枚目のアルバムからジェネシスのドラマーとして活動を始めます。1975年にピーター・ガブリエルがジェネシスを脱退すると、リード・ボーカル兼ドラマーとしてバンドを率いるようになり、ジェネシスの黄金期を築いていく存在となります。
80年代に入るとソロとしても活動をするようになります。この曲「見つめて欲しい」は、映画『カリブの熱い夜』の主題歌として1984年に発表された曲なのですが、映画監督のテイラー・ハックフォードが、ジェネシスのツアー中にフィル・コリンズを訪ねて曲を書いてもらったという経緯があり、初の全米1とともにグラミー賞も受賞し、思い入れのある1曲になりました。その後、リリースした3枚目のアルバム『ノー・ジャケット・リクワイアード』は12週連続1に輝き、全世界で1200万枚のセールスを記録します。
ジェネシス、ソロ活動と平行して、フィリップ・ベイリー、エリック・クラプトンのプロデューサーも務め、映画『バスター』の主演も務めるなど、多忙を極め、当時『世界一多忙な男』とまで言われます。1996年にジェネシスを脱退。ディズニー映画『ターザン』の主題歌を担当し、アカデミー賞も獲得しますが、2002年に突発性の聴覚障害で音楽活動ができなくなってしまいます。しかし、2006年にジェネシスに復帰。去年、ヨーロッパツアーを行い、話題になりました。

◆3月11日(火)
キャンディーズ  「微笑がえし」

伊藤蘭、田中好子、藤村美樹から成る3人組アイドルグループ、キャンディーズ。3人とも東京音楽学院のスクールメイツ出身で、NHKの歌謡グランドショーのマスコットガールに抜擢されたのがきっかけで、「キャンディーズ」が結成されます。「キャンディーズ」は、「食べてしまいたいほどかわいい女の子たち」という意味で付けられます。そして、1973年、シングル「あなたに夢中」でデビュー。デビュー前から「8時だョ!全員集合」にレギュラー出演していたのですが、なかなかヒット曲に恵まれませんでした。
5枚目のシングル「年下の男の子」から、伊藤蘭をセンターでメインボーカルに据えたところ、これが当たって初ヒットとなり35万枚のセールスを超え、紅白歌合戦の出場も決めます。その後も「ハートのエースが出てこない」「春一番」「やさしい悪魔」「暑中お見舞い申し上げます」「わな」などのヒットを生み出します。
しかし、1977年7月の日比谷野外公会堂でのコンサートで、関係者にも知らせずに、突然、解散を発表。この時に発した「普通の女の子に戻りたい」は当時流行語にもなりました。
この曲「微笑がえし」は、その解散発表後にリリースした17枚目のシングルで、キャンディーズがオリコンのシングルチャートで、初めて1に輝きます。ファンへの感謝の気持ちをこめたこの曲は、歌詞の中「春一番」「わな」「やさしい悪魔」などのヒット曲もちりばめられており、有終の美を飾るに相応しい1曲となりました。翌78年4月には後楽園球場に5万5千人のファンを集め、解散コンサートが行われ、4年半の活動に終止符を打たれました。

◆3月12日(水)
クリスタル・ウォーターズ  「ジプシー・ウーマン」

アメリカ、フィラデルフィア出身のクリスタル・ウォーターズは、父親がジャズ・ミュージシャンのジュニア・ウォーターズ、叔母は歌手で女優のエセル・ウォータズという音楽的に恵まれた環境で育ちますが、ハワード大学では、コンピューターを専攻し、卒業後、コンピューター技術者として会社勤めをしていたという経緯を持っています。
しかし、その技術を生かして作った、この曲「ジプシー・ウーマン」のデモテープをミュージック・ビジネス・フォーラムに持ち込んだところ、ベイスメント・ボーイズの目に留まり、アレンジし直して、デビュー曲として発表したところ、「ラ・ダ・ディ・ラ・ディ・ダ」という印象的なフレーズが評判となって世界的にヒットし、特にイギリスでは2位を記録、アメリカでも8位を記録しました。
この曲は「ジプシー・ウーマン」というタイトルがありますが、イギリスでは、「ラ・ディ・ダ」というサブタイトルが付き、アメリカでは「シーズ・ホームレス」という異なったサブタイトルが付けられました。
その後も、ハウスやR&Bをポップにしたサウンドで、「100%ピュア・ラブ」やバスケットボールのデニス・ロッドマンをゲストに迎えた「ジャスト・ア・フリーク」などのヒット曲を放ちました。去年は、「ディスティネーション・カラブリア」をリリースしましたが、本国アメリカよりもイギリスやヨーロッパでヒットし、イギリス、ドイツ、ロシア、エジプト、ドバイ、メキシコ等でワールド・ツアーを行いました。

◆3月13日(木)
古内東子  「誰より好きなのに」

母親と叔母がピアノの先生だったとこともあって、幼い頃からピアノを学び、中学生の時に洋楽に親しんだという古内東子は、高校生の時にアメリカに留学し、帰国後、姉と共に共同作業でオリジナル曲を作るようになります。そして、姉に内緒で送ったデモテープが、ソニーの新人発掘セクションのディレクターの耳に止まり、1993年、シングル「はやくいそいで」でデビューします。
2ヵ月後には、ファースト・アルバム『スロー・ダウン』を発表するのですが、当時大学1年生ながら、自分の恋愛観を身近な言葉を使って表現し、多くの女性から支持されるようになります。恋愛の切なさ、女の子の日常をリアルに描き出しながら、作品を重ねる毎に支持者も増やしていき、1996年に発表したこの曲「誰より好きなのに」が大ヒットし、 ブレイク。この曲を収めた5枚目のアルバム『アワーグラス』はオリコンのアルバムチャートで、1位を獲得します。続くアルバム『恋』もヒットし、レコード大賞アルバム賞を受賞、7枚目のアルバム『魔法の手』は、オリコン・アルバムチャートで初登場1位を記録します。
現在は、ピアノの弾き語りライブを精力的に行っていますが、ニューアルバムを制作中ということです。この曲は、去年、デビュー5周年を迎えたソエルがカバーしました。

◆3月14日(金)
カジャグーグー  「君はToo Shy」

イギリス・ロンドン出身の5人組バンド・カジャグーグー。もともと、ベースのニック・ベッグス、ギターのスティーブ・アスキュー、ドラムのジェズ・ストロード、キーボードのスチュワート・ニールが組んでいたのがファンク・バンド"アール・ヌーボー"。ここに、メンバー募集の広告を見た、ボーカルのリマールが加わって、カジャグーグーという名前に変更します。
1981年、ニック・ローズ・プロデュースという形で、この曲「君はToo Shy」でデビュー。粒ぞろいのルックスとデュラン・デュランのニック・ローズがプロデュースしたことが話題となって、イギリスのシングルチャートで1位を獲得。ヨーロッパ7カ国でもナンバー1に輝きます。その波はアメリカにも及び、アメリカでも5位になりますが、リマール以外のメンバーが、自分たち音楽をポップスと呼ばれることに納得せず、結局、1枚のアルバムをリリースした後、リマールは脱退を余儀なくされてしまいます。
その後、カジャグーグーはファンキーでソウルフルなアルバムを発売し、名前もカジャに変更しますが、1986年に解散。一方、ソロになったリマールは、映画「ネバー・エンディング・ストーリー」の主題歌を手掛け、世界18カ国でナンバー1を獲得します。
2000年に入ると、イギリスでは80'sブームが巻き起こり、1日だけ再結成しますが、メンバー間の確執があり、オリジナルメンバー5人での活動が継続しませんでした。しかし、今年、22年ぶりにニューアルバムがリリースすることを発表。8月には、80年代を彩ったアーティストが一堂に会するイベント「レトロフェスタ」にバングルス、ポール・ヤング、ハワード・ジョーンズらと共に出演することが決定しました。

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