番組について
ONAIR REPORT
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◆今までの永遠のメロディ
   
PART2 永遠のメロディー
ONAIR REPORT

◆3月2日(月)
ナイト・レンジャー  「ロック・イン・アメリカ」

アメリカ・カリフォルニア出身の5人組ハードロック・バンド、ナイト・レンジャー。ルビコンというバンドのボーカル&ベースのジャック・ブレイズとギターのブラッド・ギルズ、ボーカル&ドラムのケリー・ケイギーが、ルビコン解散後、キーボードのアラン・フィッツジェラルドと、ギターのジェフ・ワトソンを加えて、ナイト・レンジャーを結成します。地元ベイエリアで地道なライブ活動を繰り返し、1982年アルバム『ドーン・パトロール』でデビュー。ツイン・ギター・バトルが話題になり、まず、日本で人気に火が付きます。
この曲「ロック・イン・アメリカ」は、翌83年に発表したセカンドアルバム『ミッドナイト・マッドネス』のオープニングを飾った曲で、ハードながらキャッチーなメロディで大ヒット。彼らを代表する1曲となり、アルバムは200万枚を超すセールスを記録します。さらにこのアルバムからシングルカットされたバラード「シスター・クリスチャン」が、全米シングルチャート5位を記録。ナイト・レンジャー最大のヒット曲となります。しかし、このバラードのヒットで“バラードバンド”というレッテルを貼られてしまうと、バンドのハードな色が薄れてしまったことで方向性を見失い、1989年に解散してしまいます。解散後、メンバーはそれぞれの活動を行っていましたが、1996年、オリジナルメンバーで再結成。おととしには9年ぶりのニューアルバム『ホール・イン・ザ・サン』を発表し、来日コンサートも行っています。また、昨年は、ファイヤーハウスと共に来日公演を行い、話題になりました。

◆3月3日(火)
ノッコ  「人魚」

1982年に結成されたレベッカのボーカルとして、1984年に、 シングル「ボイス・プリント」でデビューしたノッコ。 レベッカは、1985年に「フレンズ」が大ヒットし、 一躍メジャー・グループとなりますが、1991年に解散。 1992年、シングル「クレイジー・クラウズ」で、ソロとして活動をスタートさせます。この曲「人魚」は、1994年に発表した5枚目のシングル。 内田有紀主演のドラマ「時をかける少女」の主題歌となり、 オリコンシングルチャートで最高2位を記録。 ノッコのソロキャリアの中では、最大のヒット曲となり、その後、 安室奈美恵やボニー・ピンクなどがカバーしています。
2000年に活動を一時休止し、ニューヨークを拠点にマドンナやジャネットなどの エンジニアとして活動していたゴー・ホトダと、2003年に結婚。 その後、ノッコ&ゴーというユニットを結成し、『宇宙のコモリウタ』を発表しました。 2006年には女の子を出産し、母親となった、現在は、 子供と一緒に聴ける歌をテーマに楽曲を制作中です。

◆3月4日(水)
ヘヴィ・D&ザ・ボーイズ   「ナウ・ザット・ウィ・ファウンド・ラブ」

ジャマイカ出身で、幼い頃にニューヨークに移り住んできたヘヴィ・Dを中心にトラブル・T・ロイ、G・ウィズ、DJエディ・Fの4人で結成されたヘヴィ・D&ザ・ボーイズ。1986年にシングル「ミスター・ビッグ・スタッフ」でメジャーデビューすると、地元ニューヨークで話題のラップ・グループとなり、翌87年に『リビング・ラージ』でアルバムデビューを果たします。その後、トラブル・T・ロイが事故死するという不幸に見舞われますが、それを乗り越えて、1991年、3枚目のアルバム『ピースフル・ジャーニー』が発表されます。
この曲「ナウ・ザット・ウィ・ファウンド・ラブ」は、このアルバムからの1STシングルで、全米シングルチャート11位と彼らにとって最大のヒット曲となり、一世を風靡します。この曲はオージェイズの1973年の同じタイトルの曲が元ネタとなっており、当時のニュー・ジャック・スウィングというジャンルを確立しました。日本では「天才たけしの元気が出るテレビ」の名物企画「ダンス甲子園」のテーマソングとなり、一大ムーブメントを作り出しました。その後、ヘヴィ・D&ザ・ボーイズは『ブルー・ファンク』『ナッティン・バット・ラブ』という2枚のアルバムを発表しますが、現在は、それぞれソロでの活動を行っています。

◆3月5日(木)
玉置浩二  「田園」
1982年、ロックバンド・安全地帯としてデビューし、「ワインレッドの心」「恋の予感」「悲しみにさよなら」などのヒット曲で人気を確立した玉置浩二。安全地帯在籍中に、映画「プルシアンブルーの肖像」で俳優としても活動を始め、1987年に、シングル「オール・アイ・ドゥ」でソロデビューも果たします。1993年、安全地帯の活動が休止になると、ソロ活動に専念し、1996年、11枚目のシングルとして、この曲「田園」を発表します。この曲はソロとして最大のヒット曲となり、オリコンのシングルチャートで2位を記録。玉置浩二ソロとして初めて紅白歌合戦出場したこともあって、結果的にミリオンセールスを達成しました。
この曲が主題歌となったドラマ「コーチ」には、玉置本人も出演し、その演技が絶大な賞賛を受け、その年のザテレビジョン・ドラマアカデミー賞助演男優賞に選ばれましたが、「歌手であること」を理由に受賞を辞退しました。2002年には安全地帯の活動を再開させ、話題になりましたが、2004年から再びソロ活動に専念。おととし行われた『惑星』ツアー後は、病気のために活動を休止していましたが、先月、女優の石原真理子と結婚し、注目を集めています。

◆3月6日(金)
セルジオ・メンデス  「マシュ・ケ・ナダ」

ブラジル、リオ・デ・ジャネイロ近郊、ニテロイ出身のセルジオ・メンデス。幼い頃からニテロイ音楽院でピアノを学び、リオ国立音楽院でクラシック・ピアノを学び、音楽の基礎を身に付けます。しかし、その後はクラシックの道には進まず、1950年代にはジャズ、1960年には、アントニオ・カルロス・ジョビンやジョアン・ジルベルトの影響を受けて、彼らと一緒にボサノバを紹介する演奏旅行に出るようになります。そして、1962年、ボサ・リオ・セクステットを結成。活動の拠点をアメリカに移し、世界的なボサノバ・ブームの旗手となります。1966年にはセルジオ・メンデス&ブラジル66(シックスティシックス)を結成し、アルバム『セルジオ・メンデス&ブラジル66』でデビューを果たします。
この曲「マシュ・ケ・ナダ」は、このデビューアルバムからのシングル曲で、全米ヒットチャートに126週もランクインされる大ヒットを記録し、セルジオ・メンデスの名前を世界中に知らしめることになります。その後もボサノバをベースにジャズやロック、ポップスのテイストを散りばめながら、バンド名も「ブラジル77」「ブラジル88」と改名。常に新しいスタイルへの挑戦を続け、1993年にはグラミー賞を受賞しました。2006年には、ブラック・アイド・ピーズのウィル・アイ・アムをプロデューサーに迎え、エリカ・バドゥ、スティービー・ワンダー、ジョン・レジェンドといった豪華なゲストを迎えたヒップホップとブラジル音楽を融合させたアルバム『タイムレス』を発表し、再び世界でセルジオ・メンデス・ブームを巻き起こしました。また、去年もウィル・アイ・アムとの共同プロデュース作品『モーニング・イン・リオ』を発表するなど今もなお精力的に活動しており、明日7日までは、ブルーノート東京で来日コンサートを行っています。



 

 

 



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