2016年06月21日

『Forbes JAPAN』で書評スタート

「グッモニ」火曜日コメンテーターの藤吉雅春さんといえば、
昨年ノンフィクション作品としては
異例のベストセラーになった『福井モデル』をお書きになったジャーナリストでもあり、
また雑誌『フォーブス ジャパン』の副編集長でもあります。

そんなご縁で、『フォーブス ジャパン』で書評の連載をすることになりました。

編集部がつけてくれたタイトルが『本は自己投資だ』。

なんと恐ろしい……。

「毎日毎日、本ばっかり買い込んできやがって」と文句をたれるヨメに
いちどでいいから、そんなふうに啖呵をきってみたいものですが、
言えば血の雨が降るでしょうね。
絶対に口にできないセリフです。

繰り返しますが、ぼくがそう言っているのではなく、
編集部がつけたタイトルですからね。
(って誰に向けて予防線張ってるんだか)

『フォーブス ジャパン』といえば、
起業家みたいなスタートアップ業界の方々や
ビジネスマンのみなさんがおもな読者層というイメージがあるんですが、
さてどうなりますことやら。

もしよろしければ、こちらをどうぞ

投稿者 yomehon : 03:00

2016年06月20日

第155回直木賞 候補作発表!

本好きは梅雨明けではなく
直木賞によって夏がやってきたことを知るのです。

そんなわけで、上半期の直木賞の候補作が発表されました。

候補は以下の5作品です。

伊東潤 『天下人の茶』 (文芸春秋)

荻原浩 『海の見える理髪店』 (集英社)

門井慶喜 『家康、江戸を建てる』 (祥伝社)

原田マハ 『暗幕のゲルニカ』 (新潮社)

湊かなえ 『ポイズンドーター・ホーリーマザー』(光文社)

米澤穂信 『真実の10メートル手前』(東京創元社)


実績のある方ばかりですね。
でもいずれも「これぞ代表作!」というような作品ではないところが特徴でしょうか。

つまりは誰がもらってもおかしくない、ということでもあって、
うーん…いつにも増して予想が難しい。

ちなみに選考会は、7月19日(火)。

それまで候補作をじっくり読み込みたいと思います。

直前予想はあらためてアップしますのでお楽しみに!

投稿者 yomehon : 06:00

2016年06月06日

『翻訳できない世界のことば』 世界は多様で素晴らしい!


好きな日本語をあげろと言われたらおおいに迷いますが、
子どもの頃から妙に惹かれる言葉をあげるとするならば、
それはもう迷うことなく「たそがれどき」だと答えます。

日が沈んだ直後、西の空がまだうっすらと赤味がかっているわずかなひとときを指す言葉。

ご存知の通り、漢字で書けば「黄昏時」ですが、
もともとは「誰(た)そ彼(かれ)」からきています。

つまり「あなたは誰ですか?」と尋ねてしまうくらい
相手の顔が判別できない状態、ということですね。
薄暮というやつです。

一方、「彼(か)は誰(たれ)」となると「かわたれどき」で夜明け前をさします。
こちらは薄明ですね。


でも夜明けよりも「たそかれどき」のほうに惹かれてしまうのは、
この時間が一方で「逢魔時(おうまがとき)」とも呼ばれるからです。

文字通り、物の怪であるとか、
人ならぬものと出会ってしまう時間帯ということで、
ものすごく想像力をかきたてられる言葉です。

夕暮れ時に相手の顔がみえないことをもって、
昔の人は「もしかしたらあの人は人間ではないかもしれない」と想像したんですね。


いつ頃この言葉を知ったかはもはや記憶が曖昧ですが、
子どもの頃は、黄昏時に道で誰かとすれ違うたびに、
「いまの人はお化けだったかもしれない」と妄想してはゾクゾクしたものです。

幼い頃の記憶で鮮烈におぼえているのが、
真夏の週末にひらかれていた夜市の光景です。

その頃、ぼくは山奥の小さな町に暮らしていました。
周囲を真っ黒な山に囲まれた中、
商店街の電飾の光に、
金魚すくいやお面の並べられた出店がぼうっと浮かび上がる様は、
まさに異界との境界があいまいになったかのごとき光景で、
大人になったいまでも、あの夜市には相当数の物の怪たちが紛れ込んでいたと信じています。
(恒川光太郎さんの傑作ホラー小説『夜市』にそういう雰囲気がよく出ていますのでぜひお読みください)


このように、日没から夜に移行するまでのわずかな時間に特別な言葉を当てるところに
日本人の独特な感性を見て取ることができます。

でもそれは別に日本人が特別に感性が優れているということではなくて、
世界中の国や地域に、その土地の言葉でしか表せないような
独特なニュアンスの言葉があるんですよね。


余談ですが、
もしかしたらここで、
「そうそう!イヌイットには『雪』を表現する言葉がたくさんあるだよね」
なんて思った人がいるかもしれません。

この「たくさん」は人によって「30個」とか「100個以上」とかバリエーションがあるのですが。

実はこれはアメリカのアマチュア言語学者のベンジャミン・ウォーフという人が、
1940年に書いた論文がもとになって広まったガセネタのようです。

言語学者のマーク・C.ベイカーという人が、
『言語のレシピ』(岩波現代文庫)という本の中でこのエピソードを紹介しつつ、
この話が「(アメリカ人の)民間信仰の中にしっかりと根をおろしてしまった」と嘆いています。


さて、そんなわけで今回ご紹介したいのが、
世界中の微妙なニュアンスの言葉を集めた素敵な一冊、
『翻訳できない世界のことば』エラ・フランシス・サンダース 前田まゆみ訳(創元社)


これ、素晴らしい本です。
著者は各国を旅する旅人&イラストレーター。
彼女が世界中で収集した言葉がかわいらしいイラストともに掲載された
とてもチャーミングな本です。

ちなみに原書のタイトルは「Lost In Translation」。

ソフィア・コッポラに同タイトルの映画作品があるけれど(2003年 ビル・マーレイ主演)、
あの作品が言葉の通じない異国の地で孤独を感じる主人公を描いていたのに対し、
本書はまったく違います。

著者いわく、
「(読者にとってこの本が)忘れかけていたなにかを思い出すものであったり、または今まではっきりと
表現したことのなかった考えや感情に言葉を与えるものであればと願っています」と書いているように、
パラパラと本書をめくっているだけで、
世界には人間の行動や感情を表現するこんなにも多様な言葉があるのかと驚かされるはず。


そしてこういう言葉が生まれたその国の文化についても想像をかきたてられるのです。

たとえば、さっき触れたついでに、イヌイットの言葉をみてみましょう。

イヌイット語にはこんな言葉があるそうです。

「Iktsuarpok(イクトゥアルポク)」
意味は、
「だれか来ているのではないかと期待して、何度も何度も外に出て見てみること」

雪深く、訪れる人も少ない土地に住む人ならではの
人恋しい感じが出た言葉だと思いませんか?


逆に暑い南の国の言葉もみてみましょうか。

マレー語には、
「Pisanzapra(ピサンザプラ)」
という言葉があるそうです。

意味はなんと「バナナを食べるときの所要時間」!

そんなの子どもと大人じゃ違うんじゃないの?と思いますが、
あちらでは一般には「だいたい2分くらい」とされているそうです。
日本でいうところのカップラーメンの3分みたいなものかもしれませんね。


深いなぁと思う言葉も。

スペイン語で「Vacilando(ヴァシランド)」は、
「どこへ行くかよりも、どんな経験をするかということを重視した旅をする」

なんか親が子どもにこんな言葉をかけたりしていそう。


ヒンディー語の「Jugaad(ジュガール)」という言葉は、
「最低限の道具や材料で、とにかくどうにかして、問題を解決すること」。

先人の知恵をかんじさせる言葉ですよね。
これから人がどんどん減っていく「課題先進国」の日本にこそ必要な言葉かも。


いまの日本に必要な言葉といえば、こんなものもありますよ。

オランダ語の「Struisvogelpolitiek(ストラウスフォーヘルポリティーク)」

直訳すると「ダチョウの政治」。
意味は、「悪いことが起きているのに、いつもの調子で、まったく気づいていないふりをすること」


いったいどういう文化的な背景からこういう言葉が生まれたんだろうと
あれこれ想像をたくましくして楽しくなってしまう言葉もあります。

ドイツ語の「Drachenfutter(ドラッヘンフッター)」

直訳すると「龍のえさ」。
意味は、「夫が悪いふるまいを妻に許してもらうために贈るプレゼント」。

なんと気の毒な風習……。

カリブ・スペイン語で「Ctisuelto(コティスエルト)」

意味は、「シャツの裾を絶対ズボンの中に入れようとしない男の人」。

え?ダメなの?


ロマンティックな言葉もありますよ。

ひとつだけ紹介すると、
ブラジル・ポルトガル語の「Cafune(カフネ)」

意味は「愛する人の髪にそっと指を通すしぐさ」。

あいにく「恋は遠い日の花火」なんだよね……って若い人にはわからんか。
傑作CMコピーの歴史を勉強してください。


本書には日本語もいくつか採用されています。
「なるほどそうきたか」という言葉もあれば、意外な言葉もあります。
著者の琴線に触れた日本語は何か、それは読んでのお楽しみ。


最後に個人的にグッと来た言葉を紹介しておきましょう。

スウェーデン語で「Resfeber(レースフェーベル)」

この言葉をみて初めていまの自分に不足しているものがわかりました。
日頃のストレスの原因はこれだったのか!

意味は「旅に出る直前、不安と期待が入り混じって、絶え間なく胸がドキドキすること」。

今年の夏は絶対に旅に出よう。
それも誰にも邪魔されない一人旅に。

そう固く誓ったのでした。

投稿者 yomehon : 17:00

2016年05月27日

『由布院の小さな奇跡』 ふるさとを襲った地震について

ふるさとに甚大な被害をもたらした地震からまもなく1ヶ月半がたとうとしています。
この間、たくさんの方から励ましの声をいただき本当に感謝しております。
この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

今回の地震は、
ぼくが子ども時代を過ごした土地土地を
乱暴に塗りつぶすかのように広範囲にわたる被害をもたらしました。

風に波打つ草原で
赤牛たちがのんびりと草を食んでいる阿蘇も、
幾筋もの湯煙がたなびく別府も、
湖底から湯が湧き出る小さな湖のほとりに美しい宿が佇む湯布院も。

幼い頃から慣れ親しんだいくつもの大切な場所が地震によって蹂躙されたのです。

それらはみな、自分の心の奥にあるいちばん柔らかな部分を
形づくっていたのだということにいまさらながらに気づかされました。

阿蘇山系の火山灰層を通ってこんこんと湧き出る水の甘さや、
街のあちこちから聞こえてくる温泉が吹き出る蒸気の音や
ゆでたまごを思わせる硫黄のにおい、
朝日が差し込む中、湖面から湯気が立ち昇る湖の神秘的な光景。

幼い頃に触れたそうしたものが、
いかにみえないところで自分を支えてくれていたかということに
ようやく気づかれたのです。

ふるさとが破壊されるということはこういうことなのですね。
心にぱっくりと傷口が開き、実際にそこから血が流れるのですね。

これまで大規模な災害を受けた土地を何箇所も取材してきましたが、
いかに当事者意識が希薄だったのかを今回の地震で痛感しました。

メディアの中には早々に復興を唱えているところもありますが、
現実はそう簡単にはいきません。

ある親戚の家は補修するだけでも数百万かかると言われたそうです。
年寄りだからとこのまま直さずに住むようですが、
傷んだ屋根の下、余震に怯えながら
身を寄せ合っている年寄りたちのことを思うと胸が痛みます。


親戚や友人たちが大変な思いをしている中、
自分にはなにができるだろうとずっと考えていました。

お金や物資はすぐさま送ったし、
飲食業界の友人たちは彼の地の食材を優先的に使うよう快諾してくれたし、
思いつくことはすぐ行動に移したにもかかわらず、なにか足りない気がするのです。

いろいろ考えた末に気がついたのは結局、
可能な限り現地に足を運ぶのがいちばんだということですね。
言葉にするととても平凡なことなのですが。


「余震も収束したようだし行っても大丈夫かな」と
あなたが納得されたタイミングでかまいません。

ぜひ熊本や大分に足を運んでいただきたいのです。


たとえば、古代の巨大噴火口の名残である外輪山を車で走ってみてください。
眼下にひろがる阿蘇盆地のパノラマは日本屈指の雄大さです。

湯布院から久住を通って阿蘇に抜けるやまなみハイウェイもおすすめです。
変化に富む景色になんども歓声があがるはずです。

別府の温泉は昔から「別府八湯」といってバラエティ豊かです。
地球上には11種類の泉質がありますが、
このうち10種類が別府にあるといわれているのをご存知でしょうか。
屏風のように街の背後にそびえる活火山、鶴見岳と伽藍岳の地下から
海へと2つの断層がのび、
この断層に沿って流れる熱水が、街のそこかしこから噴出し、
その場所ごとの地層との化学反応によって多彩な泉質が生み出されています。

竹田市の長湯温泉は全国でも珍しい炭酸泉です。
まるでサイダーに漬かっているように全身に泡がつく不思議な温泉は、
かの大仏次郎をして「ラムネのよう」と言わしめました。
故・赤瀬川源平さんが愛した温泉でもあって、
建築家の藤森照信さんが設計したラムネ温泉館は
とてもかわいいので女子旅なんかには特におすすめです。

由布市の湯平(ゆのひら)温泉は、
漫画家つげ義春さんの傑作エッセイ『貧困旅行記』にも鄙びた温泉として登場します。
戦前は別府に次いで九州でも2番目に観光客の多い湯治場でした。
往時の勢いを偲ばせる寂れ具合が
なんともいえない味わいを醸し出していておすすめ。
観光地の喧騒はちょっと苦手というひとり旅の方などにいかがでしょうか。


さて、当欄では本もおすすめしているので、
一冊ふるさとにちなんだ本をご紹介いたしましょう。

由布岳の麓にある小さな町が
年間400万人の観光客を集める観光地へと成長した秘密を紐解いた
『由布院の小さな奇跡』木谷文弘(新潮新書)です。

別府につぐ全国2位の湧出量を誇りながら、
この名所旧跡もない盆地の田舎町には、
かつては観光客がほとんど寄りつきませんでした。

その街を変えたのが、
中谷健太郎さんと溝口薫平さんという名プロデューサーです。

「亀の井別荘」と「由布院 玉の湯」という日本を代表する名旅館を
それぞれ育て上げただけでなく、
「ゆふいん音楽祭」や「湯布院映画祭」などの名物イベントも生み出しました。


大資本によるゴルフ場建設計画を阻止して町の景観を守る一方で、
生産者を育て、土地の恵みを洗練された里山料理へと仕立て上げる。
亀の井別荘や旅館玉の湯がつくりあげたスタイルは、
いまでは全国の旅館に取り入れられています。


このキャラクターのまったく違うふたりの名プロデューサーにスポットを当て、
由布院が日本有数の温泉地に育つまでを追った本書は、
地域おこしに取り組む人たちへのヒントがぎっしり詰まっていると同時に、
すぐれたガイドブックにもなっています。


この本を読んで由布院を訪れていただくと、
町並みのつくりかたひとつとっても、
どれだけ地元の人の思いが込められているかを実感していただけるはずです。
(余談ですが、先ほどから湯布院と由布院を使い分けているんですが、
この使い分けについても本書で触れられています)


ちょっとマニアックなポイントかもしれませんが、
個人的には、ぜひ旅館「玉の湯」の庭をみていただきたい。

由布の野山がそのまま庭になったかのようなお庭で、
自然のままの山野草が生えているように見えますが、
実は職人さんがものすごく計算して丁寧に植えているのです。
人の手が入っているのにナチュラルにみえるあの庭は一見の価値あり。
ああいう細かいディテールへの心配りこそ、おもてなしの神髄ではないかと思います。

亀の井別荘か玉の湯でお昼を食べて、
食後のコーヒーを愉しんだ後は(どちらにも素晴らしい喫茶室があります)
ぜひぶらぶらとあたりを散策してください。

ぼくはいつも玉の湯の裏手にある木工クラフトの工房まで足を伸ばして、
口当たりのやさしい木のスプーンを買うのがお決まりのコースになっています。


聞いたところによると、
由布院の町づくりに関わった人々の多くが、
今回の地震で被災されたようです。

ご自宅や旅館の建物が壊れたりして、
中にはかなり気落ちしている方もいらっしゃると聞いています。

物資を送ることも大切ですが、
いちばんはやはり、
お目にかかって励ましの声を掛けて差し上げることだと思うのです。

だからみなさんもぜひ足をお運びください。

雄大な自然と溢れんばかりに湧き出る温泉、
豊かな土地の恵みとふるさとを心から愛する人たちが、
みなさんのお越しをお待ちしております。

投稿者 yomehon : 21:00

2016年04月08日

『ガラパゴス』 この国を蝕むものの正体


優れた小説の条件とはなんでしょうか。
あげようと思えばいくらでもあげられますが、
あえてひとつに絞るとするならば、
「読んだ前と後とでは、自分が変わってしまうような小説」のことではないでしょうか。

読み終えた後、明らかに自分の中の何かが変えられてしまっている。
そんな小説。

もちろん変わりようはいろいろです。
心に小さな引っかき傷のようなものが残されて、それがひりひりと痛むこともあれば、
初めて知ってしまった背徳の味わいにひそかに興奮をおぼえることもあります。
あるいは読む前よりも視界がひらけたような感じがすることもあれば、
これまで好きだったものが急に色褪せて見えてしまうこともあります。

どうしてそうなったのかはわからないけれど、
その小説がなんらかの化学変化を自分の中に引き起こしたことだけは確か。
ぼくにとって優れた小説とはそういうものです。


『ガラパゴス』相場英雄(小学館)もまさにそういう小説でした。

では、この小説によってもたらされた変化とは何だったのか。
この小説を読み終えたとき、
ぼくの体を駆け抜けたのは戦慄でした。
この国を根っこから腐らせているものの正体を目撃してしまったような
そんな衝撃を受けたのです。


ベストセラー『震える牛』と同様、本作の主人公も刑事の田川信一です。

田川が所属するのは警視庁捜査一課の継続捜査班。
近年、殺人事件の時効が撤廃されたことによって、
未解決の事件を再捜査する部署ができたのです。

ただ、田川が担当するのは、
いわゆるコールドケースと呼ばれるような
世間が注目する未解決の大事件を担当する特命捜査対策室とは違って、
地味な継続案件ばかり。
そのため田川の部署は「一課の墓場」呼ばわりされています。

でも実は田川は「地取りの鬼」と呼ばれる警視庁きっての切れ者。
「地取り」というのは犯罪捜査の基本である「聞き込み捜査」のこと。
足を棒にして地道に関係者の証言を集めていくことで、
ゆっくりとではありますが、確実に真相へと迫っていくのが田川のやり方なのです。


2013年に足立区の団地の空き部屋で男性の遺体が発見されました。
遺体のそばには練炭が置かれており、身元不明の遺体は当初、
一酸化酸素中毒による自殺として処理されました。

同期の刑事を手伝って身元不明遺体のファイルを調べていた田川は、
ふと目に留めたこの遺体の状況に、不審な点を見出します。

遺体からは殺人の痕跡が見て取れました。
自殺を偽装した殺人事件なのではないか。
田川はそんな疑いを抱きます。

当時、同じ足立区内で、
派遣労働者の男が8人を殺害する通り魔殺傷事件が発生しました。
捜査員のほとんどがそちらにかかりっきりになってしまったため、
この団地でひっそりと亡くなっていた男性は、
たいした検証もないままに自殺と処理されたのではないか――。

再捜査をはじめた田川が団地を訪れると、
住民の高齢化が進み、空室が目立つようになっていました。
遺体が発見された部屋もあいかわらず空室のまま。
田川はこの部屋でメモを発見します。
浴槽の下に押し込まれていたメモからは、
「新城 も」「780816」という文字がかろうじて読み取れました。


メモの謎を追って、田川の地を這うような捜査が始まります。

わずかな手がかりを頼りに、田川は男性の身元を突き止めます。
男性は派遣労働者でした。

まるで細い糸をたぐるように、田川は男性の痕跡を辿っていきます。

亀山、美濃加茂、草加と男性が働いていた土地を辿る過程で見えてきたのは、
低い賃金で全国を転々としながら暮らす派遣労働者の現実でした。

やがて田川の執念の捜査によって、
大手自動車会社トクダモーターズと大手人材派遣のパーソネルの関係が
浮かび上がってきます。

団地の空き部屋で無残な姿で見つかった遺体は、
両者を意外なかたちで結びつけることになるのでした……。


「24時間365日死ぬまで働け」を経営理念として掲げていた
ワタミの子会社に所属していた女性社員が自殺した事件をきっかけに
「ブラック企業」という言葉が社会で認知されましたが、
この本ではさらに輪をかけて酷い派遣労働者の実態が描かれます。

寮とは名ばかりの狭いアパートの一室に大人数で押し込まれ、
夜も昼もなく働かされたあげくに身も心もボロボロになって捨てられていく人々。

彼らの人件費は、企業のなかでは「外注加工費」という名目で処理されています。
あたかも壊れたら取替えがきく部品であるかのように。

物語では、人材派遣会社の経営者が自動車メーカーの社長に対して、
都合の悪い派遣労働者を切り捨てる意味合いで
たびたび「剪定」という言葉を使います。

さすがにこれは作者が創作した誇張表現だろうと思いつつも、
この小説で描かれる底辺の派遣労働者の悲惨な実態を読むにつけ、
労働者を人ではなく取り替え可能な部品のように扱う感覚は、
いまやこの国の経営者のあいだで当たり前のように共有されている
「常識」なのではないかと疑いたくなってきます。

作者の相場英雄氏は、
元時事通信の記者ということもあって、
物語のベースとなる事実関係がしっかりしていることには定評があります。

でもだからこそぼくは、ここで書かれていることが
すべて作者の作り話であってほしい、と思いました。
それほどまでに派遣労働者の置かれた現実は想像を超えています。


労働者を取り巻く環境について歴史的に振り返ってみると、
戦前に炭鉱などで、労働者が不安的な身分のもとに
過酷な環労働を強いられたため、
戦後はその反省に立って「職業安定法」がつくられました。

しかし規制緩和の名のもと、
1985年に「労働者派遣法」が施行されました。

そこから今日に至るまでの流れは、
まるで薄く皮を剥ぐように
労働者の権利が削り取られてきた歴史だったといえるでしょう。


この小説を読み進むうち、
次第にこの国がとんでもない方向へと
向かおうとしているのではないかと思えてきました。

職業安定法にしても、それがつくられた背景には
合理化の名の下に切り捨てられてきた
たくさんの労働者たちの怨嗟の声があったはずです。

そういう先人たちが苦しみの末に手にしてきた大切なものを、
ぼくたちは「規制緩和」であるとか、
「グローバルスタンダード」であるとか、
そういった一見もっともらしい言葉のもとに
捨て去ろうとしているのではないだろうか……。

本書で明らかにされる事件の真相は、とても重く苦いものです。
同時に、派遣労働者なくしては、
もはや日本社会が成り立たなくなっているという、
とてつもなく歪んだ構図が浮かび上がってきます。

言葉を換えればそれは、
労働者のあいだに格差を設けることでしか
いまや利益を生み出せなくなっているということでもあります。

なんと歪な社会でしょうか。

そしてそんな歪な社会を目の前にしながら、
この国の指導者がおのれの経済政策の成果を喧伝する姿を目にするとき、
その言葉はなんと薄っぺらく空疎なものだろうかと思うのです。


「普通に働き、普通にメシが食えて、普通に家族と過ごす。
こんな当たり前のことが難しくなった世の中って、どこか狂っていないか?」

本書を読み終えたいまも、田川の言葉が胸の奥で鈍い痛みを放っています。


本書をお読みいただいた後は、ぜひ以下の本もお読みいただくと、
この国の病根がよくわかると思います。
どちらもきめ細かい取材をもとにフェアな視点で書かれたノンフィクションです。


『市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像』佐々木実(講談社)
以前ご紹介しました。書評はこちら

『日本を壊す政商 パソナ南部靖之の政・官・芸能人脈』森功(文藝春秋)

投稿者 yomehon : 22:00

2016年03月07日

『呼び覚まされる霊性の震災学 』  死者とともに生きるということ

こんな不思議な話があります。


あの震災から半年ほどたったある朝、
仕事に出かけようとすると、玄関先に結婚指輪の箱が置かれていました。
指輪は震災時に失くしてしまっていました。
旦那さんは津波で行方不明のままで、現在も見つかっていません。
もう亡くなっているだろうと心のどこかで思い始めていた矢先、
なくしたはずの結婚指輪が形見のように戻ってきたのです。


これは2014年当時に石巻市で31歳だった女性が語ったお話。
この女性は指輪を届けてくれたのは旦那さんに違いないと信じています。

東日本大震災以降、東北の被災地を中心に
このような不思議な体験談が数多く語られるようになりました。

東北学院大学の金菱清教授(災害社会学)のゼミでは、
「震災の記録プロジェクト」と題して、
学生たちが被災地で綿密なフィールドワークを行っていますが、
そのなかで工藤優花さんが試みたのが石巻市での聞き取り調査です。

被災地での奇妙な体験談や噂話はとりわけ石巻市に多いそうで、
ネット上でも大量の書き込みがなされていることから、
工藤さんは石巻市で話を聞いてみることにしたのです。


怪奇現象にまつわる話にはひとつのパターンがあります。
それは「(幽霊を)見たかもしれない」「体験したかもしれない」といったような
「~かもしれない」という推測の域にとどまっているもの。

ところが、工藤さんが話を聞いて回るうちに、
それとは異質な現象を体験した人々がいることがわかりました。

それは、タクシードライバーのみなさんの体験談でした。

「震災から3ヶ月くらいかな?記録をみればはっきりするけど、初夏だったよ。
いつだかの深夜に石巻駅あたりでお客さんの乗車を待ってたら、
真冬みたいなふっかふかのコートを着た女の人が乗ってきてね」

この女性に目的地を尋ねると「南浜まで」と答えました。
深夜だし不審に思い、
「あそこはもうほとんど更地だけど構いませんか?どうして南浜まで?コートは暑くないですか?」
と尋ねたところ、
「私は死んだのですか?」
と震えた声で応えたため、
驚いて「え?」とミラーから後部座席に目をやると、
そこには誰も座っていませんでした……。


いかがですか?
あなたは運転手さんの勘違いだと思いますか?
あるいは夢でもみたのではないかと一笑に付すでしょうか。

ではこんな体験談はどうでしょうか。

「巡回してたら、真冬の格好の女の子を見つけてね」

2013年の8月頃の深夜、手を挙げている人を見つけ車を寄せると、
小さな小学生くらいの女の子が季節はずれのコート、帽子、マフラー、ブーツを着て立っていました。
不審に思い、「お母さんとお父さんは?」と聞くと、
「ひとりぼっちなの」と答えます。
迷子かと思い、家の場所を尋ね、その付近まで乗せていくと、
「おじちゃんありがとう」と言ってタクシーを降りたと思ったら、その瞬間に女の子は姿を消しました。
確かに会話をし、降りるときには手をとってあげて触れたのに
突如消えるようにスーッと姿を消したというのです……。


こんな話もあります。


2014年6月のある日の正午、
手を挙げている人を発見してタクシーを停めると、
真冬に着るようなダッフルコートを着た青年が乗車してきました。
目的地を訪ねると「彼女は元気だろうか?」と応えてきたので、
知り合いだったかなと思い、「どこかでお会いしたことありましたっけ?」と聞き返すと、
「彼女は……」と言い、気づくと姿はなく、男性が座っていたところには、
リボンがついた小さな箱が置かれてあったそうです。

運転手さんは彼女へのプレゼントと思われるその箱を開けることなく、
いまでもタクシーのなかで保管しているそうです。


「~かもしれない」などというレベルをはるかに超えて、彼らの体験談には、
「降りるときに手をとってあげた」とか「リボンのついた小箱が残されていた」とか、
具体的な接触の痕跡や証拠が残っていることになにより驚かされます。

もっと言えば、タクシーの場合、
乗客を乗せた時点で「実車」になってメーターが切られるわけですし、
GPSもあれば、無線で連絡を取り合ったりもするし、はっきりとした証拠が残るのです。
(彼らが乗せたお客さんも「無賃乗車扱い」状態で記録に残っていました)

しかも上で紹介したドライバーのみなさんは、
自分の体験したことがにわかには信じられず、
しっかりとメモや書類も残していたため、
さらに客観的に確認することができたそうです。


この工藤優花さんの報告は、
「死者たちが通う街―タクシードライバーの幽霊現象」と題して、
金菱ゼミがまとめた
『呼び覚まされる霊性の震災学 3.11生と死のはざまで』(新曜社)
おさめられています。


彼女のレポートを読んでなにより心を揺さぶられたのは、
石巻のタクシードライバーのみなさんの死者に対する態度でした。

たとえば最初に紹介したコートを着た女性を乗せた運転手さんは、

「この世に未練がある人だっていて当然だもの。あれ(乗客)はきっと、
そう(幽霊)だったんだろうな~。今はもう恐怖心なんてものはないね。
また同じように季節外れの冬服を着た人がタクシーを待っていることがあっても乗せるし、
普通のお客さんと同じ扱いをするよ」

と語っています。
(ちなみにこの運転手さんご自身も、震災で娘さんを亡くされています)

リボンがついた小箱をいまもとってあるという運転手さんも、

「ちょっとした噂では聞いていたし、その時は“まあ、あってもおかしなことではない”と、
“震災があったしなぁ”と思っていたけど、実際に自分が身をもって
この体験をするとは思っていなかったよ。さすがに驚いた。
それでも、これからも手を挙げてタクシーを待っている人がいたら乗せるし、
たとえまた同じようなことがあっても、途中で降ろしたりなんてことはしないよ」

と話し、いつかあの時の青年に再会できたときにプレゼントを返してあげたいと思っているそうです。
(ちなみにこの運転手さんは、震災でお母様を亡くされています)


また「幽霊」が手を挙げて乗ってきたとしても、
普通のお客さんと同じように乗せてあげるよ、と穏やかに語る人々……。

ここにあるのは、
亡くなった人たちの霊魂とごく当たり前のように共存している感覚です。

運転手さんたちの言葉に心を打たれながら、
ぼくは深く恥じ入ってもいました。

震災から月日がたつなかで、
自分は無念の思いを抱えたまま亡くなった方たちのことを忘れつつあるのではないかと――。


今回ご紹介した工藤優花さんによるレポートは、
運転手さんたちが霊に対して畏敬の念を抱いていたり
霊に寄り添う感覚を持っていることなどをさらに掘り下げています。
ほかにも死者をめぐる学生たちの優れた報告が載っていますので、
ぜひ本を手にとってお読みください。


ところで、書店でこの本のタイトル『呼び覚まされる霊性の震災学』を目にしたとき
ただちに想起したのは、鈴木大拙の名前でした。

禅の精神について英文で発表して世界的にも著名な鈴木大拙が
昭和19年に発表した代表作が、『日本的霊性』(角川ソフィア文庫)です。

大拙は当時、
軍部が盛んに宣揚していた「日本精神」に対抗して
「日本的霊性」を唱えました。

大拙は「精神は分別意識を基礎として居るが、霊性は無分別智である」として、
「霊性の直覚力は精神のよりも高次元のものであると謂ってよい」と述べています。

考えてみれば、
「幽霊なんて科学的にありえない」などと「分別意識」で切り捨てるのではなく、
当たり前のようにその存在を受け容れている石巻のタクシードライバーのような人こそが、
大拙の言うところの日本的霊性を持った人々であると言えるのではないでしょうか。


今年もまたあの日がめぐってきます。

きっと政治家たちは声高に「復興」を言い募り、その成果を喧伝するのでしょう。

彼らの言葉からは距離を置き、
静かに亡くなった人たちに思いを寄せながら過ごしたいと思います。

投稿者 yomehon : 20:34