2016年11月30日

『使用人たちが見たホワイトハウス』  Forbes JAPAN書評 第6回

今回、フォーブス ジャパンの書評で取り上げたのは、
『使用人たちが見たホワイトハウス 世界一有名な「家」の知られざる裏側』(光文社)です。

著者のケイト・アンダーセン・ブラウワーは、
ブルームバーグ・ニュースでホワイトハウス担当記者だった女性。

とんでもなく口が堅い大統領の私生活をサポートするスタッフたちの口を開かせることに成功し、
歴代大統領の知られざるエピソードをいくつも掘り起こした労作です。

トランプ氏が大統領に就任する前に読んでおくと、
新しい大統領がどんな生活を送ることになるかがよくイメージできると思いますよ。

ほんと読み出したら止まらない面白さ!

新しい大統領がホワイトハウスのスタッフたちから認められるような人物だといいんですけど。

よろしければこちらからどうぞ!

投稿者 yomehon : 20:48

2016年11月14日

『ハリー・ポッターと呪いの子』 弱いハリーがとっても新鮮!話題の最新作


人生は振り子のようだという人がいます。
良いことがあれば必ず悪いこともある。
華やかな成功ほど目にとまりがちですが、その裏には試練にさらされた過去がある。
プラスとマイナスの間を振り子のように揺れるのが人生だというのです。

それが見事に当てはまるのがハリー・ポッターかもしれません。
ハリーといえばご承知の通り、闇の魔法使いヴォルデモートを倒し、
魔法界に平和と秩序を取り戻した立役者として知られていますが、
シリーズ最新刊『ハリー・ポッターと呪いの子』 でのハリーはまるで別人のよう。

魔法界を巻き込んだ「ホグワーツの戦い」から19年後、
2男1女の父親になったハリーにかつての勇敢さはありません。

子どもたちの中でも、次男のアルバス・セブルス・ポッターとは、
うまく関係が結べずに悩んでいます。
「アルバス」と「セブルス」という(ファンにもお馴染みの)
2人の偉大な魔法使いからとられた名前をつけられた上に、
父親もあの有名なハリー・ポッター。

有名人の息子であるがゆえの重圧から反抗的な態度をとるアルバスを前に、
ハリーはただオロオロとするばかり。
挙句の果てにはキレて息子にひどい言葉を投げつけてしまったりして、
そのみっともない姿に読者は、「これ、本当にあのハリーなの?」と愕然とするはず。
これではそのへんのわからずやのダメな父親とまったく変わりません。

しかし親子のコミュニケーションが断絶状態にある中、
アルバスには密かに魔の手が迫っていました。
そこにはポッター自身の過去も関係していて、
やがて父と子はポッター家の歴史と向き合うことになります。
その時、父と子がとった行動とは?そして明らかになる真実とは――?


さすが全世界の発行部数が4億5千万部を超えたという
ベストセラー・シリーズの最新刊だけあって、期待を裏切らない面白さです。

「人生は振り子」ということでいえば、
ハリーのかつての天敵ドラコ・マルフォイの息子スコーピウスが
むちゃくちゃいい子なのがとても新鮮。
まるでハリーにおけるロンのように、
スコーピウスはアルバスの無二の親友になるのです。

また嫌な奴だったドラコも、ハリーと同様、息子の前では無力な父親なのも面白い。
父親どうし「お互い大変だよね」と居酒屋のカウンターで慰め合うかのように、
ハリーとドラコの間に同志的な友情が芽生えるところも本作の読みどころのひとつ。


なお本作は小説ではなく、
ロンドンのパレス・シアターでの舞台公演の脚本を書籍化したものですのでご注意ください!

脚本ですので、「ト書き」と「台詞」で物語が進んでいきます。
戯曲やシナリオなどを読んだ経験をお持ちでない方は少々戸惑うかもしれません。

版元の戦略もあるのか、このことはあまり事前にアナウンスされていなかったように思います。
もちろんまったく情報がなかったわけではありませんが、
僕自身、少し丁寧にリサーチしてようやくわかった程度の情報量でしたから。

しかも店頭ではビニールがかけられていますので、買ってみるまで中身はわかりません。
これでは本書で初めてハリー・ポッターに興味をもって店頭で購入した人はびっくりするかも。

いくらベストセラーが確実な商品とはいえ、
版元からはもう少し積極的なお客さんへの情報提供があってしかるべきでした。
なけなしのお小遣いをはたいて買う子どももいるのですから。

いまや時代は積極的に情報公開してなんぼ。
情報を伏せることで興味をひこうとするやりかたはかえってカッコ悪く見えてしまいます。

小説だと思って購入した人のがっかりコメントをネット上であまりにもたくさん目にしましたので、
これからご購入を検討されている方々のために申し添えておきます。

ただ、脚本形式だからといって、
小説に比べて物語の面白さが半減するようなことはまったくありませんのでご心配なく。

むしろ脚本ならではのスピーディーな展開は、
あなたに新鮮な読書体験をもたらしてくれることでしょう。

こういうかたちでのハリー・ポッターも「あり」だと思いますよ。

追記:その後、書店の中には、ビニールをとって販売するところや
    小説ではなくシナリオであることをPOPなどで告知するところも出てきました。
     
  

投稿者 yomehon : 01:00

2016年11月07日

『勝ち過ぎた監督』 若き名監督の栄光と挫折


日本球界の偉業とは何かと問われたら、あなたはどう答えますか?
今年だとやはり日本ハム・大谷翔平選手の二刀流の成功ですよね。
投手でも10勝、打者でも22本塁打、打率.322という成績は驚異的です。

では過去に遡ればどうか。
アマチュア球界の大物として知られる元駒澤大学監督の太田誠さんは、
「川上・巨人のV9」とともに意外な名前を挙げています。

それは、駒大苫小牧の全国制覇です。


2004年夏の甲子園で、
駒大苫小牧は北海道勢として初めての全国制覇を成し遂げました。
これがいかにすごいことだったか。
いまでも当時の大フィーバーぶりは語り草になっています。

駒大苫小牧が初優勝したその日、2004年8月22日は、
偶然にもアテネ五輪の女子マラソンで、
野口みずき選手が金メダルを獲得した日であったにもかかわらず、
北海道では駒大苫小牧の優勝が大きく報じられ、
コンビニや駅売店では新聞があっという間に売り切れたそうです。

新聞社の中にはふたたび輪転機を回して増刷したところもあり、
翌日のコンビニなどには「昨日のスポーツ紙あります」と貼り紙が貼られ、
これまた飛ぶように売れたそうです。
前の日の新聞が売れまくるなんて前代未聞ではないでしょうか。

この他にも駒大苫小牧の優勝は意外なところにも影響を及ぼしています。

いまではプロ・アマ問わず当たり前のようにみかけるようになった
優勝したときに人さび指を高く天に掲げるナンバーワンポーズ。
あのポーズを考案して世間に広めたのも駒大苫小牧の選手たちでした。


駒大苫小牧は翌2005年の夏も優勝。
夏の連覇は57年ぶりの快挙でした。
史上初の3連覇がかかった2006年夏も田中将大投手を擁して決勝に進出。
準優勝に終わりましたが、早稲田実業と決勝再試合の死闘を演じたのは
記憶に新しいところです。


『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の3連覇』中村計(集英社)は、
北海道に初の深紅の大優勝旗をもたらした若き名将、
香田誉士史(こうだ・よしふみ)監督の栄光と挫折を描いたノンフィクション。

北の大地に全国屈指の強豪校が生まれるまでの濃密な人間ドラマが見事に描かれた
今年のスポーツノンフィクションの収穫のひとつです。


佐賀県出身で、もともと北海道に縁もゆかりもなかった香田さんは、
恩師の駒大野球部御大こと太田誠氏に命じられ、
1994年に駒大苫小牧高校の野球部監督として赴任します。

当時、北海道で甲子園常連校といえば、
「ヒグマ打線」の名で知られる駒大岩見沢が有名で、
駒大苫小牧のほうは全国的には無名でした。

しかも「寒さ」というハンデキャップもありました。
太平洋に面した苫小牧は北海道では雪が少ないほうだとはいえ、
それでも12月になると息を吸うと鼻毛も簡単に凍ってしまうほど寒く、
赴任した当初は、「こんなとこ、野球やるところじゃないと思った」と言います。

北海道では11月くらいからは寒さでボールも握れなくなり、
翌年の4月になってようやくグラウンドが使えるという状態なため、
必然的に長い冬の間は室内練習場にこもって
ウエイトトレーニングなどに精を出すことになります。
その結果、きめ細かい野球というよりは、冬の間に鍛え上げた体を武器に、
思い切り速いボールを投げ、遠くまでボールを飛ばすという豪快な野球が主流になりました。

驚くべきことに香田監督は、
この北海道特有の野球の常識に真っ向から挑戦します。

地方再生のヒントが詰まった藤吉雅春さんの『福井モデル』(文藝春秋)の中に、
地域を変えるのは「若者とバカ者とよそ者」であるという話が出てきますが、
香田監督自身がまさに若者であり、バカ者であり、よそ者でした。

「自分の理論がないから、なんでもやってやろう」と思ったという香田監督は、
なんと真冬の屋外練習に取り組み始めたのです。

ショベルカーで雪をどけたグラウンドは氷上のようにカチンコチンに凍っています。
軽く打っただけでも鋭い打球になるうえに、足元は滑るし、捕るほうも命がけ。
しかも低温による劣化で金属バットがまっぷたつに折れるというのですから凄まじい。

しかしこれまで誰も試みることのなかった真冬の屋外練習は、
思いもよらない効果をもたらします。
滑らないようにバランスをとるのが上手くなり、選手の体幹が鍛えられる。
マイナス1度や2度なんてむしろ暖かく感じられるようになる……。

田中将大投手は仙台が本拠地の楽天時代も
それよりさらに寒いニューヨークでも平気でプレーしていますが、
マイナス15度でも雪上練習を敢行したという高校時代の練習を知ればそれも納得です。

こうしていくつもの固定観念が覆されていきます。

先ほどちらっと紹介したナンバーワンポーズも、
チームの気持ちをひとつの方向に向けるために象徴となるポーズを決めたほうがいいという、
脳トレーニングの専門家からのアドバイスを受けて、選手自身が考え出したもの。
彼らは恥ずかしさを乗り越えて普段から、
それこそ職員室に入る時もあのポーズで挨拶していたそうです。

意図をもって日常生活にあのポーズを取り入れているのと、
「なんか流行ってるから」とあのポーズを真似しているのとでは大きく違います。
いつしか恥ずかしさは消え、選手たちの胸に「全国制覇するんだ」という強い思いが育っていきます。

香田監督が指導していた時代は、グランドにはゴミひとつなく、用具も整然と並んでいたそうですし、
そうしたひとつひとつの積み重ねがやがて他校に大きな差をつけることになるのです。

他校との差は、選手のプレーや日々の行いだけではありません。

強さの秘密を聞かれ、
「吹奏楽部っすよ」とあの田中将大選手をして言わしめるほど、
駒大苫小牧の吹奏楽部は有名ですが、
本書には吹奏楽部の演奏のテンポまで、
選手たちのプレーのリズムを後押しするよう
180(1分間に180拍ということ)に設定されていたとか、
驚くようなエピソードが次々に出てきます。
(こうしたディテールの豊かさが本書の魅力。著者の取材力は称賛に値します)


しかし北海道勢初の栄冠は、若き名将にプレッシャーとして重くのしかかります。

取材依頼や講演依頼、宴席への誘いなどがひきもきらず、
中傷の郵便物なども毎日のように届くようになります。

そんな中、チームの不祥事が明らかになり、
香田監督は一挙にどん底へと突き落とされるのです。

このあたりの詳しい経緯は
本書の重要な部分を成しているので、ぜひ本をお読みください。

ひとつだけ書いておくと、
高校野球で不祥事が明らかになる場合、
そのほとんどは控え選手の親による告発だそうで、
駒大苫小牧の場合も控え選手の父親がメディアに情報を流していました。
その結果、その息子さんはチームメイトから疎んじられ、
卒業後も誰も彼の連絡先すら知らないという状態だったそうですが、
驚いたのは、香田さんだけは卒業後もその生徒とつきあいを続けていたことです。

「あいつのせいじゃない。あいつも俺の教え子」という香田さんの言葉を
著者が当時の関係者に伝えると、皆一様に驚き二の句が継げなかったそうです。

ただ、本書にはそういう美しいエピソードだけではなく、
体罰の問題などもしっかり書かれています。
それらをどうとらえるかは本書を読んでそれぞれご判断ください。

香田誉士史という若き監督は、
北海道勢初の全国制覇、そして夏連覇という偉業を成し遂げ、
最後は学校側の心ない仕打ちもあって北海道を去ることになります。

大きな成功も、とんでもない失敗も、
高校野球の素晴らしいところも、薄汚い一面も、
そのどちらもが本書には描かれているけれど、
本書を読み終えていちばん心に残ったのは、
ただひたすらに生徒たちに全力で向き合う香田氏の姿でした。

短い間に人生の絶頂とどん底を味わった男の濃い人間ドラマを
あなたもぜひ味わってみてください。

投稿者 yomehon : 01:00

2016年10月31日

『君の名は。』 新海誠が描く「災後の物語」


今年最大のヒット作といえば、
なんといっても新海誠監督の劇場版アニメ『君の名は。』ですよね。

これまでの新海作品は
どちらかといえばコアなファンに支持される作風でしたから、
満員の観客で埋め尽くされた光景を前にしたときは感慨無量でした。

しかしそれにしてもなぜ『君の名は。』が
これほどまでのポピュラリティーを獲得するに至ったのでしょうか。

それは一考に値するテーマではないかと思うのです。


まだ観ていない(あるいは読んでいない)方のために
簡単にストーリーを説明しておくと、
東京と地方で離れて暮らす少年・立花瀧と少女・宮水三葉の心が
ある日突然入れ替わってしまうという、
「男女の入れ替わり」のアイデアが物語の核になっています。

戸惑いながら互いの生活を送るうちに、
入れ替わりにある種のきっかけや、
周期などのパターンがあることを知ったふたりは、
スマホにお互いの行動などを記録することでコミュニケーションをとりはじめます。

ところがある時、瀧がサプライズで三葉のもとを訪れようとしたことから、
物語は思わぬ方向へと動き始めるのです。

まだ観ていない人のためにあまり詳しくは書きませんが、
東京と地方という遠距離によって隔てられていたふたりが、
実は現在と過去という時空によっても隔てられていたことが明らかになり、
ここから物語は一気呵成に結末へと走り始めます。


実は『君の名は。』は、
これまでの新海作品を踏襲している部分も多いんです。

新海作品の特長を思いつくままに挙げてみると、
作品ごとに繰り返し変奏される「男女のすれ違い」というテーマ、
各作品に通低する「切なさ」の感覚、
「喪失」への痛み、
さまざまな表情をみせる「空」の描写、
そして美しい細密画のように描かれる「都市の風景」、といったところが挙げられます。


『君の名は。』もこれら新海作品の特長を踏まえています。

冒頭、地上へと落下していく彗星の映像は、
あの新海誠の作品が、まさにこれから始まるのだということを高らかに宣言するものに他ならないし、
時空を隔てた瀧と三葉のすれちがいは、狂おしいほどの切なさを掻き立てます。

それらはみな、この作品が他ならぬ新海誠監督の作品であることを
証し立てているわけですが、この『君の名は。』にはひとつだけ、
これまでの新海作品にはない特色があります。


それは、「巨大災害後の世界を生きているということへの深い自覚」とでも言うべきもの。
明らかににこの作品は、「災後の物語」として描かれています。


この作品にはもともと
「夢と知りせば 男女とりかえばや物語」という仮タイトルがつけられていたそうです。

古今和歌集にある、小野小町が詠んだという
「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを」
(あの人のことを思いながら眠りについたから夢に出てきたのかしら。
夢と知っていたら目を覚まさなかったのに)という和歌と、
古典の『とりかえばや物語』からストーリーの着想を得たそうですが、
男女の入れ替わり生活がコミカルに描かれる前半から
物語のトーンがガラリと転調して、
「死者の存在」が物語の前景へと急にせり出してくるところなどには、
やはりぼくは3・11の体験が大きく影響していると思うのです。


特にぼくがリアルだと感じたのは、
瀧も三葉も互いの名前を忘れてしまうところ。

「いつまでも大切な人のことを忘れない」というメッセージを打ち出す作品は
よくありますが、この『君の名は。』では忘れてしまう。
ここが他の作品にはなかった点です。


さらにここからが重要で、
瀧も三葉も、忘れても忘れても、「思い出そう」という意志は持ち続ける。
忘却に必死に抗う。

「君を忘れない」みたいなメッセージでは終わらずに、
そこからさらに踏み込んで、人間だから忘れてしまう。
でもだからこそ、全身全霊で思い出せ、というメッセージを全力で発しているのです。

これはこれまでにないアプローチです。


唐突に感じるかもしれませんが、
ここで思い出すのが古代ギリシャの哲学者プラトンです。

哲学というと、なにか難しいことを考え続ける行為のように思われるかもしれませんが、
プラトンの哲学のもっとも重要なコンセプトは、「想い出すこと」でした。

人間の魂は、本当に大切なことはもともと知っているものだ。
だから大切なのは、考えることではなくて想い出す(想起する)ことなのだと
プラトンは考えたのです。


そういえば、村上春樹さんは、
物語を語るというのは、
「意識の下部に自ら下っていくこと」だと述べています。(『職業としての小説家』

大切なものは地下の暗闇のようなところにあって、
そこに下りていって発見したものを、
物語のかたちで私たちに見せてくれるのが小説家なんだと村上さんは言います。
(先日のアンデルセン文学賞の授賞式でのスピーチでは、
「自分の影と向き合う」と表現していましたね)

村上さんがここで述べていることは、
ぼくにはほとんどプラトンが言っていることと同じように思えます。


長く続いた「戦後」が終わったのか、
それともまだ続いているのかということにはいろいろな意見があるようですが、
しかし少なくとも、個人的な実感に基づいて言えば、
いまはもう戦後よりも「災後の時代」であると言っていいのではないでしょうか。

ある日突然、理不尽に大切な人の命が奪われてしまう。

自然の猛威、
テロなどのコラテラル・ダメージ
あるいは最近の痛ましい事件でいえば、
87歳の老人が暴走させた軽トラックによって
未来ある子どもの命が奪われるという信じがたい暴挙のように。

愛する人や、か弱く小さき者たちの命が、突然に奪われてしまう。
そんな悲しい場面をぼくたちはどれほど目にしてきたことでしょう。


忘れても、想起し続けること。
たとえ忘れたとしても、大切なことは私たちの中に眠っているのだと気づくこと。

『君の名は。』は、
そういった理不尽な現実への
ひとつの態度表明になっているのではないでしょうか。

理不尽で悲しい出来事と人はどう向き合えばいいのかというテーマは、
昔から宗教が取り扱ってきたテーマでもあります。
(たとえば聖書でいえば「ヨブ記」がそうです)

そういったものと比べて、
「『君の名は。』なんてしょせんエンタメじゃないか」という意見もあるでしょう。

でもエンタメでこういうアプローチの作品が出てきたことこそが重要なのだと思います。


3・11の後という括りでいえば、
いくつかの文学作品なども書かれてはいますが、
個人的にはいまひとつピンとくるものがなかった。

だから「災後」ということではむしろ、
水俣病をテーマにした石牟礼道子さんの『苦界浄土』のような作品を
なんども読み返したりしていました。

それが今年は、非常時のこの国の意思決定システムのあり方を
真正面から描いた『シン・ゴジラ』という素晴らしい作品が出てきて、
そしてこの『君の名は。』が出てきた。

もちろんこのタイミングで両作品が公開されたのは偶然ですが、
どちらも大ヒットしているのは偶然ではないと思います。

やはりそれは、「災後」の社会を生きる僕たちが無意識に求めているものが
ここに描かれているからではないかと思うのです。


最後に。
もしこの『君の名は。』を観て新海作品に興味を持たれた方は、
次はぜひ『星を追う子ども』を観て下さい。
『君の名は。』へとつながる
大切な人の死というテーマを扱った秀作で、こちらもおススメです。

投稿者 yomehon : 01:00

2016年10月26日

『最後の秘境 東京藝大-天才たちのカオスな日常-』 Forbes JAPAN書評 第5回

今回、『フォーブス ジャパン』の書評で取り上げたのは、
『最後の秘境 東京藝大-天才たちのカオスな日常-』二宮敦人(新潮社)です。

ノンフィクションの退潮が言われて久しいですが、
取り上げる素材と視点の面白さによっては、
まだまだ面白いノンフィクションが書けるのだという
まさにお手本のような一冊。

出版界のみなさん、この本にはベストセラーのヒントがいろいろ詰まっていますよ。

よろしければこちらからどうぞ!

投稿者 yomehon : 04:00

2016年10月25日

『煽動者』 群集を操る知能犯vsキャサリン・ダンス


朝晩に少し肌寒さを感じるようになると、
それがJDことジェフリー・ディーヴァーの新刊が出る合図。
今年もそろそろかなと書店に行くと、やっぱり並んでいました。
おそるべしJDの法則。

さて、今回の新刊は『煽動者』池田真紀子訳(文藝春秋)
キャサリン・ダンスが主人公のシリーズ4作目です。

カリフォルニア州捜査局の捜査官キャサリン・ダンスは、
ボディランゲージを手がかりに相手の嘘を見抜くキネシクスという技術のエキスパート。
尋問の達人で、「人間嘘発見器」の異名を持ちます。

ところが今回は、事情聴取の末に彼女が「無実」と太鼓判を押した男が逃走、
実は麻薬組織の殺し屋だったことが判明します。
麻薬組織を壊滅させる糸口となる重要人物を取り逃がしたミスにより、
ダンスは捜査チームから外された上に拳銃も取り上げられ、
民事トラブルを担当する部署に異動させられます。

そこで担当することになったのが、
ライブハウスで観客が将棋倒しになり、多数の死傷者が出た事件なのですが、
調査するうちにいくつかの不可解な点が浮かび上がります。

観客はライブ会場の外で焚かれた炎の煙を火事だと誤認したこと。
非常口のドアがトラックに塞がれていたこと……。

キャサリン・ダンスは、観客のパニックは
何者かが意図的に仕組んだのではないかと疑います。

群集心理を自在に操る知能犯との知恵比べが始まります。
そして思いもよらない場所で起きる第二の犯行。
そしてその一方で進行する麻薬組織の殺し屋をめぐる捜査。
凶悪な犯罪者たちとの戦いにダンスは丸腰で臨むのでした……。


ジェフリー・ディーヴァーはその時々の社会問題や最新のテクノロジーなどを
いちはやく作品に取り入れることで知られています。
しかも、ドローンやビッグデータ、スマートグリッドといったトピックスを、
作品を今ふうに飾り立てるための単なる意匠として取り入れるのではなく、
それらを大胆に謎解きの核心にも使うのです。

今回、JDが描こうとしたものは何か。
それは、人びとが漠然と抱いている恐怖や不安です。

いまや私たちは、テロのニュースが報じられても
かつてのように腰を抜かすほどの衝撃をおぼえるようなことはなくなりました。

「またテロが起きたのか……」

その時胸底にあるのは、
またも悲劇が繰り返されてしまったという暗鬱な気分。
そして自分の無力さに対するやるせない思い。
残念なことではありますが、
私たちはそれほどまでにテロが日常化した世界に暮らしています。

テロが日常化するということは、
いつ私たちがテロに巻き込まれてもおかしくないということでもあります。
私たちはテロのニュースに見慣れた印象を持つ一方で、
自分たちも被害者になり得るかもしれない恐怖心を
恒常的に抱え込むことになったのです。

たとえば、人混みのなかで爆発音のような音が聞え、
誰かが「テロだ!!」と叫ぶ声を聞いたとしたら、あなたはどう思うでしょうか。
「あぁやっぱり」「ついに起きたか」
恐怖で心拍数が一挙に跳ね上がる一方で、
おそらくそんな思いも頭をよぎるのではないでしょうか。

JDはそんな「時代の気分」を描こうとしました。
そして見事に成功しています。

群集の中でいったんパニックが起きるともう誰にも止められません。
根拠のないデマに基づいたメールやツイッターの投稿が瞬く間に拡散し、
ネットメディアやテレビなどがその拡散に加担するという負の連鎖反応が起きます。

「大勢の人の集まりには見えなかった。大きな一つの生き物のようなものが
身をよじらせながら非常口に向かっていた……」

私たちひとりひとりの輪郭は、
パニックに陥った群集の中ではいとも容易く溶解し、
その結果、暴力的な本能を剥き出しにした恐ろしい生き物が姿を現します。

現代社会が抱え込んでいる弱点のひとつを
鮮やかに描き出した作品といえるでしょう。

もちろん本書からシリーズを読み始めたという人もじゅうぶんに楽しめますが、
もしあなたが過去の作品も読んでいるというのなら、
本作ではこれまで以上にキャサリン・ダンスのプライベートが描かれていますので、
そちらも読みどころのひとつになっています。

ふたりの子どもを育てるシングルマザーでもある彼女。
今回は子どもたちの行動にも翻弄されます。
「人間嘘発見器」と呼ばれるほどの尋問の達人であっても、
子育ての前ではひとりの無力な母親に過ぎません。
そうしたダンスの悩めるワーキング・マザーぶりがしっかり描かれていることも
本作の大きな魅力といえるでしょう。

投稿者 yomehon : 03:00

2016年09月21日

『あなたの体は9割が細菌』  Forbes JAPAN書評 第4回

今回、『フォーブス ジャパン』の書評で取り上げたのは、
『あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた』アランナ・コリン(河出書房新社)です。

今年読んだ本の中でも群を抜いて面白かった一冊。
読むと人間観や生命観がガラリと変わりますよ!

よろしければこちらからどうぞ!

投稿者 yomehon : 22:09

2016年09月08日

『プライベートバンカー』 お金持ちは幸せか!?

くじ運には恵まれないにもかかわらず、
いつもジャンボ宝くじだけは買うようにしています。

もちろん1等なんて当たりっこありません。
数学的な思考について楽しく学べるタテノカズヒロ著、
『コサインなんて人生に関係ないと思った人のための数学のはなし』を参考に、
宝くじで1等が当たる確率をわかりやすく説明すると、こういうことになるようです。

たとえばあなたが誰かの携帯に電話をするとしましょう。
相手は昔のバイト仲間かなにか。とにかく何年ぶりかに電話する人物です。
ひさしぶりなので「090-2……」までしか番号を思い出せません。

宝くじの1等が当たる確率というのは、
ここで残りの番号を当てずっぽうに押したにもかかわらず、
1発で相手につながる確率と等しいのだそうです。(1000万分の1の確率)

ね?いかに宝くじで1等が当たるのが難しいかわかるでしょう。

にもかかわらず、なぜ宝くじを買い続けるのかといえば、それは妄想をするためです。

大金持ちになったあかつきには、いったいどんなコトをしてやろうか。

まず会社に辞表を叩きつけ、ヨメには1億ぐらいポンと手切れ金を渡して旅に出るな。
まずヨーロッパあたりをのんびりとまわろう。
気に入った街があったらそこで暮らしてみたりしながら、
定まった旅程のない気ままな旅を続けるのはどうだろう。

いや、いっそ日本にとどまって、住んでみたかった土地に家を建てるのもいいな。
いちど頼んでみたかった建築家が5人はいるから、
北海道から沖縄まで5箇所に土地を購入して5棟の家を建てるのはどうだろう。
その年の優れた建築作品のベスト5を自分の家が独占しちゃったりして。
それでもし『Casa BRUTUS』が特集を組みたいなんて言ってきたらどうしよう。

……などと、あれこれ妄想してはひとり悦に入るわけです。
ちなみに宝くじは発売初日に購入するのがマスト。
それだけ長い間、妄想タイムを楽しめるからです。
宝くじはいわばひとときの夢をみるためのチケットみたいなものかもしれません。


なってみたことがないがゆえに
なかなか想像の域を出ることがないのが、「お金持ちの生活」です。
実際に彼らはどんなことを考え、どんなふうに暮らしているのでしょうか。

その一端を明らかにしてくれるのが、清武英利さんの
『プライベートバンカー カネ守りと新富裕層』(講談社)

清武さんはすぐれたノンフィクション作品をいくつもお書きになっている方で、
当コラムでも以前、経営破たんした山一證券に残って最後まで撤退戦を戦い抜いた
12人を描いた傑作『しんがり 山一證券最後の12人』をご紹介したことがあります。
こちらからどうぞ

そんな優秀なノンフィクション作家が目をつけたのが、
お金持ちの「資産フライト」や租税回避を手助けする
プライベートバンカーの世界というのが面白い。
おりしも「パナマ文書」の公開によって、富裕層の資産の実態に
世間の注目が集まっているタイミングで、実にタイムリーな出版です。

本書によれば、プライベートバンカーが相手にするのは、
1億円以上の金融資産を持つお金持ちのみ。
1億円~5億円未満の資産を持つ者が富裕層で、
5億円以上の資産を持つ者は超富裕層と呼ばれます。
ここで言う資産は、不動産などを含まない金融資産のみの金額。
要するに「本当に手元にお金を持っている人々」です。

そんなスーパーリッチの中で本書がフォーカスするのが新富裕層と呼ばれる人々。
一代で財を成した不動産業者やパチンコ業者、IT長者などが典型で、
何代にもわたって資産を受け継いできた「オールドマネー」の人々と区別して、
「ニューマネー」とも呼ばれます。

何代にもわたるお金持ちに比べ、機を見るに敏、
フットワークも軽い彼らがいま注目しているのが、シンガポールなのだそうです。

天然資源のない都市国家であるがゆえに、
政府が外国人富裕層や外国企業の誘致に積極的で、
そのために相続税や贈与税などを廃止するなどの政策をとるシンガポールは、
治安が日本より良いうえに、永住権も事実上カネで買うことができる。
そして日本の税法のある抜け穴(通称「5年ルール」)を利用すれば、
子どもや孫に資産を目減りさせずに残せる可能性が高い、ということで、
多くの日本人新富裕層が彼の地へと居を移しているというのです。

本書は、野村證券を辞めてBank of Singapore(シンガポール銀行)へと転職した
杉山智一さんという実在のプライベートバンカーを主人公に、
新富裕層と彼らの資産を守るプライベートバンクの実態を浮かび上がらせます。

杉山氏が遭遇する驚くべき出来事の数々は本書の読みどころですので、
ぜひ本をお読みいただくとして、ここでは、
本書で知った意外なお金持ちの姿についてのみ触れておくことにしましょう。

この本を読んでとっても意外だったこと。
それは本章に登場するお金持ちたちが、全然ハッピーにみえないことです。

もともと税金逃れのための移住で、
シンガポールが好きで来たわけではないため、
しばらくすると「退屈で死にそう」「日本に帰りたい」と奥さんが言い出し、
一家で揉め始めるのがパターンだそう。
あげくのはてに離婚。中には自殺騒ぎを起こした人もいるそうです。

日本の税法では、被相続人(親)と相続人(子)が、
ともに5年を超えて日本の非居住者であるときは、
日本国内の財産にしか課税されません。(通称「5年ルール」)
だから彼らは、縁もゆかりもないシンガポールに渡って、
5年間をやり過ごそうとするのですが、
そんな彼らを待ち受けているのが「退屈」の二文字なわけです。
(本書にはあの村上ファンドで世間を騒がせた村上世彰氏の名前も出てきます。
現地の日本人たちがつけた彼のあだ名は「淋しいボス」だそう)

ただ国税当局も手をこまねいているわけではありません。

2012年度の税制改正に盛り込まれた「国外財産調書制度」では、
海外に5千万円を超す資産を持つ国民に対して、確定申告の際にその内訳明細書を
提出するよう義務付けました。
また2015年度の税制改正では、富裕層の海外資産を把握するために、
個人や法人が海外に持つ金融口座の情報を国家間で交換し合う
「自動的情報交換制度」を導入した他、「国外転出時課税制度(通称・出国税)」を
創設し、海外への税逃れに対抗しようとしています。
もちろん2016年1月から運用が始まったマイナンバーを銀行口座と
連動させることも検討されています。

持てる者と持たざる者との格差が、
今後ますます拡大すると言われる中、
富裕層がどんなことを考え、
どのような方法でカネを守ろうとしているかを知ることには意義があります。


これまでの清武作品を読んできて思うのは、
彼はいつも「グッドルーザー」(良き敗者)の姿を描こうとしているということ。

本作における「グッドルーザー」は誰か、ぜひ本を読んで確かめてください。

それにしてもこの本を読むと、
幸せとは何かについて思いを馳せないわけにはいきません。

桁外れの資産を手にした人生は果たして幸せなのか。

仕事のやりがいとは何か。

人生における勝ち負けとは何か―ー。

この本に登場するお金持ちをみて、
あなたが胸に抱くのは、
羨望の念でしょうか、それとも憐れみでしょうか……。

投稿者 yomehon : 18:00

2016年09月01日

『習得への情熱』  Forbes JAPAN書評 第3回

今回、『フォーブス ジャパン』の書評で取り上げたのは、
『習得への情熱』ジョッシュ・ウェイツキン(みすず書房)という本です。

ちゃんとしたステップを踏めば、
誰もが超一流の技能を身につけることができると主張する一冊。
信じるか信じないかはあなた次第…?

よろしければ、こちらからどうぞ!

投稿者 yomehon : 12:47