戦後70年特別企画 アーサー・ビナード『探しています』

毎週土曜日 早朝5:00〜5:10
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作家、山中恒さんが今も探し続ける「戦争の不条理」

児童文学の名作を数多く世の中に送り出してきた山中恒さん。自らの経験を元に膨大な資料を調べあげ戦時中の軍国主義教育を描いた「ボクら少国民」シリーズなどの著者としても知られています。

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お互いの著書を手に


子どもの頃、大林宣彦監督の青春映画「転校生」に胸をときめかせた方も多いでしょう。あの映画の原作「おれがあいつであいつがおれで」の原作者が、児童読物作家の山中恒さんです。子どもの頃、土曜日になるとテレビドラマ「あばれはっちゃく」を観て少しだけガキ大気分に浸った方も多いでしょう。山中さんはその「あばれはっちゃくシリーズ」の原作者でもあります。

天皇陛下に仕える小さな皇国民という意味で、戦時中、小学生たちは「少国民」と呼ばれていました。学校では基礎的な軍事訓練も行われ、男の子なら兵隊になることに憧れた時代に山中さんも子供時代を過ごします。1931年、満州事変が起こった年に北海道の小樽で生まれた山中さん。日中戦争から太平洋戦争と続く「15年戦争」の只中で少年時代を過ごし14歳で終戦を迎えます。ドイツ映画「世界に告ぐ」を教材に、ボーア戦争においていかにイギリス兵が残虐だったかをすり込まれていた山中さんは、当時の教師の教えに沿って、アメリカ軍に捕まる前に自決することを覚悟します。しかし友人は「お前は司令官でも参謀総長ではなく、ただの中学2年生のガキだぞ」「どうしても死にたければ、先生たちが死ぬのを見届けてからそうすれば良い」と諭されました。しかし自決する先生は一人もいませんでした。終戦直後、まだ「原爆なんて鏡で跳ね返せる」と生徒たちに暴論を披歴していた教師たちでしたが、一月も経つと、今度は軍国教育のバイブルだったはずの教科書の「墨塗り」を子供たちに命じます。山中少年が戦争から学んだ教訓は「大人を信用するな」「権力者を疑え」でした。

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これが噂の山中さんの書庫。蔵書が何と2万冊!
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タグをつけ背表紙を貼って実に丁寧に分類されています。当時の日本の雑誌や書籍だけではなく、日本の事情を伝える戦時中のアメリカの雑誌コーナーなども充実していて、戦争を太平洋の西側と東側から眺める事ができる一級資料の数々です。山中さんが長い月日をかけて古書店を巡り集めたもので、その膨大さと資料の希少さに書架を眺めながらアーサーさんもただ茫然...

山中さんのラジオ本.JPGのサムネール画像
恐ろしいタイトルの本も!

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アーサーさんにとってはまさに「宝の山」状態。予想通り、読み耽りはじめたのでした。

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ところが5分以内に山中さん宅を辞し、急いで会社に戻らないと「吉田照美 飛べサルバドール」の出演が間に合いません。「また来ます」と約束し、山中さんと奥様の典子さんに手を振りながら名残惜しげなアーサーさんでした。

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3月21日(月)まで東京・町田の町田市民文学館では「児童読物作家、山中恒-子どもと物語で遊ぶ」展が開かれています。ぜひ足をお運びください。ちなみに最終日を除く毎週月曜日と、2月12日(金)、3月10日(木)はお休みですのでご注意ください。

アーサーのインタビュー日記

山中さんが膨大な資料を収集し書きあげた「靖国の子」(©大月書店 1600円+税)という本の中に、三重県の国民学校4年生の大井君の詩が出てきます。
「僕のからだ」というタイトルです。
~僕のからだは御国のからだ 大きくなれば戦争で きっとりっぱに働きます。僕の兄さん三等水兵 病気でたおれて死にました 僕が大きくなったなら きっとかたきを討ってみせます。御国のためなら 死んで忠義を尽くします。死んで御国に御奉公をつくします。~
この大井君の言葉を2016年の日本の言論空間の中で読んだり聞いたりすると違和感を覚えます。しかし、あの時代を生きて、あの時代に日本の学校教育を受けた子供たちにとっては日常の言葉の範囲内、日常の考え方だったのでしょう。「死んで忠義を尽くす」と小学校4年生が誓う事が普通だったのだと思います。山中さんはこの時代を体験して、それを踏まえた上で自身の作品を書いています。沢山の消えてしまった声、子供たちの言葉、そして当時の大人たちの教育を資料の中から掘り起こして整理し、2016年に生きる人間が「あの時代」に分け入って、皆の話が聴けるように間口を広くし奥行も作ってくれています。そのことで私たちが現在と当時を比較することができるし、今の時代の中で慣れてしまい気づかない異常さや違和感もきちんと感じ取ることができるのです。それがとても貴重な事です。今の時代をきちんと批判しそのおかしさを見抜き、そして騙されないために、「70年前80年前の日本は何だったのか」という事を見渡してつかむ必要があるのではないでしょうか。

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