浜美枝のいつかあなたと

毎週日曜日
 9時30分~10時00分
Mr Naomasa Terashima Today Picture Diary

寺島尚正 今日の絵日記

2026年1月19日  花は咲く

阪神・淡路大震災から31年。
1995年1月17日未明、兵庫県南部でマグニチュード7.3の直下型地震が発生した。
日本初の震度7を記録した戦後最大級の都市型災害だった。
死者6434人、負傷者約4万3800人、全壊10万棟超の甚大な被害が出た。

都市部の木造密集地で家屋が一斉に倒壊し、火災が同時多発した。
神戸市や西宮市を中心に揺れが集中し、阪神高速の高架橋が横転するなどインフラが麻痺した。
旧耐震(1981年以前)の住宅の3割以上が倒壊、火災260件、停電260万戸、断水130万戸が発生。
復旧には電気が1週間、ガス・水道が3か月かかった。
通信が途絶え、公助(警察・消防・自治体など)の限界が明らかになり、一方で、救助者の7割を住民の自発的行動が担った。

ここから得た大きな教訓は、「公助だけでは命を守れない」と言うことである。
これだけは覚えておきたい3つのポイントをお伝えする。


1.自助・共助が命を救う
救助者の7割以上が自分の家族や近所の人によるものだった。
消防などの公助は、わずか数百人規模で追いつかなかった。
日頃、顔見知りだからこそ、安否確認や初期消火ができたのである。
最初の72時間は自分たちで生き抜く覚悟が大切である。

2.耐震化と家具固定を徹底する
死因の半数近くが家屋倒壊や家具による圧死だった。
1981年以前の古い家は特に危険で、ブロック塀の崩れも二次被害を広げた。
家や家具の補強が何よりの命綱になるのである。

3.情報伝達と訓練を習慣にする
電話が使えず、避難が遅れたり孤立したりした。
手回しラジオや防災アプリを準備し、地域の訓練になるべく参加する。
防災教育を続け、世代を超えて備えることが重要である。


さらに日常では、火災対策も欠かせない。
感震ブレーカー設置、火の元チェック、消火器点検を習慣にしておこう。

首都直下地震などいつ起きてもおかしくない。
小さな備えの積み重ねが命を守るのである。
公助を支える共助力がなければ大災害は壊滅的だ。
住民・行政・企業が一つになり、31年目の今、教訓を未来の備えに変えていきたい。

花は咲く
花は咲く

太陽色に身を染めて
太陽色に身を染めて

パープルな夜
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