浜美枝のいつかあなたと

毎週日曜日
 9時30分~10時00分
Mr Naomasa Terashima Today Picture Diary

寺島尚正 今日の絵日記

2026年2月24日  沈丁花開く

「諦めなければ、物語は続く」
この言葉は、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックで輝いたフィギュアスケート「りくりゅう」ペアの魂を表している。
大会が閉幕した今、日本チームの過去最高24個メダルが歴史を刻み、その頂点に立った三浦璃来と木原龍一の金メダルは、数え切れない人々の涙を誘った。
どの競技にも感動のドラマがあったが、りくりゅうの物語には特に心を揺さぶられた。

物語は2019年7月夏、名古屋・邦和みなとスポーツ&カルチャーのリンクで幕を開ける。
当時の木原龍一はシングルスケーターとして平昌五輪後の不振に苛まれる。
思うように結果が出ず、心が折れかけた彼はリンクで靴の貸し出しアルバイトをしながら、「スケート人生はここまでかもしれない」と引退を真剣に考える。
一方、三浦璃来もペアスケートの世界でパートナーとの相性に悩み続け、「このまま続けていいのか」と自問自答の日々を送る。
9歳の年齢差がある二人は、そんな崖っぷちでトライアウトに臨む。

初めて氷上で手を合わせ、リフトを試した瞬間、木原は後年、「雷が落ちた」と表現する。
三浦の空中での滞空時間の長さと動きの完璧なフィット感に電撃のような確信が走る。
「この子しかいない」。
三浦も「合う」と直感し、二人は即座にペアを結成する。
互いに諦めかけていたからこそ、この出会いは運命的に輝く。
しかし現実は厳しい。
結成直後、リフトのバランスが崩れ、ツイストリフトの練習で何度も転倒する。
信頼関係をゼロから築くのに2年近くを要する。
痛みを分かち合い、互いの弱さをさらけ出す中で「チームりくりゅう」の土台が固まる。
「諦めなければ、物語は続く」
この精神が最初の試練を乗り越える原動力だ。

後年、この名古屋のリンクがグランプリファイナル会場となったとき、二人は感慨深く振り返る。
「始まりの場所で、世界の頂点に立てた。幸せだ」。
アルバイトから生まれた縁が7年後の金メダルにつながった。

2022年北京冬季オリンピックで二人は一気に世界の舞台に躍り出る。
団体戦で日本ペア史上初の銀メダルを獲得し、そのシーズンの世界選手権では堂々の金メダル。
「日本に、世界と戦えるペアが誕生した」とフィギュア界を驚かせた。
グランプリファイナル優勝も果たし、二人は快進撃の象徴となる。
しかし光の裏に影が忍び寄った。
木原の腰椎分離症、三浦の左肩脱臼という深刻なケガに襲われ、2023年から2024年にかけてのシーズンは大会欠場が相次いだ。

特に三浦の肩の状態は深刻で、全日本選手権直前に脱臼。全治3ヶ月の重傷。
「このままオリンピックは無理かもしれない」コーチや木原でさえそう考えたほどだ。
それでも三浦は静かに力強く宣言する。
「諦めない。ケガを不安に思われないよう、自分たちで進化する」。
従来のウエイト中心から肩に負担の少ない独自のメソッドをコーチ陣と開発。
木原も「りくが諦めないなら、俺も一緒に闘う」とトレーニングを支える。
復帰後の世界選手権で2連覇を果たした瞬間、二人はリンク中央で抱き合い涙を流した。

この復活劇には多くのスタッフの力が欠かせない。
トレーナー、コーチ、フィジカルアドバイザー──彼らの献身的なサポートが二人の身体と心を支える。
ケガのどん底で深まった絆は単なるパートナーシップを超え家族のような信頼を生む。
「積み重ねたものがいつか花開く」。
木原のこの言葉が二人の、そしてスタッフ全員の信条だ。

満を持して臨んだミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック。
団体戦ではショートプログラムとフリースケーティングの両方で自己ベストを更新し、日本に2大会連続の銀メダルをもたらした。
個人戦への期待が最高潮に達する中、ショートプログラムで悲劇が訪れる。
得意のリフトでバランスを崩し5位に沈没。
首位とは6.90点差、ペア種目ではほぼ絶望的なビハインドだ。
木原は氷上で10秒間うなだれ号泣する。
「俺のせいですべてが終わった」。
いつもリード役を担っていた彼の心が折れた瞬間だった。

そこへ9歳年下の三浦が駆け寄る。
耳元で優しく囁く。
「全然まだ終わってないよ。ずっと一緒にやってきたんだから大丈夫」。
これまで木原に支えられてきた三浦が今度は役割を逆転して彼を救う。
このシーンは世界中の視聴者の涙を誘った。
ホテルに戻った二人は木原が「今日は泣いてていい」と腹をくくり昼寝で感情をリセット。
夜の練習では「いつもの俺に戻った」と笑顔を見せ周囲を安心させる。
スタッフも「夫婦漫才みたい」と笑い緊張がほぐれたという。

フリー前夜、二人はイタリアのホテルで密かな「ご褒美タイム」を設けた。
ミラノ名物のティラミスを「勝ったら一緒に食べよう」と約束。
食の話題で自然と笑顔がこぼれ重圧をやわらげ、スタッフも細やかなケアで二人を支え続けた。

運命のフリープログラム当日。
第3グループの最終滑走。会場中の視線が集中する中二人は手をぎゅっと握りリンクへ向かう。
音楽が流れ出すと冒頭の3回転ツイストリフトは完璧に決まり3連続ジャンプシークエンスも軽やかに着氷する。
前日のミスを完全に糧に変えリフトは異次元の精度と高さを発揮する。
デススパイラル、スロージャンプ、コンビネーションスピン、すべてが音楽と一体化し観客を魅了。
演技終了のポーズでミラノのリンクは総立ちのスタンディングオベーションに包まれた。

スコアボードが点灯した瞬間歓声が爆発した。
フリー158.13点、世界歴代最高点。
合計231.24点で首位を逆転し日本ペア初の金メダルを獲得。
「ミラノの奇跡」と呼ばれたこの逆転劇は現行採点システム史上最大のドラマだった。表彰式では三浦が何度も目元をぬぐい木原が柔らかな笑顔でパートナーを称える。
「神様のご褒美だ」。
リンクサイドではTEAM JAPANの選手たちがハグの嵐を起こし、中継に映らなかった感動の光景が広がった。
スタッフも涙を浮かべて拍手する。
7年の積み重ねがついに実を結んだ。

ミラノ・コルティナオリンピックはどの競技にも感動のドラマがある。
金メダルの輝きも圧巻だがたとえメダルに届かなくともアスリートたちのベストを尽くす姿に心から大きな拍手を送りたくなる。
りくりゅうペアの物語はその象徴だ。
逆境を跳ね返し互いを信じスタッフを信じてリンクに立つ姿は勝敗を超えた人間ドラマである。
SPの絶望からわずか1日で頂点へ、神様は時に大きなご褒美をくれる。

選手を支えるスタッフの皆さんにも心からの御礼を申し上げたい。
トレーナーコーチ裏方の皆さんの献身がなければこの奇跡は生まれない。
オリンピックは私たちに深い感動と日常の壁を越えるエネルギーを与える。
りくりゅうが教えてくれたように「諦めなければ物語は続く」。
失敗は成長の糧絆は奇跡を呼ぶ。私たちも今日からまた一歩前へ進む。

春を告げる沈丁花が、アスリートの健闘を讃えるように花を開き始めた。

ミラノより 健闘の風や届く朝 沈丁花咲きて 物語続く

沈丁花開く
沈丁花開く

カミングスーン
カミングスーン

  • twitter
  • facebook
  • radiko
  • twitter
  • facebook
  • pagetop
Copyright © Nippon Cultural Broadcasting Inc.All right reserved.