浜美枝のいつかあなたと

毎週日曜日
 9時30分~10時00分
Mr Naomasa Terashima Today Picture Diary

寺島尚正 今日の絵日記

2026年3月9日  我がベランダで花開く

わが家の小さなベランダに、今年も沈丁花が花を開いた。

洗濯物を干そうと窓を開けた瞬間、ひやりとした朝の空気の中に、ふっと甘い香りが混じる。
ああ、咲いたな、と気づくのは、目より先に鼻だ。
姿を確かめる前から、沈丁花はいつも、香りで自分の到来を知らせてくれる。

冬と春の境い目は、暦では簡単に線が引けるのに、日々の体感はいつも曖昧だ。
寒さに肩をすくめ、もう少し冬に居座られるのかと諦めかけた頃、この香りがベランダから漂ってくる。
すると急に、「春」という言葉が現実味を帯びて、まだ冷たい空気の中に、じんわりと温もりの予感が滲む。
沈丁花は、我が家にとっての、小さな春の予告編だ。

​沈丁花という名前も、どこか古風で、静かな品がある。
沈香に似た香りを持ち、丁子(クローブ)のような香りもあわせ持つことから、「沈丁花」。
漢字の並びだけ眺めていても、香り立つような文字だ。
常緑の低木で、冬の間も葉を落とさず、きゅっとつぼみを固く閉ざしている姿は、あの強い香りと華やかな花を知っているだけに、なおさら健気で、慎ましく見える。

やがて、外側だけがほんのりと紅を差したように色づき、花弁の先がすこしほころびる。
開き切ると、外側の紅はそのままに、内側は白く、まるで小さな花束を幾つも括ったような姿になる。
一つ一つは控えめな花だが、群れ咲き、その上、香りは想像以上に強い。
姿は楚々としているのに、香りは堂々としていて、どこか人のようでもある。

短歌や俳句の世界でも、沈丁花はたびたび詠まれてきた。
たとえば、

沈丁の香にふり向けば誰もゐず

といった句がある。
ふと香りに振り返るが、そこには誰もいない。
しかし、確かに何かがいた気配だけが残る。
沈丁花の香りには、そんな不思議な、人の気配のようなものが宿っているのだろう。

​あるいは、

沈丁の香や夕べごとたれ恋は

などという歌を読むと、沈丁花の香りが、ただの「春の匂い」を超えて、心の奥底にある誰かへの思いを呼び覚ますような、切ない役割を担っていることがわかる。
姿より先に届く香りは、まだ名前を呼ぶ前の、感情の気配そのものなのかもしれない。

沈丁花は、春を告げる花としてよく知られているが、私にとっては「別れ」をそっと知らせる花でもある。
今年は、とりわけ特別な思いで、この花を見つめている。
ベランダの沈丁花も、毎年「同じように」咲いているようでいて、実のところ、まったく同じ春は二度と戻ってこない。
去年の春に香った沈丁花は、もう戻ってこないし、今年の沈丁花も、今年だけの香りをまとっている。

​ベランダの鉢植えも、朝のコーヒーも、日曜日のラジオも、「あって当然」ではなく、誰かの手間や思いが積み重なって、そこにあり続けているものなのだ。
その「あり続けてくれていた」ものが、そっと幕を閉じる。
春は出会いの季節でありながら、同時に別れの季節でもあるということを、沈丁花の香りは、毎年やさしく思い出させてくれる。
しかし今年は、その香りがいつもより少し濃く、胸にしみる。

​不思議なことに、別れそのものは、目の前の空気を突然変えてしまうほど劇的ではない。
多くの場合、終わりは静かに訪れ、私たちは少し遅れて、それに気づく。
沈丁花の香りもまた、気がつけばそこに満ちていて、ふとした瞬間に「あ、咲いていたのか」と知る。
今年の沈丁花は、私にとって「別れを告げる花」ではなく、「別れを受け止める花」に見える。
「春は来るけれど、同じ春は戻らないよ」と、甘い香りでそっと教えてくれる。
そして同時に、「でも、春は必ずまた来るのだ」とも語りかけてくる。
別れの向こう側には、まだ見えない新しい日常が待っている。
そのことを、私は頭ではなく、香りで、身体で理解させられている気がする。

3月の終わり、最後の放送が終わるころ、東京の街では、きっと桜で話題が持ちきりだろう。
ベランダの沈丁花は、その頃にはもう花期の終わりに差しかかり、香りも少しやわらいでいるかもしれない。
季節は重なり合いながら、静かにバトンを渡していく。
沈丁花から桜へ、冬から春へ、一つの番組から、まだ見ぬ何かへ。

​別れは哀しい。
だが、哀しみだけで終わらせてしまうには、そこで過ごした時間があまりにも豊かだった。
ベランダの沈丁花に顔を近づけると、花は何ごともなかったように、いつもの香りを放っている。
その当たり前のような香りの向こうに、「よくここまで一緒に歩いてくださいましたね」と微笑む声を、私は勝手に重ねてしまう。今年の沈丁花は、きっと忘れられない。
花そのものの姿だけでなく、その香りとともに思い出される声と番組と、ひとかたまりの記憶として、私の中に残り続けるだろう。

我がベランダで花開く
我がベランダで花開く

今年のアナタを忘れない
今年のアナタを忘れない

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