浜美枝のいつかあなたと

毎週日曜日
 9時30分~10時00分
Mr Naomasa Terashima Today Picture Diary

寺島尚正 今日の絵日記

2021年3月8日 安波山より希望の橋

今年も宮城県気仙沼市にお邪魔した。
2月12日福島沖震源の地震により東北新幹線は未だに一部徐行区間がある。
1時間ほど長くかかり到着した気仙沼は「希望の橋」開通で盛り上がっていた。
東日本大震災の発生から10年を前に、
復興道路として国が整備を進めている「三陸沿岸道路」が6日、
宮城県内の区間がすべて開通した。
「三陸沿岸道路」は仙台市と青森県八戸市の間の
およそ360キロを結ぶ自動車専用道路で、
国土交通省が復興道路として整備を進めているもの。
このうち宮城県気仙沼市の「気仙沼港インターチェンジ」と
「唐桑半島インターチェンジ」の区間が6日開通し、
これで宮城県内の126キロの区間がすべて開通したという。
6日は、この区間につくられた海上部分の長さが680メートルに及び
気仙沼湾を横断する通称「かなえおおはし」で開通式が行われた。
これで「三陸沿岸道路」は岩手県内の一部を除く全体のおよそ87%が開通し、
年内をメドに全線が開通する計画だ。
「三陸沿岸道路」のルートは東日本大震災の時に浸水した区域を回避するように設定されていて、
地域の産業や暮らしを支えるだけでなく観光資源として、
また災害時には物資の輸送や復旧作業を支えるインフラとしての役割も期待されている。
気仙沼の多くの人が橋を見て「震災から10年、ここまで復興してきたんだな」と感じるようだ。
小雪のちらつく10年前の3月11日には多くの人が避難しに来た
標高239メートルの安波山から橋を眺めてみた。
開通なった「かなえおおはし」の奥にもう一つ白い橋が見える。
一昨年出来上がった本土と大島を繋ぐ「気仙沼大島大橋」だ。
震災当時、大島は本土との交通手段フェリーが津波で流され孤立。
そこにアメリカ軍が「トモダチ作戦」の名のもと、
大島でがれきの撤去や物資の支援など被災者の支えとなった。
未だに「心」はあの時のままという方も少なくないが、
目に映る物はこの10年で変化しているようである。

安波山より希望の橋
安波山より希望の橋

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