浜美枝のいつかあなたと

毎週日曜日
 9時30分~10時00分
Mr Naomasa Terashima Today Picture Diary

寺島尚正 今日の絵日記

2025年12月29日  故郷への土産物

今年も年末年始をふるさとや行楽地で過ごす人たちの帰省ラッシュが、27日から始まった。

JR各社によると、新幹線の下りは27日が混雑のピークで、東海道・山陽新幹線をはじめ、上越・北陸新幹線、東北・秋田・山形の各新幹線はいずれも終日、ほぼ満席になった。下りの混雑は12月30日まで続く見込みだ。
空の便は、国内線の羽田や大阪などから各地に向かう下りは27日がピークで、全日空や日本航空では30日にかけてほぼ満席になっている。
高速道路の下りは、東名高速道路が神奈川県の「綾瀬スマートインターチェンジ」付近を先頭に、27日から31日にかけて連日20キロ以上の渋滞が予想されていて、30日午前7時ごろに最大で25キロとなる見込みである。

宮城県出身の友人は「盆や正月前になると、親から『いつ帰ってくるのだ』と何度も連絡が来て面倒で仕方がない」と愚痴りつつも表情は柔らかい。

高速道路の電光掲示板には「渋滞30キロ」の文字。
駅のホームには大きな荷物を抱えた人々の列。
毎年繰り返される光景だ。
混んでいる。疲れる。それでも、人は故郷へ戻っていく。

先日土曜早朝の山手線での事。
車内、目の前の20代の若い男性が眠そうに広告に視線を向けている。
膝の上には、包装紙できっちり包まれた手土産。
おそらく実家へのお土産だろう。
中身はきっと、地元では手に入りにくい人気のスイーツか話題の銘菓。
親が喜ぶ顔を思い浮かべながら選んだに違いない。

人はなぜ故郷へ帰るのか。
目的地に特別な何かが待っている訳ではないかもしれない。
実家の台所は古く、窓ガラスにはビタビタに結露がつく。
ストーブの上ではやかんが湯気を立て、テレビの音が少し大きい。
そんな空間に漂うものは、豪華さではなく、「変わらない日常」そのものだ。
其処に戻ることで、自分の中に積み重なった「時の埃」を少しだけ落とすことが出来るのだろう。

帰省とは、単なる移動ではなく、心の調整なのだと思う。
仕事の重圧、複雑な人間関係、日々の忙しさの中で、どこか歪んでしまった心のバランスを、故郷の空気がそっと戻してくれるのだ。

駅に降り立つと、冬の冷たい風が頬を打つ。
その冷たささえ懐かしい。
懐かしさは、時を超えて自分を包み込む温もりに変わる。

故郷の家族は、玄関灯を早めに点けて待っている。
風の冷たい夕暮れ。
北風が音を立てる度に、「もう着いたか」と顔を上げる。
そして玄関のドアが開いた瞬間、流れ込む冷気と共に、「おかえり」の声が冷気を物ともせず突っ走る。
たった一言で、長い列車の旅も、渋滞の時間も、すべて報われる。
人は、愛のある場所へ帰るためなら、どんな不便もいとわないのだ。

帰省ラッシュは、裏を返せば「帰る場所がある人達の旅」なのである。
誰もがその幸運を自覚しているわけではないが、心のどこかでは感じている。
駅の混雑も、高速道路の渋滞も、疲れた表情の奥には待ってくれている人がいる安堵の灯がともっている。

都会では、効率や合理性が重んじられる。
時間を節約し、最短距離を求め、無駄を減らすことが善とされる。
しかし、帰省はその逆を行く。
不便を受け入れ、時間をかけるのを厭わない旅だ。
手間を惜しまないからこそ、再会の瞬間に安心と懐かしさに心が震える。
「ただいま」「おかえり」という言葉が特別な深みを持つのである。

渋滞の中で、景色が牛歩のようにしか動かなくとも、人々はそれぞれの原風景を思い出す。
水辺で遊んだ少年時代、虫の声が響く夜道、冬の朝の湯気。
帰省とは、その記憶の中をもう一度歩く回想の時でもあるのだ。
帰ることで、子どもの自分と、大人になった自分が出会い、お互いの良さを想い出す。
そうして人はまた、新しい一年へと踏み出す力を取り戻すのだ。

今年も帰省ラッシュが始まった。
混雑や不便の先にあるのは、ただの休暇ではなく、「自分を育んだ場所」への祈りのような旅。
駅に響くアナウンスも、渋滞のテールランプも、そのすべてが「人が人を想う気持ち」の証である。
誰かを想い、誰かに想われる。
その温度を確かめるために、人は今日も故郷へ帰っていく。
そして今年はどんな時の自分と再開するのであろうか。

来年が貴方にとって素敵な年となりますように。

故郷への土産物
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