「A&Gメディアステーション こむちゃっとカウントダウン」1000回記念インタビュー

「A&Gメディアステーション こむちゃっとカウントダウン」1000回記念インタビュー

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1月8日に放送1000回を迎えたこむちゃっとカウントダウン
20周年も目前。1月30日にはこむちゃ1000回記念イベント「こむちゃっとプラチナム
の開催も控えた櫻井孝宏さん白石晴香さんに、今の心境を伺いました。

 

 

「こむちゃっとカウントダウン」
1000回記念インタビュー

 

インタビュー・文 水野寛(Rocket Base)


 

■「こむちゃっとカウントダウン」1000回目の放送を終えた今、櫻井さん、白石さんの感想は?

 

―― 1000回の放送を終えて、今の率直な感想を教えてください。

櫻井孝宏(以下、櫻井)「頑張ってきたな、という思いと、一方でまだ始まった頃の記憶が全部じゃないですけど生々しく残っているので、20年近い年月が経ったっていう重みもそこまでなくて。そんな気持ちが同居してるんですよね。やっぱり(1000という)数字で見ちゃうとびっくりしちゃうんですけど、感覚としては割と軽やかと言いますか楽しくやらさせてもらっている感じです。まあそれだけ聴いてくれている人がいるのかななんて思うと、1000回を迎えられたのはハッピーですね」

 

―― 白石さんはいかがですか?

白石晴香(以下、白石)「私はこの1000回という記念すべき本当に素晴らしい時に、一緒にやらせていただける喜びと、ここまで櫻井さんがたくさんのスタッフさんと歴代の植田佳奈さん、小清水亜美さん、井口裕香さんがバトンを繋げてきて下さったからこそ、私も今ここにいさせていただいているということに感謝の気持ちでいっぱいです。それぞれの方が熱い思いを持って番組に長年向き合っているからこそ、こんなに長く愛されているんだなということを現場でひしひしと感じているので、たまたま1000回目に私がここにいるというだけで本当に感謝しています」

 



 

―― ちょうど長く続いた秘訣についてお伺いしようと思ってたんですが、櫻井さんはずっと続いてきた中で、どんなことを考えていらっしゃいましたか?

櫻井「この番組は、初めから番組のフォーマットが固まっていた訳じゃなくて、それこそ内田さん(文化放送 内田浩之プロデューサー)が初代プロデューサーとして番組を立ち上げた時から結構いろんな実験的な事をやったりとかしていて。それは多分番組名が一番象徴してるなと思うんですけど、『ちゃっと』っていう言葉とかね」

(※「ちゃっと」とはインターネットで複数のユーザーがリアルタイムにメッセージを送信するための仕組み「チャット(chat)」からきています。)

 

―― 確かにそうですね。

櫻井「そういう番組の成り立ちに、その名前に、なんか歴史を感じるなと思うんです。初めはゲストを迎える番組ではなかったんですね、時々ゲストさんがいるけどっていう感じだったのが、今はチャートを発表して毎回ゲストさんを呼んでっていう構成になっています。要は音楽番組的なフォーマットに定まっていったあたりが、そこそこ回数を重ねてたので、結局その回数を重ねてる事が長く続く原動力になったのかな、と思います。例えば300回続いているから400回目を迎えられてっていう当たり前の事なんですけど。長く続いているっていう番組のその歴史が、今の1000回に繋がっていったのかなって思いますね」

 

―― 櫻井さんの中でこの番組をやってきてこういう所が面白い、みたいな事はありますか?

櫻井「1個はもちろん音楽があるって事ですかね。アニメ・ゲーム・声優・特撮っていう4ジャンルに関する楽曲があり、毎週毎週、番組のコンセプトをオープニングで言ってから始まるっていうこの番組の根っこであり土台であり背骨みたいな所が、時代ごとに面白さがあって、しかもリスナーからのリクエストを集計してチャートを紹介するっていうのは他になかったりするので、そもそもそこに注目というか魅力があったのかなと思いますね。

後はやっぱりゲストさんもあると思いますね。アーティストさんの変遷もあると思いますけど今は声優さんの時代にもなったのでそこも割と時代時代でカラーがあって、今こう長く続いてるから振り返ると面白いなって思うんですね。そのタイミングそのタイミングはもう”今”しかわからないので、まあ結果論なんですけどね。その辺の多分すごくシンプルな部分なんじゃないかなって思います」

 



 

―― 確かに『着メロ』とか『着うた』の時代があったり、集計の仕方も変わってきたり、と音楽の外的な変化はありましたが、その時々はそれが”今”だったということですよね。白石さんはパーソナリティーになって面白いなと思ったことはどんなことですか?

白石「最初のうちは緊張しっぱなしで酸素が体の中にまわらなくて手足が放送の途中で痺れてきちゃうくらい緊張の中での生放送でした。楽しむっていうよりは1回をなんとか無事に終わらせるようにっていうのを勝手に自分に課してました。というのも、やっぱり長く続いている番組で、先輩方に繋げていただいたバトンを、私がこむちゃのパーソナリティとしてやれる事って何なんだろうっていうのを冷静に考えられるまでに少し時間が必要だったというか、その緊張で毎回どうしようもなく過ごしてしまっていたんです。がむしゃらにやっていた時からしばらく経った時に櫻井さんに、どうしたら緊張せずにゲストさんから楽しくお話を伺えるようになりますか?っていう質問をさせていただいたことがあったんです。そしたら、「お嬢にはお嬢の良さがあるから皆それを分かった上で選んでるから、それをありのままでやってくれたらいいと思うよ」と言って下さって。

ありのままか、そうか私ってお話が特別うまいわけでも、テンションで、ばーってその場を引っ張っていける人という訳でもないって元々思っていたので、そう言っていただけた事で凄く安心できたんです。それで自分に出来ることを精一杯しようって改めてスイッチが入ったというか。それからは櫻井さんとのフリートークでのお話もより楽しく感じられるようになりましたし、ゲストさんの話を聞いている中でも私にしか感じられないというか、年代だったり性別だったりで色々感じることとかも違うと思うんですけど、私が感じるもの、そして感じた所から聞ける質問だったりっていうのをもっとやっていけるように頑張ろうっていう風に思えて、より会話が面白く楽しくなっていったなと思います」

 

―― もう今は緊張していないですか?

白石「相変わらず緊張する時もありますし、やっぱりまだ新参者というか先輩方がゲストで来て下さる時とかは緊張したりするんですけど、皆さんが優しく接して下さって、逆に新人だからこそお話の中に私を入れて下さる事とかも多くあって、パーソナリティとしては本当は自分からいかなきゃいけないんだろうなと思いながらもそういう形でお話に入れていただいていてとてもありがたいなと思います」

 



 

―― 櫻井さんからみて白石さんのパートナーとしての良さ、面白さってどんな所ですか?

櫻井「植田佳奈さん小清水亜美さん井口裕香さん、そして今の白石晴香さんと当然皆違うんですよね。ただこの番組って割と台本がしっかりあるので完全フリートークな番組ではないんですよ。だから台本の中でどうやって色を出していくかっていうと、その頑張り方を間違えちゃうとしんどくなっちゃうなというのを自分なりに長くやってくる間に気づいたんです。ゲストを迎えてトークする番組になってきた辺りから自分もそんなに話術が云々というタイプじゃなくて、経験だったり、ある程度積み上げてきたものだったり、方法論だったりするんですよね。それってやっぱり長くやってるから年の功じゃないですけど、威張れるものでも何でもないので。白石さんは白石さんで私からしたら面白いんですよね。年齢も違うし、例えばちょっと砕けたことを言った時につっこんでくれたりとか、そういうやり取りができる、あの空気感がでるっていうだけで私はそれでもう充分なのかなって思ってるんですよ。パーソナリティとして、ある種のラフさとかフランクさみたいなのがそういう所で出れば良くて。基本はチャートがあってゲストさんがあってという番組なので、我々二人の時間って本当に少ししかない。でも今ここまで長くやってくるとその短い時間が大事だなと思ったりするので、その中で彼女のなんていうんでしょうね、この私しか知らない面白い所もあるんですよ(笑)。宮野くん(※宮野真守さん)が来た時とかすごく面白かった」

白石「それはもう……放送にならないくらい(笑)」

櫻井「化学反応っていうんですかね。我々はゲストさんを迎える側ではありますが、だからといって受け身じゃなくて、楽しくできるといいなと思ってやっているのでそこのスタンスは我々も同じなので。だからお嬢らしさがもう初めから出てると思っていたんですよ。それを自分で自分を楽しむというか、面白がってくれるような感じがより分かりやすく我々二人の間で出せるようになったのかなって思いますね」

 



 

■1000回の放送の中で、櫻井さん、白石さんの記憶に残っている出来事は?

 

―― まず、櫻井さんにお伺いしたいのですが、1000回の放送の中で鮮明に覚えている忘れられない出来事ってありますか?

櫻井「四ツ谷から浜松町に移動する時に『A&G 超RADIO SHOW〜アニスパ!〜』と合同で特番をやって文化放送の旧社屋を練り歩くというのをやったのですが。浜松町に移るっていうのもあって、割とお祭り感覚でやったんですけど、お隣の番組同士で楽しい事やったという記憶が残っていますね。他にも四ツ谷の頃には結構動きのある事をやってて、例えばcan/gooさんが来た時は我々はJスタっていうスタジオで生放送していたんですけど、can/gooさんが別のスタジオ、5スタで生でライブやって頂いて、そこに生放送中に行ったりとか。そういうのは浜松町に来てからはなかなか難しかったりするんですけど、四ツ谷の頃は結構刺激的な体験を、生放送もまだおぼつかない時代にやっていたりしたので、その頃の記憶は濃厚ですね。ラジオってこういうものなんだみたいな、動きのあるラジオをやってましたね。あと、四ツ谷文化放送の時代のJスタが凄く好きだったんですよね、めちゃくちゃ広くて。今の1スタの3倍くらい?」

白石「えー!」

櫻井「めちゃくちゃ広いんです。しかも当時は前番組が終わったら入れ替わりで入るっていう時代なので、あの感じがちょっと懐かしいなっていうか、いい思い出になってますね。その辺は忘れられないですね。失敗もしましたし。1分、番組の尺(時間)を間違えててお別れの挨拶を言えずにフェードアウトして番組が終わったこともあります。フェードアウトしてると思ったら、うわー時間間違えてたって。そういうのもほろ苦くいい思い出かなと」

 

―― 白石さんはそういった思い出はありますか?

白石「私は先程櫻井さんがお話して下さってた宮野さん回ですね。私に代わってからすぐの頃だったと思うんですけど、その回はもう本当にまだ私が生放送自体にも慣れてなければパーソナリティとしての手探り状態の中で宮野さんがゲストでいらっしゃって。なんかもうただでさえわたわたしてた所に何でしょう……」

櫻井「なんて言うんだろうね」

白石「王が…」

一同「(笑)」

白石「王がやってきて私が取り乱す、みたいな、何をどうしたらいいか全て頭から消えてなくなってしまったというか。ゲストパート以外でもずっとブースの向こう側に宮野さんがいらっしゃって、変顔をしながらずんっとやってきて下さって、それはそれで宮野さんの中で私の緊張をほぐして下さるための手段だったと思うんですけれども、それに動揺し宮野さんをご紹介するための振りさえも噛むっていう」

櫻井「そうだったね。めちゃくちゃ面白かったよ(笑)。なんて言ったんだっけね」

白石「まもなくをまもなす! みたいな。それをまた宮野さんが更にいじって、櫻井さんと宮野さんがどんどん広げて下さるのでもうなんかありがたいやら申し訳ないやらでもうその日は猛省して帰りましたね(笑)。いやでもあれはあれで私的には今考えると凄く楽しかったのは楽しかったんです。笑いすぎて泣いちゃって、後日他の現場で先輩方にこないだこむちゃのゲストに宮野さん来た時に白石さん泣いちゃったんだって?みたいな、そういう所だけ広がっちゃって、わあ違うんです!って凄く思い出に残っている回ですね」

櫻井「長くやってくるとゲストさんと番組の関係値もできてくるので、ああいう風に何度も来てる人ってやっぱり番組を楽しんでくれるんですよね。そうすると宮野くんにしてみれば白石さんがやっぱり格好の餌食だった。もうこれは、面白そうだぞって。ああいう人達って勘所が、鼻が利くと言っちゃうとあれですけどやっぱり何をどうしたら面白くなるかとかがわかっている人なので、だから私もゲラゲラ笑ってたら終わってたっていう」

 



 

 

―― 何度も出演されてる方がたくさんいらっしゃいますしね。櫻井さんは思い出に残るゲストの方は?

櫻井「そうですね。すごく緊張したのは林原めぐみさん。四ツ谷の頃に、もうすごい緊張して、ゲストコーナーも自分の仕事の身の上相談みたいになっちゃって。林原さんはそんなに克明に覚えていないでしょうけど、なんとなく番組の付き合いもそうやってできてきているので、そういうのを感じながら勝手に親しみを覚えていったり。後はangelaさんとか。お付き合いが長くなってくると特別な空気感と言いましょうか、番組内の阿吽の呼吸・ツーカーみたいなのができあがってくるので楽しいなと思います」

 

―― そうですね。そうそうたる方が出てらっしゃいますからね。白石さんはお会いしてみたい人とかいらっしゃいますか?

白石「自分が出させていただいてる作品の主題歌を歌っていらっしゃるアーティストさんとかにはお会いしてみたいなって思ったりします。MAN WITH A MISSIONさんとか。コメントをいただいたりとかはしたんですけれどもお会いしたことはないので、アニメの主題歌とかもよく歌われていらっしゃるのでお会いしてみたいなと思います」

 

―― お二人共声優という本業がありつつ、ラジオや色々なお仕事をされていると思うんですけれども、ラジオはお二人の中ではどんなお仕事ですか?

櫻井「28からこの番組をやっているんですけど、声優として5、6年くらい。それぐらいのキャリアの時に始まったんです。まだ仕事量も新人ぺーぺーって感じでしたし、その前から文化放送さんの別の番組に出させてもらったりとか先輩から刺激を受けたりとかしながら、小野坂さん(※小野坂昌也さん)とかだったりするんですけど、そういう経験を積みながら生放送をやらせてもらいました。結構手探りであったのもあるんですけど、やっぱり緊張したし、あんまり学びの場にはしたくないなと思っていたんですけど、振り返ってみるとそこから得たものってめちゃくちゃあって、それを自分なりに変換してそれこそ声優の本業の演技とかでも生かせるものもあるな、なんていう風に思って今仕事しています。

そう考えると土曜日のこの時間って自分のキャリアにおいても割と真ん中近くにあるんですよね。ラジオも学生の頃からちょこちょこ聴いてましたし、見えないんですけど、わちゃわちゃ楽しい感じとかは音声で伝わったりするじゃないですか。そうすると想像を掻き立てられたりして、そういうラジオの楽しさ面白さっていうのを少なからず知っていたので、それを今度自分が発信する側になった時、はじめはなんかどこかピンときてなかったんですけど、なんて言うのか、土台というか礎にもなっているなと。

とはいえ、声優をやっているからこのラジオがやれているんだなとも思うんです。ラジオDJを目指しててやれたかと言われたら多分無理だったと思うので、そういう本来別の所に身を置いているんですけど、それでもラジオをやらせてもらえているのは声優だから。でもラジオはラジオでこれだけ長い事やっているとやっぱり自分なりにこうしたいああしたいみたいなのもあるので、それはラジオパーソナリティとしての自分のスタンスみたいなものが育ってきたとか、出来上がっているのかなと思います。それが多分自分の中で他の声優さんにはない何かスタイルとかスタンスになっているのではないかと思いますね。結構特別なものです」

 



 

 

―― 白石さんはいかがですか?

白石「私はこむちゃをやらせていただく前は3ヶ月交代の期間限定の1人ラジオ(※ラジオどっとあい)だったりとか、キミまち!(※A&Gリクエストアワー 阿澄佳奈のキミまち!)という番組でレポーターをさせていただいたりとかしてたんですけど、がっつり自分の番組として一緒にやらさせていただいて、期間限定ではなくこの先もという事でやらせてもらったのはこむちゃが初めてでした。人前でパーソナルな部分を出す事ってどういう事なのかあまり想像がついてなくて私自身そういう所がすごく苦手、下手な人なんですね。自分のTwitterとかもやっていたりするんですけど、どうしても自分のやらせてもらってる作品の話ばっかりになっちゃったりして何か自分のふとした瞬間のなになに食べたよとかこれが今楽しいよっていうのを発信するのがとっても苦手なタイプだったんです。ラジオを通して、そういうのをフリートークの中でお話させていただく事によって広がっていくことって沢山あるんだなっていうのを本当にこむちゃをやらせていただくようになってからすごく感じています。

それまで出してこなかった自分の内面的な部分だったりとか趣味とか、何が好きとかそういう話をすることによって、ファンの方からも白石晴香の話をラジオで聴けて嬉しいよと言ってくださる事がすごく嬉しくて。元々は母からも未だにこむちゃでパーソナリティをしてる自分の娘が想像つかないって言われるくらいなんです。普段お話をする人ではありますし、全然母とも沢山話す人ではあるんですけど、人前になった時に急に自分をばっと前に出していくのが苦手になっちゃうんですよね。それを逆に芝居として今まで役者としてキャラクターにのせたい感情をのせるみたいな感じで前に出していた所があったので、それ以外で自分を表現する場所をいただけたのがこのラジオだったので櫻井さんも仰っていましたが私にとっても特別なものですね。

ラジオを通してリスナーさんとのメールのやり取りとかでコミュニケーションをとれるっていうのもすごく嬉しいなと思います。リスナーさんのお悩みをきいてそれに対して答えるとか、こういう事がありました報告を受けて私もこういう事があったよっていうラリーって、このラジオの中だからこそ生まれることであって、そういうのを大切にしていきたいなと思います」

 



 

■番組を通じて、たくさんのアニメ・ゲーム・特撮などの音楽を紹介されてきたお二人は、アニソン、またラジオを取り巻く環境の変化などをどう感じているのだろうか?

 

―― あともう1つお伺いしておきたかったのが、今それこそオリンピックの閉会式の時にゲームの音楽が流れたり、紅白でもアニソンが人気を博したり、声優、アニメ、ゲームなどが当たり前のように大きなムーブメントになっています。アニメとかゲームとか特撮の音楽について、仕事でいっぱい聴かれていると思うのですが、その中で感じた象徴的な出来事とかこれは転機だったなとか個人的にこれは好きだったなみたいなことがあったら教えてください。

櫻井「そうですね。たぶんいくつかあって。でも意外とここ数年が大きかったと思いますね。それは音楽が変えたと言うより色々な物が同時進行的にだったと思うんですけど、ここ最近だとやっぱり『鬼滅の刃』のヒットとか……。ジワジワと振り返ると、ぼんやり見えづらい”点”みたいなものが色々あるんですよね。アニメとかゲームとかってどっちかっていうとサブカルって扱いだったものが今割とポップカルチャーになっていったじゃないですか。要は以前は代名詞としてオタクというか、そういう人達のマニアックな物として扱われていたのが、今そういうのって割とちょっとナンセンスになってきてますよね。それこそアニメの音楽を色んなミュージシャン達が語っていたりとか、そういうものを見たり聞いたりすると、私は音楽的な事はわからないんですけども、流行り廃りもありながら何かそのアニソンっていう言葉が、アニソンていうくくりが、できた瞬間が多分どこかであった。番組的な角度でいうとそれが一つ大きくあるのかなと思います。あとは色んなアーティストさんが番組に来てくれたりとか、アニメに携わらないようなアーティストさんがアニメに携わったりとか、水樹奈々さんが紅白に出たとか、そういった”点”がいくつもいくつもあって今の流れになっているのかなって思いますね」

 

―― 白石さんはそういうのを感じた事はありますか?

白石「そうですね。やっぱりサブスクが解禁されるようになってからはジャンル問わず色んな曲を聴けるということで、櫻井さんも仰ってましたけど、多分アニメとかゲームが凄く好きなわけじゃないけど何となくこの曲知ってる、が可能になった。より広がっていったのはサブスクがあるからなのかなって思うので、私もサブスクに登録して聴いているんですけどアニソンの欄が元々そこにある、それがもう大きく現れている部分なんだなと思いますし、街を歩いてても至る所からアニメの主題歌とかが流れているのが聴こえてきたり。私が小さかった頃はまだ全然そんな事はなかったって記憶があるので、この26年間の中でもアニメ・ゲーム・音楽っていうそういう部分が変化してきたのは少しづつ感じています」

櫻井「『もってけ!セーラーふく』とかは印象的でしたね。アニソンでしか恐らく作られない、ああいうキャラクターの体で歌う独特なサウンド。恐らく割と音楽的なルールにも縛られない感じもあったのかな、なんて思います」

 

―― 最近はVTuberとか歌ってみたとかでも新しいアーティストが出てきたりして、多分こむちゃで紹介する曲は次々と新しいものがでてくるんだろうなって気がしますね。まだこの後また20周年へと続いていきますし、1月30日開催の「こむちゃっとプラチナム」には豪華ゲストの皆様が出演されます。最後に今後の抱負を聞かせてください。

白石「そうですね。本当にこの素晴らしい時に私が一緒に番組をやらさせていただいていることに感謝して、これからも櫻井さんが言ってくださった私らしさというのを大事にしながら真面目にやる事しかできないというか。私は毎回本当に台本チェックに時間がかかるんですけれども、でもずっと変わらずそれは続けていきたいです。それがなくなったら私は生放送本番を迎えられないと思うので、これからも目の前にある事を、やらさせていただけることを必死に、そして櫻井さんとゲストさんと毎週、その回にしかない楽しさみたいなものを感じて、そして皆さんにそれをお届けしていけたらいいなと思いますのでよろしくお願いします」

櫻井「そうですね。抱負、僕に関しては現状維持でいいんですけど(笑)。やっぱり聴いてくれる人が居るから続けられていると考えると、リスナーさんに感謝だなと思いますし、土曜日の夜11時からの1時間を私はずっともらっている訳なんで、我々は、ですけどね。それって私はやっぱりやらせてもらっているというスタンスなので、基本的には番組の良さと言うか『こむちゃっとカウントダウン』という番組ならではの持ち味をシンプルに生かせたらなと思います。ただ、それこそ白石さんも言ってましたけど私も自分らしさは出していけたらなと思っているので、それを一緒に楽しんで面白がってくれるこの1時間は特別なものなので、また色々な出会いとか曲の出会いもそうですしゲストの方との出会いもそうなんですけど、それを繰り返しながら行けるところまで行けたらなと思っております」

 



 

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