イスラエルが建国されるまでと、建国されてからの問題
大竹まことがパーソナリティを務める「大竹まことゴールデンラジオ」(文化放送・月曜日~金曜日11時30分~15時)、2月26日の放送に学習院女子大学・国際文化交流学部教授の武井彩佳が出演した。今月、発売した新刊『ホロコースト後の機能不全 ドイツ、イスラエル、犠牲と加害の関係』にちなみ、ホロコーストについて解説し、イスラエルに居住していたころのエピソードも語った。
大竹まこと「御本は『ホロコースト後の機能不全 ドイツ、イスラエル、犠牲と加害の関係』といいます。ホロコーストのことを少し教えていただけますか?」
武井彩佳「ナチス・ドイツの時代に600万人のユダヤ人が殺害された、という事象を指します。その結果、イスラエルという国が建国されて。同時にパレスチナ問題が発生した、という流れがあります」
大竹「600万人が。そういうヒトラーの人種差別問題がずっと尾を引いていて。そこからユダヤ人の人たちがイスラエルを建国したと」
武井「イスラエルの建国は1948年で、それ以前からユダヤ人のパレスチナ移住は始まっているんですが。やはりホロコーストで多くの人が殺された、というのと生き残った人をどうするか、という問題があって。彼らが移住できるような場所ということでパレスチナを、パレスチナ人とアラブ人とユダヤ人に分けよう、というふうに国連が決めた、という流れです」
大竹「新たにユダヤ人たちが住むことになったと。パレスチナ人、アラブ人にとっては自分たちの土地だったわけで、もめごとが多くなるのは想像がつきます。武井さんはイスラエルに住んでいたことがあるんですか?」
武井「1990年から2000年です。博士論文の資料を集めに住んでいるときがありました。2000年に、いわゆる第2次インティファーダという、パレスチナ人による抵抗運動が始まるので、その直前。ギリギリに帰ってきたという感じです。住んでいた場所はエルサレムの東タルピオットという地域でした。近くに国連の軍隊が駐留しているような場所で。向こうに住んでいる間、自分のアパートのあるところが占領地だと気づかなかったんですね」
大竹「うん」
武井「1968年にイスラエルが違法に占領して、国際法に違反したまま併合してしまっている地域で。日本に帰ってきて数年経って、もう一度アパートの場所を確かめようと地図を見たところ、占領地だったことに初めて気がついた。ビックリしました。でもこの経験がある意味、自分がいまでも、こういう問題を扱っている原点の1つだと思います」
大竹「なるほど。住んでいて気づかなかったと」
武井「普通のユダヤ人の町にしか見えないんですよ。パレスチナ人はいなくて、行政的にも郵便やガスはイスラエルの中で。ただ時々、パレスチナの老人のような人たちが歩いていて。なぜいるんだろう、と。現在だと携帯やGoogle マップがありますけど、当時は地図だけ。その地図もすごく不思議で。普通は地図って国境が黒い線で示されていますよね。エルサレムは点線になっているんですよ」
大竹「点線?」
武井「点線で示されたり、空白になったりしていて。端がないという感じでしょうか」
青木理「占領地が日々、増えていくような状況下で。何年か前は点線が国境だったけど、いまはもっと広がっていますよね」
武井「明らかにそうだと思います。当時、借りていたアパートの大家が、盛んに『東のほうに行くな』と言っていたんですね。ただどこが境界になっているかわからないので、私としてはパレスチナ地域に入ると戻ってこられなくなる、という恐怖があった。なんとなく自分の行動範囲を狭めていた、というのはある。でもいま行けばたぶん、住んでいた場所は分離壁のかなり内側に入っていると思います」
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