音楽評論家・萩原健太「大滝詠一さんはこちらの熱量に合わせてインタビューに答えてくれた」
大竹まことがパーソナリティを務める「大竹まことゴールデンラジオ」(文化放送・月曜日~金曜日11時30分~15時)、3月25日の放送に音楽評論家の萩原健太が出演した。今月、新刊『幸せな結末 大滝詠一ができるまで』を発売した萩原が、大滝詠一(大瀧詠一)にまつわるエピソードを語った。
大竹まこと「大滝詠一さんとはどれぐらいの付き合いなんですか?」
萩原健太「初めてお目にかかったのは1981年、大滝さんが『A LONG VACATION』というアルバムを出した直後ぐらいです。2013年に亡くなられましたが、公私を含め、メンターのような感じで接していただきました」
大竹「大滝さんは多方面、何から何まで(興味を持っていた)。御本(萩原健太の新刊『幸せな結末 大滝詠一ができるまで』)を読むと、子供のころから収集癖があるというか」
萩原「好奇心が強いというか。知識欲がすごかった。なんでも知っておきたい、1を語るには10を知る、というテーマを持っているようです」
大竹「私たち(シティボーイズ)のライブにも何回かお越しくださったみたいで、うろ覚えですけど『おもしろい』と言っていただけたような。萩原さんも?」
萩原「行っていました。編集者時代の、いとうせいこうが、僕が講談社で執筆しているころ、彼が担当編集者だったんです。いとうが一緒にしていたころからシティボーイズ・ショーは観て。宮沢章夫さんとも仲良くさせていただきました」
大竹「あいつも65歳で亡くなってしまって。萩原さんは最初、どういう仕事をしようと思っていたんですか?」
萩原「僕はもともと単行本、海外文学の編集をしていたんです。大学時代に、ひょんなことから桑田佳祐という男と知り合いまして。同い年の彼と一緒にバンドなんかして。夢見がちな音楽好きの大学生としては、将来、音楽でやっていければ、と思っていた。でも桑田を見ちゃったら、もう。あいつは学生のころからすごかったですから。ずば抜けていました。日本のほかのミュージシャンも飛び越えて、みたいな存在でした」
大竹「ああ、そう!」
萩原「プロになるのはこういうやつなんだ、俺は聴いていればいいや、と。いちばん好きなのが音楽で、次に好きなのが海外文学みたいなことでした。それで2番目の趣味を仕事にしよう、と。そういう翻訳文学を出している出版社に入って編集者になったんです。編集をしていただけですけど、そうこうするうち、僕が音楽を好きで、大滝詠一という人の大ファンだ、と。ずっと聴いている、と知った、とある雑誌の編集長がいて」
大竹「うん」
萩原「『A LONG VACATION』を出した大滝さんのところに、素人かもしれないけど、マニアなやつを送り込んだらおもしろいんじゃないか、ということでインタビュアーに起用してくれて。駆け出しも駆け出しというか、当時はただの素人ですから。出版社に入ってからも3年ぐらいの段階ですよ。でもマニアックに大滝さんのことが好きだった。送り込めば熱心に話してもらえるんじゃないか、という算段のもと送り込まれたんですね」
大竹「噂では1時間半(予定)のインタビューが8時間以上に及んだ、と聞いています」
萩原「大滝さんは『はっぴいえんど』というバンドでデビューして。そのときから出ているレコードを全部抱えて。大滝さんのもとへ行って。この日しか会えないと思っているから、聞きたいことを全部聞こう、と。大滝さんはこちらの熱量に合わせた情報を出してくれるというか。浅い人には浅く、というわけではないけど、聞いた分量に対する答えを出してくれる。夜に普通に始まったインタビューが明け方まで続きました」
このあとも大滝詠一に関するエピソードを萩原が語った。詳しくはradikoのタイムフリー機能で確認してほしい。
「大竹まこと ゴールデンラジオ」は午前11時30分~午後3時、文化放送(FM91.6MHz、AM1134kHz、radiko)で放送中。radikoのタイムフリー機能では、1週間後まで聴取できます。
※タイムフリーは1週間限定コンテンツです。
※他エリアの放送を聴くにはプレミアム会員になる必要があります。
関連記事
この記事の番組情報



