【西武】桑原将志選手インタビュー ライオンズに移籍すると決めた最大の決め手とは?
3月17日放送のライオンズエクスプレスでは、埼玉西武ライオンズの桑原将志選手にインタビューした模様を放送した。ライオンズに移籍すると決めた理由を訊いた。
――1993年生まれということで、同級生がライオンズには一人もいませんが、まったく心細くなさそうに見えます。いかがですか?
桑原「人間関係であまり年齢を気にしたことがなくて、同級生がいたら心強いとかはあまりないです」
――移籍を決めてから毎日をどう過ごしていますか?
桑原「移籍して1年目なので当然見られ方も変わると思いますが、そちらに目を向けずに自分のやるべきことを積み重ねていこうと思っています」
――長谷川信哉外野手は「桑原さんが来ただけでチームが明るくなって、勉強になることばかりです」と言っていました。
桑原「それはめちゃくちゃうれしいです」
――「(移籍してから)1日1日が本当に勉強になる」と言っていましたが、ライオンズに来てどんなことを新たに知りましたか?
桑原「ベイスターズに求められていたこと、ベイスターズのしようとしていた野球とライオンズとでは違いますし、1日1日チームの雰囲気にも慣れながら、ライオンズでなにをすべきかを考えて練習をしていかなければいけないですし、準備をしていかなければいけないので、そのあたりに敏感になりながら、積み重ねていければと思います」
――ライオンズに移籍すると決めた最大の決め手ははどの部分だったのですか?
桑原「年齢も年齢ですし、もう一度自分を奮い立たせたいというか、環境を変えることで自分自身も変わることができるのではないかと思いました。違う刺激も欲しかったですし、違うチームに行ってもそのチームで求められていることに自分がどこまで対応できるかというモチベーションで日々努力することで気の持ちようも変わると思いましたし、現にそう感じています」
――入団交渉時に広池(浩司)球団本部長から言われ、心に刺さった熱い言葉とはどんな言葉だったのですか?
桑原「シンプルな言葉ですけど、『ライオンズのために力を貸してくれないか』という言葉でした。広池さんの表情や雰囲気から熱意を感じ取りました」
――桑原将志といえばダイビングキャッチが代名詞かと思います。高い精度でファインプレーにつなげていますが、生まれて初めて外野フライを飛び込んで捕った時のことは覚えていますか?
桑原「中学生の時からアメリカンノックで飛び込んで捕ったりしていました。さんざんアメリカンノックを受けてさんざん飛び込んでいました(笑)。中高はとにかく練習がきつかった思い出があります。高校は走り込みがきつかったです。中学時代が一番きつかったのではないかなと思うくらいしんどかったです」
――懸命に打球に食らいつくプレースタイルは中学時代に培われたのですね?
桑原「中学時代から厳しく指導されましたし、今でもボーイズリーグの指導者には感謝していますし、それが今につながっていると思います」
※インタビュアー:文化放送・斉藤一美アナウンサー
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