
日本の演劇界に影響を与えた劇作家・矢代静一の幻のラジオドラマを発見!?【アーカイブの森 探訪記#55】
今回は文化放送の大ベテランの視点から発見した番組、第二弾!
発見してくれたのは前回から引き続き、文化放送で18年以上、
法務担当として勤続しているレジェンド隊員・築島さん(通称・つっき~)だ。
今回発見した番組は、前回紹介したつっき~の記事にも関連してくるので、
よろしければそちらを一読してから、この記事を読んでほしい。
【「輸出」紹介記事リンク】
昭和30年代、世界と戦う商社マンたちのラジオドラマ!【アーカイブの森 探訪記#52】 | 文化放送
さて、今回発見したのは、昭和33年(1958年)2月28日に
『現代劇場』という番組内で放送された、
矢代静一さん原作のラジオドラマ『我がいとしのマリアンヌ~私の結婚~』の台本だ。
矢代静一さんは、数々の戯曲を生み出してきた劇作家で、
戯曲「城館」「絵姿女房」などを執筆するほか、
フランス戯曲ラシーヌ、ジロドゥ作品などを演出。
その後「宮城野」「夜明けに消えた」などを発表。
1971年「写楽考」(読売文学賞受賞)で浮世絵師を描き、「北斎漫画」「淫乱斎英泉」を連作、
その浮世絵師3部作の成果で芸術選奨を受賞されている。
矢代さんの戯曲は今でもいろいろな劇団によって舞台やミュージカルが上演されており、日本を代表する劇作家のひとりである。
ここからはつっき~の所感も踏まえたレポートで台本の概要を説明したい。
この作品は、極めて貴重な作品かもしれません。
何故ならば、ネット上で矢代静一作品を検索しても、
この作品は全くヒットしないのです。
長い年月埋もれていた作品が60年以上の年月を経て
ついに表舞台に現われ出た幻の作品の可能性があります。
この作品は文化放送の「現代劇場」のために矢代静一が書き下ろした作品です。
ラジオドラマのために書き下ろした作品であるため、出版されることはなく、
従って、矢代静一作品を検索してもヒットすることはないのだと思われます。
台本の裏表紙に矢代静一の自筆でこの作品を書くことになった経緯が書かれています。
「私小説的なテーマの多い放送劇から脱却して
更に大きいスケールのラジオドラマを企図していましたが、
第四回文学界新人賞受賞作の『輸出』という絶好のテーマを得、
この小説の紹介を兼ねて脚色、劇化したものがこの作品です」
とあり、『輸出』が文学界新人賞を受賞した年が昭和32年であるため、
この作品が書かれた時期は昭和32年又は33年だと思われます。
『輸出』が商社マンの話だったが、この作品は、
出版社をリストラされた男とその女房の間に女の子が生まれたところから話は始まる。
矢代静一さんがこの番組のためだけに書き下ろした台本であるならば、
これは本当に貴重なラジオドラマの台本なのかもしれない。
こちらもアーカイブに音源が残っていたので拝聴。
大まかなあらすじは以下である。
【あらすじ】
とある夫婦の間に「真理(まり)」という女の子が生まれる。
しかし、会社の人員整理の煽りを受けて夫は出版社をリストラされてしまう。
新しい仕事が見つかるまでの間、夫は好きだった作詞と作曲を始める。
昔、歌手として活動していた妻は家計を助けるために、夫が作詞・作曲した曲を持ち込み、歌手としての復帰を歌の先生にお願いする。
しかし、引退してからおとろえてしまった発声と、
夫の作った時代遅れの歌を理由に断られてしまう。
夫は知り合いの紹介で仕事の面接に行くが、「家族は仕事に打ち込むには邪魔な存在だ」という意見の面接官に「家族は大事な存在だ!」と反発してしまい、面接は失敗してしまう。
しばらくして、真理の初めての誕生日。
東京で仕事が見つからなかった夫は、田舎で小学校の先生になる事を決意する。
しかし、妻は二人目の子供を妊娠しており、
出産を考えて、母親のいる東京に残りたいと思っている。
その日の夜、妻は怖い夢を見る。普段の気さくで優しい善人な夫ではなく、
冷たい性格だがお金に困っていない夫に抱きしめられて、幸せを感じてしまう夢だ。
その夢を見て、妻は苦労の多い夫との生活に自分の気持ちが揺らいでいる事を感じる。
それから二人目の子供「アンヌ」が生まれ、夫は一足先に田舎へと向かう。
そこからは妻の語りで
「もし、夫が田舎へ向かう途中の事故で亡くなり、
私が二人の子供を託児所に預けて家政婦として働き、
子供たちに子守唄として夫が作った歌を歌い、『私は幸せだわ』と呟いたら、
皆さんはほんのちょびっとでも、私の事を励ましてくださると思います」
と、まるでその「もし」が起こったかのような声色(こわいろ)でお話が締められている。
『輸出』では戦後の日本企業の商社マンが海外と渡り合う「経済小説」であったが、
こちらはリストラされてしまった夫に複雑な感情を抱える妻の物語だ。
「人情よりも利益を優先する会社の兵隊だが、海外を飛び回る商社マン(輸出)」と
「無職で苦労ばかりだが、家族を大事にする善人な夫(我がいとしのマリアンヌ)」
作品のタイトルに「私の結婚」とあるように、結婚を機に歌手を引退し、
夫がリストラされるも2人の子供に恵まれ、田舎に引っ込む予定だったが夫を失い、
最終的には家政婦として働きながら、残された子供たちに夫の作った歌を口ずさむ。
華やかな人生の代わりに「家族」を手に入れた妻が幸せだったのかどうかは分からないが、
それこそが彼女の「人生」であり「結婚」だったのだ。
戦後の日本企業が舞台の『輸出』からインスピレーションを受け、
逆にその戦後企業のフィールドから離れていく男を妻の視点から描き、
同じ時代でもまったく違う生き方を表現する発想は
矢代静一さんの劇作家としての着眼点の鋭さを感じるラジオドラマだった。
個人的には、何かの機会に、この幻のラジオドラマを多くの人に聞いてもらえる日が来るのを願っている。
執筆:アーカイブ探訪隊員 原田
:レジェンド探訪隊員 築島
『文化放送アーカイブス』
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