【アナコラム】太田英明「リオデジャネイロオリンピックについて」
文化放送メールマガジン(毎週金曜日配信)にて連載中の「アナウンサーコラム」。週替わりで文化放送アナウンサーがコラムを担当しています。この記事では全文をご紹介!
▼4月3日配信号 担当
太田英明アナウンサー
はい、どうも、いつも大変お世話になっております。文化放送の太田英明です。ミラノ・コルティナオリンピックも終わりましたが、私の中では、まだ興奮と感動の余韻が残っています。現地からは、今回も砂山圭大郎アナウンサーが、素晴らしいレポートを届けてくれましたが、砂山アナウンサーのレポートを聴いていて、リオデジャネイロオリンピックのことを思い出しましたので、今回はそのことについて、書こうと思います。
私は、2016年にリオデジャネイロで行われたオリンピックに、レポーターとして派遣されました。当時のリオデジャネイロは、大変治安が悪く、無闇に街中に外出してはならない、というお達しが出たほどでした。
実際、私が滞在していたマンションから、開会式が行われた競技場までのバスでの道すがら、随所で、装甲車や兵隊さんの姿が見受けられました。「これは、本格的に治安が悪いんだな。」と実感したのを覚えています。
また、同時期にTBSから派遣されていたラジオチームが、強盗に襲われたのも衝撃でした。TBSのラジオチームは、コパカバーナビーチで取材中に強盗に遭い、馬乗りになられて、ナイフを突きつけられ、お金を取られました。白昼堂々、世界的な観光地であるコパカバーナビーチで、このような犯行が行われたことに、マジでビビりました。
レポート自体も、なかなかの苦労がありました。リオデジャネイロと日本は、昼と夜とが丁度真反対。私は、「大竹まこと ゴールデンラジオ!」の1時台に、毎日レポートを入れていたのですが、リオでは深夜の1時。毎回レポートを入れた後、近所のコンビニで購入した粗末なパンを、夕食代わりに食べ、深夜2時過ぎに就寝。翌朝は早く起きて、また取材に、といった生活を3週間続けましたので、心身ともに、かなりきつかったです。
当時は、まだZOOMなどのリモートのシステムがなく、携帯電話でレポートを入れていました。文化放送の技術スタッフが構築してくれたシステムを使っていたのですが、それが時々不具合を起こし、大きなディレイが生じ、文化放送のスタジオとのやり取りがギクシャクしてしまい、相当ストレスを感じました。
リオに滞在中、どうしたわけか、細かなトラブル、アクシデント、ハプニングに頻繁に
見舞われました。特に困ったのは、私が滞在していたマンションのトイレが壊れてしまい、床中が水浸しになってしまったこと。これには本当に弱りました。
このように書いていると、辛いこと、苦しいことばかりだったように思われるかもしれませんが、もちろん嬉しいこともありました。他局から派遣されたラジオのスタッフとは、様々な場面で協力し合い、強い絆が生まれました。他局から派遣されたラジオのスタッフは、誰もが皆、素敵な方ばかりでした。また、何より嬉しかったのは、日本人選手の活躍を、間近で見られたこと。日本人選手がメダルを獲得するたびに、それまでの厳しい取材を経た上での、ご褒美のように感じられたものです。
私は、リオ滞在中、1つの目標を立てていました。それは、日本人選手が金メダルを獲得する瞬間を、全て、直に、生で、見届けること。そのために、会場を調べ、スケジュールをチェックし、日本人選手が金メダルを取りそうな試合は、全て欠かさず観に行きました。結局、日本人選手は、リオデジャネイロオリンピックにおいて、全部で12個の金メダルを獲得するのですが、その瞬間を全て、直に、生で、この目に焼き付けることが出来ました。これは、世界広しといえど、私だけなのではないかと、秘かに自負しております。
近年、オリンピックには、文化放送からは、全て砂山圭大郎アナウンサーが派遣されています。厳しい条件のこともあったかと推察しますが、毎回見事なレポートを届けてくれて、その仕事ぶりには、後輩ながら、心から敬服致しております。
今後、私がオリンピックに派遣されることはありませんが、リオデジャネイロでの体験は、私の一生の財産となっています。
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