2017.5.05

マスターズインタビュー(ユーグレナ 出雲充社長)第4回2017年4月24日~28日OA

nmt事務局
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マスターズインタビュー第4回は、主にミドリムシを活用した食品・化粧品の販売やバイオ燃料の研究に取り組むバイオテクノロジー企業、株式会社ユーグレナの出雲充社長が登場。

「ミドリムシが世界を救う」という信念のもと、日々飽くなき挑戦を続ける出雲社長の熱い情熱にタケ小山が迫る。

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漫画に感化された少年時代

 

出雲社長は1980年生まれ。都内随一のベットタウン・多摩ニュータウンで、自然に囲まれながら育つ。どんな子どもだったのだろうか。タケが尋ねると出雲社長は恥ずかしそうにこう答えた。

 「小学生のときは漫画をひたすら読んでいた。しかも、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』と『ドラゴンボール』ばかり。ふたつの漫画を繰り返し読んで、今でも何巻にどんなストーリーがあるか覚えている。それぐらいこのふたつの漫画に心酔していた」

 "こち亀"と"ドラゴンボール"。少年時代の出雲社長の心を奪ったこのふたつの漫画は、彼のその後の人生にも大きな影響を与える。


「とても大好きで人生の原点にもなっているのが、"こち亀"の85巻にあるザリガニの話。両さん(※主人公の両津勘吉のこと)がザリガニをたくさん釣って一儲けしようというストーリーで、自分も感化されて近所の池にザリガニ釣りに行った。両さんと同じようにスルメで釣ろうとしたが全く釣れない。フルーツや甘いものを餌にするなど試行錯誤の末、餌をさけるチーズにしたところ、池中のザリガニが寄ってきた。スルメよりもチーズのほうが水中では溶けやすく、ザリガニが好きなうま味成分であるアミノ酸をたくさん含んでいるから、という理由は大人になってからわかったことだが、子ども心に"なんでもいろいろやってみないとわからない"と気付かされた」

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国連志望からミドリムシとの出会い


 漫画から人生の哲学を学んだ出雲社長。高校生になると海外に行ってみたいと強く思うようになり、国連で働くことを志望。そのために現役で東京大学の文学部へ入学する。しかし、一度も海外に行ったことがない自分は国連に雇ってもらえないと思い、大学1年生のとき、"ある国"へ赴く。それが出雲社長の人生の大きな転機となる。

「最貧国と言われるバングラデシュに行った。ご飯が食べられない人がたくさんいると思ったが違った。確かにほとんどの人が貧しかったが、バングラディッシュにはお米がたくさんあり飢えに苦しんでいる人はいなかった。そのかわり、お米以外に栄養となるものはなにもない。お米に香辛料をつけて食べるだけだから、お腹はいっぱいだけどみんな栄養失調で苦しんでいた」

貧困国・バングラデシュの現状を目の当たりにした出雲社長。帰国後は、どうしたらバングラデシュの人々が救えるか考えるようになる。

そんなとき、真っ先にひらめいたのが"ドラゴンボール"に出てくる「あるもの」だった。


 「ドラゴンボールには"仙豆"と呼ばれる、一粒食べればお腹もいっぱい、栄養もとれて、体力も回復するという夢のような豆がでてくる。仙豆を探してバングラデシュの人々を救うしかないと思い、農学部に編入。しかし仙豆を研究している教授はおらず落胆していると、研究室の後輩が仙豆のかわりになるものを紹介してくれた。それがミドリムシだった。」

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ミドリムシの魅力

"仙豆を探してバングラデシュの人々を栄養失調から救いたい"という思いが発端となりミドリムシと出会った出雲社長。その可能性に魅せられて研究に没頭するも、卒業後は銀行員に。

しかし、ミドリムシへの夢が諦めきれず、すぐに銀行を退職してしまう。

「ミドリムシには大きな可能性があると信じていたから、銀行には全く未練はなかった。退職後はミドリムシを研究している全国の教授のもとへ行脚し、研究室の片隅を借りて研究を続けていた」

出雲社長をそこまで虜にしたミドリムシの魅力はいったい何なのか。

「東大卒だし、がんばれば頭取も夢じゃなかったのでは?」というタケからの質問に、「そんな漫画みたいな話はありえない」ときっぱり断言しつつ、ミドリムシの魅力を語ってくれた。

「ミドリムシと聞くとみんなその名の通り"虫"を連想してしまう。でも、違う。まず、ミドリムシは植物でもあり、動物でもある。両方の能力を兼ね備えていて、両方の栄養素をたくさん持ち合わせている類まれな存在。この栄養を上手く活用できれば、まさに仙豆となりうる」

なんとか研究を続けながら2005年、株式会社ユーグレナを起業。ミドリムシを世に送り出す第一歩を踏み出した当時のことを出雲社長はこう語る。

「起業してからは、何もかもうまくいかず大変なことしかなかった。本当に苦労の連続。でも、没頭できるものがあれば空腹も時間も気にならない。ミドリムシに対してはいくらでも没頭できるから、いくら大変な状況でも"諦める"とか"やめる"などは一切頭に浮かばなかった」

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理想のリーダーとは


 起業してから十年以上、株式会社ユーグレナは現在もミドリムシを活用した商品や研究を日々展開し続けている。会社のリーダーとして組織を引っ張り続ける出雲社長に"リーダーのあるべき姿"を聞いた。

「また漫画の話になってしまうが、自分のなかの理想のリーダーは"こち亀"の主人公・両津勘吉。両津勘吉は200巻もあるすべてストーリーのなかで、一回も言い訳をしていない。自分は頭が悪いからできないとか、佃煮屋出身でお金がないから無理だなんて一切言わない。チャレンジして失敗して怒られても、とにかくやってみる。それは会社のリーダーにとって一番必要で大切なこと。ミドリムシの研究がしたいという社員に、失敗しそうだからとか、うちはベンチャーでお金がないからと言い訳してしまったら何もできない。とにかくやってみる。それをリーダーが体現して社員に勇気を持たせるのもリーダーの役割」

これからもミドリムシとともに

最後に、タケが出雲社長の夢を聞いてみた。

「とにかく、どんなことでもトライし続けること。スルメがダメならチーズを使う、それでもダメなら他のものを試していく。まだまだ、ミドリムシの力はこんなもんじゃないと自分が一番信じている。まだ誰も信じてくれないが、ミドリムシで乗り物が動く、栄養失調の苦しむ世界中の人たちが救われる世の中を必ず実現させる。今では会社のプロジェクトで、7000人のバングラデシュの子どもたちにミドリムシを使った給食を提供して栄養をとってもらっているが、それでは足りない。いつか100万人にする。もっと技術を高めて、ミドリムシ由来のバイオ燃料で日本の燃料問題も解決する。口で言うだけではく、実現してミドリムシが活躍できる社会を作ることが自分の仕事でもあり夢である。」

"とにかくいろいろやってみること"。物腰の柔らかい雰囲気からは想像できないほど熱い情熱をもつ出雲社長。ミドリムシが世界を救う日が現実となるのはそう遠い未来ではないだろう。

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