筑紫哲也がニュースを伝えていた、テレビに「健全な競争関係があった」時代

筑紫哲也がニュースを伝えていた、テレビに「健全な競争関係があった」時代

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大竹まことがパーソナリティを務める「大竹まことゴールデンラジオ」(文化放送・月曜日~金曜日11時30分~15時)、6月11日の放送にジャーナリストの金平茂紀が出演した。6月5日に著書「筑紫哲也『NEWS23』とその時代」の文庫版を発売した金平が、まさに筑紫哲也がニュースキャスターを務めていた時代に関して語った。

大竹まこと「この御本(販売中「筑紫哲也『NEWS23』とその時代」)は、前にお出しになったものが文庫版になった、と考えてよろしいですか?」

金平茂紀「そうですね。ただ5年前でしょう。5年間で激変した、特にメディア状況がね。私なんかがいるテレビや新聞といったところがオールドメディアと言われて、揶揄される対象になった。そんなものは要らないんだ、みたいな議論が出てきたけど、僕はそこで育てられた人間だから、しっかりしないとダメだ、という思いがまだあって。立て直しや『こういうことがあったんだ』みたいなものは残していかなくてはいけない、と思うんです」

大竹「はい」

金平「たとえでよく言うんです。福島や能登へ行くと、復興という名で、元々あったものをブルドーザーで解体して、更地にする。そこにあった記憶がすべて吹き飛んで、何もなくなる。いまのメディア状況って更地化が進んでいるんじゃないか、と。そういう状況が進むと、口幅ったい言い方ですけど『ジャーナリズム』といったものがなくていいんだ、SNSがあるんだから、と。首相や大統領が記者会見ではなくSNSに書き込む、みたいな」

大竹「一方通行ですね」

金平「きのう河野洋平さんが亡くなったでしょう。首相はお悔やみの言葉をSNSに書いていました。違うんじゃないか、と。僕がいままで育てられたところにあったものとは異質なものだろう、と思いますね」

大竹「SNSの発達だけで、いま『オールドメディア』と呼ばれるんですか? それとも呼ばれる原因がどこかにあるんですか?」

金平「あると思いますよ。切り込んでいかない、現場主義を放棄する、仲間内で群れる、など。天下国家のことが大事で芸能や文化のことは下に見る、そういう構造になっている」

青木理「僕なんかが大学生ぐらいのときにテレビ朝日で久米宏さんの『ニュースステーション』が生まれて。追いかけるように筑紫さんの『NEWS23』が始まって。いま考えると贅沢な時代だったな、と。オールドと呼ぶかは別として、テレビというものがある種、メディアの中心に飛び出してきた。特にニュース報道の中心に。80年代末から90年代、00年代の最初ぐらいまではテレビジャーナリズムが輝いていたな、と思います」

金平「ああいうときに仕事ができた。ラッキーだなと感じます。あと久米さんのところから皆、ハシゴしていた。お互いに比較して、意識していた。あっちはこうしているんだから、こっちはそうじゃないことをしよう、と。ある意味で健全な競争関係がありましたね」

大竹「筑紫さんの番組には『多事争論』というコーナーが設けられて。久米さんも、ニュースは読むけど、ちゃんと自分なりの意思が乗っている。それが伝わってくる」

金平「言葉じゃない。久米さんの場合は黙る。『はい、次』とは言わない」

青木「久米さんや筑紫さんがいて。金平さんのような人たちもいて。80、90年代はテレビジャーナリズムが輝いていた。きちんとファイティングポーズをとっていた、というかね。メディア、ジャーナリズムの役割として、少なくとも権利は監視しましょう、弱者の側に立ちましょう、というのは基本で。筑紫さんや久米さんの番組は、万全だったかはともかく、ポーズはとっていた。とらなくなったのは、なぜでしょうか?」

金平「怖がっているんじゃないですか。そこで血を流した人、いけにえになった人もたくさんいますからね」

このあとも金平が自身の経験も踏まえ、かつてのニュース番組にまつわるエピソードを語った。詳しくはradikoのタイムフリー機能で確認してほしい。

「大竹まこと ゴールデンラジオ」は午前11時30分~午後3時、文化放送(FM91.6MHz、AM1134kHz、radiko)で放送中。radikoのタイムフリー機能では、1週間後まで聴取できます。

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