鈴木BINのニュースな映画「1640日の家族」

鈴木BINのニュースな映画「1640日の家族」

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鈴木BINのニュースな映画
文化放送報道部デスク兼記者兼プロデューサーで映画ペンクラブ会員の鈴木BIN(敏夫)が、気になる映画をご紹介しています

里子がテーマの映画「1640日の家族」にみる小津的な温かさ 

7月29日公開の「1640日の家族」 この映画の持つリアルな息づかいは何なのでしょう?家族の物語と言えば、日本では小津安二郎の映画が永遠の光を放っていますが、父親が娘を何とかして嫁にやろうとする、上司が無理に見合いを勧めると言った昭和の家父長制度が色濃く表れていますよね。しかし、なぜか押しつけがましい感じがしないのが小津マジック。静謐な画面と本当に家族を思う愛が底流に流れているからでしょうか。一方、この「1640日の家族」は、現代のフランスの家族の問題「里子」がテーマです。

昭和の日本と現代のフランス。地球上で最も遠い背景を背負っているかに思えるのですが、この作品を観た感想は「小津の映画のようだな」というものでした。淡々と静かに優しく、そして切なく物語は進んでいく。ちょっとした仕草や表情、息遣いを実に丁寧に描いていて、痛いほどに機微が伝わる。小津ファンはフランスとドイツに多いと聞いたことがありますが、「東京物語」や「麦秋」の遺伝子を感じる気もしました。作品の持つリアルな切なさは、どうやらファビアン・ゴルジュアール監督の実体験に基づいているからなのだそうです。ゴルジュアール監督が子どもの頃、両親が生後18か月の子供を里子に迎え、4年半一緒に暮らした経験があるということで、これは映画の中の設定と全く同じです。

生後18カ月のシモンを里子として受け入れた里親のアンナと夫のドリス。夫婦は、2人の実子と変わらぬ愛情をシモンに注ぎ、アンナはシモンからママと呼ばれています。そのようにして、4年半、幸せに暮らしてきました。しかし、離れて暮らしていた実父が、シモンと暮らしたいと言う要望を児童社会援助局に申し入れたことで、ある日突然、家族としての生活に期限が設けられてしまうのです。

この映画の小津的なところは、実父が決して悪人では無いところにあるのだと思います。暴力性のある実父と、その実父からシモンを守ろうとする夫婦の戦いの物語ではないのです。経済力に乏しい実父ですが、彼なりに懸命にシモンとともに幸せになろうと努力することが切ないのです。悪い人はひとりも出てきません。しかし、愛するシモンをめぐって生まれる衝突に、哀しい機微が折り重なります。

ちなみに日本でも里親・里子制度があります。五輪金メダリストの岩崎恭子さんのご両親が、里親として奮闘してこられたのは有名な話です。最近では、塩崎恭久元官房長官が政界引退後、里親になるべく研修を受けているというニュースがありました。新しいデータでは、日本における里親は1万3千組あまり。実際に里子となった子供は6千人足らずだそうです。昭和には、生活困窮に起因した「捨て子」を育てるという社会風土もありました。日本はその後、豊かになりましたが、今も家庭内暴力など様々な問題で、親と暮らせなくなった子供も多いのが実情です。先日「子ども家庭庁」が発足しましたが、この名称には大きな矛盾があると感じます。昨今の、母親のネグレクトや、母親の同居人による暴力などで、幼い命が奪われてしまうという痛ましいニュースを耳にするにつれ、「子供」と「家庭」は分けて考える必要があるのではないかと強く感じるからです。

フランスでは養子や里子になったり、児童福祉施設で暮らす子供の数は日本に比べて圧倒的に多いそうですが、それは問題の件数が多いのではなく、子どもの命を家庭よりも優先する、つまり未然に子どもを守るために家族から離す動きが早いということを意味しています。「1640日の家族」では、家父長的な家族の価値観とは違う、親と子とそして里子が皆で支えあう家族を描いています。それだけに尚更、ポスターのキャッチコピー、「大切なのは、愛しすぎないこと」という言葉が、痛いほど刺さってくるのです。しかし、刺さったささくれを自分で優しく抜いてあげることは、とても大切なことだとも教えてくれる映画です。フランスの家族ドラマで、このような繊細で温かい名作が生まれたことが新たな発見です。忘れていた「何か」を教えてくれます。

「1640日の家族」は、7月29日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

公式サイト:https://longride.jp/family/配給:ロングライド
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