鈴木BINのニュースな映画 香港の真実~「Blue Island」と「時代革命」

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鈴木BINのニュースな映画
文化放送報道部デスク兼記者兼プロデューサーで映画ペンクラブ会員の鈴木BIN(敏夫)が、気になる映画をご紹介しています

鈴木BINのニュースな映画「Blue Island 憂鬱之島」と「時代革命」~香港の民主化デモとは?

この2つの香港映画は、いずれもすこぶるいわくつきの映画だ。
2020年に国家安全維持強化法が成立すると、撮影後、映画の出演者たちも多くが逮捕されていった~「Blue Island 憂鬱之島」(先月から公開中)は香港を描いた不思議な実験作だ。ドラマとドキュメンタリーとメイキングの場面が折り重なってゆく。文化大革命の時代と天安門事件と香港の雨傘運動、民主化デモの場面と、1973年から2019年までの香港の時間軸を自在に行ったり来たりするのだ。さらに民主化デモで実際に逮捕された学生が、英国への抵抗運動を行う学生役を演じていたりするので混乱するのだが、その混乱には意味がある。つまりは、どれも「香港」の真実のことを描いているのだと気が付く。香港という舞台で歴史は繋がっているのだということを映画は教えてくれる。

私が個人的にショックを受けたのは、高圧的なイギリスの役人に対して「自分は中国人だ」と主張し、香港からの追放を命じられる場面。1967年には香港で「六七暴動」という文化大革命の影響を受けた香港の左派が過激テロを起こし、王立警察(イギリス側)が徹底的に学生たちを弾圧するという一連の事件が起きているのだが、ドラマによる再現シーンで、王立警察に捕らえられた学生は、イギリス当局の「なぜイギリスで教育まで受けて、このようなことをするのか」と尋問を受け、「自分は中国人だ」と答える。すると気色ばんだイギリス人の尋問間は「君を香港から追放する」と命じる。当時このようなことが本当に起きていて、実際の当事者も現れ、ドラマからドキュメンタリーへ移行するのだが、彼らは六七暴動から50年の追悼式で、戦いに身を投じ亡くなっていった仲間たちを思い、涙を流す。そしてイギリスという悪から解放され、中国という祖国に戻ったことを心の底から喜ぶのだ。観ているものは強烈に価値観をひっくり返さてしまう。私を含めて多くの人は、中国の弾圧により香港の若者たちが投獄され、運動が徹底的に弾圧されていく様を怒りや悲しみを持って観ているが、この老境に達した男性たちの「やっと祖国に戻れる」という声に嘘があるわけではない。正義の敵は悪ではなく、相手の正義だと言う言葉があるが、このような歴史も知っておかねばならないのだという事に驚きショックを受けてしまったのだ。しかし、彼らの言葉もまた答えではない。同じように50年前、イギリスを相手に戦った中には、香港が中国に返還されても、左派運動で投獄された人たちの前科が消されなかったことに、中国への大いなる失望を抱く人もいた。香港返還は、この六七運動から30年後のこと。彼は30年間、待ち続け、そして中国に「捨てられた」
この男性が、民主化運動で判決を待つ(おそらくは有罪)の若者に言う。「この150年、香港は自ら運命を決めたことは一度もない。いつも翻弄されてきたんだよ」自分で自分の未来を決めることができないということの焦燥や虚無。この映画は本来、参議院選挙の前に公開されるべきだったのかも知れない。香港の若者たちの険しい表情と、渋谷の街頭インタビューで「選挙?行かないですねえ」と屈託なく笑う若者が、合わせ鏡のように映る。
香港が生んだ最大のムービースター、ブルース・リーの「ドラゴン危機一髪」が公開されたのは1971年。60年代最後の政治的嵐の後、登場したブルース・リーの苦悩に満ちた表情には、この時代の懊悩が反映されているように見える。そして、民主化デモの後、活躍を続けるジャッキー・チェンの笑顔の中に何が見つかるだろうか。映画は、いつも香港の息吹を伝えている。この「Blue Island」の中にも必ず何かが見つかる。
そして8月13日(土)からはドキュメンタリー映画の「時代革命」が公開される。私はこの映画を単なるドキュメンタリー映画ではなく、「追体験映画」だと感じた。
2019年、香港で起きた民主化を求める大規模デモに密着したこの映画は、過去も無ければ未来も無い。とにかく今、この瞬間を懸命に当事者たちが記録し続けている。メディアが俯瞰して起きていることを眺めることも大事だが、この映画は違う。冒頭で流れるテロップ「出演者の安全のため覆面の人物の声は加工を施した。取材後、音信不通となった人は俳優の映像に差し替えた」には、お前も傍観者ではなく当事者になれというメッセージが込められている気がする。民主化デモの「現場」がいかにすさまじかったかはカメラが正直に語ってゆく。自分の眼がカメラになった錯覚を起こすほどの迫力と恐怖だ。ナレーションはなくすべてテロップ「デモ開始以来 水死と飛び降り自殺が増加」「警察は不審死ではないとした」「ヤオトン紀律部隊官舎で死体が投下された疑いがある」怖い証言の数々。15歳の女子水泳選手が、なぜか海で溺れて死亡。18歳女性への警察署内での婦女暴行事件など、デモ隊と警察の真昼の衝突映像に見慣れた身としては、夜の裏暗い香港を描かれると、また民主化デモの姿も変わる。そして自分も香港の民主化デモに加わる一市民に起きた全てのことを追体験せざるを得ない状況に追い込まれる。ほとんどの映像は今まで観たことのないものだ。イギリス人と思しき中年男が香港人の学生に突っかかり説教を始める。「お前たちは香港人なのか!香港を破壊するつもりなのか!観光も経済も壊しやがって」と喚き散らすと逃げるように去っていった。我々(学生たちと同化した自分の眼)には、いつでも香港から逃げ出せる外国人が居丈高に、そして差別的に香港の若者をののしっていると映り怒りに燃えるのだが、ひょっとしたらこの男は、イギリスから香港に渡ってきて地元の女性と結婚し財産も築いて幸せに暮らしていたのかもしれない。自分の事務所がデモ隊かあるいは警察に、偶発的な事故で破壊されてしまったのかもしれない。そういった視点で見直してみると、この白人の男が哀れにも映るのだ。この男が何者かということについての答えはない。なぜならば、前後や上下を眺めて検証してしっかりまとめた映像ではなく、今まさに起きている現実を観るものに突きつけ続けているから。そして突きつけられる映像を観て、香港の人たちはこんなにも恐ろしい目に遭っていたのだと驚愕する。地下鉄に大量の警官がなだれ込んできて、座っていただけかもしれない若者たちを罵声を浴びせながら殴り始める。血まみれになった学生が無抵抗のまま蹴られると、隣では泣きじゃくりながら抱き合う男女。日本で地下鉄に乗っていて警官からこのような目に遭うことはありえない。明らかに異常な状況なのだが、それが映画や旅行で見慣れたあの美しい香港の夜景の中や、看板に溢れた繁華街で繰り広げられていることのショック。映画で、ジャッキー・チェンやトニー・レオンやアンディ・ラウたちの背景にあるべき香港の街の風景、しかし、そこにいるのは、泣き叫ぶヘルメット姿の学生や目を血走らせて棒を振り下ろす警官であることが、映画ファンとしては本当に奇妙だ。映画であれば良いのにと思う。統率もなく暴れる警官の姿に、先述したようにポリスストーリーで痛快なパフォーマンスを繰り広げるジャッキー・チェンの笑顔を無意識に重ねてしまう。苦悶し叫び、周囲の大人に早く逃げろと促され走り去る若者たちは、日本のZ世代と言われる人たちだ。少しだけ趣きの違う映像もあった。私服警官が拳銃を出した途端、若者たちのリンチに遭い血まみれで拳銃を向けている。しかし決して宙に向かって発砲することはない。その後、火炎瓶も投げつけられるが、冷静に本部に電話で連絡を取っていた。このシーンに香港がやはり近代国家であるということを感じた。スーパーで飲み物などを手に入れた若者たちが、品代を置いて逃げてゆくシーン、自分は逮捕されても良いからこの人を救護させてくれと警察に懇願する救護腕章を付けた若者。ミャンマーの凄惨な報道映像と比較すると、学生・市民はもちろん、おそらくは警察の中にも理性を苦悩の中でキープしている人たちがいるであろうことが伝わる。だからこそ特に警官たちが理性を無くし暴走する姿が悲しい。善良な香港市民たちが、習近平政権によって愚弄され抑圧されていることが悲しい。「Blue Island」も「時代革命」も、撮影した映画人たちにも危険が迫っていることがわかる。キウィ・チョウ監督の身に何も起きなければと願う。
「時代革命」は、8月13日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開される。
『時代革命』
監督:キウィ・チョウ
2021 年/香港/158 分/シネマスコープ/英題:REVOLUTION OF OUR
TIMES 配給:太秦 © Haven Productions Ltd.
www.jidaikakumei.com

そしてすでに公開中の「Blue Island」はこちら
『Blue Island 憂鬱之島』
監督・編集:チャン・ジーウン
プロデューサー:(香港)ピーター・ヤム アンドリュー・チョイ/(日本)小林三四郎
馬奈木厳太郎
撮影:ヤッルイ・シートォウ
音楽:ジャックラム・ホー ガーション・ウォン 美術:ロッイー・チョイ
字幕:藤原由希 字幕監修:Miss D 製作:Blue Island production 配給:太秦
2022|香港・日本|カラー|DCP|5.1ch|97 分 ©2022Blue Island project
▼SNS 情報
公式サイト blueisland-movie.com
Twitter @blueisland2021

 

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