2018.2.19

動物遺体科学者・遠藤秀紀教授の仕事術~"本物のプライド"とは

nmt事務局
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文化放送「The News Masters TOKYO」のマスターズインタビュー。動物の遺体に隠された進化の謎を追い続ける遺体科学の第一人者・東京大学総合研究博物館教授の遠藤秀紀さんとの対話の中からすべての仕事に通ずる"大事なこと"の本質を発見したい。スポーツマネジメントを学び自ら経営者の経験もあるゴルフ解説者のタケ小山が「仕事とは?」の命題解明に挑みます。


◆「発見」は99%の繰り返しの先にある


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遺体科学とはいったいどういう学問なのか?普段、どういう活動をしているのか?まずはそれが知りたいタケに、遠藤さんはこんな風に説明を始めた。


「私の仕事は動物の死体を集めることです。動物の死体と365日、24時間を共に過ごしていると言ってもいいでしょう」。例えば動物園では、生き物たちが寿命を迎えて死んでいく。その死体はどこに行くのか?「私が受け取るんです」と、遠藤さん。その数は年間100を超えることが普通。それら受け取った動物の死体に「刃を入れて手で弄って顔を突っ込んで発見していく。それが私の仕事です」とニッコリ。


調べる対象は死因ではなく進化、つまり生き物の体の歴史である。死体は歴史絵巻だという遠藤さんは確認と再発見を重ねながら「まだ知らないたくさんのこと」を読み解いていくことに情熱を傾けている。「死体はまさに知の泉です」生き物好きの少年の心を持ち続けているタケは目をキラキラさせながら遠藤さんの話にぐいぐい引き込まれていく。「最近、何か面白い発見はありましたか?」


少し考えた後で、カバの話を始める遠藤さん。「カバは大きくて大変でしたよ」と笑いながら「あの大きな体にもかかわらず、水の中での動きが上手すぎる。なにか謎があるに違いないとずっと思ってきました」。遠藤さんが注目しているのは指だという。水の抵抗を避けるためにかなりこまめに動かすことができると同時に泥の上を歩くためにはしっかりと地面を踏みしめて立つことが必要なので、その両方ができるような指の動きをしているのではないか?と。「カバのことを知らない人はいないけど、誰も緻密な指の動きまでは見ていないでしょう」


仕事の歓びが、まさにここにある、と語る遠藤さん。「自分で発見する瞬間が一番うれしい。しかも私の場合は本当の意味で目や指先を使って五感で発見を受け止めることができるのだから最高です!」


種類を選ばず申し出があったすべての動物の死体を引き取って解剖するので「日々の仕事は99%同じような作業の繰り返し」だそうだが、「よくよく見ると、それぞれ違う顔・形を持っている。その違いを感じながら一つ一つを楽しんで飽きずに99%を繰り返しています」と話す遠藤さんの言葉に大きくうなづくタケ。「すべての仕事に通じますね!」


◆「現場力」は考え抜くことから生まれる


遠藤教授とフクロギツネ_DSC0294.JPG


遠藤さんの遺体解剖の仕事は、いつどこで発生するかわからない。動物がいつどこで死ぬのかを予測することはできないからだ。どこかで動物の死体が出たという知らせが入った瞬間から動き出し始める。


「死体の数だけやり方があります。どういう死体が出たらどうするのがベストかを普段から常に考えて考えて、考え抜いています」


例えば動物園でゾウが死んだ場合。時間は開園中の日中なのか、閉園後の真夜中なのか。場所は獣舎なのか、パドックなのか。ゾウのような大きな死体の場合には、動かすためにクレーンが必要となるがそのスペースが確保できるのかどうか。できない場合は、どうすればいいのか。様々なケースを仮定して考えている。 「連絡が入ったらすぐさま反射的に動く必要があります。考えている間に死体はどんどん腐ってしまいますから」。


そのように状況に応じて臨機応変に動きつつも、作業には常に一本の軸がある。死んだ後にすぐに形が変わってしまう消化管をまずは抜き出すといった作業手順がそれだ。望んだ死体が出てくるわけではないのでいつも「主導権のない始まり方」をするという現場で、そのときにできるベストの計画を策定して実施していけるのは、遠藤さんの現場力の賜物だ。


「25年やってきたから、全く予測していないことが現場で起こることはもはやありません。ただ、予測の程度を超えていた!ということはありますよ」と話す遠藤さんの頭の中にはどれほどの経験が詰まっているのだろうか。ここまでの話を聞いてタケが気になったのは、現場で遠藤さんと仕事を共にするチームメンバーのことだ。


「どういうチームで動いているんですか?」


◆個性的な人を束ねるコツは放任主義だ!


遠藤教授とペンギンの頭蓋骨.JPG


「相撲部屋みたいな感じですね」と遠藤さん。「親方と、土俵入りはまだまだできそうにない若者ばっかり。おかみさんはいません」と笑う。遠藤さんが親方で、あとは大学院生や大学院を出たばっかりの若者たち。共通しているのは「動物が好き」なことと「発見したくて仕方がない」という気持ちだ。


「基本的に、来る者は拒まずなんです」とキッパリ。なぜなら「お金儲けにはつながらないのに、学者になりたいというその想いが何よりも大事ですから。そもそも、若者は失敗をしながら成長していくものなので今何ができるか?ということよりも、将来何がしたいのかの方がずっと大事です」。


「おおっ!と思うような面白い若者も、いましたか?」というタケの問いに、「そう言えば」とある若者について話してくれた。「ニワトリが大好き、というのがいましたね。ニワトリというのは、ほとんどの人間にとっては卵か鶏肉なんですが、たとえばチャボのようにかわいいから飼われるということもある。彼は畜産物としてのニワトリではなくて愛される存在としてのニワトリに注目して、なぜ人はニワトリを愛するのか?を研究テーマにして立派な論文を書きました」。


「なんか、遠藤さんのところにはちょっと変わった個性的な人が集まってきそうですね。親方としてはチーム運営、大変なんじゃないですか?」というタケに、遠藤さんはこう答えた。


「個性的な人を束ねるコツは放任主義、放し飼いですよ!」


若い人は若い人なりの想いやアイデアを持っている。それを社会の常識に照らし合わせて「仕事ってそんなもんじゃないぞ」と押し付けるのはよくない。「遊ばせたらいいじゃないですか。やりたいことをやらせたらいいんです。ただし、そんなに金はないぞと釘は刺しますが」と笑いながらこう付け加えた。「大学も企業も、若者が勝手なことをしたくらいで、そんなに簡単にはつぶれない」


まさに、これぞ百戦錬磨の経験を積んできた大人の言葉。おおいに感銘を受け、共感するタケであった。


◆どんな状況でも「自分の仕事」はできるはずだ


遠藤教授空調室でシカの頭骨をもつ.jpg


遠藤さんの現場での仕事話に興味津々のタケは、遠藤さんの困った話も聞いてみたくなった。「これまでに、これは参ったなぁと思うような現場もありましたか?」こんなことがあった、と話してくれたのはとある地方都市の動物園でゾウの死体を引き取りに行ったときのエピソードだった。


「ゾウが死んだという連絡を受けてすぐに万全の準備と装備をして出かけていったところ、現地についたとたんに園長さんから『譲れなくなりました』と頭を下げられたことがありました」。大学に連絡をした後に、市のトップが「大学に渡すな。市役所で飾りたい」と言い出したのだ。動物は市が所有してきているので、そう言われたら従うしかない。でも、動物園の方たちは死体を学問に役立ててほしいという想いがあったからこそ真っ先に大学に連絡をしたわけで、しかもそれに応じてすぐに駆け付けた遠藤さんたち大学チームの時間や経費の負担にも思いを巡らせて真っ青になっていたという。


遠藤さんは、そのときどう判断してどんな行動をしたのか?


「その場で考えてこう言いました。市の偉い人が飾りたいのは骨ですよね。胃や腸など内臓はいらないですよね。骨以外のすべてをいただきます」――これが、学者のプライドだと遠藤さんは言う。現場を理解せずに理不尽な横槍を入れてきた市のトップに対する反発心があった。「上から押し付けられたどんなに理不尽な状況の中でも、信念さえあれば仕事はできる」ということを示したかったのだ。


「どの世界にもしょうがない指導者はいますからね...」とつぶやく遠藤さん。「でも、半分見返しながら、自分は違う方向を向いてニコッと笑ってやるべきことをやるのが本物のプライドですよ」


◆仕事とは「人に幸せを与える」こと


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「アリクイ」の話でも、タケと遠藤さんはひとしきり盛り上がった。「アリクイの口ってペリカンみたいにはパカッと開かないでしょう?その理由が子どもの頃からずっと気になっていたんです」という遠藤さん。年月を経てついに、アリクイの死体解剖の機会に恵まれた。その結果「あごが、左右一対で2つあることがわかりました」。


口をすぼめておいて舌を発射し、その先にアリを貼りつける。そのアリをしっかりと喉の奥まで回収する。「そんなことができるようになるまで、アリクイは何千万年もかけて進化してきているわけです。遺体は、何千万年とか一億年とかの歴史を語ってくれる。これが遺体科学の楽しいところなんです」。


学者としての仕事の目的は「人々に幸せを与える」ものでありたいと願う遠藤さん。最近では大学に対して経済活動やGDPに貢献しろというプレッシャーが強まっていることを感じつつも、「もっと大切なことがある。それは人間の心をあったかくすること。文化を創造してそれを継承していくことです」。


学者が生み出すべきは新しい考え方であって、新商品ではない。「金になるかどうか」ですべてが判断される世界では、好奇心が消えていく。でも、好奇心こそが人間が人間であることの証だと遠藤さんは熱く語る。「人間がどこから来てどこへ行くのか。みんなが知らないことを自分の手で解明したい。真実が知りたいという想いを永遠に持ち続けたい」。


自分自身はせいぜい40年くらいしか働けないが、自分が残した仕事が人間社会に"知"を与えることができる。学者としてこんなに嬉しくて楽しいことはないと語る遠藤さんから、すべての仕事に通じる「姿勢」と「覚悟」を感じ取ったタケであった。 


文化放送『The News Masters TOKYO』のタケ小山がインタビュアーとなり、社長・経営者・リーダー・マネージャー・監督など、いわゆる「リーダー」や「キーマン」を紹介するマスターズインタビュー。音声で聞くには podcast で。The News Masters TOKYO Podcast
文化放送「The News Masters TOKYO」http://www.joqr.co.jp/nmt/ (月~金 AM7:00~9:00 生放送)
こちらから聴けます!→http://radiko.jp/#QRR
パーソナリティ:タケ小山 アシスタント:小尾渚沙(文化放送アナウンサー)
「マスターズインタビュー」コーナー(月~金 8:40 頃~)

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