村上信五くんと経済クン「“M-1グランプリ”誕生秘話!」

村上信五くんと経済クン「“M-1グランプリ”誕生秘話!」

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毎週土曜朝9時~放送している「村上信五くんと経済クン」。
12月16日(土)の講義は、今や国民的風物詩となった“M-1グランプリ”を特集!
今からおよそ20年前に芸人の前に掲げられた優勝賞金1000万円は、漫才をしている芸人全てを振り向かせるインパクトがありました。
なぜ1000万円だったのか?当時どうやって1000万円を集めたのか?
この後、“M-1グランプリ”を0から作ったという元プロデューサーに誕生秘話を伺いました。

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【今年でM-1グランプリは19回目!】
0からM-1グランプリを立ち上げたのが、元吉本興業1回目は2001年12月25日。その年の4月から漫才プロジェクトができてM-1の企画も始めた。そこから必死に動いてきてようやく実現するんだと感動した。
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【「M-1はじめました。」という本を出版!】
出版社の人に勧められて書き始めた。本の帯とあとがきは島田紳助さんが書かれている。帯には「M-1は谷と2人で作った宝物です」という言葉。出版社から「紳助さんに帯を書いてもらえないか」と言われたが、引退されてから一切表に出てないので絶対断られるだろうと思った。恐る恐る聞いてみたところ、「ずっと俺の中でわだかまりがあった。世間にM-1は俺一人が作ったといわれるのがずっと気になっていたからぜひ本にしてほしい」と言われたとのこと。帯も快諾してもらえた。帯の案がいっぱい送られてきたが、「長いのであとがきにして良いですか」とあとがきもお願いすることになった。
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【谷さんに聞く!“M-1グランプリ”を10倍楽しむ方法!】
⓵“M-1グランプリ”プロジェクトは谷さんたった一人から始まった!
→2001年、紳助さんと出会う前、谷さんが当時のミスター吉本といわれた木村政雄常務に「漫才を盛り上げてくれ」と言われて始まった。当時、漫才そのものが忘れられた存在だった。関東はもちろん関西でも漫才番組はほとんどなく、劇場の入りも良くなかった。そんな中、社内の盛り上げや芸人との面接をしたりしたが、中心になるものがないなと。大きなうねりを作り出すために何かが必要だと感じていた。そんな時に、もともとマネージャーをしていた紳助さんと会う機会があり、漫才プロジェクトの話をしたら「自分を育ててくれたのが漫才だから、なにか漫才界にお返しをしたいと思っている」ということで盛り上がった。後日また話をした時にM-1の話が出てきて、「若手のコンテストをやろう!優勝賞金を1000万円にしよう!」と言われた。今でこそ1000万円という賞金は賞レースのひとつの基準になっているが、20年前の賞金1000万円は相当なインパクトがあった。最初は想像がつかなかったが、それは面白いかもしれないと感じた。

⓶1000万円を出してくれるスポンサーがなかなか見つからなかった!
→若手の漫才コンテスト自体が世の中から忘れ去られたもので、探し回ったものの、1000万円を出そうという企業は皆無だった。そんな中、オートバックスが興味を持っているという情報が入ったので話をしに行き、スポンサーに決まった。ただ、第1回の大会当日、M-1グランプリの台本がなんとオートバックスのライバル会社のイメージカラーになってしまったことが発覚。慌てて谷さんが台本の表紙を破る事件も勃発した。2年目からオレンジに黒、というオートバックスカラーに。

⓷「ますだおかだ」は名古屋予選から出場した!
→第一回大会から全国予選を開催していたM-1グランプリ。今でこそM-1は漫才師が芸を競う公正な大会と誰もが疑わないが、初回は、賞金1000万円のインパクトもあり「出来レースでは?」と疑われたこともあった。吉本の大会だから、吉本有利な判定をするだろうということで、他の事務所は出るのを反対していたが、1000万円という賞金のおかげで事務所に反対されても出場した漫才師が多かった。ますださんは「もし出場させてくれないなら会社を変わる」とまで松竹に言ったのだとか。ただ、大阪だと吉本が強そうだということで、名古屋から出場した。吉本だけの大会だと絶対にブームを起こせない、全国区でやらないと意味がないと最初から考えていた。

⓸素人でも出場していいことにした!
→裾野を広げることが一番大切だったから。カラオケができて、一般人も歌うことを楽しめるようになった。漫才も一緒じゃないかと考え、多くの人に漫才に注目してもらいたいとの想いから、素人でも出場して良いことにした。実は私坂口も2019年に「じゃこ天スプラッシュ」として出場したことがある。

⓹第1回の審査員に元東京都知事の青島幸男さんがいた!
→M-1といえば審査の透明性。控え室で協議するのではなく公開でジャッジするのが斬新だった。当時ダウンタウンの松本さんを審査員席に連れていくことが谷さんの最大の使命だった。審査員が審査される大会でもある。青島さんも元々漫才の台本を書かれていたということで、お笑いに対する造詣が深いということでお願いした。
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【M-1グランプリの今後について】
最初の精神「ガチンコ勝負」。人気や事務所など関係なく、その日一番面白かった人が勝つ、という精神は守り続けてほしい。
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M-1グランプリ大好きなので、とても興味深いお話でした…!本「M-1はじめました。」もとても面白かったです!谷さんもおっしゃっていましたが、お笑い好きだけでなくビジネスマンに広く読んで頂きたい一冊!この本を読んでM-1に向けてテンション上がってきました!24日(日)!楽しみです!!
坂口愛美

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「経済初心者」の村上信五が、ゲストの方に教えを請いながら 「お金」に強くなってゆく番組です。 「お金持ち」しか持っていない情報を イチ早く皆さんに提供できるよ…

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