石垣島が育てたボクサー『川口技研presents~久保純子 My Sweet Home』

石垣島が育てたボクサー『川口技研presents~久保純子 My Sweet Home』

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文化放送で毎週日曜あさ9時から放送中の『川口技研presents~久保純子 My Sweet Home』。日曜日の朝、それぞれの家庭・家族の優しさを実感できるような温もりある番組です。毎週ゲストの方にお越しいただいて様々なお話を伺うとともに、聴いていて爽やかな気分になれる音楽をお届けする30分です。パーソナリティはフリーアナウンサーの久保純子さんです。

 

第314回 6/27の放送を終えて

今週は、元WBAライトフライ級チャンピオン・具志堅用高さんにお越しいただきました。

中学生までは野球や卓球をやっていて、高校一年の時にボクシング部に見学に行かないかと誘われたという具志堅さん。それまではボクシングの試合を見たことがなかったそうです。というのも、石垣島にテレビが来たのは具志堅さんが中学生の頃で、東京オリンピックの時は、テレビが映らなかったと言います。

そんな見たこともなかったボクシング部に入り、最初にグローブをはめて、2ヶ月は攻める練習をしていたそうですが、3ヶ月後に試合をさせられたのだとか。1年生と2年生しか出ない試合でしたが、いきなり決勝まで進んだそうです。

具志堅さん曰く、小さい頃から裸足で走りまくったり、海で泳いだり、ボクシングに必要なフットワークが石垣島で養われていたのだとか。また、イカダを自分で作ってイカダに乗ってバランスを取る、手で漕ぐというのをかなりやっていたそうで、週末になる度に皆で遊んだと言います。

石垣島の環境が育ててくれたのですね。

具志堅さんはその後、デビューして7戦目で世界3位の選手と試合をして、ノックアウトで勝ち、世界ランキングに入りました。実は計量の時に、相手の顔を見たら強そうだったので、「やりたくない」と思ったそうです。

ボクサーの魅力を伺いました。

「世界チャンピオンになってからわかる。楽しい、ボクシングは。刺激があって楽しい。注目を浴びるから楽しい。スゴいです、世界タイトルマッチというのは」と語ってくださいました。

1981年3月8日、メキシコのペドロフローレス選手に敗れて引退された具志堅さん。リベンジしようという気持ちはなかったと言います。網膜剥離になったことが1ヶ月後にわかり、通院で時間がかかったのと、後輩の渡嘉敷勝男さんにチャンスを与えるという意味で、決められたそうです。

また、この頃、具志堅さんは新婚だったと言います。リターンマッチで頑張ろうという考えは全くなく、頭の中は家族のことしかなかったそうで、引退を決意し、リングには上がらないということを伝えたそうです。

次週も具志堅用高さんにお話を伺います。

お楽しみに! See you!

【本日の1曲目】 Conquistador(征服者) / メイナード・ファーガソン 

【具志堅用高さん選曲】 芭蕉布 / 加藤登紀子 

(文/スタッフC)

 

川口技研のHPはこちらから https://www.kawaguchigiken.co.jp/

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