【アナコラム】砂山圭大郎「一生の思い出」
文化放送メールマガジン(毎週金曜日配信)にて連載中の「アナウンサーコラム」。週替わりで文化放送アナウンサーがコラムを担当しています。この記事では全文をご紹介!
▼6月12日配信号 担当
砂山圭大郎アナウンサー
実は、私の実況デビューは、2002年の日韓ワールドカップでした。
プロ野球ではなく、サッカーが先で。
しかも、ワールドカップが初実況だったのです。
当時、26歳でした。
TBSラジオ、文化放送、ニッポン放送からアナウンサー各2名が選出され、ラジオ中継チームが作られました。
TBSラジオからは、世界の松下賢次さん、清原正博さん。
ニッポン放送からは、小野浩慈さん、煙山光紀さん。
文化放送からは、長谷川太さん。
そこに、ペーペーの私が入ることになったのです。
3月に派遣が言い渡され、6月の本番まで、(あまり期待はされていなかったと思いますが…)地獄のようなプレッシャーの中で過ごしました。
全ての業務を終えた後の打ち上げで、松下さんから「良かったんじゃないか?」と、実況にお褒めの言葉をいただいたことは、今となっても誇りです。
(そのままスポーツで生きて行くつもりだったのですが、次の年から、私は謎の覆面パーソナリティになります…)
横浜での日本対ロシア戦。
実況は煙山さんで、私はベンチサイドの情報アナとして現場にいました。
解説は、岡田武史さんでした。
日本のワールドカップ初勝利となった試合。
中継が終わった後、岡田さんと交わした力強い握手の感触は、一生の思い出です。
決勝は、中継担当ではなかったのですが、会場に入れてもらえました。
ブラジル対ドイツ
試合前のメディアルームで、私の隣に座っていたのは、(当時、引退したばかりの)クロアチアのボバンでした。
決勝の会場は、サッカーレジェンドだらけでした。
他にもいろいろありますが…本当に貴重な経験をさせてもらいました。
そして、この時に苦悩の中で編み出したことを、ようやく後進に伝えることができた…と、自分では思っています。
ワールドカップではないのですが、ついでの話として…
友人の結婚式に出席した際、会場だったホテルが、偶然にもクラブワールドカップで来日していたFCバルセロナの宿舎でした。
結婚式の途中にトイレで用を足していると、左にデコ、右にはロナウジーニョがやってきました。
トイレでの話ではありますが、左にデコ、中央に砂山、右にロナウジーニョという布陣が形成されたことも、忘れられない思い出です。


当時、仕事中に写真を撮るなんて習慣はなく。
数年前、ずっと放置していた「写ルンです」を現像して出てきた、手元にある唯一の2002の写真です。
大会中のオフの日、いただいたチケットで観に行った試合です。
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