アナ歴40年!野村邦丸が様々なエピソードを語る連載企画㊲

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【野村邦丸 ワタシの履歴書 ~アナウンサー歴40年記念特別連載企画~】

『第37回 リスナーさん200人と、四谷→浜松町大行進!』

「くにまるワイド ごぜんさま~」時代で、
忘れられない出来事といえば、2006年夏の「浜松町移転」。

7月24日の「やる気MANMAN!」から新社屋での本放送が
スタートすることは決まっていましたが、
その直前に放送される我々の番組をどうするかは、
まだ決まってなかったんです。

「じゃあ、四谷から浜松町まで行進するか?」
私が冗談半分に言ったところ、食いついてきたのが
プロデューサーのイカ山ゲソ助くんでした。

「アナタ、たまにはイイこと言いますね!」
生放送全部を使って、四谷をスタート、
浜松町まで歩くという企画。

ただ一口に言いますが、これ、いろんな意味で
かなりハードルが高かったんです。

リスナーさんとご一緒することになると、
かなりの大人数が予想されます。

その交通整理をどうするか。
また、中継ポイントをどこに置くか、
という技術的な問題もありました。

それでもとにかく「面白いからやろう!」と
盛り上がって、ただ歩くだけじゃつまらないから、
道々、ほかの放送局に挨拶しながら行こう、
という話になり、道中にある半蔵門のTOKYO FMと、
有楽町のニッポン放送に四谷名物「わかば」の
「たい焼き」を手土産に、挨拶をする。

ただ、この辺の調整も、ホントに大変だったんですよ。
私なぞノンキなものでしたが、裏側にはとんでもない
困難があったんですね。

当時の放送時間は朝8時半から11時半の3時間で、
この後11時半から12時57分までが寺ちゃんの
「ラジオパンチ」という番組が放送されていました。

当日は二つの番組がドッキングして
「野村邦丸・寺島尚正パンチでごぜんさま」という
特番を放送することになり、時間内でうまく移動できるのか、
事前に2回シミュレーションを行いました。

そして、リスナーさんがどれくらい集まってくるか。
とりあえず50人くらいだろうと想定して、
その大人数を引き連れて、道中の安全をどう確保していくか
など、行く先々で検証を行って。

歩くペースはこれくらいかな?
中継はこのあたりからやればいいかな?
など、入念なリハーサルを繰り返し、
人事を尽くして天命を待つ、
いよいよお引越しの当日を迎えたわけです。

あいにく、当日の天気は雨でした。
この感じだと、リスナーさんもそんなに
来ないんじゃないかな…と思いきや、50人どころか、
なんと200人からの皆様が、四谷の文化放送旧局舎前に
お集まりくださいまして。

もちろん、警察には事前に届け出てありましたが、
これだけの人数を率いて、四谷から浜松町まで歩くとなると…
最短距離でも5㎞、半蔵門・有楽町に寄り道すると
およそ6㎞の道のりです。

「途中で警察に中止しろって言われるんじゃないかな」
するとイカ山プロデューサーは
「政治的デモじゃないから大丈夫でしょう」って。

そういう問題じゃないような気がしましたが…。
とにかく、行けるところまで行くしかありません。
「わかば」でたい焼きを大量に買い込み、
まずは新宿通りを東に一直線、皇居の突き当りすぐ
脇にあるTOKYOFM目標に、200人のリスナーの皆様を引き連れ、
大行進をスタートさせたのです…。

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野村邦丸:1957年1月17日生まれ。川崎生まれ、
日大明誠高校・日大法学部新聞学科を経て
1981年茨城放送入社。
フリーを経て1991年文化放送入社。2017年定年退職、
再びフリーとなる。
「くにまるジャパン極」パーソナリティ。
家族・高校野球・シカゴ(ロックバンド)、
そして酒と肴をこよなく愛する。
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// 2022.04.28追加