2017.7.14

薄さ2㎜の老眼鏡で革命。西村プレシジョン社長・西村昭宏

nmt事務局
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文化放送「The News Masters TOKYO」マスターズインタビュー。今回の主役は、西村プレシジョンの西村昭宏社長。見事V字回復を果たした企業として、番組内で紹介するや否や、番組HPが一時、アクセスしづらくなったほどの反響を得た薄さ2㎜の老眼鏡「ペーパーグラス」の製作者でもある。


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将来的には家業を継ぐつもりでいたものの、鯖江を離れ、当初は東京のIT企業に身を置いた西村社長。物語はここからスタートする。


◆鯖江に戻った日


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福井県の鯖江と言えば、世界的なメガネの産地というのは昔の話。西村社長が東京にいた2003年当時、鯖江のメガネ産業は、イニシアティブを中国に奪われ、売り上げが減っていった時期でもある。そんな折に、お父様から食事に誘われた。


タケ「お食事した時に、一緒にやってくれと?」

西村「はい。"ひょっとしたら来年は、会社がないのかもしれない"と急に言われ。断るわけにはいきませんでした。」


西村社長が、一度出た鯖江。戻ってみると、そこに広がっていたのは、活気のない景色であった。以前は、鯖江にメガネ関連の会社が1000社。それが500社に激減していたのである。


タケ「最初にやったことは?」

西村「このままメガネ業界の中でメガネ業界の仕事をするのでは、大きな回復はないと思いました。モノ作りはできるので、他の業界の仕事を手伝えないかと思いチャレンジしてみました。」


父親、兄、そして自分の3人がいれば大丈夫だという確信があったという。鯖江に戻ることにためらいはなかったようだ。


◆『宝は自社のチタン加工技術』


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タケ「活路を見出すためにやったのは何でしょう?」

西村「インターネットを使って、新しい仕事を取り、つながるためにホームページを使い始めました。」


着目したのはチタンの加工技術。元々、メガネ業界ではチタンの加工が行われていた。その技術には自信がある。そこで、チタンはあらゆる業界で活用される可能性があるとPRした。読みは見事的中、医療分野では海外製が当たり前だったインプラントの製造など、今までとは全く違う畑で、全く新しい商品が生まれたのである。


タケ「鯖江での反応はどうでした?」

西村「やり始めた当時は、メガネ以外の仕事をすることへの反発がありました。しかし、私は、何か新しい分野や道を作らないと発展しないと思い、何が何でも...と続けていきました。」


物作りに携わる企業は技術を公開することへの抵抗があるのは当たり前。しかし、西村社長には信念があった。お客様の事を考えると、自分たちは、何をできて何を持っているかを公開しないと、お客様も相談できない。だからこそ、情報発信の大事さを唱え続けたのだ。


◆『薄さ2mmの老眼鏡「ペーパーグラス」誕生秘話』


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※右がペーパーグラス


タケ「『ペーパーグラス』、開発のヒントは何だったのですか?」

西村「お客様の声がヒントでした。老眼鏡は、生活必需品。だけど、"持ち運びが煩わしい"、"おしゃれなものが少ない"、"すぐ壊れる"といった要望が多く、満足されていませんでした。」


一方の鯖江の職人も老眼鏡に対し「安いもので十分」「安いから鯖江で作るものではない」という想いがあった。老眼鏡が必要な年代になると良いカバンを持ち、良いスーツを着て、良い靴を履く。しかし老眼鏡だけは100円。それではダメ。そこで、老眼鏡の価値観を革新できるのではと西村社長は考えた。


形態性・デザイン性・かけ心地にこだわったのはもちろん、ライフスタイルにどんなメリットがあるか。ここを伝えるのに重きを置いた。


西村「老眼鏡にはネガティブなイメージがあります。老眼は40歳からなるのに、残りの40年ネガティブなものを背負って毎日過ごすのと、ポジティブに過ごすのでは、一生の価値が違ってきます。」


百貨店にすらない老眼鏡。それだけの価値がある商品がこれまで無かったのである。100円ショップの物でも良い。しかし、そこでは誰も接客してくれない。これが老眼鏡売り場の現状なのだ。


西村「老眼鏡って皆さん、失敗しても良いって思ってるんですよ。それもおかしいと思ったんです。」


◆『地方から価値を発信する』


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タケ「地方の一企業が成功した秘訣は?」

西村「ITを使って、いかに自社が持っている価値や技術を発信するか。知ってもらわないと、お客様も分からないんですよ。」


今は、中小企業でもホームページやSNSを使って安価に価値や技術を発信できる。


西村「皆さん、物には満足しているんです。重要なのは、いかに商品の価値を伝えるか。物作りをしている皆さんは、それが苦手なんですよ。それって実は、作るのと同じくらい情熱を注ぐのが大事なんです。」


西村社長が、その情熱を注いだ先に見る物とは...

西村「サングラスと言えば、レイバン。眼鏡と言えば・・・?つまり王座が空いているんです。だから、我々はそこを狙います。老眼鏡っていう言葉を使わなくなるシチュエーションが理想です。『それってペーパーグラスね』と」


老眼は、世界中の誰もがなる。ペーパーグラスはそれを解決できる一つの手段だと西村社長は信じている。現在は、世界8カ国10の地域に出荷しているが、まだまだ届け切れていない。だからこそ、一層世界中に届けていきたと願っているのだ。


◆『今、鯖江に思うこと』


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タケ「鯖江の街の現状を教えて下さい。」

西村「これからどういう流れに持って行くか迷っています。次のステップに行かなきゃいけない段階です。」


成功を収めたかに見える西村社長。しかしそこに慢心はない。


西村「結局鯖江はメガネでないとやっていけないと考えているんですよ。鯖江を変えるには、メガネでイノベーションを起こしていかないと継続的な発展はないんだと思います。」

タケ「その状況で地場産業がやらないといけないことは何でしょうか?」

西村「作るだけのことからの脱却。我々は自ら作って、自ら売るっていうことをやってきています。たった一企業だけど、そういった事例が鯖江に今度はどんどん出てくると思います。」


安易に大量生産してばらまくのではなく、一つ一つの価値をも届ける。それができるのは、作り手しかいないのだ。それによってお客様の満足度は違ってくるのだから。


西村「一企業だけが結果を残せば成功するという時代ではないんです。周りも発展しないと結果が残せない時代であり、巻き込んで仲間と一緒にやることで結果を出せる時代だとも思います。だからこそ、仲間と一緒にそうした大きな流れを作っていきたいですね。」


穏やかな語り口ながらも、その胸の奥にはメラメラと熱くたぎる気持ちも併せ持つ西村社長。確固たる信念を貫き、チタンの加工技術をメガネ以外に転用させ、さらに発明した老眼鏡が、それを使う人のライフスタイルを変えた。既成概念にとらわれずして生まれたこの事例は、鯖江全体、さらに日本全体へと及び、日本人の物作りへのスタンスを変える可能性も大いにある。ひょっとしたらこれは、日本の地場産業における革命前夜なのかもしれない。


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