2018.7.31

「『料理教室』ではない。『クッキングスタジオ』一筋の継続力。 ~ABCクッキングスタジオ創立者・志村なるみさんの挑戦の軌跡~」

nmt事務局
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 文化放送「The News Masters TOKYO」のマスターズインタビュー。パーソナリティのタケ小山が今回お迎えするのは、日本国内に125(平成30年7月現在)、さらにアジア各国にもクッキングスタジオを展開する株式会社ABCクッキングスタジオの創立者、志村なるみさん。地方都市の雑居ビルの一室で全く新しいコンセプトの"料理教室"を創り出し、様々なアイデアと実行力でマーケットをぐんぐん拡大し続けているABCと志村さんのチャレンジの日々を振り返りながら、成功へのヒントをつかみたい。


●「ちょっとがんばれば日本で一番をとれる」


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 志村さんのご出身は静岡県藤枝市。言わずと知れたサッカー大国だ。「サッカー日本代表の長谷部誠選手のご実家も近所です」という志村さんは、「小学校・中学校の同級生はサッカーで全国大会に出て、優勝や準優勝が当たり前。スター選手が身近にゴロゴロいるわけです」と笑う。だから、「ちょっとがんばったら日本で一番をとれる」という想いが心の根底にしっかり刻み込まれている。それに加えて父親が会社経営者だったこともあり「ずっと自分で事業を興したいと思っていました」。


 とはいえ20歳での起業には、2つの大きな外因があった。ひとつは、家庭の経済的な理由で大学進学をあきらめざるを得なかったこと。もう一つは、その時点で就職したいと思える会社が通勤圏内になかったことだ。最初は「たまたま仕入れが可能だったから」という理由で調理器具の販売を手掛けることに決めた。

フライパン、ハンドミキサー、三点ボウルなど。友達に声をかけてみたが、全く買ってくれる様子がない。なぜ?と追及したら、「料理ができないから必要ない」と返ってきた。「10人いれば10人全員が口をそろえて、料理ができないと言いましたね」と、当時を振り返って苦笑い。当時、友人の母親はほとんどが専業主婦。邪魔だから「入らないで」と言われるくらい、キッチンは主婦の聖域だった。 このままでは調理器具が売れない!


 そこで志村さんが考えたのが「若い女性のための料理教室」をイベントとして開催して、販促につなげようということだった。「花嫁修業の料理教室で習うようなかしこまった献立ではなく、喫茶店メニューとして人気の高かったドリアや煮込みハンバーグ、グラタンなどを教えることにしたんです」。これが、当たった。参加した誰もが大喜びで、リピーターになる。口コミで評判が広がって新規の参加者もどんどん増えていった。ただ、「それでもフライパンは売れなかったんです」と笑う志村さん。「でも、料理教室はもっとやってほしいとみなさんから言われて、事業としての可能性をそこに感じました」。


●「何かに導かれるように、ここまで来た」


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 若い女性の起業。資金なし。全く新しい分野への挑戦。「いろいろご苦労も多かったんじゃないですか?」と尋ねるタケに、花が咲いたような明るい笑顔で志村さんはこう答えた。「それが...、あんまり大きな挫折を感じたことがないんです」。そしてこう付け加えた。「まるで何かに導かれるようにここまで来た、という感じです」。


 料理初心者が楽しく継続できるような料理教室という新しいビジネスモデルを偶然にも見つけることができた。「全く新しいモノだったので、競合がいないのが強みでした」。こんなに楽しくて笑顔が絶えない料理教室は他にはないから、当分はマネをされないだろうという自信もあった。資金繰りにも困らなかった。「ぜいたくもしなかったし、身の丈に合った経営方針でずっとやってきたから」。ただ、「一番大変で切なかったのは、なかなかいい場所を貸してもらえなかったことですね」と当時を振り返る。


 静岡県内のいくつかの場所でテストマーケティングを行い、これまでの料理教室とは一線を画すクッキングスタジオというコンセプトで勝負できる、という確信はあったが「東京や神奈川、名古屋などに進出する際に、立地のいい場所にあるビルは全く貸してもらえなかった」。料理教室というテナントを自社のビルに迎え入れるという発想が当時は一切なかったのだ。「カレーを作ったり、にんにくを使った料理をしたりするんでしょう?フロアやエレベーターが臭くなるから困ります、なんていう理由で断られたこともありました」。仕方なく、目立たないビルの目立たない場所を借りるしかなかった。


 当時の料理教室は密室でひっそりと行われていて、先生は立派な料理家の方というのが多かった。作る料理は高級食材を使う日本料理やフレンチ、中華などで日常の食事とかけ離れたメニュー。「煮込みハンバーグは教えてもらえないんですよ」。調査のために参加した料理教室では「生徒間に序列があって格差がある」ということも発見した。

「若いというだけで、皿洗いばっかりさせられるなんてこともありました」。一方、ABCのクッキングスタジオでは「みんなゲラゲラ笑って、よくしゃべって、とにかく楽しかった」。だからこそ、と志村さんは思った。「こんなに楽しくて、しかも参加者はみんな美しい。隠す必要はないし、見せたかった。一日も早く、そういう場所をつくりたかった」。


●ガラス張りのキッチンスタジオが、ついにオープン!


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 ついに、志村さんの願いがかなう時が訪れた。大宮ロフトの中に100坪のスタジオをオープンできることになったのだ。「当時のロフトの営業部長が私たちの渋谷のクッキングスタジオを、たまたま見かけて不思議に思ったのが始まりでした」。20代の女性が、朝から夕方までずっと入れ代わり立ち代わり料理をしている。「あれはいったい何なんだ?」


 ロフト側としては、フロアで扱う予定のお弁当箱や水筒、キッチンツールなどを売りたかった。そのためにどんなテナントを入れるのが正解なのかをずっと検討していた。通常の選択肢としてはカフェかレストランということになるが、その時にふと思い出したのが渋谷のABCクッキングスタジオだった。「打診があった時は、本当にうれしかった。ようやく、ずっと構想していたオールガラス張りの真っ白な空間を実現することができました」。

スタジオの入り口には当時発売されたばかりのタブレットがずらっと並べられた。「ここはいったい何?」と注目を集めた。「あっという間に、このスタジオだけで5000名の会員さんが集まりました」。もちろん喜んだのはABCだけではない。一日に200名近くの会員がロフトに立ち寄って、フロアを通って帰っていく。しかも、料理好きの女性たちばかり。「商品も、狙い通りずいぶん売れたと思いますよ」。まさにウィンウィンの関係ができあがったのだ。


 このロフトの事例がターニングポイントとなってABCは大きく羽ばたいていく。「ある日を境に、スーツ姿の男性がガラスの向こうに一日中立って偵察するようになりました」。そして、全国のショッピングモールや百貨店などからテナント出店のオファーが次々と舞い込んできた。


●「総選挙はAKB48じゃなくて、ABCが最初です!」


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 ABCの快進撃を支えた理由の一つにユニークな「先生選び」のシステムがある。「総選挙はAKBが始めたんじゃなくて、ABCの方が先だったんですよ!」と笑う志村さん。何を選ぶのかというと、次に習いたい先生を選ぶのだ。生徒は帰るときに、次の予約を入れる。その際に「●●先生がいいです。たまには〇〇先生にも習いたいです」とメモを残していく。「それを見れば、人気のあるなしが一目瞭然でした」。


 現在、国内だけで127のスタジオがあり、3000名の先生がいる。生徒たちは、ほぼすべての先生を指名することができる。「入会したばかりの時は、リストの中から良さそうな人を選ぶだけですが、通っているうちに相性の良し悪しや好みなどもわかってくるでしょ。それに応じて自由に選ぶことができるんです」。人気の高い先生が異動などで別の教室に移った際には生徒もついて教室移動するという現象も頻繁に起こっているという。

「先生たちの総選挙!どこからそんなアイデアを?」と驚くタケ。それに対して志村さんは、こう教えてくれた。「基本的には生徒さんの声を聴くということです。その際に大事なのは、大きな声じゃなくて、量の大きなところを取っていくこと。一人の強い意見じゃなくてほとんどの人が願っていること、それを必ず実現しようと決めていました」。


 ABCが"料理教室"ではなく"クッキングスタジオ"という名前を付けたのには理由がある。「教室は真面目に学ぶ場所という印象。でもスタジオという響きには、そこにいる先生や生徒さんそれぞれが主役だというイメージがあるでしょう?」 先生と生徒は、授業をしながらいろんな話をするという。テレビドラマやアイドルの話、流行っている映画の話や恋愛相談も。「授業グループが一つのコミュニティになれるんです」。今でこそ先生のエプロンは統一されたが、初期の頃はどんな格好でも自由で、アフロの先生や金髪の先生、アクセサリーをじゃらじゃらつけているような人もいた。「個性は、とても大切。これからも大事にしたいです」。

 
 スタジオの数は増え続けているが、「揃えようとか、統一しようとかは思っていない」。個性が加わってこそ魅力的なレッスンになるという志村さんは「むしろ揃わない方がいいんです」とキッパリ。北海道と沖縄では、味加減も変わる。レシピのひな型はあるが、アレンジは先生の自由にまかせている。


●社員の98%が女性!「女性は本当に真面目によく働く」


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 スピーディに成長し続けているABCでは、人材確保はどのようにしているのだろうか?事業の進捗をさらに進めていけるのか、あるいは止めてしまうのかは人材にかかっているところが大きいはずだ。「社員の半分は卒業生で、もう半分は外からの採用。このバランスは、こだわっているポイントです」。卒業生については生徒さんをスカウトすることもできるので順調に採用できているが、外部からの採用には困難も付きまとう。望んでいる「本格的にイタリアで修行してきた」といった人材にはそう簡単には出会えない。「でも、努力してそういう人に巡り合っていかないと、パッションは生まれない。ABCの卒業生ばかりにならないように気を付けています」。


 社員の98%は女性だ。女性の良さは「目先の仕事を真面目にきちんとこなす能力が高い」ことだという。「結婚や出産などもあるから、キャリアのスパンは短くなりがち。だからこそ想いを共有してバトンを渡してつないでいこうという気持ちが強い。本当にみんなで育ててきたなぁ、と感じています」。スタジオ事業以外の財務面や店舗開発部門には男性が多い。「外の世界はいまだに男性社会だから、交渉事には男性の手腕が必要になります」。男性だから、女性だからというよりは、見事に「適材適所」に徹している。

 
 「番組のリスナーさんは男性で中間管理職の人も多いんですが、何かアドバイスをいただけますか?」と教えを乞うタケ。「女性の活かし方がわからないと悩んでいる人が多いようなんです」 小さく笑って、志村さんは答える。「本当にわからないと思います。だって難しいもの」志村さんいわく、女性は潔癖で納得いかないことは絶対に納得いかないものだという。「いいからやれ」は通らない。ちゃんと説明してもらえないと、前に進めない。「ずるいことや悪いことも嫌いです。これって、たぶん、いずれ母親になる遺伝子のなせる業なんじゃないでしょうか」。


 「え?じゃあどうしたらいいんですか?」と嘆くタケには「力技で、どんどん女性を抜擢していくしかないと思う。上のポジションに女性を複数引っ張り上げる。逆に、経営陣に女性がいない会社は危険ですよ。男性は課題があっても集団で隠そうとするから。女性はその点クリーンだから、組織の風通しがよくなります」。


●個人のキャリアも企業の成長も「継続は力なり」


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 経営者を父に持ち、その事業が倒産するのを間近で見てきた志村さんは、中学生の頃にすでに「自分が社長だったら父が失敗した事業をどう動かしていたかな」と考えていたという。ベンチャー企業という言葉もまだなかった時代だったが、「父の影響はとても大きかったと思います」。


 20歳で起業して、その後の順調な事業の進捗は超多忙な日々を連れてきた。「31歳で結婚して長男を出産、その二年後に長女を出産しましたが、両方とも産後は二十日間しか休まずに仕事に復帰しました」。会社が成長期でやるべきことややりたいことが山積みで、ゆっくり休む気になれなかったからだ。「子どもたちは、信頼できる田舎の祖父母に預けて、私たち夫婦は東京に出稼ぎに行くという生活でしたね」。
 幼いころのそんな日々が、子どもたちにどんな影響を与えたのか。その答えは今はまだわからない。


 「彼らの人生の中で、私たちの子育てが○なのか×なのか...、これから答えが出てくるのでしょうね」とつぶやきつつ、「でも、今は○かな」と嬉しそうに笑う。二人とも、現在はアメリカの大学で勉強中。「前を向いて強く生きている」ことが誇らしい。結婚や出産とキャリアをはかりにかけて悩んでいる女性に対しては、自らの体験から「育児については、祖父母や親せき、ベビーシッターさんなど、ありとあらゆる手を使って、できるならキャリアは止めないで」とアドバイスしたいという。「続けることが、きっと大きな力になるから」


 企業を引っ張るリーダーとしても「継続は力なり」を実感している。「一度もよそ見しないでクッキングスタジオの運営だけに特化して、続けてきた。多角化できるタイミングもあったけど、あえてしなかった。選択と集中によって、業界ナンバーワンを手にすることができたのだと思います」。2009年にいったんはABCのトップの座を降りた志村さんだが、昨年、新生ABCクッキングスタジオの取締役として復帰している。「やり残したことが2つある。それをやり切ったら、ゆっくりしようかな」


 終始、笑顔を絶やさない志村さん。その明るく輝く目に映る未来に、期待は高まる。ABCクッキングスタジオがこれまでにいくつもの喜びを女性たちに与えてきたように、これから始まる志村さんの新たなチャレンジも、きっと世の中を大きく「よき方向」へ動かすに違いない。


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文化放送『The News Masters TOKYO』のタケ小山がインタビュアーとなり、社長・経営者・リーダー・マネージャー・監督など、いわゆる「リーダー」や「キーマン」を紹介するマスターズインタビュー。音声で聞くには podcast で。The News Masters TOKYO Podcast
文化放送「The News Masters TOKYO」http://www.joqr.co.jp/nmt/ (月~金 AM7:00~9:00 生放送)
こちらから聴けます!→http://radiko.jp/#QRR
パーソナリティ:タケ小山 アシスタント:西川文野、長麻未(文化放送アナウンサー)
「マスターズインタビュー」コーナー(月~金 8:40 頃~)

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