パラ陸上の鉄人・伊藤智也「私はどんな状況でもベストを尽くす」~10月26日ニュースワイドSAKIDORI

パラ陸上の鉄人・伊藤智也「私はどんな状況でもベストを尽くす」~10月26日ニュースワイドSAKIDORI

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東京パラリンピックの陸上400m(T53:車いすのクラス)に出場した北京パラリンピックの400mと800mの2冠、伊藤智也選手(58)が、26日、文化放送「斉藤一美ニュースワイドSAKIDORI!」内『応援!ユニバーサルスポーツ』に電話出演。理不尽なクラス分けに遭った東京パラリンピックだったが、「これからも競技を続行する」と高らかに宣言した。

26日の伊藤選手の電話出演を振り返る前に、パラスポーツの国際大会におけるクラス分けやクラス分けの有効期限、伊藤が抱える障害について記したい。パラリンピックの競技は、選手の障害の程度に応じて、例えばパラ陸上やパラ水泳には「クラス分け」があり、車いすバスケットボールや車いすラグビーなら「持ち点」が決められている。そうしないと不平等が生じ、公平に競い合うことが出来なくなるからだ。特にパラ陸上の場合、細かくクラスが分かれている。また、どの競技も、国際大会があるごとに自分の障害について、国際クラス分け委員からチェックを受け、有効期限も決められている(パラ陸上の場合、最長で4年)。

しかし、伊藤のT52のクラス分けの有効期限は、去年末で切れていた。2019年11月の世界選手権(ドバイ)の時点で、2020年末までがクラス分けの有効期限だったが、一転、東京パラリンピックの1年延期が決まる。これにより伊藤は東京パラリンピックの直前まで、クラス分けが確定しない状態が続いた。

伊藤は多発性硬化症という免疫に異常が生じる難病を抱えており、新型コロナに感染した後のリスクは健常者よりも大きい。去年、海外の国際試合に行き、クラス分けのチェックを受けたくても、そのリスクを考えたら、行きたくても行けなかったのが実情なのだ。400mT52でメダル確実と言われた伊藤が、もしかしたら東京パラリンピックに出られないかもしれないという懸念は、パラリンピックを取材する者なら誰もが知っており、頭にこびりついて離れないものだった。今年春、日本パラ陸連の関係者に、直接、伊藤の件を問うと「伊藤選手が何とか出場できるよう努力したい」と話していた。

だが、伊藤は東京パラリンピックの直前に、T52よりも障害が1つ軽いT53のクラスに変更という判定を下された。これがどれだけ重いことか。伊藤によると「1つクラスが違うと、実力は小学生と高校生くらい違う」とのこと。それでも伊藤は、東京パラリンピックの舞台で、T53の400mを駆け抜け、予選落ちしたものの、自己ベスト57秒16を出し、意地を見せた。

あれから2ヵ月、伊藤は今、どんな気持ちなのか。斉藤一美キャスターが訊くと、伊藤は「すごく穏やかな気持ちで振り返っているし、今後も見据えている」と答えていた。好漢とは伊藤のことを言うのであろう。ちなみに、8月25日に行われたクラス変更に関する記者会見で、伊藤は判定について「非常に無念。と同時に、私は諦めの悪い人間」と苦しい胸の内を語っていた(この時点でわずかながら、T52に戻る可能性も無いわけではなかったが、やはり判定が覆ることはなかった)。また、8月29日、伊藤のT53の400mのレース直後のコメントは、『最高のレースでしたよ。今まで、僕を撮ってこられたカメラマンにとっては、ビリを走っている伊藤智也はかなりレア(なのではないか)。歴史に埋もれさせず、流れしていただきたいと思う』と、やや興奮気味に話していた。

そもそも、T52とT53の障害の違いは何なのか。松井アナが伊藤に振ると、伊藤は「簡単に言うと、両方、脚に障害があるのだが、T52は腕に障害がある。T53は腕に障害がない」と答えた。少し補足すると、伊藤は多発性硬化症の症状が、去年11月に悪化し、見て確認しないと左の手や指がどこにあるのか、わからなくなるほど感覚が麻痺するようになったという。これは誰がどう見ても、『障害がある』と判断されて然るべきなのではないのか。にもかかわらず、伊藤をT53というクラスに追いやる国際クラス分け委員というのは、どんな存在なのだろうか。だが、伊藤は言い訳をせず、文句1つ言わなかった(パラ陸上やパラ水泳といったクラスが細かく分かれている競技については、数字が小さい方が障害が重いと覚えておくと、とても便利だ。T52よりもT53の方が障害が軽い。障害が軽いクラスで伊藤は戦うことになった。障害が重い選手が、自分よりも障害の軽い選手たちと戦うことを想像してみてほしい。それでも伊藤は戦ったのだ)。

今回、日本パラ陸上競技連盟も日本パラリンピック委員会も、国際パラリンピック委員会に抗議文書を送り、エビデンスも提出したが、判定が覆ることはなかった。斉藤が「棄権という選択肢もあったものの、何が伊藤さんをT53の400mのレース出場へと駆り立てたのですか」と尋ねると、伊藤は「棄権をするということは、自分自身に負けるということにイコールだと思う。私は自分1人でここまで競技をしてきたわけではない。たくさんの皆さんのお力添えで辿りついた。その皆さんの思いをコース上で表現するという仕事については、T52でもT53でも意味を持たない。とにかく自分のベストを尽くすことに重きを置いていたので、競争の結果はともかく、ベストを尽くすということについてはいい仕事が出来たなと思う」と振り返った。

松井が「今後、競技を続行するのかどうか」を訊くと、伊藤は「おかげ様でバイエル薬品という会社に所属し、今後も競技を続けていきなさいという温かい言葉を頂いたので、今後も然るべき考え方を持ちながら続けて行こうと思う」と声のトーンを上げた。とはいえ、今後も理不尽なクラス分けがあるかもしれない。斉藤が心配したが、伊藤は「クラス分けに関しては、個人がどうのこうのというレベルではなく、国際感覚で捉えていかないといけない問題と考えているので、そこに執着せず、自分にできる最善を尽くしていくというスタンスに変わりはない」と胸を張った。「清々しい!」と斉藤も唸っていたが、これほどの選手、これほどの漢がいることは日本のスポーツ界の誇りである。

その一方、パラ陸上はもちろん、他の競技でも、こうした理不尽な判定が今後再び起きる可能性がある。現に13年前には、北京パラリンピックで競泳の成田真由美さんが直前のクラス変更により、1つ障害の軽いクラスに変更となってメダルを獲得できなかった。何か問題が生じた時の対処の方法は、日本のパラスポーツ界全体で、度々、確認し合った方がいいのではないだろうか。国際パラリンピック委員会は、国際クラス分けの基準の見直し作業を2023年まで続け、最終的にIPC総会で決定する見通しだが、是非、選手の意見も取り入れてもらいたい。クラス分けとその変更は選手の競技人生を左右するからだ。もちろん、リハビリやトレーニングの成果で、障害の程度が回復し、それまでよりも障害の軽いクラスで戦うことになるのなら話はわかる。だが、今回、伊藤が直面したような事態は、断じて受け入れがたい。審査基準を明確にし、クラス分けの決定を下した責任者には説明の場に出てきてもらいたい。

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