乾坤一擲〜 斉藤一美が振り返る松坂最初と最後のマウンド

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『松坂大輔、引退へ』と聞き、いてもたってもいられなくなった。
1999年4月7日、彼のデビュー戦を喋らせてもらったことで、
とことん真剣に野球実況と向き合う、と誓ったからだ。

あの155キロストレートは、数十メートル離れた放送席でも、ミットに収まるまでに「ゴォーッ!」という音が聞こえた気がするほどとてつもない豪速球だった。スライダーも天下一品。全てのボールに打者を抑え込む理由があった。
すでにこれだけの球を投げていたのだから、高卒プロ入り即3年連続最多勝タイトル獲得という史上初の快挙達成もうなずける。何はともあれ、松坂初登板で僕のボルテージは最初から最後まで上がりっぱなし。熱が冷めることなく一試合を喋りきった人生初の経験だった。
まさに興奮のるつぼだ。こんなに凄い試合を実況させてもらったのだから、野球を真剣に学ばないと天罰が下ると思った。ひたすら試合を観て、疑問を選手に直接投げかけ心の内を知り、指導者から投攻守の戦術を教えてもらい一つ一つのプレーの意味を理解し、その動きを描写するための言葉選びに頭を悩ませ続けていると、かつては中途半端だった仕事への向き合い方が自然と変化していった。
いつでも彼の登板ゲームを実況できるように整えた準備の日々は、アナウンサーとしての僕を丹念に磨いていった。松坂大輔がいたからこそ、今の僕がある。

その「人生の恩人」が現役生活にピリオドを打つのだ。

実況から離れて丸4年以上。ましてや今、任されている番組の終了時刻とプレーボールのタイミングはほぼ同時。投げるなら初回先頭打者の一人限定であることは容易に想像できた。ラストマウンドを喋ることは絶対に無理だ。でも、局からドームへ電車で90分あれば到着する。「だから、せめて試合後に行う引退セレモニーだけでも実況させてほしい」と今年7月にスタッフへ懇願すると『番組を球場から喋ればいい。最後の登板は間違いなくその日のトップニュースだから。実況は君だ』という願っても望めない満額回答が返ってきたので驚いた。もう球場で野球を喋ることはない、と決意を固めて今の番組を始めた。まさかの福音だ。身震いがするほど嬉しかった。

3ヶ月後、ファンの前で投げられる状態にメドがつき、松坂大輔引退登板日が正式に発表された。『SAKIDORI!松坂大輔スペシャル』放送決定の瞬間だ。番組で告知する際、早くも涙声になってしまったのは今思い出しても照れ臭いが、僕は、彼が再びライオンズのユニフォームを着て本拠地のマウンドに上がる光景を、アメリカへ旅立った2006年オフシーズンから一日千秋の想いで夢みてきた。しかもその日が現役ラスト登板で、稀代のスーパースターの勇姿を伝える大役を最初と最後のどちらも任せてもらえた幸せを噛み締めつつ、覚悟を決めて一心不乱に取り組もう、と思ったら本番中なのにどうしようもなく泣けてきたのだ。

試合当日。
まずはスタッフが録音してくれた約1時間に及ぶ引退会見音に聴き入る。家族への感謝を述べる彼の涙声にもらい泣きした。今や球団職員の髙木大成氏と再会し"松坂初開幕投手時の同点3ラン"や"近鉄戦9点差大逆転劇"の記憶を語ると大いに懐かしんでくれた。午後3時半、SAKIDORI!放送スタート。久しぶりに東尾修氏と電話で会話を交わしただけで目に涙が浮かぶ。監督としてドラフトで当たりくじを引かなければ…200勝記念球を触らせていなかったら…松坂大輔のライオンズ入団は実現していない。得も言われぬ畏敬の念が湧いてきた。放送席ではジャーナリスト・石田雄太氏が「今日は一緒に泣こう!」とおおらかに寄り添ってくれた。コラムニスト・えのきどいちろう氏は、試合前から番組進行に追われる僕が記念品を買えていないはず…と確信して、西武鉄道の特別限定入場券を買ってきてくれた。感謝、感激だ。

結果として、僕は引退登板の実況で涙を流さなかった。おそらく、すでに数時間前から泣いていたからだ。試合前から特別体制を組まず、喋り始めのタイミングが投球直前だったら、おそらく取り乱していただろう。予想に反し、明鏡止水の心境。我ながら驚くほど落ち着いていた。

プレーボール5分前、番組内で実況スタート。松坂大輔は三塁側プルぺンで投球練習を繰り返す。背後には西口文也コーチ。華やかだった西武投手王国を支えた両雄が再び並び立ち胸が熱くなる。ボールの勢いは緩い。マウンドに上がった。ボールを投げる。やはり緩い。でも…何と尊い球だろう。俄然、こちらの集中力は高まった。
内野に廻った白球が、彼の元へと返ってきた。さあ、待ちに待ったプレーボールだ!球場の空気を胸いっぱいに吸い込むと、あの日で一番大きな声が出た。

『松坂大輔引退試合が始まります!』

彼は、今ある全てをさらけ出した。チームを勝たせるためにワンアウトを取ろうと一生懸命に腕を振った。指の感覚が万全でないのに2球目はストライク。凄い。やはり彼は人知を超えた投手だ。思い起こすたびあのストライクは日に日に味わいが増していく。ボールカウント3-1。次の一球が外れたら終わりだ。言うまでもなく松坂大輔は野球に人生を捧げてきた。僕たちファンはその松坂の投げっぷりに拍手喝采し、素敵な夢を見せてもらった。最後のボールは、互いの感情が交錯した一蓮托生の産物だった。最後にもう一度松坂を…ライオンズの松坂を見たいという夢を背番号18のユニフォーム姿で叶えてもらった。
もう、十分だ。

えのきどいちろう氏は、僕の隣で感無量の面持ちだった。球場で星の数ほど観てきた名場面の中で、この日は白眉だろう。高校の大先輩が引退するまでの時間を少しでも長く作ろうと一切バットを振らなかったファイターズ・近藤健介の心遣いも讃えていた。同感だ。

乾坤一擲の5球を投げ終えた松坂大輔の表情はどこまでも晴れやかだった。今まで背負ってきた重い荷物を全て降ろした者だけが浮かべる清々しさを漂わせると、静寂に包まれたメットライフドームに優しさに溢れた拍手がさざ波のように広がっていった。

そう、とにかく静かだったのだ。コロナ禍のプロ野球では大声を出せない。松坂大輔が第一球を投げる時など、そこにいた全員が息を呑んで見つめるからなおさら静まり返っていた。そんな折、僕はフルボリュームで叫んでしまったのだ。

『松坂大輔引退試合が始まります!』

この声が、内野席はおろか外野席まで響き渡ったことを観客のTwitterで知った。ライオンズ側ブルペンにいた豊田清コーチと武隈祥太からも「聞こえた」「声でかいよ」と指摘されて恥ずかしいのなんの。とどめは松坂大輔本人だ。『振りかぶったところでビックリして一瞬止まってしまいました。最初からやり直すところでしたよ』と笑っていた…と石田雄太氏が教えてくれた。何ということだろう。申し訳ないにもほどがある。すっかり小さくなった僕に石田氏は「選手がリアルタイムで実況を聴きながらプレーするなんてチャンスはそうそうあることじゃない。イチロー選手がWBCの決勝で勝ち越しタイムリーを打ったときには自分で脳内実況しながらバッターボックスに立っていたほど。松坂投手にしてみたら贅沢な第1球だったと思う」とこちらが恐縮するほど渾身のフォローをしてくれたが、いずれにせよ、松坂大輔に会えた時はまず謝罪から入ろう。僕にとっても乾坤一擲の実況だった。どうかひとつ、彼には許してもらいたい。

    ニュースワイドSAKIDORI キャスター斉藤一美

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