働く意味に迷ったら思い出したいアランの言葉

働く意味に迷ったら思い出したいアランの言葉

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4月10日「西川あやの おいでよ!クリエイティ部」(文化放送)、特集コーナーは「働く意味」をテーマに語り合った。

西川あやの「(♪『勇気のしるし~リゲインのテーマ~』をBGMに)『リゲイン』のCM、『24時間戦えますか』というキャッチコピーも1989年、たいへん話題だったと思います。山内さん、青木さんが始めた時期、いつごろでしょうか?」

山内マリコ「私、すごく変わったライフコースを歩んでしまったので……。就職氷河期どっぷり世代、貧乏くじ世代と呼ばれていて。私が芸大を卒業したというのもあって、就職活動もろくにしなかった。フリーターみたいにぷらぷらしていたり、東京に出てきてからも『文学的ニート』みたいな時期が長かったり。ようやく『作家です』と言って仕事できるようになったのが31歳。いま42なので、やっとキャリア10年。西川さんはいま……」

西川「アナウンサー9年目に入りました。山内さんは文学賞がきっかけだったんですね」

山内「そうですね。作家になりたいと腹をくくったのが25歳と、遅かった。東京に出てきて小説の文学賞に応募し始めたのがそれぐらい。27歳のときに賞をもらって、もらったからとすぐに本を出せるわけではないので、そこからもいろいろあって。31歳のときにデビュー。思い出すと……つらかった。でもつらかったそのころが、私の人生で一番語りがいのある時期です」

西川「青木さんは?」

青木理「この曲(BGM)のノリですよ(笑)。1990年に大学を卒業して、共同通信社の記者になったんです。まさにバブル絶頂期で、『24時間戦えますか』なんていうつもりなかったけど、新聞記者って……」

山内「メチャクチャ働いていますね」

西川「いつ事件、事故が起きるかわかりませんし」

青木「そうそう。16年間、そこの記者をやったんだけど、当初の10年間は『24時間戦えますか』状態だった。1986年ぐらいに男女雇用機会均等法が施行されて新聞社にも女性が増え始めた。変わり始めた時期の最初ではありましたね」

山内「仕事する前の段階、若き青木理さんの話が聴きたいです!」

青木「高校生ぐらいから新聞記者になりたかったんです。大学に行って、就職活動もして、ほとんど新聞社しか受けなかった。『自分でやりたいことを仕事にした』ともいえるけど、それが自分のやりたいことと一致しているか、という問題もあるじゃないですか。同期で辞めた子もいるし、理想と現実のギャップもある。どの仕事も『やりがい』がないとつらいかなという気はしますね」

西川「自分が働き出す前、一度働いてから空いた時間とか、働く意味について深く考える時期だと思いますけど……」

山内「そういう時期が長かったので、すごく考えていましたよ。そのころの自分を支えていた名言があって、フランスの哲学者でアランという人がいるんです。『幸福論』が有名だと思うんですけど、『歌を歌いながらパンを得よ』って」

西川「はい」

山内「日本って基本的に仕事は『つらいことの我慢料だ』みたいな感覚があって、楽しむということとお金を稼ぐということが切り離されていた。そう思わされていたんだけど、この言葉を聴いて『そうでなくていいんだ』『やりたいことをやってお金を稼ぐ』というのを通してもいいんだ、と実感した。『アラン、ありがとう』と思っていました」

「西川あやの おいでよ!クリエイティ部」は毎週月曜~金曜の午後3時30分~5時45分、文化放送(AM1134kHz、FM91.6MHz、radiko)で放送中。radikoのタイムフリー機能では、1週間後まで聴取できます。

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