鈴木BINのニュースな映画「恐怖分子(デジタルリマスター)」(台湾映画)

鈴木BINのニュースな映画「恐怖分子(デジタルリマスター)」(台湾映画)

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8月21日(金)からリマスター版が公開される台湾映画「恐怖分子」
今は亡き巨匠エドワード・ヤンの名作であり問題作です。


© 2010 Fortune Star Media Limited.

群像劇であり、サスペンスであり、人間ドラマであり、感覚派ムービーであり、青春映画でもあります。
「長野智子アップデート」に何度もご出演頂いている台湾人形劇ドラマのプロデューサー西本有里(ゆり)さんは、後に夫となる王也民監督とエドワード・ヤンの名作「ヤンヤン 夏の思い出」の撮影現場で知り合ったのだそうです(若かった王さんはスタッフの一人でした)
薄いご縁ではありますが、エドワード・ヤンに勝手に親近感を持ってしまう私です。

「恐怖分子」...こんなに惹きつけられるタイトルはそうはありませんね。
恐怖は日本語と同じ意味。分子は「不満分子」と表現する時のような意味の「分子」。
社会不安を与える人たちですが、映画ではその分子が思わぬ化学反応を生むので、必ずしもネガティブな意味だけではありません。とは言え、そこはかとない怖さの漂う映画です。同じ時代の香港映画とはかなり違います。
映画の中で、若者の着るTシャツが般若のデザインだったり、日本映画の看板が映ったりと随所に日本の影は漂うものの、石やレンガ作りの街並みはやはり日本と違います。どこか異世界。

舞台は、日本のバブル時代の影響も少し感じる1980年代半ばの台湾一の大都会、台北。
街で起きた警察と不良グループの銃撃事件に出くわしたカメラ好きのお坊ちゃまシャオチャン。窓から飛び降りて足を引きずりながら現場から「逃走」する美しい不良少女シューアンの姿をカメラに収めます。
場面は変わり、同じ台北。昇進の遅れに焦る医師の夫リーチョンと暮らす作家の妻イーフェンは現実からの「逃走」を夢想していました。

喧噪の都会で孤独に暮らす人たちが、シューアンのかけた「いたずら電話」をきっかけに、日常からのねじれを起こし始めます。
日常がねじれていくのか、ねじれた日常が元へ戻るのか、その両方なのか。
嘘や嫉妬や焦りや欲望や、時に垣間見えるいたわり。人と人が複雑な糸のように絡み合い、思いもかけない展開を生んでいきます。
日本映画とは似ているようでやはり違う匂いを感じるザラザラした肌触りの映画です。


© 2010 Fortune Star Media Limited.

「恐怖分子」の最初の日本公開は台湾での初公開から10年後の1996年でした。
その約20年後の2015年に、リマスター版がリバイバル公開されています。そして今回の再上映。今回も映像がきれいだと改めて感じました。
セピア色の懐かさが好きな人もいるでしょうが、個人的には好きではありません。色も輪郭も鮮やかによみがえる方が、映像がこちらに歩み寄ってくれる気がします。

東京をしのぐ勢いの国際都市となった今の台北と違い、まだまだ発展途上でアジアの香りがする台北。
本土から逃れた蒋介石時代から38年間続いた台湾の戒厳令。蒋介石の息子の蒋経国総統がそれを解除したのは1987年のこと。つまり「恐怖分子」公開の翌年です。この映画が発表された時にはまだ戒厳令下でした。
そう考えると、スクリーンに広がる景色が別の意味でも感慨深いです。台北の街並みがより乾いて映ります。ハードボイルドなすごみも感じます。

それでも、赤を基調にした映像はとても美しい。
窓を開け、風が部屋に舞い込んできた瞬間、壁一面に張り付けられたシューアンの顔写真が風に揺れるシーンは本当に美しいです。

別の空間で起きている事件や問題が、巧みに紡がれていく。
最後はどうなっていくのか、ハラハラしながらスクリーンを見つめるだけ。
社会で生きることの辛さ、切なさ。静かなままでエンディングに向けて熱量が高まっていく作品です。

主観で恐縮ですが、やはり世界に誇る台湾の三大監督はエドワード・ヤンと侯孝賢、アン・リーではないでしょうか。
アン・リー監督は早々とアメリカに渡り、侯孝賢監督も体調を崩し映画が撮れなくなってしまったとのこと。そしてエドワード・ヤン監督はすでにこの世を去りました。寂しいですね。でもその作品は永遠に残ります。

「恐怖分子」のリマスター版は、北海道から沖縄まで全国で公開されます。
関東だけでも東急Bunkamuraル・シネマや横浜のモービルなど7館で上映されます。
いずれも趣味の良い単館ですが、今から40年前に制作された映画が、日本で2度目の再公開。この映画の持つ時代を超えたポテンシャルを痛烈に感じざるを得ません。

「恐怖分子」のホームページはこちらです。

2026年8月14日

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