「デッドマン・ワイヤー」~あなたが信じるのは?

「デッドマン・ワイヤー」~あなたが信じるのは?

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ニュースな映画というタイトルにふさわしい一本。7月17日から全国でロードショー公開中の「デッドマンズ・ワイヤー」をご紹介します。

史実をベースにした映画にいつも興味をそそられるのですが、鑑賞後の感想は「良かった」「良くなかった」と大きく2つに分かれます。「良くなかった映画」は、あくまでも私にとってですが、もっとも苦手なパターンとして「いくら何でも事実と変えすぎ系」でしょうか。病気で死んだはずなのにドラマティックに撃たれて死んでるじゃないかといった作品は枚挙に暇なし。

このほかにもいろいろあります。「実在の人物と似てなさすぎ」「体格が違い過ぎ」「性別も年齢も変えすぎ」など...もちろん時には、そうした歪曲を超えて映画として面白く仕上げきった作品もありますが、であればせめて「史実をもとにした」とはうたわないで欲しい映画も多いです。

今回ご紹介する「デッドマンズ・ワイヤー」は、さすが巨匠ガス・ヴァン・サント監督の真骨頂というべき作品。「事実に誠実であろうとしている」「面白いし、社会的な投げかけもある」「役者たちも実在の人物になりきっている」としっかり3拍子が揃っているドラマです。
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映画のもとになっているのは、1977年2月に真冬のアメリカ・インディアナポリスで実際に起きた異常な人質立てこもり事件。犯人のトニーは自分の首と人質の首をショットガンとワイヤーで固定するという恐ろしい暴挙に出ます。人質が少しでもおかしな動き方をすれば自動的に発砲されて人質は即死する仕組み!この装置を“デッドマンズ・ワイヤー”と呼ぶのです。

トニーは衆人環視の元、恨みを持つ人質の父親(傲慢な不動産王でアル・パチーノが演じてます)に対して謝罪や賠償を要求するのですが、周到な計画に基づいた知能犯。目の前にいるのに警察も見守ることしかできない状況を巧みに作ると、自分の主張を世間に広めるためにメディアも巻き込んでいきます。

犯人の話術が長けているがゆえに、凶悪犯による凶悪な犯行であるはずなのにその主張が共感を広げてしまいアンチヒーロー化してしまったという意味では、1968年に起きた金嬉老事件を思い出す人もいるかもしれません。社会のストックホルムシンドロームとでも言いましょうか。

犯人と人質の心の駆け引きも面白い映画ですが、ラジオマンである私の興味をひいたのは、先ほど書いたメディアや警察の巻き込み方です。

スクープだと大騒ぎし、少しでも現場に肉薄して映像を収めようとする地元テレビ局。
スピーカーや受話器を手に犯人へ説得を続けるが、一向にらちがあかない地元警察。
颯爽と乗り込んできたFBIのエリート捜査官は、ホワイトボードにプロファイリング(犯人の精神分析や行動分析)を始め、田舎警察を見下してもっともらしい解説を始めるが、いつまで経ってもそれしかやっていない最も滑稽な存在として描かれてます。

ガス・ヴァン・サントが描いているのは、一見自信と活力に満ちているようで、実は自己愛だけでしか動かないアメリカ人たちの姿なのでしょう。監督は50年前の事件を描きながら、実は現在のトランプのアメリカを憂いあざ笑っているようにも見えてきます。

トニーはメディアや警察を炊きつけて躍らせてようとしますが、一人だけ例外がいました。それはいつも仕事中に聴いている大好きな地元ラジオのDJフレッド。華やかさはないが誠実で渋みのある声で、淡々と毎日マイクに向かうフレッドだけが、トニーにとっての唯一の「善なる存在」であり、「信用できる人物」だったのです。

「フレッド?誰なんだそいつは?」という空気感の中、解決の糸口をつかめず疲弊しきった警察からの要請を受けたフレッドは、やれやれとばかりに妻に声をかけると立てこもり現場に向かいます。もちろん、このような立派なDJの足元にも及ばない自分ですが、もし同じような境遇に置かれた時に、どのように犯人に話しかけるだろうか?そのようなことばかり考えているうちに、(史実にかなり忠実な)この映画は驚きの結末へ向かっていきます。

社会派映画の巨匠ガス・ヴァン・サント監督は「ドラッグストア・カウボーイ」「マイ・プライベート・アイダホ」「グッド・ウィル・ハンティング」「ミルク」「小説家を見つけたら」「エレファント」などどれか一作はご覧にになった方も多いのでは?
社会派映画としても、エンタテインメントとしても楽しめる「デッドマンズ・ワイヤー」ぜひご覧下さい。

こちら映画のホームページです。

https://movies.kadokawa.co.jp/deadmanswire/

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