アナ歴40年!野村邦丸が様々なエピソードを語る連載企画 ㊶

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【野村邦丸 ワタシの履歴書 ~アナウンサー歴40年記念特別連載企画~】

『第41回 リスナーさんとの気仙沼ツアー、高政・正樹社長との出会い』

震災から1年9か月後の2012年12月。
我々「くにまるジャパン」チームは、
リスナーの皆様とご一緒するバスツアーを
計画、気仙沼へと向かうことになっていました。

旅のハイライトは番組でもおなじみの
熊谷育美さんのコンサート、そして名物
気仙沼ホルモンなどを楽しみ、
現地にたくさんお金を落として
頂こうと計画していたのです。

ところが出発前日の12月7午後5時18分…
東北・関東で最大深度5弱というかなり
大きな地震が発生。

津波警報も発令されたということで、
大事をとってツアーは中止。

それでも、とにかく現地の様子を見に
行こうと、私とスタッフ2人の合計3人で、
鉄道を使って気仙沼入り。

津波と大火事の爪痕が色濃く残っていた
鹿折地区を歩き、荒れ果てた大船渡線の線路や、
打ち上げられた巨大な漁船に圧倒されたり…。

辛すぎる体験をされた、小学校の先生方に
巡り合ったのも、この旅の出来事でした。

そして市民会館での育美さんのコンサート
にも行きました。

ステージ上で育美さんが「邦丸さんの番組リスナーの
皆さんが来るはずだったのですが、
きのうの地震で来れなくなってしまって…
でも邦丸さんは来てくださいました」と
ステージ上から紹介され恐縮。

客席がザワザワ…として拍手までして頂いて。

翌年3月、もう一度育美さんが別の会場
(本吉はまなすホール)でコンサートを開く
ことになり、我々もリベンジのツアーを計画。

バス2台を連ねて気仙沼に入り、
名物気仙沼ホルモンをたらふく食って
(もちろんビールもたらふく飲んで)、
翌日コンサート会場へ。

育美さんもが笑顔で「前回はダメになってしまった
けれど、今回、ようやく邦丸さんのリスナーの皆さんが
来てくださいました!」とご紹介くださると、
今度は観客の皆さんから万雷の拍手!

泣いている人もいましたね。
その時のことを思い出すと、
私もちょっと泣けてきちゃうな。

その後は復興商店街で、たくさん買い物して。
リスナーさんたちも、ものすごくお金を遣ってくださって。

ご参加頂いたリスナーの皆さん、本当にありがとうございました。
楽しかったですよね。
また皆さんとご一緒したいなあ。

もう一つ、大きかったのは女川の高政、
高橋正樹社長との出会いですね。

新しい街づくりの中核となって、
日々奮闘を続けている正樹社長。

番組にもたびたびプレゼントにおいしい
蒲鉾をご提供いただき、お世話になってます!

何度も女川にはお邪魔しましたが、
行くたびに街の風景が変わって、
道路が変わっていくのが印象的でした。

何度目にお邪魔したときだったかなあ。
一緒に飲んでて「今まで話してなかったけど、
実は私をとてもかわいがってくれてた爺さんが、
津波にさらわれたんですよ」って、打ち明けてくれて。

えー? 何で今まで言わなかったの?」

「いや…せっかく来たのに悲しい話もどうかと…
何も考えずに飲みに来てほしいし」

私は一人っ子ではありますが、
この正樹社長は今や弟のような存在。

水くさい、とかじゃなくて、私もその話を聞いて、
我がことのように、心を揺さぶられたのです。

あの明るい正樹に、そんな悲しすぎる出来事が
あったなんて。

でも、津波があったからこそ、
巡り合うことができた…。
皮肉なものですね。

蒲鉾本舗 高政 https://www.takamasa.net/company/

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野村邦丸:1957年1月17日生まれ。川崎生まれ、
日大明誠高校・日大法学部新聞学科を経て
1981年茨城放送入社。
フリーを経て1991年文化放送入社。2017年定年退職、
再びフリーとなる。
「くにまるジャパン極」パーソナリティ。
家族・高校野球・シカゴ(ロックバンド)、
そして酒と肴をこよなく愛する。
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// 2022.04.28追加