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(かまた みのる)
医師・作家。1948 年東京生まれ。
東京医科歯科大学医学部卒業。
37年間、医師として地域医療に携わり、チェルノブイリ、イラク、
東日本の被災地支援に取り組む。2009 年ベスト・ファーザー
イエローリボン賞(学術・文化部門)受賞。2011年日本放送協会
放送文化賞受賞。
ベストセラー「がんばらない」をはじめ、「なさけないけどあきらめ
ない」「ウェットな資本主義」「アハメドくんのいのちのリレー」
「希望」(東京書籍) など著書多数。
現在、諏訪中央病院名誉院長。

(むらかみ のぶお)
1953年、京都生まれ。
元NHKエグゼクティブアナウンサー。
2001年から11年に渡り、『ラジオビタミン』や
『鎌田實いのちの対話』など、
NHKラジオの「声」として活躍。
現在は、全国を講演で回り「嬉しい言葉の種まき」を
しながら、文化放送『日曜はがんばらない』
月刊『清流』連載対談などで、新たな境地を開いている。
各地で『ことば磨き塾』主宰。
http://murakaminobuo.com
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2026年4月 3日
3月29日 第716回放送
白血病など血液の難病に有効な治療法として「骨髄移植」があります。手術のためには
移植可能な提供者(ドナー)を見出すことですが、患者と提供者をつなぐのが「骨髄バ
ンク」への登録です。日本に骨髄バンクがなかった38年前、自身の九死に一生の体験
を機に「骨髄バンク」を設立し普及に奔走する立役者の大谷貴子さんに話を伺います。
1986年、大谷さんは25歳のときに「慢性骨髄性白血病」と診断されます。当時は
骨髄移植がほぼ唯一の治療法でしたが適合する提供者探しも暗礁に乗り上げます。再検
査の結果、母親の白血球が適合すると判明します。しかし、その時点で大谷さんの様態
はかなり悪化しており「成功の確率は1%」と告げられましたが、姉の一言「1%もあ
るやん」の言葉に励まされて移植手術に臨み、見事に手術は成功して退院できました。
1988年に民間団体の「東海骨髄バンク」を立ち上げ、翌年には登録された提供者か
らの骨髄移植が日本で初めて実現。3年後に「公益財団法人日本骨髄バンク」が誕生。
2005年「全国骨髄バンク推進連絡協議会」会長に就任(2011年からは副会長)
日本では毎年新たに1万人以上が白血病などの血液疾患を発症していると言われます。
そのうち「骨髄バンク」を介する骨髄移植や末梢血幹細胞移植を必要とする患者は毎年
2千人ほどいます。現在、骨髄バンクのドナー登録者数は56万人いますが、半分以上
が40代以上で若年層の登録が少なく今後ドナー登録者数の減少が危惧されています。
55歳になるとドナー登録が終了するので、5年以内に13万人減り43万人になると
推計。登録の壁が打破できるように従来の採血ではなく、自宅で簡単に出来る「スワブ
登録」という口の中を綿棒でこすって検体を採取し郵送するだけで登録が完了します。
日曜はがんばらない : 10:42
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2026年3月27日
3月22日 第715回放送
東日本大震災から15年。福島県東部の「浜通り」は原子力発電所事故も重なり未曽有
の被災地となり医療機関も大きな打撃を受けました。発生当時「南相馬市立小高病院」
遠藤清次院長は患者に寄り添い一人の犠牲者も出さずに患者と職員を避難させました。
今週は地元住人に請われて診療所を開設し地域医療に取組む遠藤清次先生に伺います。
大震災前の「小高病院」は医師と看護師不足から存続が危ぶまれ地域医療の崩壊に直面
していました。市民自ら医療崩壊を食い止めるために何をすべきかを考え「小高病院を
守る会」を設立し活動を続けたのが奏功し存続決まった直後に大震災が発生しました。
病院は原発から20キロ圏内の警戒区域にあったために閉院。遠藤先生は震災発生後の
処理に目途をつけて病院を辞して「猪苗代町立病院」に移りました。ところが不慣れな
生活環境と震災ショックから籠りがちになり軽いうつ症状に陥りますが、その時に周囲
との会話が大いに役立ち健康を取り戻しました。そのタイミングで小高の住民有志から
「戻ってきて欲しい」と繰り返しの要請を受けました。仮設住宅で孤独な生活を送る被
災者の相談相手になれると確信して南相馬へ帰る決断をしました。小高区は警戒区域の
ため市内の鹿島区の仮設店舗内に2012年5月最初の診療所を建てました。多くの人
の絆で開業できたことに感謝して名前を『絆診療所』と命名しました。診療所での診察
と仮設住宅を訪問し孤独死を防ぎ、健康を維持する為の運動と食事指導も続けました。
さらに経営的に継続できる最善策として設備を整えた新しい『絆診療所』を2015年
11月にオープン。震災から5年の全国放送の「被災地支援コンサート」でさだまさし
さんは遠藤先生の地域医療貢献に感銘して『絆診療所』から中継で朗々と歌いました。
日曜はがんばらない : 09:54
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2026年3月20日
3月15日 第714回放送
関連死を含めると2万2230人の死者・行方不明者を出した東日本大震災は11日に
発生から15年となりました。津波被害からの復興は進んでいますが今も2万6千人余
が避難生活を続けています。11日の震災発生時刻の午後2時46分には被災した各地
で追悼式が開かれ、震災後に生まれた子供達も参加して震災の教訓をつないでいます。
県立高校の国語教師をしながら詩作を続ける福島在住の詩人和合亮一さんが電話出演。
和合さんは「5年10年15年そのたびにあの日から書き続けてきたものを読み返すと
教えてくれることがある。振り返り、前に進む事を考える」と震災からの15年の心境
を語ります。震災発生時の和合さんは県立保原高校で入試の合否判定の会議中でした。
未曽有の事態に家族の安全を確認しつつも不安な日々を過ごします。震災から6日目の
3月16日余震が続く中で反射的に思いつく言葉をツイッター[✕]で発信しました。
≪放射能が降っています。静かな静かな夜です≫≪震災の福島を言葉で埋め尽くしてや
る。コンドハ負ケネエゾ」など地震と津波と放射能の恐怖にさらされながらも実況中継
さながらに礫のように発し続けました。そこには、怒り、諦め、哀しみ、切なさ、怯え
などありとあらゆる感情が交錯し、また故郷福島への愛しさ、肉親、友、など2か月に
わたる数々のツイート詩は『詩の礫』と題して一冊の詩集になりました。この15年の
間に若い世代も詩を書くようになり、作詞した合唱曲『夜明けから日暮れまで』は全国
の合唱団が震災を知るきっかけにして歌って伝え続けて欲しいと願っています。自作の
『決意』を朗読≪福島に風は吹く 福島に星は瞬く 福島に木は芽吹く 福島に生きる
福島を生きる 福島を愛する 福島をあきらめない...(略)37回福島が登場します。
日曜はがんばらない : 09:15
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2026年3月13日
3月8日 第713回放送
米軍とイスラエル軍によるイランへの攻撃から1週間。これ以上攻撃や報復が続かない
ことを願います。今までの考え方だけでは太刀打ちできないような事件が次々に起こる
予測不能な時代です。難しい時代を力強く生き抜いていくには前例踏襲でも異質なもの
を排除することでもなく、周囲とは違う「変な値」を磨いて自分らしくいることです。
男性中心の政界で高市早苗首相が史上初の女性首相に就任し「ガラスの天井」を破った
意義は大きいですが、鎌田さんも「ガラスの天井を破った女性」と対談を続けて新刊の
『女の変さ値』にまとめました。曰く、変さ値を形づくるものはいったい何か?それは
「どんな状況でもへこたれない力」と「人生で本当に大切なことを見抜く力」とさらに
「自分の役割を自覚する力」です。これがあってこそつくられるのではないかと指摘し
これらの力を磨くことが「変さ値」を高めると言い10人のエピソードを紹介します。
藤田千代子さんはアフガニスタンで凶弾に倒れた「ペシャワール会」の医師中村哲さん
を30年にわたり支え続け、今も遺志を継ぎ活動を続けています。イスラム教の女性は
家族以外の男性に肌を見せることは出来ないので、藤田さんが診て中村先生につなげる
という方法で「ハンセン病治療」にあたり、信頼を経て「用水路建設」にも至ります。
看護分野の国際的貢献者に贈られる「フローレンス・ナイチンゲール記章」の受章者。
織田友理子さんは遠位型ミオパチーと多発性硬化症という進行性難病を2つ抱えながら
結婚出産。車いすユーザーの外出をサポートするアプリ『ウィーログ』を開発しました
国連事務次長・軍縮担当上級代表の中満泉さん、阿川佐和子さん、山根基世さん、上野
千鶴子さん、加藤登紀子さん、森下洋子さん、村木厚子さん、黒柳徹子さん逸話満載。
日曜はがんばらない : 11:08
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